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天使さん、探し物はなんですか

作者: 相内 充希

今作はカクヨムの公式企画KAC2022用に書き下ろした作品で、この時のお題は「第六感」でした。

 あたしは子供のころから探し物が得意だった。

 それは多分、うちの母親のせいなんだろうな。


 うちのお母さんはけっこうなうっかりさんで、家の中でもよく物をなくしては、「あれがない、これがない」と探し物をしているような人だ。整理整頓が苦手ってわけでもなさそうなのに、ぼーっとして全然違うところに物を置くなんてことが多いみたいなんだよね。

 携帯電話が冷蔵庫から出てきたり、鍵がお父さんの机に置いてあったり。

 ちょっと一時置きして忘れるらしいんだけど、そのうちかけてる眼鏡を探し出すなんてこともあるんじゃないかと、ちょっと心配だ(だってありそうなんだもん。まあ、本当にあったら笑ってしまいそうだけど)。


 だからあたしは小さいころから、お母さんがなくしたものを一緒に探すなんてことがよくあった。

 そういうことが多かったせいかな。

 大きくなると、なくしたものを聞いただけでそのありかが頭の中にふわっと浮かぶようになった。そこを探せばほぼ間違いなく見つかるから、だんだんとお母さんも「野々花(ののか)、あれどこに行ったかな?」と、まずはあたしにに聞いてくるようになったくらいだ。


 お父さんは、

「野々花は観察力があるんだな。お父さんのおじいちゃん、つまりおまえのひいじいさんもそうだったから、俺のほうの血筋かな」

 なんて自画自賛風にあたしを褒めつつも、お母さんのうっかりをたしなめる。


 あたしはそんな普通のおうちで育った、普通の女子高生なのだ。

 ちびっこいせいで、たまに小学生と間違われることがあろうとも、間違いなく女子高生なのだよ! うん。


「だからこれは気のせいなのよ」


 たとえ自分がいる場所が、見たこともない石造りの部屋の中らしきところでも。たとえ目の前に見えるのが半透明の男でも。

 これは気のせい、または夢の中。――――あっ、なんだ。あたしは眠ってるんだ。


「うん、これは夢だ。間違いない」

「もしも~し。何か一人で納得してるみたいだけどぉ、いい加減こっちの話も聞いてくれないかしらぁ」


 なぜかくねっとオネエ風の話し方をするのは、すぐ近くにいる半透明の男だ。はっきり言って見た目と話し方が一致しなくて、なんだか背中がもぞもぞする。


 それでもこれが夢だと理解したあたしは、正面からまじまじと彼を見つめた。

 年はあたしよりちょっと年上って感じ。今時のダンスユニットにいそうな、ちょっといかつい服装で、前髪長めの髪型がすこしうざい。顔はかっこよさげだから、現実にいたら女の子泣かせてそう。

 そんなことを考えた後、

「でもオネエか。じゃあ、泣かせるのは男の人?」

「誰も泣かせねぇし!」


 あたしの素朴な疑問は声に出てたらしい。すかさず半透明男の突っ込みが入ってしまった。


「ああ、もう。このしゃべりは()めだ、止め! 全然話聞きゃしねぇじゃねぇか。スピカ、笑ってないで出てきて助けろ!」


 どうやら素の話し方はこっちみたいだね。

 背中がようやく落ち着いて半透明男が呼び掛けたほうを見ると、クスクス笑いながら、年齢不詳のきれいな男の人が出てきた。

 男の人にきれいなんて変かもしれないけど、見た瞬間そう思っちゃったんだからしょうがない。白いつるっとした肌に、無造作に一つ結びにした癖のある髪。服装は中性的だけど、男性であることはわかる。

 スピカって名前かな。日本人ぽいけど、外国の人かも。


「怒らないでよぉ、シリウス。私は、こういう話し方のほうがうまくいくかもね? って言っただけじゃない」


 彼はこらえきれないと言ったように肩を揺らした。

 うん。柔らかい話し方でももぞもぞしない。前にテレビで見た、ヘアメイクアーティストさんなんかにいそうな感じ。


「ごめんね、野々花ちゃん」

「えっ? あたしを知ってるの?」


 初対面のスピカさんに呼ばれてびっくりしちゃったけど、これは夢なんだから当たり前かと思い直す。そんなあたしに柔らかい視線を向けたスピカさんは、シリウスと呼んだ半透明男を親指でくいっと指し示した。


「知ってるわ。神崎野々花ちゃんよね。私はね、スピカ。あっちはシリウスよ。ゆっくり話したいのは山々なんだけど、時間がないから本題に入るわね。実はこの子がなくしものをしちゃって、探すのを手伝ってほしいのよ」

「探し物ですか?」


 なるほど。


 なんとなく納得して、まだプンプン怒ってるシリウスさんに

「何を探してるの?」

 と聞いてみた。

 探し物は得意だし、夢の中ならなんとなく面白いことを言われそうな気がしたんだよね。


 私の質問にハッとしたように身を乗り出したシリウスさんは、私の期待以上の答えを口にした。


「俺の天使の輪をさがしてくれ!」

「はい?」


 てんしのわ? てんしって天使?


「そう、その天使よ。野々花ちゃん。こんな輪を探してるの」


 きょとんとするあたしの前で、スピカさんはにっこりと微笑んだ。そしてぱちんと指を鳴らすと、その頭上にほのかに光る輪っかが表れたのよ!

 ほえぇぇ、びっくり(夢なのに)。


「このおバカ、もといシリウスったらね、よりにもよってこの輪をなくしちゃって困ってたの」

「あの! そもそも天使の輪って外れるんですか?」

 体の一部じゃないの?

「外せるわよ。身に着けるものだもの。これがないとね、こんな風に翼もつけられないし、天界にも帰れないの」

 そう言ったスピカさんの背中に、ぶわっと大きな羽が広がる。


 ほわぁ、天使だ。見た目はイメージと全然違うけど、天使だからこんなきれいなんだ!

 ん? でも、あっちの半透明男も天使? 都会を肩で風切って歩いてそうなお兄ちゃんが?


「ふふふ。今時の天使は、ファッションにも個性があるのよ」

「そうなんですか」


 天界の渋谷とか原宿なんてのもあるのかもしれない。

 天使で賑わう街を想像していると、シリウスさんが少しすねたような顔をして髪をかき上げた。一瞬見えた目がきれいで、あたしは心の中で(もったいない!)と叫んでしまったわ!


 ううっ。目の前にすだれみたいになってる前髪が邪魔。切りたい。せめて結ぶとかしてほしい。

 そりゃ、ひと様のファッションにそんなこと言えないけど。


 そんなあたしの前でシリウスさんは、すごーく言いにくそうにゆっくりと口を開いた。

「ああ、野々花、さん。頼む。俺の輪を探すのを手伝ってください」


 棒読みっぽく言ったシリウスさんは、スピカさんにすかさず頭をガシッとつかまれ、ぐいっと頭を下げさせられた。おおっ、半透明でも触れるんだ(さすが夢)!


「あんたね、頼んでる立場なのよ。頭を下げるくらいしなさいよ」

「いてて。わかった、ちゃんとするから!」


 まるでじゃれてるようにも見える二人に、あたしはくすくす笑ってしまう。

 仲いいんだなぁ。


「いいよ、手伝ってあげる」

「本当か! 助かる。あれがないと体はこんなだし、仕事できないし帰れないしで、マジで困ってたんだ」


 スピカさんの手の下から頭を上げたシリウスさんが、パッと顔を輝かせた。

 頭上の輪っかは、天使の仕事道具でもあるんだって。輪がないと羽も出せないらしい。



 あたしはそのままシリウスさんからなくした時の状況を聞いたんだけど、思わず吹き出さないようにするのが大変だった。だって、天から地上に降りてくる途中でカラスに襲われて取られちゃったなんて言うんだもの。


「カラスって、光るものが好きらしいですからねぇ」

「いや、そこ納得するな。人間だったら墜落死してたんだぞ」


 シリウスのぞっとした表情に、相当怖かったんだとわかって、あたしは「ごめん」と謝った。天使だから無傷だったけど、体が透けたせいで、スピカさんに見つけてもらうのも時間がかかったんだって。


「普通天使の姿は誰にも見えないからな……」

 ぼそっと呟いた言葉に孤独の色があった。


「じゃあ早くおうちに帰りたいよね。わかった。ちょっと待っててね」


 少し彼に同情して、あたしは軽く目を閉じる。

 シリウスさんの姿を思い浮かべて、おでこのあたりに意識を集中させた。

 人には五感という五つの感覚があるけど、お父さんが言うには第六感とか第三の目とか、五感とは違う何かが人にはあるらしい。あたしの探し物が得意なのは、その六つ目の感が冴えてるからだってお父さんに言われて以来、探し物をするときはこんな風に第三の目を開くようなイメージで考えてみるんだ。


 暗い瞼の裏に空が浮かぶ。

 そこにカラスがきれいな輪を加えて飛んでいく姿を想像してみた。

 それがどこまで飛ぶのか追っていくと、カラスはビルの屋上に着地して、巣らしきところにその輪を置いた。

 空から見ると感じが違うけど、どこかで見たことのあるビルだ。えっと……。


「あ、ハネダ町のショッピングモールだ」

「ショッピングモール?」

「うん。駅前のスカイタウンだよ。その屋上の、タンクみたいなところの影にある」

「わかった! 助かる」


 そう言ってシリウスさんが頷くと、スピカさんが「おっけ~」と笑って翼をはばたかせる。次の瞬間、あたしたちはスカイタウンの屋上に移動していた。

 わお、夢って便利だな。


 あたしが見た場所に、天使の輪は本当にあった。

「よかったね」

 両手に輪を持ったシリウスさんがそれを頭にのせると、半透明だった体が実体って感じになる。

「ありがとう、野々花……さん」

「さん付けしなくていいよ。言いにくそうだし」


 普段敬称をつけて人を呼ばないんだろうね。

 むりやりさん付けされてもムズムズするし、もう会うこともない人(いや、天使か)相手だ。あたしはひらひら手を振って呼び捨てでいいよと言った。


「あたしも呼び捨てにすればお互い様になるし。シリウス、よかったね」

「ああ、ありがとう。野々花」


 晴れやかに笑った顔がシリウスの可愛くて、あたしは一瞬見惚れてしまった。

 うん、やっぱり泣かせるのは男の人じゃなくて女の子だね、これは。


 ひそかに納得しているあたしの頭をスピカさんがなでた。


「ありがとう、野々花ちゃん。これでこのバカ連れて帰れるわ」

「いいえ。結構楽しかったですよ」

「そう? そう言ってくれると嬉しいわ」

「野々花。本当に感謝してる。この恩は絶対返す」


 律儀にそう言うシリウスに、あたしはへらっと笑い返した。


「別に気にしなくていいよ。たいしたことしてないし」


 どうせ夢なんだし頷いてもいいんだけど、同世代の男の子の前で素直になるなんてこっぱずかしくてできないよね。


「いや、何かあったら絶対助けに行くから。そうだ、これを渡しておく」


 そう言ってシリウスは、自分の羽を一枚私の手に置いた。


「あらずるい、私のもあげるわ。持ってるだけでお守りにもなるわよ」


 スピカさんも自分の羽を一枚あたしにくれる。手のひら大の大きな羽は、ほのかに光ってきれいだ。


「持ち歩きやすいようペンダントにしておきましょうか。ほら、これでよし」

 スピカさんが手をかざすと、二枚の羽が縮んで可愛いペンダントになった。


「また会いましょう」


 そう言って二人の天使が消え、気づくとあたしはベッドの中だった。


 日曜日なのに、まだ目覚ましもなるずっと前。

 いつもなら二度寝に入るところだけど、気分良く目覚めたあたしはうんと背伸びをした。


「面白い夢だったな」


 そんなあたしの胸元に、なにかいつもと違う感覚。


「え? 羽のペンダント……?」


 あれ? 夢だったよね? えっ? 今この瞬間も夢?


 カーテンを開けて、窓を大きく開けながら首をかしげていると、びゅんと風が吹き込んでくる。

 違和感を覚えて振り向くと、部屋の中央に見覚えのある天使が二人立っていた。


「ごめん、野々花。もう一つ探し物を手伝ってくれ!」

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