第40話 忍びの里
~~~~ 損料屋 ~~~~~~~
生口「経頼殿。どこをうろついておる?
聞いたぞ。忍びに襲われたそうではないか。」
経頼「聞いていた通りだ。
まさか、吉原に潜んで、くノ一が送り
来られるとは想定外であったがな。」
生口「だからうろつくなと忠告しておったであろう。
ここで大人しくしていたらどうだ!
次は切られるぞ。」
経頼「どこに居ても同じじゃ。
死ぬときは死ぬ。遊ばにゃぁ損。」
生口「いかれてとる。」
経頼「井口殿こそ、一日中部屋に1人居て、
頭おかしくならんのか?」
生口「好きで隠れてるのでない。
自分は忙しいのだ。」
生口「襲ったくノ一、逃がしてはおらんな?」
経頼「横やりが入って息の根は止められんかったが、
致命傷を与えた。確実に死んだであろう。」
生口「その言葉信じるが、別の忍びに付けられては
いまいな?」
経頼「安心せい。なぜこんなにも時間を掛けて
戻って来たと思う。」
生口「尾行を警戒したのか?」
経頼「左様だ。」
生口「信じとるぞ。」
♪ドンドン(襖を叩く音)
側近「帝、よろしいか?」
生口「何事だ。」
側近「長実配下7名が仕事を終え戻られた。
手空きとなるが如何致しましょうぞ。」
生口「ちょうどいい。
やってもらいたい仕事がある。
個人的に恨みのある医者がおって
そ奴を捕らえてここへ連れてきて欲しい。
金は3倍払う。」
側近「医者とな?」
生口「自称だがな。」
側近「名はなんと?」
生口「知らん。住居もな。
桐生領主の娘と仲良かった奴だ。
お付きの元女史にでも聞いてみれば所在が
判明することだろう。」
側近「お受けした。」
生口「あ奴のおかげで相馬で大金をつかんだ
恩はある。
がしかし、あの時のふざけた言動、屈辱。
思い返すだけで腹が煮えくり返る。
死ぬまで許せん。」
側近「対象はその医者1人か?」
生口「ああ。」
側近「7名も必要か?」
生口「いや、不要だろう。
だが逃げられては困る。
恐怖も与えたいしな。
確実に捕らえろ!」
経頼「始末した方が早いだろうに。」
生口「絶望で怯える顔をこの目で見んと気が治まらん。
殺すのはその後だ。」
経頼「お主も悪趣味よのう。」
側近「仰せのままに。」
生口「あ奴がワシの顔を見て、どううろたえるか、
楽しみである。」
~~~~ 診療所 ~~~~~~~
凛は不甲斐ない自分に幻滅する
出来ることは眼球を動かすことだけ。
腕を動かすだけでも刺された箇所に特大の激痛が走る。
じっとしていてさえも心臓の鼓動と共に痛みが脳へ襲う。
そう何もできないのだ。
出血が多かったせいか、そもそも全身に力が入らない。
こんなにも大怪我をしたのは初めてのことであった。
刺された時のことを何度も思い返す。
あの時、確実にかわすことは可能であった。
悔やんでもしかたない。
自分は誰にもやられないという傲慢さが招いた
結果なのだから。
もし、兄上である仁に知られたら怒られるだろう。
いや、もう使い物にならない自分を始末するに
違いない。
自分もそうやって仲間を殺って来たのだから。
今度は自分の番が来たということだ。
いざ自分が死ぬとなると、幼少期の思い出が
走馬灯のように溢れ出て来る。
凛は山奥にある総勢50名ほどしかいない
小さな集落で育った。
そこには指導する者以外、大人はいない。
子供たちだけの里である。
皆、自分の親がだれなのか、どこに居るのかさえ
知らない。
どこで生まれたのかさえも。
それは5歳以下の子供が、定期的にこの集落へ
連れて来られるのを見てるから。
おそらく自分もここへ連れてこられたのだろう。
自分は、孤児なのか、連れ去られたのか、
はたまた売られたのかさえも不明だ。
そして、年齢の近い子らと集団で朝から晩まで
苦楽を共にさせられる。
そこでやることと言えば、武器の扱いから
人の殺し方、薬草の種類や読み書きも。
ありとあらゆる知識が身に付けさせられる。
そして、13歳になると強制的に里を出され、
殿、直属の忍びとなって従事することとなる。
そんな所だった。
凛は今となっては1人で仕事を任せられる
ほどの一目置かれる存在ではあるが、
里に居た頃はむしろ劣等生側にいた。
物事を覚えるのは得意な方ではあったが、
背が小さく体力も力もない。
訓練にはついていけてなかったのだ。
泣いている凛を、いつも側にいて
励まし、支えてくれたのが仁である。
彼があのとき居てくれなかったら、
とっくの昔に死んでいたと改めて実感する。
同業から始末されるのは里を出たあと。
裏切者や足手まといは片づけられる。
里に連れてこられた時点で、そんな宿命を背負う。
里では、どんなに出来が悪くても先生に
怒られたり殴られたりされることはない。
むしろどんな時も優しい。
だが、知識や戦闘技術を身に付けなければ
試練で死ぬことになる。
そう、必死で食らいつかないと生きていけない
世界であった。
どのような試練であったかというと、所持品は
短剣1つだけ、1人山奥に取り残される
というものだ。
無事、里に戻ってこれれば合格となる。
大半は餓死か、熊や狼に襲われて死んでゆく。
それは当然で、被験者は10歳前後の子供だ。
方角だって、どちらが北かさえ分からないのが普通。
生きて帰って来る方が奇跡なのだから。
それを定期的に何度か試される。
しかも徐々に難易度も上がる。
だから当時遊んでなどいられなかった。
あのころは、生き抜くために毎日が地獄だった。
でも仁と居た時間は長く、
今となっては楽しい思い出ではある。
考えてみれば、里を出た後も
いつ死んでもおかしくない任務が続いた。
改めて、こうして心臓の鼓動を感じ取れることが
不思議な感覚である。
殺されるなら仁がいいと願っている。
この期に及んで死にたくない。
だけど、もし刺客が仁だったらなら、
命を捧げられる覚悟はできている。
不思議な感覚であった。
仁の事はすごく好きだ。
でもその好きが、家族愛なのか、
異性としてなのかは分からない。
一緒に居たい気持ちはある。
会えるなら今すぐにでも飛んで行きたい。
だけど仁の子供が欲しいかと問うとそうでもない。
どんな感情が恋なのか、自分には分からないでいた。
久しぶりに何もない長い時間が流れる。
1人でいると、いろいろな思いが頭を駆け巡る。
今までにない感情が溢れだし、おかしくなりそうで怖い。
♪ガタガタガタ
誰かが戸を開けようとしている。
刺客か?
風雷「よう。目を覚ましてたか?」
見知らぬ男だった。肩に黒猫もいる。
どう見ても忍びではない。
凛 「だれよ?」
風雷「おいおい。無礼な。命の恩人だ。
この家の主でもあるがな。」
凛 「何者?どうして私を助けた?
ここはどこ?」
風雷「落ち着け。私は医者だ。」
凛 「助けて!と頼んでないけど。」
風雷「医者として当たり前のことをしたまで。
大体お主、まだ危険な状態だぞ。
傷口に膿が溜まってる可能性もある。
もしそうなら死を覚悟しろ。
そういうことだ。
とりあえず、今は寝てろ!
それが最大の薬だ。」
出血が多く、傷口も深かった。
あの状態で普通ならは助かからない。
そのことを一番理解してるのは凛である。
医者というのは本当なのだろう。
とりあえず、刺客でないことは判明した。
凛は安心したのか。急にまぶたが重くなる。
また、深い眠りへと入っていったのである。