第71話 手厚い歓迎
地下樹海。赤い洋館。三階。主の間。
本棚。散らばる本。巨大な釜。フラスコ。
様々な器材が並び、中央には長机がある部屋。
ガチャンと扉が開き、入ってきたのは二人の女性。
「……ご主人様、侵入者をお連れしました」
浮かない顔をしているサーラは、開口一番に言った。
黒いワンピースは塵まみれ、声はどことなく疲れている。
(艱難辛苦の果て、来るべくして来た、か……)
巨大釜の水面から目を離し、赤い館の主。ニコラは振り返る。
「あなたがここの主? 思ったよりもちんちくりんね」
なんの遠慮も敬意もなく、侵入者は言い放つ。
服はメイド服。髪は赤髪ツインテール。背は150後半。
名前はセレーナ・シーゲル。巨大釜の水面を見ていたから分かる。
(劣等種……。異世界人と地球人とのハーフ……)
あの大犯罪者の末裔。劣悪種のリアが言う特徴と一致する。
所説あるだろうけど、統計上、一致している可能性は極めて高い。
(そんな相手に舐められてる。下手に出るのはあり得ない)
ニコラは睨むように目線を合わせ、思考する。
相手は館の侵入者であり劣等種。忌避すべき存在。
本来なら、口利きする価値も資格もない、実験ネズミ。
「お待ちしておりました、セレーナ様。訪問を歓迎致します」
だけど、彼女は黄金像の試練を越えた。
種族も血筋も劣等種も劣悪種も関係ない。
敬語で接するには、十分すぎる理由だった。
◇◇◇
目の前には、下手に出る四首領の姿がある。
背丈は130cm前後。長い金髪は左右におさげ。
黒いドレスを着て、赤い星型の髪留めをつける。
風貌から見て、ちびっこ魔女といった印象だった。
名はニコラというらしい。道中でサーラから聞いた。
(……試すつもりだったんだけど、むしろ、試されてる?)
ニコラに敬語で接しなかった理由。
それは、相手の本性を探るためだった。
プライドが高ければ、絶対に反発してくる。
そんな展開を予想していたけど、蓋を開けば逆。
申し訳ないと思ってしまうほどには下手に出ていた。
(いや、きっと裏がある。ここで相手に合わせるのはあり得ない)
一瞬、こちらも敬語で合わせようかと考える。
だけど、それこそ、ニコラの思う壺かもしれない。
「ご歓迎どうも。早速だけど、こっちの要望を聞いてもらえる?」
ここは出方を伺いつつ、交渉に持ち込むのがベスト。
そう自分に言い聞かせながら、話を淡々と進めていった。
かつての主。横柄な態度を取るリーチェの仮面を被りながら。
◇◇◇
地下世界。黒龍の巣。地下三層。
木の枝が積み重なる、洞窟の終着点。
クレーターのように窪んだ大地の最下層。
そこに足を踏み入れた侵入者の気配を感じる。
「――――グルルルッ」
周りの黒龍たちも察したのか、殺気立っている。
恐らく、微細な光を感知したってところだろうね。
「手出し無用だよ。あたしが直接、話をつける」
手を遮り、なだめるように、マルタは語る。
体からは、溢れんばかりの紫光が生じている。
その光に、黒龍たちは恐れ慄き、平身低頭する。
さぁって、ガキ共を派手に歓迎してやらないとね。
◇◇◇
地下三層の洞窟内を、壁沿いに進むのは、二人と一匹。
構造は迷路。入り組んだ道を、ジェノたちは黙々と進み続ける。
「……」
激戦を予想していたけど、中は驚くほど静かだった。
接敵は、一度もない。もぬけの殻過ぎて、逆に怖くなる。
(こういう時って、大体、いいこと起きないんだよなぁ……)
思い出すのは、適性試験でダンジョンを攻略した時のこと。
あの時も、今と同じで、道中で魔物が出ず、順調に進んでいた。
だけど、その後に起きたんだ。大量の魔物に襲撃されるトラブルが。
「………………っ!!!」
その時だった。遠くない場所から、凄まじい圧を感じる。
間違いなく、誰かのセンス。それも明らかにただ者じゃない。
(ジルダさんと同じ……。いや、それ以上……っ!?)
今まで見てきた中の最高を基準に予想する。
だけど、それに引けを取らないプレッシャー。
息が苦しくなって、肌寒くなり、体は震え出す。
動かないのが吉。じっと身を伏せておくのが正解。
反応すれば位置を気取られる。そんな気がしていた。
「俺の後ろに隠れてください!!! 敵が、来ますっ!!!!」
しかし、ジェノが取った行動は、盾になること。
当然、体には今出せる最大出力の銀光を纏っている。
根拠はない。だけど、こうしなければ、きっと全滅する。
そう思わせるには十分すぎるほどの、センスの重圧を感じた。
「どりゃあああああっ!!!!!」
直後、聞こえてきたのは、地鳴りと怒号。
大気を震わすような音と共に、それは生じた。
「――――っっっ」
洞窟を突き破る拳型の紫光。
それが、目の前まで迫っている。
有無を言わぬ速攻。先手必勝の一撃。
(…………ころ、されるっ)
膨大なセンスの塊を前に、受ける意思が削がれる。
守れるわけがない。そんな負の感情が心の中を渦巻いた。
意思の力はそれに応じ、減衰。ほぼ無防備の状態になってしまう。
「……………………………………え?」
しかし、拳型の光は眼前で止まり、消えていく。
食らえば、間違いなく即死だった。手を抜かれた感覚。
いや、わざと生かされた。侵入してきた事情を尋ねるために。
「防いだ、のか……。ナイス判断だ……っ!」
「ヘケヘケ……っ!!」
背後に隠れるカモラとヘケヘケは、守り切ったと勘違いしている。
「違う、そうじゃないんです……っ」
こんな時に、嘘をついて、優越感に浸りたくない。
すぐに非を認めるために、今の愚行を話そうとした。
「……そこにいるのは、分かってる。真っすぐこっちに来な!」
そこに響いてきたのは、通る女性の声。
相手は、魔物ではなく、人。それは確定した。
ただ、気になる。頭に浮かんだのは、未確定の情報。
「マルタ、おばさん……?」
洞窟を突き破った先から聞こえてきた声。
それは、死んだ養母の声とあまりに酷似していた。




