長の館
修一は夜、重蔵と一緒に寝ていた。
一緒に居ると重蔵は時々、護摩の匂いをさせていた。
修一は、其れが別に嫌ではなかった。
重蔵は、修一を手中の珠の如く扱った。
修一は、重蔵に、容姿才能を誉めそやされて育った。
重蔵が居ない時は決まって、一番若い巫女が、修一を自分の布団に入れて、一緒に寝てくれた。
其の巫女の、肌理の細かい肌や長い黒髪から、甘い匂いがした。
そして、布団の中で寄り添うと、人肌が暖かかった。
修一は、其の優しい感じが大好きで、一緒に居ると、とてもよく眠れた。
其の巫女は、何か、古びた着物を寝間着にしていた。
元は何か白地に赤っぽい花模様だったらしいが、其の柄が退紅色まで色褪せていた。其の筒袖の寝間着に、これまた褪せた、赤っぽい帯を締めていて、寝る前は、長い黒髪の先を、一つに結わえていた。
其の姿が、普段の白い着物姿とは全く違っていて、修一には、とても綺麗に思えた。
十人の巫女は、広い部屋一間に一緒に寝泊まりしていたので、重蔵と一緒に寝られない日も、巫女と一緒に寝る時は、十人が同じ部屋に居て、幼い修一は、安心して、楽しい気分になった。
巫女は本当に全員、長い髪で、後ろ姿では時々見分けが付かなかったが、修一は、こんなに髪の長い女の人達を、此処に居る十人以外知らなかった。
巫女達は仲が良く、互いの髪を梳き合って、美しく整えていた。
其の光景は穏やかで、修一には美しいものに思えた。
巫女達は時々、修一の髪も櫛で梳いてくれた。
身の回りの世話をしてくれる下働き達が遣るのとは別の行為で、修一は、仲間に入れて構ってもらえている様で嬉しかった。
修一の髪も当時は肩を越すくらいまでの長さは有り、其れを少し高い位置で一つに括るという、里の子供に多い髪形をしていたので、梳き甲斐が有ったかもしれない。
何と無く、皆の髪と自分の髪が、色が違う様な気はしていたが、修一は其れを気にしない様にしていた。
修一は、其の儘、巫女達に容姿才能を誉めそやされて育った。
巫女は常処女、という意味が、当時の修一には理解出来ていなかった。
神の嫁だから人間に嫁ぐ事は出来ない、という話だったが、其の説明では、修一は完全な理解に至れなかった。
兎に角、巫女が何処かに嫁ぐには、巫女を引退する儀式をする必要が有るそうだ。
滅多に巫女を辞める者は居ないそうだが、下働きは全て、体力的に巫女を続けられなくなった、元巫女だったらしい。
巫女を辞めると、巫女の儀式の事はスッカリ忘れて、儀式を再現出来なくなると言う。
幼かった修一は、特に感慨も無く、不思議な話として其れを聞いた。
ただ其れだけだった。
本当は男の人が巫女に触ってはいけない、という話と関連して考える様になったのは、もっと後になってからである。