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黄金の魔術  作者: 木山碧人
第五章 ドイツ

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第90話 欠落

挿絵(By みてみん)




 約一か月前。ドイツ。ミュンヘン空港。


 到着ターミナルの電話の前には、一人の少年。


 黒いアタッシュケースを持つ、ジェノの姿があった。


『荷物は受け取ったか?』 


 受話器から聞こえてくるのは、組織の上官。神父の声。


 イタリアで行われた三人一組の異種格闘技トーナメント。


 『ストリートキング』が終わった後に起きた出来事だった。


「はい、問題なく。……中身はなんですか?」


 イタリアにいた時には、なかった荷物。


 それが、この黒いアタッシュケースだった。


 ドイツに送られた目的は、何も聞かされてない。


 恐らく、師匠を復活させる任務に関わることだろう。


『核兵器の発射装置だ。お前の生体認証で起動する。慎重に扱え』


 神父の口から明かされたのは、思いもよらぬ内容。


 身に余る物体。復活とは、まるで真逆の大量殺戮兵器。


 こんなものを持たせる理由が分からない。なぜ、どうして。


 疑問ばかりが頭に浮かぶ。ケースを持つ手が自然と震えてくる。


「か、核ぅぅぅうううう……っ!!!?」


 ようやく口にできたのは、ありきたりな反応だけだった。  


 ◇◇◇


 27日目。ドイツ。ミュンヘン。ホフブロイハウス。


 ジェノが持っていた、黒いアタッシュケースの中身。


 それを明かし、場の空気が少しだけ落ち着き始めた頃。


「……どうして、そんなものをドイツに持ち込んだ」


 この中で唯一、驚きを示したヴォルフは、当然の疑問を投げかけた。


 顔は強張り、目つきは鋭く、眉をひそめ、言葉の節々にはトゲを感じる。


(まぁ、知らなかったら、普通こうなるよな……)


 もし、他人事なら、たぶん同じ反応をしていた。


 厳しい目を向けて、非難を浴びせていたかもしれない。


 だけど、これは自分事だ。甘んじて受け入れるしかなかった。

 

「機密事項なので詳しくは言えません。悪用される心配もあるので」


 ただ、話せるかどうかは、別の話。


 中身は明かせても、仕様と用途は話せない。


 そういう命令だし、盗んだ犯人がいる可能性もある。


 信じたいのは山々だったけど、あまりにも、状況が悪かった。


「てめえ……。オレを信用してねえってのか!!!」


 すると、ヴォルフは机を踏み越え、襟を掴み、怒鳴りつけた。


 言ってることは分かるけど、怒ったところでなんの意味もない。


 感情に意識を割くよりも、問題解決に意識を向けた方が効率的だ。


「落ち着いてください。怒っても、なくなったものは出てきませんよ」


 ジェノは冷めた目を向け、ヴォルフを説得する


 客観的事実を述べれば、きっと分かってくれるはずだ。


「……どうしてそこまで冷静でいられる! 最悪、人が大量に死ぬんだぞ!!」


 襟を掴む力が強くなるのを感じる。


 どうやら分かってくれなかったみたいだ。


 もう少し、強く言った方がいいかもしれないな。


「毎日、人は大量に死んでますよ。俺たちは見て見ぬ振りをしてるだけです」


 人は結局、自分のことにしか興味がない。


 気になるのは、自分の周りと身近な場所だけだ。


 ヴォルフも例外じゃなく、身の危険を感じて怒ってる。


 これが、離れた場所だったなら、きっと知らないフリをする。


 でも、それが正常だ。全ての事象を親身に受け止める人間はいない。


 普通は心が持たない。親が死ぬ苦痛を、毎晩、味わい続けるようなものだ。


「……けっ。そうかもしれねえけど、そうじゃねえだろ」


 呆れたように、ヴォルフは手を放した。


 ひとまず、状況を理解してくれたみたいだ。


 これなら、冷静に、前向きな話し合いができる。


(あれ? なんで、俺、こんなに落ち着いてるんだろう……)

 

 激しい感情をぶつけられたことで、心が浮き彫りになる。


 何かおかしい。昔は、どちらかというとヴォルフ側だったのに。


「茶番はそれぐらいにして、どうする。回収しなければ、戦争に発展するぞい」


 自分の変化に戸惑っていると、リアが話を進行した。


 あくまで、犯人じゃない。そう主張するつもりみたいだ。


(……犯人捜しは、後回し。今は、アタッシュケース探しが優先だ)


 冷静に考えを巡らせ、やるべきことを定める。


 するとすぐに、最善の行動が頭に浮かんできた。


「探す範囲はツテを使えば、ある程度まで絞れます。ただ、詳細な位置までは特定できません。そこで、リアさんの魔術をお借りできませんか。それなら、そこまで苦労せずに、アタッシュケースを見つけられるはずです」


 戦闘はまだまだだけど、直面した問題の処理能力。

 

 これだけは、できるようになってきたかもしれない。


 そう思えるぐらいの、良い提案をした手応えはあった。


 リアが犯人だったら見つからないし、味方なら見つかる。


 どちらに転んでも、結果が伴う。事態は、前進するはずだ。


「……魔術を使うのは構わんが、ツテとやら次第だな。信用できるのか?」


 リアが危惧しているのは、能力の開示。無駄に魔術を使わされること。


 近くには、敵対するマフィアのボスがいる。うかつに見せたくないんだろう。


「99%当たる占い。その精度は、この目で確認済みです。俺に任せてください」


 でも、大丈夫。あの人は有能。


 探し物には、うってつけの能力だ。

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