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ただ君のために  作者: 麩天 央
第一章
5/8


俺たちの距離感は変わることなくずるずる続き、気づけば季節は更に進み、アパート前のイチョウの葉は黄色く色づき、冬の気配も色濃くなってきた。

今言った通り、俺と透矢との関係に終わりは見えず、俺は泥沼に嵌まっているような感覚を覚えた。これは由々しき問題だ。

現に今、職場での飲み会を終え居酒屋を出た所で、待機していた透矢と目が合い、この現状を深刻に受け止めた。

透矢は俺を見つけると、速足で駆け寄り俺の手を掴む。

酔っているせいか、垂れた耳とぶんぶんと勢いよく振り回される尻尾の幻覚まで見える。が、その行動に満更でもない俺がいる。


「寒かっただろ?家で待ってても良かったのに。」

「やだ。早くヒナに会いたかったから。ダメだった?」

「…んん゛っ……ほら、帰るぞ。」


透矢は良くも悪くも素直だ。以前は不満をあけすけなく俺に投げていたが、同じ素直でもこうも表現が変わると印象が違いすぎる。

俺の顔を覗き込み、じっと様子を窺うその仕草すらも可愛くて、俺はコホンと一度咳払いし駅に向かって繁華街を突き進んだ。

これは非常にまずい。居心地が良すぎて、俺はどんどん透矢から離れられなくなっている。

このままだと、透矢に好きな子が再びできた時、今までの様に見守ってあげることは出来ないかもしれない。

それは困るな、とぼんやり思いながら歩いていると、「レン君?」と声をかけられた。

懐かしいその呼び名に反射的に足を止め、相手へと顔を向ける。

その先の存在を確認し、俺はしまったと反応した事に深く後悔した。


「懐かしいなぁ、やっぱりレン君だ。何年振りだろ、元気にしてた?」

「……青慈(せいじ)さん。」


そこには、仕事帰りなのかスーツに身を包み、スラっと長い足で軽やかに俺たちへ近付いてくる知り合いの姿があった。

何で今、このタイミングで会ってしまうのか。俺は冷や汗をかきつつ「お久しぶりです。」と努めて冷静に答えた。

チラリと透矢を窺えば、不機嫌そうに相手を睨み、心なしか俺の手を握る力が強まった。


「君は相変わらず変わらないね。久々に、今夜どう?」


青慈さんは透矢のことは見えていないのか、ずっと俺に視線を向けまた一歩近づく。固まったままの俺は動けず、そんな俺に対して、青慈さんは俺の顔をまじまじ見て、それからするりと腰に手を回してきた。

同時に、青慈さんの指先が俺の腰や腿のラインをなぞり、ぞわりと鳥肌が立った。

身を引こうとした瞬間、透矢に繋いでいた手を強く引かれ、その勢いによたよたと透矢へ近づく。そのまま背中を押され、いつの間にか透矢と場所を入れ替わり、透矢は俺を背に庇うようにして青慈さんと対峙する形となった。


「なにしてんのオッサン?」


そう言い放つ透矢の声には、明らかに怒気が含まれている。その態度に、青慈さんは初めて透矢を視界に映し、じろじろと透矢を観察し、そして鼻で笑った。

その態度にカチンときて、俺は透矢の腕を掴み、「良いから、行こう。」と促す。

尚も留まろうとする透矢を見て、青慈さんはまた可笑しそうに笑みを浮かべる。


「君はレン君の彼氏?レン君、こんな青臭い奴で満足できるの?また前みたいに僕と一緒に過ごせば、もっと楽しいと思うよ。」


それを聞いた透矢の動きがピタリと止まった。俺もまた、青慈さんのわざと透矢を煽る言葉に全力で首を横に振り否定した。


「こいつとはそんな関係じゃないです!ほら、行くぞ!!」


それから再度透矢の腕を引き、俺は駅まで有無を言わさず歩き続けた。

油断した。あの通りは飲み屋などが連なり人通りも多い。が、その一本裏通りに入れば、いかがわしい店やホテルが立ち並んだ場所でもあったりする。

まさか知り合いに会うとは思ってもみなかった。

透矢は、最初は俺に引っ張られなすがまま歩いていたが、今は俺の歩幅に合わせて歩いている。

きっと青慈さんとの関係を気にしているのだろう。俺の背には痛いくらい視線を感じる。でも、俺はそれを無視し、無言で歩き続けた。

どうしよう、なんて説明すれば良いんだ?

透矢がどんな反応を示すのか、とても怖くて何も言葉が出ない。

このまま何も無かったように、帰宅して寝られれば良いのに…俺は段々と近づくアパートが断頭台に見え、足取りが重くなっていくのを感じた。


帰宅後、扉を閉めた瞬間透矢は俺を背中から抱きしめ、案の定青慈さんについて聞いてきた。


「あいつなに?」


表情は見えないが、声は低く、俺を抱きしめる力はとても強い。

これはもう逃げられないやつだ。ちゃんと説明しないと離れないだろうな。

俺は一度深く息を吸い、「今から説明するから、取り合えず部屋に上がろう。」と透矢へ返した。


靴を脱ぎ、廊下を抜けて部屋へと向かう。その間も透矢の腕は俺を解放せず、ずるずると透矢を引っ張る形で何とかリビングまで辿りつく。

それどころか、早く話せと言わんばかりに「ヒナ」と名前を呼ばれる。

俺は観念して、そっと俺を抱きしめる腕をぽんぽんと叩き、「今から格好悪い話するから、あんまり幻滅しないでくれよな。」と一言添えてから話し始めた。




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