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俺はどうやら同性が恋愛対象らしい。俺の性的嗜好が周囲と違うと気づいたのは、高校生の頃だった。同級生たちがアイドルや女優の話で盛り上がってもついていけず、代わりに当時担任だった男性教諭に心を動かされた。
だけど、告白なんて勇気は一切なく、むしろ当時の俺は人に話すべきものじゃないと、そっと心の奥へ相手への恋心も、同性を好きと言う気持ちも全て仕舞い込んでいた。
それから大学へ進学し、偶然仲良くなった先輩との出会いが俺を変えた。
その先輩はとても活発で、気さくで誰からも人気だった。その先輩を交えた飲み会でのこと、偶然2人きりで話す機会があり、その時先輩が男性も好きだと語り、酔いの回った俺も実は俺もなんです、と打ち明けた。それから先輩との関係に変化があり、要はこっそりと付き合うこととなった。当時浮かれていた俺は気付かなかったが、先輩は男性との付き合いに興味があったようで、その相手に偶然選ばれただけだったと後で知った。
その先輩も卒業後には彼女が出来て、俺たちの関係はあっけなく終わりを迎えた。
初めて出来た恋人に浮かれていた俺にはショックが大きく、その気持ちを紛らわすために、同性同士が出会うバーに通うようになった。そこで出会ったのが青慈さんだ。
初めてのバーで戸惑う俺を気にかけ、俺の身の上話にも真摯に付き合ってくれて、いつの間にか一緒にいる時間も増え、そのまま流れで付き合い始めた。
けど、青慈さんはとても面食いで気分屋だ。彼との付き合いも短期間で終わった。その後は仕事も忙しくなり、そのまま仕事中心の生活が始まった。
それから透矢達と出会い、そんな場所に行く気も無くなって今に至る。
俺が話し終えると、透矢の腕が緩み解放された。
振り返り透矢を見上げれば、彼は何とも言えない表情をしていた。
怒っているわけでも、気まずい訳でもなく、ただじっと俺を見る。その瞳は何を思っているのか、俺には判断がつかない。
その無言に耐えかねて「男が好きって黙ってて悪かった。」と謝罪した。透矢と過ごしてきた今日までを思うと、幻滅されたかもしれない。
「でも、俺だって誰彼構わず襲うような奴じゃないから安心しろ。大丈夫、透矢は大事な弟みたいな奴だから、変な気なんか起こさないから。」
実際変な気を起こしてるけど。俺は頬をかき苦笑を浮かべて見せた。
すると、「…やだ。」と透矢は呟き、再度正面から俺を抱きしめた。
「俺はヒナの事兄貴だなんて思ってない。」
これはもしや…と俺の心がざわめく。
が、直ぐに勘違いするなと俺は自身を諫め、同時に透矢へ「違わないよ」と返した。
「失恋して、そんな俺を慰めて見守ってくれたから、俺は今でもちゃんと人で居られてる。俺はヒナが好きだ。」
透矢の言葉に再度、俺の心が色めき立つ。でも「違うよ。」と俺は首を横に振り、そっと透矢の頬へ手を当てた。
「心が弱っている時に聞く優しい言葉が、お前にとって魅力的に聞こえただけだ。それを恋と勘違いしてる。」
そう言い聞かせれば、心の奥がずきりと痛む。透矢が好きだから、彼の弱った心に付け込み好意と勘違いさせたことが耐えられない。
俺はもう一度優しく頬を撫でた。透矢の瞳は大きく見開かれ「どうして。」と何度も呟く。
「今の透矢は、まだ心の整理をしている所なんだ。いずれ元気になったお前は、ちゃんと前を向いて新しい相手を見つけてここから出てくんだよ。」
「そんなのやだ!」
頬に触れていた手は、透矢に強く掴まれ「どうしたら分かってくるの?」と首を何度も左右に振る。イヤイヤと首を振る透矢は、体は大きいのに酷く幼く見え、俺の心臓がまたぎゅっと締め付けられる。
それでも、透矢の為だと俺は一度深く息を吸い、一つの決定事項を突き付けた。
「透矢、一度俺たち離れようか。お前が勘違いしてしまうのも、この環境が良くないからだ。」
「いやだ。関係ない!離れたくない!」
最早、透矢の瞳には涙が溢れヒナ、ヒナと俺の名前を何度も呼ぶ。
その声が切なくて、俺は直ぐにでも発言を撤回したい気持ちに駆られる。が、ギュッと唇を噛みしめ耐える。
俺が何も返さない事で、透矢はそれが決定事項なのだと理解し、また嫌だと何度も泣き縋った。
それからどれくらい時間が経ったのか、透矢はずっと俺を抱きしめ肩に顔を摺り寄せ泣き続けた。
透矢は段々と体重を支える余裕も無くなり、支える俺の体力も限界を迎えた今。透矢に抱きしめられたまま、俺たちは互いに座り込んでしまった。透矢はまだ鼻を啜り、しゃくり上げるものの、さっきよりかは幾分落ち着いてきた。
その様子に、また背中を摩りたい衝動が来るが、ぐっと拳を握って耐える。
「……分かった。」
それからまた少し時間が経った頃、透矢は小さな声で提案を受け入れた。
そうか、と俺が返事をする前に、再度透矢は口を開いた。
「分かった。でも、最後に…ヒナとキスしたい。」
その声音はさっきよりも力が入り、すっと顔も上げて俺へ視線を向ける。
放たれた内容に驚き、俺は声が出ずただただ透矢を見つめ返した。
透矢の目は赤く腫れ潤んだままだが、その瞳には受け入れない限り離れないという強い意志を感じた。その覚悟に、俺の心は大きく揺らいだ。
それで、透矢がちゃんとした道に戻れるなら、受け入れても良いのかもしれない。
むしろ、俺とキスすることで勘違いに気付いて、直ぐに家を出るきっかけになるかもしれない。
「…分かった、良いよ。」
俺は頷き返し、透矢の瞳を見つめる。
そっと頬へ両手を添えれば、透矢の肩がびくりと跳ねた。でも、透矢の視線が俺から離れることは無い。
透矢とキスするなんて、本当なら嬉しくてドキドキする筈なのに、今は全く違う。
俺は、透矢へとゆっくりと顔を近づける。
どうかこれで勘違いと気付きますように。
どうか透矢が新しい人と恋をして、幸せになりますように。
透矢の唇にそっと自分のを重ねながら、俺は透矢の幸せを強く願った。