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ただ君のために  作者: 麩天 央
第一章
2/8



そんなこんなで慌ただしい日々は過ぎ、季節は夏真っ盛り。世間の子供たちは夏休みへと突入していた。

まぁオッサンな俺には関係無いが。

それでも貴重な大人の夏休み、いわゆるお盆休み期間に、俺は麦藁帽を被り、両手には軍手を装着してアパート敷地内の草を抜いていた。


「オッサン何してんの?」


そんな俺に向かって冷ややかな声が下りてくる。こんな声を向けてくるのはただ一人。

予想通り、顔を上げれば透矢が眉間に皺を刻んで俺を見下ろしていた。

オッサン言うな。お兄さんと言え。

俺は首にかけたタオルで汗を拭い、よっこいしょと声を出して立ち上がった。


「ここの管理人おじいちゃんの手伝いで草抜きやってんの。」


腰を叩きながら説明すれば、「ふーん」と薄い反応。興味はないが、見つけてしまったから声をかけてきたのだろう。


「今日はどうしたんだ?森田君まだ帰ってきてないぞ?」


そう返せば、「優一郎は出張。明後日まで帰ってこない。」とのこと。

なら実家に帰らないのか聞けば、「面倒。」の一言で終了。こら、親が悲しむぞ。

どうやら、森田君がしばらく居ないから、手持無沙汰でうろうろしていたようだ。


「ならさ、ちょっと俺に付き合ってよ。」


丁度俺も草抜きの目途が立ったし、と笑って見せた。

森田君と離れて不安もあろうし、少し気を紛らわせる手伝いになるかもしれないし。


「…良いけど、まずその汗臭い恰好何とかしてからにして。」

「よし、なら一緒に付き合え!風呂行くぞ風呂!でっかい風呂だ!!」


ジト目で体を半歩後ろに下げられ、俺は反射的に透矢の腕を掴み、有無を言わさず銭湯に行くことを決めた。

透矢は目を見開き、全力で首を左右に振る。この野郎。それがまた俺のやる気に火をつけて、絶対に逃がすまいと腕を強く掴み直した。

その根性、汗と一緒に洗い流してやる!!!





「いやー仕事の後の風呂はマジで気持ちがいいわ。コーヒー牛乳も美味い!」


バスタオルを首にかけ、俺は腰に手を当て瓶に入れられたコーヒー牛乳を一気に飲み干した。

それからよっこいしょと座り直し、向かいでむくれている透矢を見やった。


「いつまでぶーたれてんのよ。ほら、牛乳やるから、機嫌直せって。」


コトン、とさっき一緒に購入した牛乳瓶を前に置けば、のそりと手に取りラベルを剥がし始める。「何で俺まで。」と小声で文句を零しているが、俺は無視して「牛乳飲むと身長が伸びるぞ!」と適当に返した。

まぁ本当に嫌なら全力で拒否するし、俺が引っ張ってもうんともすんとも言わない位には力の差がある。言ってて悲しいけど。

だから、透矢なりに銭湯は楽しんでいたと俺は思っている。

因みに、俺たち二人は手ぶらで銭湯に来たから、タオル類も含め着替え等は受付で売っていた物を購入。よって、良い年の男2人で『I♡銭湯』のTシャツを着ている。

このまま買い物に行くぞと言えば、透矢は声も出ないようで、絶望の表情を浮かべていた。




「で、何でそんなに買ってんの?」


無事帰宅した頃、ようやくいつもの不機嫌そうな態度に戻った透矢は、手に持っていたビニール袋をテーブルへドサリと置いた。中には大容量のペットボトルや酒類等色々入っている。


「だって今は夏だろ?なら、タコパと映画鑑賞は鉄板でしょ。」


俺も透矢に続いて、両手に抱えたタコ焼き機をテーブルに置いた。その他、腕に掛けていた袋は冷蔵庫前へと運び、中身を取り出し食材たちを仕舞う。


「透矢暇だろ?せっかくの夏だし、ちゃんと夏らしいことして楽しまなきゃ勿体ないだろ。てことで、今夜は12時帰宅ルールは解除!食べて飲んで飲み明かすぞ!」


そう冷蔵庫扉から顔を出し、ニッと透矢へ笑いかければ、もの凄く深いため息をつかれた。が、拒否する様子は無く、いつも通り壁際に座るとリモコンを手にポチポチといじり始めた。

なんだかんだ付き合ってくれるんだよなぁ。

透矢の優先順位は一にも二にも森田君だ。でも、その中にちょっとだけ他人への配慮がある。その配慮として、俺と銭湯に行ったり、買い物に付き合ったり、買い過ぎた俺の荷物量を見かねて運ぶ手伝いをしてくれたり。

この優しさがくすぐったくて、彼の事を愛しいと思えるし、今後の事を思うと、透矢自身の幸せを願わずにはいられない。


「何とかならないものかね。」


ふうとため息を付き、俺は冷蔵庫の扉をパタンと閉じた。

それから暫し、俺は数種類の材料を刻みボールへ入れ、せっせとたこ焼きの準備を始めた。


「今は何してんの?」


ぬっと包丁を握る手元に影が覆い、俺の心臓が一度飛び跳ねた。体をびくつかせ、声の方を見上げれば、暇過ぎたのか、透矢が背後からまな板を覗き込んでいた。


「食材切ってんの。てか包丁使ってる時に急に後ろに立つな、危ないだろ。」


そう注意をするも無視。その上で「何入れるの」と再度質問をしてくる。


「タコ、チーズ、餅、キムチ、ウィンナーでしょ、あとチョコ。」


俺が指折り食材を上げると、「…最後のは却下。甘いのは食べたくない。」と食い気味に言われた。それからチョコの入った袋をキッチンから持ち出し、いつもの場所へと戻っていった。

てかそこでチョコを食べ始めた。甘いの却下って言った傍から食ってんじゃん。

その姿にプッと吹き出しながら、「はいよ。」と返事をして、俺は準備を再開した。

それから準備を手早く終え、テーブルに材料を広げていざ実食。俺は大学時代に仲間と楽しんだタコパを思い出しながら、焼き始めた。しかし、手元の生地を流し込んだ型内は見るも無残な様相を為していた。

「あれ?おかしいな」と何度も首を傾げ、大学時代の仲間の手さばきを真似て再度竹串を回す。が、途中で身がぐちゃりと出て回転は停止した。

それを数回繰り返したところで、俺は考えるのも手を動かすのも放棄した。


「まぁ口に入れば何でも同じだしな。」


そう自分に言い聞かせていると、今までずっと黙って眺めていた透矢が竹串を奪い、ササッと全ての型へ竹串を入れ、綺麗に回転させた。俺が作ったなれの果ても、いつの間にか形が整っている。

手際の良さに感動し「透矢は凄いな!」と誉めれば、「あんたが下手すぎ。」と返された。正しすぎて反論できずに「うぐっ」と零せば、「俺がやる」とその後ずっと竹串を触らせてくれなかった。

悔しいので、焼きあがったたこ焼きをポイポイ透矢の皿に入れまくれば、いつも以上に眉間に深い皺が刻まれ睨まれた。

「いやー人の作ったタコ焼きは最高だなー」と視線を躱し、ビールをぐいと飲む。その後も、俺は美味い美味いと言いながら、沢山のたこ焼きを頬張った。



「さて、食事も落ち着いたし、いっちょ映画鑑賞でもしますか!」


俺は満腹になった腹をさすりながら透矢を見れば、「何見んの?」と缶チューハイを飲みながら聞いてきた。

ふっふっふ、良くぞ聞いてくれた。「それはもちろん、動物の感動もの!」とどや顔を見せつつサブスクを開き、作品名を選択しようとしたまさにその瞬間、ヒョイとリモコンは奪われ、透矢の手に渡ってしまった。


「却下。何でオッサンと二人で感動もの見るの。夏なんだからホラー一択でしょ。」

「こら、バカ。そんな定番つまんないだろ。夏こそ動物!感動で泣いて、心のデトックスするのが一番なの。」

「いやよく分かんないし。」


リモコンを奪おうと手を伸ばせば、取らせまいと透矢の腕が俺とは反対方向に延びる。

対格差もあり、俺の手がリモコンに届くことはほぼない。くっ手足の長いやつめ。

それから、「もしかしてホラー怖いの?」と聞いてくる透矢の目には、どこか馬鹿にした色が滲み出ていた。今日俺が振り回した仕返しか、もう他人への優しさ配付は終了したのか、今後俺への配慮は一切期待できそうにない。

それに観念した俺は、「少し苦手なだけだ。」と両手を上げ降参のポーズを見せた。


「ふーん。…なら、ホラー見るのは気の毒だし、他の俺のお勧めを見ませんか?」

「ああ、それ良いな!ほら見ようさっさと見よう!」


珍しく俺に突っかかることなく、優しい提案にふと違和感を持ったが、既に酔っ払いゆるふわ脳の俺は判断を誤り、そのまま透矢の意見に全力で乗っかった。

が、その判断は間違いだったと映画が始まってすぐに気づき深く後悔した。


「なあ透矢、コレ本当にホラーじゃないのか?」

「そうですね。」

「本当に本当にか?だって人倒れてるし、その周りのやつだって鎖繋がれてたり、内容が物すっごく不穏なんだけど?」

「展開が凝ってて面白いですよね。」

「ねえ何でさっきから敬語なの?普段使わないだろ、怖いんだけど。」


始まった瞬間から、画面の暗さや不穏なBGMに俺の心臓は既に心拍数が最高潮に達している。でもせっかく透矢が見ようと提案してくれた作品だし、途中で止めたくはない。ならば展開を先取りして不安を和らげようとスマホを取り出せば、「ネタバレ禁止」とすぐに奪われた。

透矢のためにも見てやりたい、が、俺の心臓がこのままでは持たない。

苦肉の策として、俺は透矢の背中に回り込み、肩に手を置き、眼鏡を外して鑑賞することにした。これなら全体像がぼやけて不安は減らせるし、透矢が前にいるから心理的壁になってくれるはず!

俺は深呼吸すると、「よし、どこからでも掛かってこい!」と気合を入れ直した。


結果はまぁ、言うまでもなく。

何とか最後まで鑑賞はした。が、半泣きになりつつ見切った俺を気の毒に思ったようで、透矢は特に映画について触れてくることは無かった。それ以降は、まさかの透矢から感動ものやコメディ映画を提案してきて、俺たち二人の楽しい夏の夜が更けていった。

因みに、翌朝ふと思い出したかのように、「そいえば、あの映画ホラーだったみたいですね。」と宣う透矢に対し、俺は全力で奴の背中をはたいてやった。どの口が言うか!




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