表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山桜 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
瀬原修一
7/8

 (よし)()(かく)()うのが下手だった。

 ()()いを(ほとん)どしなかった。

 そうかと思えば、満一歳で、行き成り、手近の紙を掴んで立ち上がった。


 二歳頃には言葉を話そうという意志を見せ始めた。

 

 雨の日に時々見に来るだけの修一には、(よし)の成長は筍の伸びる速度と変わらない(よう)に思えた。


 其の成長速度は、(あらかじ)め重蔵から伝えられてはいたものの、修一には奇妙に思えた。




 (よし)は、満二歳の頃には髪も伸びて、艶々としたおかっぱ頭の、色の白い娘になった。

 数えで六つの修一からしてみれば、(ほとん)ど急に、(よし)は市松人形の(よう)に愛らしくなったのだった。


 周囲は(よし)の成長を逐一(ちくいち)喜んだ。

 重蔵でさえ、時々、(よし)に構っていた。


 思い返すと、重蔵は里の子供に優しかった。

 子供が好きだったのかもしれない。


 作り物めいた、整った顔の重蔵が、市松人形の(よう)な姿の(よし)と居るのは、何だか薄気味が悪く、修一には非現実的で、異様に見えた。




 (よし)は、急激に富久(ふく)に似てきた。

 美しくなる、という、重蔵の言葉は、此の(まま)順当にいくと実現しそうであったが、修一は相変わらず(よし)が嫌いだった。


 修一の持っていないものを全部持っていたからである。


 (よし)は、生まれた時から、何の苦労も無く、両親も、乳母の(なつ)も持っていた。


 あんな、産毛が全部抜けてしまった、猿の(よう)な、赤く(ただ)れた姿であったのに、長じるにつれて、(よし)は、雪の(よう)な美しい肌に、美しい黒髪までも手に入れていた。


 (よし)の小さな、形の良いおかっぱ頭の上には、何時(いつ)も、輪の形に艶が出ていた。

 実方(さねかた)本家当主の(ただ)(あき)が、(せん)(びん)と称えていた。(よし)の髪が、蝉の羽の(よう)に透き通って美しく見える程のものだと言うのである。


 修一は内心、其れが羨ましくて仕方が無かった。




 (よし)は修一に、よく懐いた。


 何時(いつ)も、修一の袖をギュッと、小さな手で握ってくる子だった。

 修一は其れを迷惑に思ったが、表立って意地悪は出来ず、また、(よし)も、修一の言う事は、よく聞いた。




 喋るようになると、(よし)は修一を御兄(おにい)(ちゃま)、と呼んだ。


 (よし)なんて妹ではない、と、(かたく)なに思う修一だったが、確かに、修一と呼ばせるわけにもいかず、他に何と呼ばせ(よう)も無かったので、黙って、御兄(おにい)(ちゃま)と呼ばれる事に耐えていた。


 (よし)と対峙する時、修一の中には何時(いつ)も、ある種の諦めが有った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ