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ただ君のために  作者: 麩天 央
第一章
7/8



あれから1か月と少し。

街を歩けば、そこかしこに電飾が煌めき、街を歩く人は皆夜遅くまでイベントを満喫し、街全体が賑やかになった。近くでは連日クリスマスマーケットが開かれ、アパートの前の大通りも普段に増して賑やかだ。

その声を聴きながら、俺は黙々とパソコンを見つめキーを叩いていた。

最後の締めくくりとばかりに、力強くエンターキーを叩く。これで漸く一区切りついた。

ぐっと腕を伸ばし、背もたれ替わりのベッドへ体を反らせば、肩から変な音が鳴る。


「終わったー!」


上司に提出する書類がやっと完成し、俺は心からの歓声を上げた。

そのまま天井を見上げ、目を瞑る。


あの日透矢は宣言通り、キスをするとそのまま無言で部屋を出ていった。

以降、なんの連絡もない。

想定通り、勘違いだったと気付いたのだろう。そう俺は結論づけ、以降は透矢の事を思い出さないように意識して毎日を過ごした。

でも、俺と透矢の関係は余りにも近すぎた。ずっと一緒にいた存在が居なくなるというのは、精神的にも堪えるもので。

誰もいない場所に向かって声を掛けたり、買い物では余分に買い過ぎたりと、生活に支障が出た。その度に心が締め付けられ、喉の奥がぐっと詰まる。

だけど、時間は無常にも進んでいく。

いつの間にか隣室も新しい入居者が入り、俺が立ち止まろうとも周囲は否応なしに変化していった。

再度ため息をつけば、腹からぐうと空腹を訴えられ、直ぐに現実へと意識を戻された。

俺は腰を捻り、体を反転させてベッドへうつ伏せになる。それから携帯を見れば、夕食を取るには少し遅い時間になっていた。

今から作るなんて面倒だ。

むしろここ連日仕事に追われ、家事なんて真っ先に切り捨てた。よって冷蔵庫は空に近い。


「仕方ない、何か買ってくるか。」


俺はコートを着込み、外へと出る。

ひんやりと冷たい風が顔を撫で、俺はぶるりと体を縮こませながら、いそいそと大通りを歩いて行った。




俺の足は自然と人の多い場所を目指していて、いつの間にかクリスマスマーケットが開かれている広場に立っていた。

辺りには食べ物の美味しい匂いも立ち込め、自然とゴクリと喉を鳴らした。


「あれ?レン君?」


さて何を買おうかなと辺りをきょろきょろ見回していると、肩をポンと掴まれた。

びっくりして振り返れば、青慈さんの姿があった。

青慈さんは前回と同様に笑みを浮かべ、「一緒にどう?」とまた誘ってきた。でも、前回と違う部分を見つけ、俺は拒否の言葉が一歩遅れた。その上、少しの心配がよぎり、思わず声を掛けてしまった。


「……何かあったんですか?」


彼の右頬は赤く腫れあがり、くっきりと手形がついている。それはもうくっきりと。

俺の視線に気づいたのか、青慈さんは「そんなに腫れてるの?」と驚き、困ったなぁと呟きながら頬をかく。


「とりあえず何か食べようよ。」


そう言って青慈さんは歩き始め、俺は後を追いかけた。

そのままいくつか品を購入し、二人して空いていたベンチに腰掛ける。

俺はホットワインに口をつけ、その少し渋い味に眉を寄せる。別に好きでもないのに、勢いで買ってしまった。でも体がぽかぽかと温まってきた気がする。


ちびちびと舐めるように飲んでいると、隣に座る青慈さんがふっと笑う気配がした。


「相変わらずお酒は弱いんだ。」

「青慈さんが強すぎるだけですよ。」


そう返し、俺はポテトをつまんで口に入れる。

で、どうしたんですか。と視線を向ければ、青慈さんは苦笑を浮かべ、手に持ったビールを飲んだ。


「好きな子に振られちゃった。」


まあ想像はついていたので、「そうですか。」と返す。青慈さんは面食いで気が多いから、それにヤキモキして振られたのかもしれない。


「7股してたのがバレちゃった。」

「最低ですね。」


俺の想像以上の酷さだった。俺はジト目で青慈さんを見やり、少し彼から距離を取る。

何でバレないと思ったんだ。しかも悪気がないのか、表情はサッパリしている。

質が悪すぎる。


「今度こそ、本当に好きになれると思ったんだけどなぁ。」


残念、とあまり残念とも思ってなさそうな口調で再度ビールを飲む青慈さん。

ここに来て、何で俺はこの人と一緒に居るんだろう、声を掛けなければ良かったと後悔という文字が浮かんできた。


「レン君こそ、今日は一人?前にいた子犬君はどこにいったの?」

「子犬って…あいつはもういませんよ。」


透矢の話が出て、俺の心臓が飛び跳ねた。ずっと忘れようしているのに、こうやって不意打ちで俺の前に現れる。

透矢と青慈さんが出会ったあの日、まさにそれがきっかけで俺たちは距離を置いた。

その日の事が鮮明に思い出され、俺の心にずっしりと重しがかかる。


「居ないって、何で?彼、君の事大好きだったのに、もう別れたの?」

「だからアイツとはそんなんじゃありません。俺のことだって、好きと勘違いしてただけですよ。」

「そうなの?」


青慈さんは意外と言わんばかりに目を大きくし、空になったカップを脇に置いた。代わりに皿からウインナーを手で摘み齧ると、「俺にはそうは見えなかったなぁ。」と一言。


「僕はね、可愛い子が大好きなんだ。尚且つ僕に恋してる子なら、もっと大好き。」

「…そうですね。」

「僕は好きな子は大切にしたいけど、皆が等しく可愛くて好きだから、その中の誰かを一番には出来ない。それが耐えられないって、皆にはよく言われるよ。」


青慈さんは右頬を指さし、「その結果がコレなんだけどね。」と苦笑して見せる。

それから、ぼんやりと前を眺める。その瞳には、少し物寂しそうな色が差していた。


「僕はね、心から大好きって気持ち、まだ知らないんだ。だからかな、その大好きって気持ちを捧げられる人に出会いたくて仕方ない。僕からしたら、あの子犬君は本当にレン君が大好きだと思うよ。僕がいつも見てる恋人たちと一緒の瞳をしてた。相手の事が大好きでたまらないって瞳。」


「羨ましいなぁ。」と俺を見て笑う青慈さんは、本当に羨んでいるようで声が優しい。


「俺は…あいつが他の奴に振られたばっかりだって知っていたのに、近くにいました。その傷心につけ込んだんです。」


その声音に、少し昔を思い出した。大学の先輩と離れ、落ち込んでいた時も今みたいに青慈さんは親身に寄り添い話を聞いてくれた。

俺は酔っているせいか、あの当時を思い出し、心に溜まった淀みを吐きだすようにぽつぽつと口から言葉が出てくる。

透矢の事が好きな事。相手を一生懸命に愛する姿勢も、そのくせ不器用でちゃんと伝わらない所も、何もかも全部が愛しい。本当はあの日告白されて、直ぐにでも返事をしたかったこと。

その全てを青慈さんは、俺の背中を撫でながら聞いてくれた。

いつの間にか俺の視界はぼやけ、零れた涙が眼鏡のレンズへ零れ落ちていく。

気付けば、俺は全てを話し終えていた。

ハッと我に返った俺は、眼鏡を取り、目じりに残る涙を手の甲で雑に拭い「すみません。」と慌てて話を終わらせた。


「レン君はさ、もう一度子犬君と話すべきだと思うよ。彼の好きが、本当に勘違いだったのか、しっかり聞いておいで。」


青慈さんは俺の顔を覗き込み、頬へと手を伸ばし指の腹で涙を拭いとる。その手が俺の後頭部へするりと移動し、ゆっくりと青慈さんの顔が近づいてきた。


「それでもし勘違いだったなら、また僕と一緒に過ごそうよ。君のその熱い瞳を、もう一度僕に向けて欲しいな。」


そう話す青慈さんの顔が更に近づき、顔ははっきりとピントが合い、声や息が頬に触れる。見つめてくる青慈さんの瞳とかち合い、その瞳にゆらりと熱いものを感じた。

あ、これは良くないと気づくも、頭が抑えられ距離が取れない。


「っ透矢」


俺はぎゅっと目を瞑り、大好きなあいつの名前を呼ぶ。

瞬間、フッと青慈さんは笑い、俺を押さえる手の力が弱まった気がした。

それと同時に後ろから2本の腕が伸び、片手は俺の目元を覆い、もう片方は俺を後ろから肩を抱き込み、そのまま抱き寄せられた。

何が起きたのか理解が追い付かず動けずにいると、ふわりとよく知る香りが鼻をかすめた。あ、うちの柔軟剤と一緒の匂いだ。

視界は手で覆われたせいで全くもって見えない。だからか、情報を得よとして今必要のないことに気が行ってしまった。

そうじゃない、と脳内で自分へ突っ込み、まだ離れない手を何とか引っ張ろうと掴む。が、ぴくりとも動かない。ならばもう片方だとばかりに掴むが、同様に動かない。


俺が再びどうしようか動けずにいると、視界の向こう側で青慈さんが声を出して笑い始めた。


「そんな風にしなくても、別に君から取ったりしないよ。子犬君。」


最後の一言に、俺は耳を疑った。

え…透矢がここに居る?

もう一度俺の顔を覆う手にそっと触れれば、ぎゅっと俺を抱きしめる腕に力が入った。


「あんなの見せといて、あんたが何もしないとは思えない。」


透矢だ…

そう理解した瞬間、俺は愛しい気持ちでいっぱいになった。

さっきまで全身が強張り、指先まで冷え切っていたのに、今は力が緩み、ぽかぽかと温かい。抱きしめられ、背中に感じる透矢の体温や心音が心地よく、俺はあぁやっぱり好きだなと改めて思った。


透矢は低く唸るような声を出し、俺を離そうとしない。これじゃ本当に青慈さんに威嚇している犬みたいだ。

この不機嫌そうに話す声も、俺を抱きしめる温もりも、全てが何も変わっていない事にホッとする。俺はぽんぽんと透矢の腕を優しく叩いた。俺は大丈夫、と透矢を安心させるように触れれば、透矢はそれ以上何も言わなくなった。

それでもなお、俺を離そうとはしない。さてどうしようか、と思案しているとピピピと電信音が響いた。

どうやら呼び出し音のようで、その持ち主の青慈さんがごそごそとスマホを取り出し、耳に当て話し始めた。


「さて、それじゃぁ僕にはお迎えがきたから、これで失礼するね。じゃあまたね、レン君。寂しくなったらいつでも頼って良いからね。」


通話を終えた青慈さんが立ち上がる気配がした。何か言おうとしたけど、それを覆うように「あんたに頼るような事はない」と透矢がぴしゃりと返す。

それに青慈さんはふふっと笑い、「メリークリスマス」と言い、そのまま足音が遠退いていった。






次回最終回です。

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