獏 Ⅰ
残酷な表現があります。
絶対に真似などしないでください。
悪夢を食う男
知る者からは『獏』と呼ばれていた。
その正体を掴もうと多くの組織のものが追いかけていたが捕まえることは出来なかった。
それどころか噂しか掴むことが出来なかった。
本人には一切接触できない幻だった。
「婚約おめでとう」
職場の同僚が声を掛けてくれる。
美雪は迷っていた二人の男性の婚約者からついに一人に決めた。
そして返事をしたのだ。
それを聞いた同僚の女の子の声だ。
傍目には祝福の声だ。
しかし、その裏には怨念が込められていたのだが美雪は気が付かない。
二日前、街中で占い師に声を掛けられた。
「お嬢さん、安くしておくから」と
そのとき、迷っていたので藁にもすがる思いだった。
同じ日に付合っていた2人から結婚を持ちかけられたのだ。
どうして同じ日なのと文句もいいたいけどプロポーズされてうれしいのは確かだった。
迷う中、幼馴染の彼はそんな美雪に背中を向けて去っていった。
一人は会社の上司の息子だった。
金持ちで大学卒業後入社してエリート街道まっしぐらだ。
なぜ私と付き合うことになったのか不思議だが結構うまくいっていた。
もう一人は行きつけの喫茶店の店員だ。
やはり、不思議な縁でつきあっていた。
どちらも実は本命ではなく軽い付き合いのつもりだった。
本命の彼はそんな美雪に愛想をつかして離れて行ってしまったのだ。
彼を追いかけるべきかもしれないとは思いながら、いまさらという意地もあった。
そんなときに声を掛けられたのだ。
「おじいさん、当たるの?」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
禅問答のような言葉だ。
外れても文句を言うなということらしい。
笑ってしまうが迷いを断ち切るため占ってもらうことにした。
先払いのためいきなり金を取られてしまった。
詐欺のような金額だ。
文句を言おうとしたのだが不思議にその言葉はいえなかった。
「お幸せに」
いきなりの言葉だ。
何が起きたのか判らないままその場を離れた。
幼馴染を追いかけるため全力だ。
占い師に声を掛けられ無視してその場を離れた。
迷っていてもそんなものに頼る気は全然なかった。
会社でそれなりの面白さを満喫している身ではほぼ決まっていたのだ。
それが冒頭の結果だった。
同僚に声を掛けられたのだ。
うれしさに足元に注意をしていなかったのは確かだった。
いつもなら階段の上り下りに手すりを掴んでいるのは当たり前だった。
工場の一階を登りきるための長い階段だ。
万が一転べば重傷はまぬがれない階段だった。
でも、浮かれてその注意を怠った。
降りようとした寸前背中を誰かに押されたのだ。
そしてその瞬間走馬灯のように昨日からのことが思い出される。
婚約が成立して彼から声をかけられたのだ。
お互い大事な身になるから保険を掛け合おうといわれた。
甘い言葉に朦朧としていた。
それで保険料を全部彼が持ってくれるという言葉に信用してしまった。
結婚前にお互い傷ついても一生を保証するという言葉だ。
そしてサインまでしてしまった。
そのときは長い睦事のあとの軽い会話だった。
落ちかける階段の途中で見たのは笑う同僚の顔だった。
だが気付いてもそれは一瞬のことでいまさらだ。
そして、階段の下にはいつもなら絶対に置かれない部品のパレットが!
突っ込めば確実な死だ。
目の前に先の尖った部品が迫る。
目を瞑った。
衝撃がいつまでも来ない。
目を開けると占い師がいた。
無視したはずの占い師の席に座っていた。
周りを見てもあのときと同じだ。
時計を見ても同じだった。
では二日間のことは夢だったのかと思った。
あまりの出来事に占い師に何も言わないままその場を離れた。
一日かけて調べた結果彼はサラ金に手を出して大きな穴を開けていた。
OL同士の横のつながりでどうにか判ったことだ。
そして、あの同僚だった女と彼は保険金詐欺を働くつもりで獲物を探していた。
それに掛かったのが私だった。
あまりの衝撃の事実に驚くばかりだった。
そして、その足でもう一人の婚約者に近づいた。
彼の働く喫茶店に行く時間には早かったが会社を早退して動いたのだ。
そこに行く途中の街の路地で彼を見かけた。
一人ではなく2人いた。
仲良く手を繋いでいた。
いつも見る同じ喫茶店の女の子だ。
声をかける気も失せてその場を離れた。
次の日、通勤途中の信号で青信号を待っていた。
大きなトラックが信号の変わり目で通過しようとしていた。
その瞬間、そのトラックのまん前に自分がいた。
背中を誰かに押されたのだ。
体が潰される一瞬に見たのは彼女だった。
はっと目が覚めたように気が付く。
目の前に占い師だった。
また同じことが起きたのだ。
今度ははっきりとわかった。
助けてくれたのは目の前の占い師だ。
言われた金額を迷わず払っていた。
もう迷わなかった。
「お幸せに」
背後に聞こえる言葉はまさに祝福の声だった。
連続小説にするほどのものではないので短編の積み重ねでいきます。
基本的には一話読みきりです。