戸惑いの日々
食事をした後、僕はエリス姉様に連れられて庭に出た。日差しが眩しい。ゆっくりと目を開けると、目の前には広大な景色が広がっていた。左手の方向には広大な畑が広がり、右手の方向には道があって、その先にはたくさんの家も見える。さらに、家の裏側には草原があって、草原の先には高くそびえる山があった。
“やっぱり異世界なんだ~!”
家の中から母様が声をかけてきた。
「エリスちゃん! ルカちゃん! 庭から出ちゃダメよ! まだ、完全に病気がよくなったわけじゃないんだからね!」
「は~い!」
僕と姉様は家の前の庭で遊ぶことにした。
“何して遊ぶのかな? 7歳の女の子ならおままごとかな? なつかしいな~。”
「ルカ! こっちこっち!」
姉様に呼ばれて行ってみると高い木があった。姉様はどんどん木に登っていく。でも、僕にはできない。地球にいた時には僕も運動が大好きだったが、さすがに今はまだ体が小さすぎて力がないのだ。
「姉様~! 姉様~!」
僕が姉様を呼ぶ声が聞こえたのか、家の中から父様が出てきた。父様は僕達を見て驚いた。
「エリス! 危ないじゃないか! 降りてきなさい!」
「大丈夫よ! 父様!」
どうやらエリス姉様はかなりやんちゃな性格のようだ。なかなか降りてこようとしない。すると、父様が突然僕を肩車してくれた。
「ルカ! あっちに行くぞ! お前には特別に魔法を見せてやるからな。」
すると、木の上にいた姉様が大声を出しながら降りてきた。
「父様! 私も、私も見たい!」
父様はエリス姉様の頭をなでながら言った。
「お前にも見せてやる。でも、約束しような。ルカはまだ小さいんだ。2人とも危ないことはしないって約束できるよな。」
「ごめんなさい。」
「わかればいいんだ。なら、一緒に行こうか。」
僕と姉様は父様と手を繋いで草原に向かった。
「いいかい。2人ともよく見てろよ!」
僕も姉様もワクワクしながら見ていた。父様は何やらモゴモゴと言っている。すると、父様の突き出した手から丸い泡のような物が空中に向かってたくさん出た。シャボン玉のようだ。太陽の光が反射してキラキラと光っている。
「すごい! すごい! エリスもやりたい! 父様! エリスにも教えて!」
「そうだな。エリスは俺と同じ水魔法に適性があるからな。もしかしたら、できるかもしれないな。」
「父様。僕は?」
「ルカはまだ教会に行ってないから使えないさ。教会に行って魔法属性を与えられてからだな。だが、全員が魔法属性を与えられるわけだはないんだ。」
「どういうことなの? それに魔法属性って何なの?」
「魔法は神からその使用を許されたものしか使えないんだ。神から許されたものは必ず使える魔法の属性があるのさ。属性には火・水・土・風・雷・光・闇の7つの基本属性と、基本属性に当たらない無属性っていうのがあるんだ。俺もエリスも水属性で、母様は火属性があるんだぞ。」
「一人一つの属性なの?」
「普通はそうだな。だが、魔術師のような人達は2属性持っていることもあるし、王立学院の学院長は3属性あるらしいぞ!」
「父様。魔法属性がない人もいるの?」
「まずいないな。魔法が使える者は必ずどれかに適性を持っているからな。」
父様の言葉を聞いてものすごく不安になった。どうやら僕はこの男爵家の長男だ。そんな僕が魔法が使えなかったらどうなるんだろう。僕の不安をよそに、父様は姉様に一生懸命魔法を教えている。でも、姉様はなかなか父様のように魔法が使えない。そんな2人の様子を見ていて僕の不安はますます大きくなった。
「父様。姉様。僕、先に家に入るね。」
「わかった。もうしばらく練習したら、俺も帰るよ。」
僕は一人で家に帰った。すると、母様がメイドのターシャと何かを焼いていた。なんかすごく甘い匂いがする。
「母様。何してるの?」
「あなた達のおやつを作っているのよ。」
「僕も手伝っていい?」
僕は地球にいた時、女の子らしくよく母親の料理を手伝った。どうやらこの世界に来ても料理が好きなようだ。
「いいけど、大丈夫?」
「うん。」
「なら、手を洗ってきなさい!」
「はい。」
僕は手を洗って母様の手伝いを始めた。陶器で出来たボールの中に小麦粉のような粉を入れて、砂糖とバターを入れてよくかき混ぜる。それを、土で出来た窯の中で焼くのだ。後、様々なフルーツがあった。形はリンゴなのに味は地球の桃だったり、イチゴの形をしていて味がサクランボだったりとなんか変な感じだ。
「これって何て名前なの?」
「パーチとベリーよ。」
どうやら、名前までよく似ているようだ。リンゴのような物がパーチで、イチゴのような物がベリーだ。桃が大好きな僕は思わずつまみ食いしてしまった。
「ダメよ。ルカちゃん! 今食べたら出来上がった時の感動がないでしょ。」
「ごめんなさい。」
「いいわ。」
母様が僕のホッペにキスしてきた。ルカという少年は本当に両親に愛されていたようだ。すると、ターシャが僕に言ってきた。
「ルカ様は本当にきれいなお顔をしてますよね。これから先、どれだけ女性にもてるんでしょうね。」
「そうね。確かにターシャの言う通りね。今からルカが他の女性にとられないように気を付けないとね。フッフッフッ」
なんか複雑だ。僕の身体は男だけど、僕の記憶は女なのだ。これから先が不安になった。そんな時、姉様が外から帰ってきた。そして、僕の近くに来て大きな声で話し始めた。
「ルカ! ルカ! 聞いて! 私にもバブルが作れたわよ! どう? 偉いでしょ?」
偉いでしょって言われても困る。僕は見てないんだから。でも、精神的に大人な僕は小さい子をあやすように姉様を褒めた。
「姉様。すごいですね。今度僕にも見せてください。」
「いいわよ。なら、明日見せてあげるわ。」
「はい。」
それから、僕と姉様はおやつを食べて父様の書斎に行った。そこには本がたくさんあった。地球で生まれ育ったはずなのに、書斎の本の文字がすべてわかる。僕は本棚の中から『魔法の基礎』という本を手にした。
「ルカっていつからそんなに難しい本が読めるようになったの?」
「えっ?!」
もしかしたら、本当のルカはまだまともに文字が読めなかったのかもしれない。考えてみればまだ5歳になっていないのだ。
“まずい。どうしよう?”
僕は咄嗟に言い訳を考えた。
「父様か母様に読んでもらうつもりだよ。」
「ふ~ん。」
気のせいかもしれないが、何かエリス姉様が僕のことを怪しんでいる気がする。僕はそっと本棚に本を戻して、姉様と一緒に昼寝することにした。そして、昼寝から目覚めた僕は、もう一度父様の書斎に行ってさっき手にした本を取った。中を見てみると、父様が説明してくれた内容が書いてあった。ただ、本の中に大事なことが書かれていた。それは、魔力だ。
魔法を使うには、それに見合うだけの魔力が必要になる。つまり、魔法が使えない人達は魔法を使えるだけの魔力がないのだ。果たして、僕に魔力があるのだろうか。
「ルカ! 先に起きたのね! どうして起こしてくれなかったの?」
「姉様が気持ちよさそうに寝てたからだよ。」
「そう。ルカは優しいのね。」
姉様が僕を抱っこしようと持ち上げた。でも、7歳の女の子にとって5歳の僕は重いのだろう。すごく、重そうにしている。その仕草がとてもかわいく思えた。
「姉様。夜は何して遊ぶの?」
「夜はお勉強よ。」
「お勉強?」
「そうよ。ルカだって一緒に勉強するのよ。」
「何を勉強するの?」
「貴族としての生活や算数、それに文字も習うのよ。」
なんかどれも興味がないものばかりだ。地球にいた時のように空手や料理を勉強するなら興味があるんだけど。先生は執事のセバスだ。セバスは父様の父様、つまりおじい様の執事をしていた。そのため、僕らの先生にはもってこいの人物なのだ。因みに僕のおじい様はこの国の侯爵だ。
勉強も終わってお風呂の時間がきた。父様が服を脱ぎ始めている。
「ルカ! 早く来い!」
「えっ?!」
僕は自分の身体さえろくに見れない。ましてや大人の男性の裸なんか見たら間違いなく卒倒するだろう。僕がもじもじしていると、母様が言ってきた。
「どうしたの? ルカちゃん!」
「母様。もしかしたら、ルカは私や母様と一緒の方がいいんじゃないの?」
恥ずかしかったが僕はゆっくりとうなずいた。すると、父様が呆れたように言った。
「そうなのか? お前もまだ子どもなんだな。母親と一緒に風呂に入りたいなんて。」
「ルカ! 気にしなくていいのよ。父様は私にやきもち焼いてるだけなんだから。」
父様は寂しそうに一人でお風呂に行った。しばらくして、僕達の番だ。どうやら姉様も一緒に入るらしい。
「ルカ! 早くしなさいよ!」
「待ってよ。」
地球にいた時よりはお風呂が大きい。さすが貴族屋敷だ。僕は先に自分の身体を流す。やはり、地球時代には見慣れなかった物がついている。なんか複雑な気分だ。それに引き換え、姉様の身体は今までの自分と同じだ。できれば体を交換したいぐらいだ。母様はやはり大人の女性の身体をしていた。肌が雪のように白くて胸がやたらと大きい。さすが男爵夫人だ。
「ルカ! そこに座って! 背中を洗いっこするわよ!」
「うん。」
僕と姉様の様子を母様が微笑ましく見ていた。姉様も僕も金髪で青い瞳をしている。でも、執事のセバスとメイドのターシャは茶髪にブラウンの瞳だ。不思議に思った僕は姉様に聞いた。
「姉様。金髪とか青い瞳とか珍しいの?」
「どうして?」
「だって、僕と姉様と父様は金髪で青い瞳だけど、セバスとターシャは違うよ。」
「知らない! 父様か母様に聞いたらいいじゃない!」
「うん。」
「ルカは何か今までのルカじゃないみたい!」
「どうして?」
「だって、今までのルカはもっとヤンチャだったもん。木登りだって私より上手だったし、お風呂なんて体を洗わないでいきなり飛び込んでたのに、今は違うんだもん。それに、そんなに素直じゃなかったもん。いつも、どうして、どうしてってしつこかったのに、今のルカは違うもん。」
「ごめん。僕、記憶がないんだよ。」
「そうよね。変な事言ってごめんね。ルカ! もう出ようか?」
「うん。」