第21話 じゃんけん
人数えゲーム。『ホフブロイハウス』内にいる人数を当てる。
一階、二階、三階で区切る全三回勝負。勝ち越した方の勝ちとなる。
道具は一人一つ使え、先攻後攻はじゃんけんで決め、口頭で数字を伝える。
「早速、じゃんけんで先攻後攻を決めるが、ドイツ式のルールをご存じか?」
向かいに立っている対戦相手の幼女。
リアは、淡々とゲームを進行していった。
「いえ、浅学ながら存じておりません」
普通なら、グー、チョキ、パーの三すくみの構図。
グーはチョキに強く。チョキはパーに強く。パーはグーに強い。
同じ手ならあいこで仕切り直し。三手しかないことで深い読み合いに発展する。
(わざわざ聞いてきたってことは、既存のルールじゃないってわけね……)
ゲームは始まってから、ほんの一分も経ってない。
それなのに、早くも先手を仕掛けられたような気がした。
「ドイツ式のじゃんけんは四つ。グー、チョキ、パーに加え、井戸がある」
リアは、長袖から小さな手を出し、指で丸を作り、井戸に見立てていた。
聞き覚えもないないし、見覚えのない手。それ以上に嫌な予想が頭に浮かんだ。
「まさか、複数の手に勝てる手。でしょうか……」
「ご名答! 井戸はグーとチョキに勝て、パーに負ける手となるぞい!」
手で作った丸を望遠鏡のように見立て、リアは答えた。
グーとチョキは一手にのみ有効で、パーと井戸は二手に有効。
つまり、パーと井戸を出せば勝率33%。グーとチョキの勝率は16%。
自ずと勝率の高いパーか井戸が選ばれ、一点読みでチョキを出すかどうか。
(グーはほぼ死に手。実質、パー、井戸、チョキのゲーム……)
冷静に考えをまとめ、繰り出す手を考える。
「これって俺も参加していいんですか?」
すると、そこに割って入ったのはジェノだった。
確かに、相手から参加人数を指定された覚えはない。
味方は一人でも多い方が、じゃんけんの勝率は高くなる。
いい質問かもしれなかった。そんなに甘くはないだろうけど。
「回が終わるごとに交代してもいいが、じゃんけんと人数えは一対一とする」
やっぱり、思った通り、甘くはなかった。
これ上なくフェアな形でリアはルールを告げる。
「交代制ですか、分かりました……。どうします、セレーナさん」
ジェノは大人しく引き下がり、前向きに尋ねてくる。
「ひとまず、初手はわたくしにお任せください。その後は状況次第で考えます」
アタッシュケースの所有権は彼にある。
勝負に口を挟める権利は、十二分にあった。
だけど、今じゃない。まずは相手の力量を試す。
「決まったか。掛け声はアイン、ツヴァイ、ドライでゆく。準備はいいか?」
腕をぶらぶらとリラックスさせ、リアは尋ねてくる。
いくら考えようとも手は四つ。この中から手を選ぶだけ。
「構いません。いつでもどうぞ」
焦る必要も、深読みする必要もない。
ただ、淡々と自分が出す手を信じるだけ。
「ゆくぞい」
リアは基本形となるグーの形を作り、準備は整った。
「「アイン、ツヴァイ、ドライ!」」
小気味いい掛け声とともに、手を繰り出す。
(本命はパーか井戸。さっきの素振りは井戸と思い込ませるブラフ。つまり――)
セレーナが形作ろうとしているのは、一点読みの択。
勝率の高いパーを刈り取るためだけの手。チョキだった。
「……ふっ、なかなか、トリッキーな手を選ぶ」
賞賛か誹謗か。自嘲気味に笑いながら、リアは語る。
(この反応、どっちの……)
焦る心のまま、すぐに目の焦点を絞り、手が見えてくる。
「……っ」
思わず息を呑んでしまう。
だって、そこに見えていたのは。
「ただ、トリッキーなのはこちらも同じ。心理戦は吾輩が一枚上手だったようだ」
使い勝手が悪い、死に手だったはずのグー。
一回目のじゃんけんは、完全な敗北の形で終わった。




