映画館/妖怪のハラワタ
夏ほど熱くなく、冬ほど寒くない春と秋は、過ごしやすく心地よい季節だ。
特に“食欲の秋”と呼ばれる秋は、旬の食材が多く外に出るだけであちらこちらから良い匂いが漂ってくる。
そんな秋に起きた最悪の日の話を、暇つぶし程度に聞いてくれないか。
面白くはないが、少なくとも時間をつぶすことはできると思うよ。
裏話
芸術の秋や食欲の秋、スポーツの秋とも様々な呼び名で呼ばれるこの季節では、町のいたるところから美味しそうな匂いが漂ってくる。外に出てからそんなに時間が経っていないのに、自分の両手は美味しそうな匂いのする食べ物が入ったビニール袋でふさがっている。
調子に乗ってしまい、一人では処理しきれないほどの量を買ってしまった後悔をしつつ、両手にある荷物をどう処理するか考えていた。
このまま散歩をするには荷物が多すぎるが、荷物を置くために家に帰ると夕飯には早く、散歩をするには微妙な時間になって暇になってしまう。散歩に出てそんなに時間が経っておらず、このまま帰ってしまうのはもったいないが不完全燃焼感がある。
それならこんなに買うなという話ではあるが。
家から少し離れた商店街には買い物以外に近づくことはほとんどなく、八百屋や精肉店などの食料品を売っている場所は知っているが。それ以外の場所となると、どこにどんな店があるのか知らない。
いい機会だと考え、何処かに腰を落ち着けて暇をつぶせる場所を探すために、辺りを散策するとこにした。
いつも入り口近くの店しか行ってないから、商店街の奥の方へ向かうことにした。
商店街の入り口は綺麗に掃除されておりほとんどの店が営業していたが、商店街の奥の方へ行くほど手入れがされていないのか薄汚れており、閉まっている店の割合が増えてきた。商店街の入り口と比べると、違う場所のような印象を受ける。
入り口近くの喧騒が聞こえなくなり辺りが静寂に包まれた頃、入り口に戻ろうと考えていると。
あるポスターが目に入った。
そのポスターは長い間外で雨ざらしになっていたのか、ボロボロで色が抜け落ちているがギリギリ読み取れる程度には色が残っていた。タイトルらしき文字があるが色が抜け落ち、とても読めそうになかった。
ポスターに気を取られたおかげというべきか、いままで気づかなかったがポスターが張られていた壁の横に狭い道があった。
こんなところに道があったのかと、不思議に思いながら好奇心を持った自分はその道を進むことにした。
体を横にしてようやく通れるほどの狭さの道をしばらく進んでいると、広い空間に出た。
ここも商店街の一部なのかお店が点在していたが、周りはろくに掃除していないのかゴミがあっちこっちに転がっており、ほとんどのお店はシャッターが下げられており閉まっている。
ほとんどのお店と言った通り、シャッターが開いていたお店が一つだけあった。
お店の周りには看板などなく、何のお店なのかは分からなかった。
わざわざと言うほどではないが、狭い道を通って来たのだからこのまま元の道を戻るのは、勿体ないというべきか何というべきか。
開いていると思われる店の中に興味本位で入ってみると、中は薄暗く気負付けて歩かないと躓いてしまうほどの暗さに包まれていた。
灯りはあるにはあるが、必要最低限にも満たない量しかなく光も弱弱しくどうも心もとない。眼が薄暗さに慣れた頃、入り口から真っ直ぐの奥に受付らしき台があった。
人はいないようだったが、ヒントというべきかこの場所が何なのか手がかりがないかと近づいた。
その受付にはランプのような物があり、それが薄く辺りを照らしていた。
ホコリが薄く積もっており、長らく使われていないように見えた。
シャッターが開いていただけで、何年も前に廃業した建物だと考え、周りの明かりはホームレスなどが住み着いているのだろうと考えた私は、落胆を感じつつ建物から出ようとしたときだ。
『お客様ですか』
受付の奥から声がした。
しゃがれた声が受付の奥から聞こえてきた。男か女なのか、青年なのか老人なのかは分からなかったが人の声が聞こえてきた。
自分は驚きながら声の方を向きながら、そうだと答えた。
『4番にどうぞ』
しゃがれた声は短くそう応えた。
4番とは何だと思っていたら、右奥の方から強い光を感じた。
突き当りの壁の天井から吊り下げられた裸電球が強い光を放っており、周りを照らしていた。
壁には漢字で四と大きく書かれており、そこが4番なのだろうと思い近づいてみた。
4と書かれた壁の左側には両開きのドアがあった。ドアから音と光が漏れ出ており、少なくとも中で何かが行われているのは分かった。
自分は好奇心に流されるままにドアを開き、中に入ると最初に目に入ったのは眩しい光だった。少し目が眩んだが、すぐに慣れて中の様子を知ることが出来た。
光を放っていたのは目の前の壁から出ていた、どうも映像を流しているらしく自然あふれる映像が目に映り込んできた。
光源は映像しかなく、周りは暗闇に包まれ自分の足元さえまともに見ることができぬほどの暗さだった。
しかし、見えないのは光源に照らされていない場所だけで、光源に照らされていた場所は見えた。
どうもあそこは映画館らしく、少しの客席と映像を映すスクリーンがあり、自分以外には客がいないのに映像が流れていた。
映像の内容はどこかの山の中を映しており、そこで行われていた宴の様子を映し出していた。音声など流れておらず映像も白黒ではないが、かなり古い映像なのか砂嵐が走っていた。
客席には意外なことにそれなりの人数が座っていた。
自分は後ろの方の席に座り映像を見ることにした。
カメラが固定されているのか、映像は一定の方向だけを映している。映している場所は真ん中に大きな木があり、その木を囲むように多くの人が座り込んでいる。座り込んでいる人は縁日や成人式などの行事ぐらいでしか見ない着物らしき服を着た人物が多く映り込んでいた。
声などは入っていないが、人の動きを見る限り宴はそれなりに盛り上がっているように見えた。酒や食べ物は見えないが、多くの人が手や物を叩き踊っている。
その中には奇妙な恰好をした人らしき物や奇妙な物が映っていた。角のような物を頭についている半裸の男、緑色の肌を持った子供と相撲を取っている異様に首の長い女、動物の尻尾を腰に巻き付けた女、人の顔が書かれた提灯と傘。
どれも誰もが楽しそうな顔をしている。
それを見ていたら自分も楽しい気持ちになるほど、あの宴に参加したいと思ってしまうほどに、楽しそうだ。
しばらくそんな気持ちに浸っていると、不意に誰かに見られていると感じた。
周りを見ても誰もがスクリーンの方を向いてこっちを見ていない。気のせいかと考え映像の方を向くと。動物の尻尾を腰に巻き付けた女がこちらを見ていた。
女は笑いながら手を招いていた。まるでこちらに来いと言っているように思えた。
いつの間にか周りにいた人々もこちらを向いて手を招いていた。
聞こえなかった音が、聞こえてくる。太鼓が叩かれる音が、人が笑い合う音が、風が吹き草木が揺れる音が。先ほどまで流れていなかったはずの、聞いた覚えのない音が聞こえてきた。
初めて聞いたはずなのに、知らないはずなのにどこか懐かしく、心の底にまで響いてくるような音が聞こえてくる。
どこか懐かしく心地よい音が、楽しげに笑う人が、笑う人が、笑う人が、笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が笑う人が
楽しそうに笑えるその場所が、どうしてか羨ましく思えてしまった。
動物の尻尾を巻いた女が。まるで骨のように見える白い腕を、手をつかまれるのが当たり前のような顔を浮かべながら、手をつかまない選択しなど存在しないと言わんばかりに、手を伸ばしてきた。
自分はそこであることを思い出した。自分の足場が破壊されたような、心のよりどころが音を立てながら崩れ去るような、そんな絶望に似た感情を私は感じた。
なんでそんなに絶望したのかだって?家の鍵を閉め忘れたことを思い出したからだ。
それからの行動は早かったよ。すぐに席を立って、受付に財布から出した金を叩きつけて急いで帰ったよ。
急いだせいで食べ物が入った袋を1つ置き忘れたし、ろくに確認せずに出したから財布から五千円も出してしまった。
映画を最後まで見られなかったことと、食べ物を忘れたことと、お金を払いすぎたことといい。あの日は最悪の日だったよ。
表話
無機質なチャイムの音が鳴り響き、それを合図にクラスの代表が声を出す。
形だけの心のこもっていない礼をしながら、退屈な授業が一区切りついたことに安堵した。
先ほどまでの静かさが嘘のように、人の話し声、机や椅子を動かす音、カバンをまさぐる音、扉を開ける音、廊下を移動する人々の足音などが聞こえてくる。
そんな騒音を聞きながら、眠りかけた体を覚ますために背を伸ばした。
退屈な授業はあと少しあるが、それさえ乗り切れれば待ち望んだ休日がやってくると思うと、少しはやる気が出てくる。
昼飯を食べようとあらかじめ購買で買ってきたパンをカバンから出していると、声もかけずに目の前の誰かの(確か背の低い男だったはず)席に座る影があった。
顔を上げると、そこには悪友と言うべき友人が座っていた。
「またいつものパンかよ。たまには別のパンか弁当食えよ。」
「余計なお世話だ。他のパンを食うぐらいなら食わない方がお得だ。お前だっていつものを食ってるじゃないか。」
悪友の手にはカツを挟んだカツサンドがあり、悪友は美味しそうにそれを食べていた。
この悪友はいつも肉が好物で、肉の入った物以外あまり食べない子供舌のような物を持っている。
弁当を持っているのに、弁当の内容が気に入らなかったら食べずに捨てる変わり者だ。
「それより聞いてくれよ。最近おもしろい噂を聞いてな、なんでも商店街の方に妖怪が住み着いた館があるらしいんだ。」
そう言った悪友の顔は嫌な笑顔を顔に張り付けていた。長年と言うほど長くは一緒にいないが、あいつがこの後にいう言葉は見当がつく。
「良い動画のネタになると思わないか。」
人には言えない秘密なんて、誰もが持っている。
そう言ったのは誰なのか。知らないし知りたくもないが、おおむね同意できる発言ではある。過去の偉人かなんかの発言だとは思うが。
この偉人の発言は、まだ未完成だと俺は思う。
ここに一つ文章を付け加えることで完成する。しかし、秘密とは暴かれなければいけない物である。
誰にでも言えない秘密とは、暴かれなければいけないのだ。秘密などあっていいものではないのだから。
「カメラは隠し持ったか。顔も隠しているか。」
悪友の言葉を受けて、思考の海から抜け出した。
今俺たちがいるのは夜の商店街だ。人の影などなく明かりもない、夜に支配された町は暗く、隠れて行動するには都合がいい。俺たちの服装は闇に紛れやすくするために全体的に黒く、顔を隠すためにフードのついた服と顔を半分覆うマスクで隠している。
「大丈夫だ、準備は万端だよ。」
「よし、それじゃ行こうこっちだ。」
悪友に先導され、夜の商店街を進む。
目的地までまだ時間がある。それまで俺たちの目的を整理しておこう。
俺たちは社会が隠している秘密を、弱者の代わりに暴き出す者。今まで多くの秘密を暴き動画として世に出してきた。
そんな俺たちが今回のターゲットとして選んだのは、商店街に流れる妖怪の噂だ。
悪友である友人がその館の場所を特定し、妖怪などと呼ばれる物の正体を暴こうと夜の商店街にやってきた。
どうせ妖怪の正体なんて潰れたどっかの店を不法に占拠したホームレスかなんかだとは思うが、そんな法を犯す者を世に知らしめるのも俺たちの使命だ。
「この路地裏を通ると目的の館だ。」
使命を再確認していたら目的地に着いたらしく、気を引き締める。
そこは狭い路地裏で、ゴミや汚れが目立ち今まで掃除などしたことなどないと言わんばかりに汚れている、右の壁には色あせたポスターが一つだけ貼ってあり殺風景だ。
「覚悟は出来てるか?出来てるなら行こう、秘密が俺たちを待っている。」
「覚悟は出来てるよ。大丈夫だ。」
そうかい、と短い返事をして悪友は路地裏を先に進んだ。俺もその後に続く様に路地裏に入った。路地裏は予想外に短く、すぐに広い空間に辿り着いた。
そこはいくつかの店が立ち並んでいた商店街の一角らしき場所だった。いま通ってきた路地裏以外には道が無く、不便を極めたような場所だった。その証拠に並んでいた店はほとんどシャッターの前に閉店と書かれた紙を張り付けていた。
その中で一つだけ今もシャッターを開けている場所があった。そこから光が漏れており今も誰かがいることを示している。
「ここはもともと映画館らしい。なんでこんな所に映画館を建てたのかは調べても分からなかったが、それを暴くのも今回の目的の一つだ。まあ、分からないとは思うけれど調べない理由にはならない。」
「確かにそうだ。そこに秘密があるのなら、どんな秘密でも暴くのが俺たちだ。
それにしても、やっぱり噂はいい加減だ。館の名前が付いてはいるが、映画館のことを館と言うのはマヌケが言うことだろ。」
「そういうな。どうせ噂を流す奴なんて、内容なんてどうでもいいんだ。噂を流すことしか考えていないバカに貴重な思考を割くな。気持ちを切り替えて秘密を暴くことに集中しようじゃないか。」
………確かに、そんなことに思考を割くのは馬鹿がやることだ。
気持ちを切り替えるためにカメラの位置とマスクの確認を済まし、息を整え目的である映画館に入る。
扉は半開きで、開いた隙間から光が漏れている。扉にはドアノブのような取手などがなかった、もともとないのか昔はあったのかは分からない。半開きの扉を少し開けて、体が入るほどの隙間を確保して滑り込むように通る。
映画館の中は奇妙な構造だった。無駄としか思えないほど、多くの柱が建てられており視界が遮られている。天井に吊り下げられている蛍光灯は光を放っておらず、地面に置かれた提灯が映画館唯一の光源らしい。提灯は乱雑に無計画に設置されており、無駄としか言いようがない。灯りはあるが声などの音がなく、少なくともここに人はいないと思える。
営業していない映画館にしては綺麗に掃除されている。誰かが掃除をした跡が残っており、誰かがここにいることが分かる。辺りを見渡すと、入り口近くの壁に掃除道具が立てかけられており、やはり誰かがここに住んでいることを確信した。
妖怪が掃除をするはずがなく、ホームレスか何かが勝手に住み着いているのだろう。やはり噂は噂だ、さっさと不法に占拠している奴の顔でも撮って、秘密を世間に公表しよう。
「汚いな。ここの不法占拠者はまともに掃除も出来ないのか。」
「確かに汚いな。噂の真実もここの掃除で出てきたゴミを捨てる途中に、商店街の人に見られた不法占拠者の格好があまりにも汚かったから、妖怪に見間違えたからだろう。」
悪友も俺と同じ結論に至ったようで、がっかりとした表情を隠しもせずに奥の方へ進む悪友に同意しつつ、その後を追った。
邪魔な提灯を避けながら映画館内を見て回ると、柱に隠れた所に受付らしき場所があった。そこにも提灯があったが、光が消されており暗闇に包まれていたが、悪友が近くに置いてあった提灯を持ち上げ、受付に持ってきたおかげで明るくなった。
受付には変な物など特になく、本日閉館と書かれたプレートが受付の真ん中に置かれていた。本日などではなく終日閉館の間違いだろと思いつつ、受付周りを探索する。
受付の周りには何もなく、受付の中に少量のお金が残っているだけで特に何かあるわけではなかった。
「特にめぼしい物はなかったな。まあ考えればわかることだが、それでも調べない選択肢は俺達にはないな。」
悪友は落胆した表情を隠さずため息もついた。俺は残っていた少量の金をポケットに入れた。どうせここに残してもなんの役にも立たない、それなら持って帰って使うのが世のためになる。
受付の探索を終えてもうそろそろ違う場所を探索しようと考えていたら、悪友からおもしろい提案があった。
「どうせ大昔に放置された建物だ、困るのは不法に占拠しているホームレスだけだ。それなら世のために、ホームレスがここに住めないように細工をしていかないか?」
どんな細工をするのかは分からないが、世のためになるのなら。やらない選択肢など俺たちに存在しない。
「どんな細工をするんだ?」
「簡単さ。ここでボヤ騒ぎを起こすだけさ。」
そう言うと悪友は、そこらにある提灯を受付の前に集め始めた。
映画館を照らしていた照明が一か所に集まったせいか、受付の周りが明るくなったが映画館は夜の闇に包まれ暗くなっている。
「なんで提灯を集めたんだ?暗くなって足元も見えなくなるじゃないか。」
「これが細工さ。この時代錯誤も甚だしい提灯がここの映画館を照らしている唯一の光源だ。この提灯は蝋燭が入っている、つまり火がついている。この火によってボヤ騒ぎを起こすのが細工だ。」
悪友はそう言い提灯の中から蝋燭を1つ取り出した。蝋燭は思っていたより長く、太い蝋燭で、ホームレスが持つには豪華な蝋燭に見える。
「この火のついた蝋燭と、火の勢いを強める酒とかを組み合わせることで、遠くからでも見えるボラを起こす。無能な警察や馬鹿な新聞社はホームレスが起こしたボヤだと考えるだろうな。」
「なるほど、さすが悪友だ。無知な一般人にもこんな映画館があったことを、思い出すき機会を与えることが出来る。一石二鳥とはまさしくこの作戦のことを言うのだろう。」
悪友の細工は、俺たちではなくホームレスがボヤを起こしたと、世間に誤認させることが出来る、なんと最高の細工なのだろう。俺たちの活動はまだ世間にばれるわけにはいかない、俺たちの活動を隠し、ホームレスどもから映画館を救い出すことが出来る。
なんと最高な作戦なのだろう。
「どうせこの映画館のどっかに、飲みかけの酒とかが捨てられているだろうから、それを探しながら探索しよう。」
「そうだな。どうせどっかの部屋にゴミと一緒にまとめられていると思うから、そこをボラの原因にすることも出来るな。」
この後の計画をおおまかに話し合いながら、どこを探索するかを話し合っていると。
どこからか声が聞こえてきた。
悪友も気づき、声と気配を消しながら、声がどこから聞こえてくるのか聞き耳を立てる。笑い声のような異様に苛立つ声が映画館に響き渡る。先ほどまで聞こえなかった声が、静寂に包まれていた映画館に響き渡る。
人がいるのだ。たぶんホームレスだとは思うが、人の声がしている、いないと思っていた人の声が、突然聞こえてきた。
「………どうやら人がいたらしい。なるべく音を出さすに行動するぞ。」
悪友も聞こえていたらしく、声のする場所を探しているのか辺りを見渡している。俺も辺りを見渡し、声のする場所を探していると。
灯りが漏れ出ている場所を見つけた。悪友の肩を叩き、手の動きで灯りが漏れ出ている場所を示した。
「………たぶんあそこにホームレスどもがいる。どうする。」
「……いや、これはチャンスだ。」
「たぶんホームレスどもは、あそこで酒を飲んでいる。そこにある酒を盗むなり、蝋燭を投げ入れればボラを起こすことが出来る。」
行くぞと、笑い声がする場所へ悪友は向かっていく。俺もその後に続き、笑い声がする場所に向かった。
受付から右の方から笑い声が響いてくる、笑い声の方へ向かうとそこには頑丈そうな両開きの扉があり、その扉は少し開いておりそこから笑い声が漏れている。
廃棄された映画館とはいえ防音性は失われておらず、先ほどまで笑い声が聞こえなかったのはこの扉が音を外に出さなかったのだろう。ホームレスがトイレかなんかのために外に出た際に、扉を完全に閉めなかったから音が漏れ出し始めたのだ。
「……おあつらえ向きに扉が少し開いてるぞ。ここから中も見えるし、蝋燭を投げ入れそうだ。」
悪友はそう言うと、扉にある隙間から中の様子を見た。俺もその後に続く様に扉の隙間を覗いた。
風が吹いてきた。
扇風機のような人工物によって起きた風などではない。気圧の差によって自然に起きた風が、扉をすり抜けるように吹いてきた。
そこは室内とは思えない場所だった。
大きな巨木を中心に、古臭い着物を着た大人たちが踊り狂い騒いでいた。美味しそうな食べ物の匂い、土や砂が舞い上がる匂い、何かが腐ったような匂い、草木が揺れ擦れる音が、笑い続ける人の声が、硬い物を無茶苦茶なリズムで叩きつけている音が、吹き抜ける風と共にやってきた。
ありえない風景が扉の隙間に広がっていた。ありえてはいけない風景が扉の向こうに広がっていた。
俺たちがいるのは自然とは縁遠い、商店街の一角にある映画館だ。自然とは縁遠い場所のはずだ。
俺が今見えているこの光景は何だ。コンクリートに侵されていない、剝き出しの土に支配しているこの土地は何だ。発展した人の土地ではない自然の土地が、俺の俺たちの目の前に広がっている。
俺と一緒に覗いていた悪友も、ありえない光景に驚いている。何が起きているのか分からない、俺たちでは理解などできなかった。
ホームレスなどではない、本当に妖怪がいたのだ。
理解したくない、理解できない光景に二人そろって固まっていると。
奇妙な音が鳴り響いた。
鈴の音にも聞こえるし、獣の唸り声のようも聞こえ、黒板を爪でひっかいたような耳障りな音でもあり、何も響かない無のような音にも聞こえる。チグハグに固められた、聞いていていると気分が悪くなるような音が、映画館全体から聞こえてくる。
そんな音が響いた瞬間、まるで土に埋められたような圧迫感に包まれた。体の熱がじわりじわりと奪われるような感覚に、次第に体から力が抜けていくる。呼吸が徐々に大きく荒く、不規則になってくる。
腰が抜けて立っていられなくなり、地面に倒れそうになった瞬間。
また奇妙な音が鳴り響いた。
その音に導かれるように体が動く、扉の向こうに引き寄せられるように、体が動いていく。俺の意志を無視するように、俺の体が俺の物じゃなくなったかのように。何もできない、踏ん張ることも、抗うこともできやしない。
命乞いも泣き言も喚き声もする暇もなく、扉の向こうへ引きずられるように吸い込まれてた。
「この前商店街にある映画館の話をしただろう?この前食べ物を置き忘れたことを、謝りに行ったんだ。」
「映画館の人も、謝りに来るとは思っていなかったらしくて驚いていたよ。」
「自分も驚いたよ。自分が行った時は汚れに汚れ切った映画館が、綺麗に掃除されてたんだ。なんでも新しく人を雇ったらしくて、最初の仕事として掃除を任せたらしいんだ。」
「その時に誰の物か分からない物が出たらしくて、誰の物か分からないしあまりにも多いから、謝りに来た自分にあげると言われたんだ。」
「まだ使えるカメラを2個も貰ったけど1個で十分だし。君が良ければこの余った1個を貰ってくれないか?」