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5 役人、指摘する -後編-

【役人、指摘する】


-後編-



「この件は一度持ち帰って対応を協議する」


 ペンを置いて役人が言えば、二人共「ふうん」と、どうでもよさそうに首を傾げた。

 この魔術の重要性・危険性は説明したから、それなりに財産を築くことになるだろうことは二人には解っているようで、要は「金を払ってくれるならそれでいい」と思っているようだ。

 たかだか人間が騒ごうとも、洟も引っ掛けない、くらいの気持ちで魔王はいるようだ。

 何故か未だに庶民的な暮らしをしてはいるが、魔王は確実に『人で無し』になっている。


 役人が申請書類を書き終わると、魔王は一旦席を立ち、紅茶を使用人に頼みに出た。聖女が空になったコーヒーのカップとソーサーを回収していく。



 役人は丁重に書類を仕舞い、書類入れには厳重に封印術を施してから、チェリーパイを頂くことにした。フォークを入れれば、さくり、とパイ生地が割れる。上質なバターとチェリーの香りが芳しい。今日のチェリーパイは大変美味しいパイである。何処の店で買ってきたのか。どうせなら他のケーキも食べてみたいが、今後出てこない気がする。店名を聞けば教えてくれるだろうか、と咀嚼しながら考える。


「ところで、どうしてこの術を開発したんだ」


 ティーセットを一式を持って帰ってきた魔王に疑問を投げれば、


「聖女様の御為だ」


 といつもの答えが返ってくる。……まぁ、予想していた。


 魔王自ら注いだ茶を受け取りながら、役人は聖女に訊ねた。


「何か欲しいものでもあったのですか?」


 この術を使えば、()()()()()は別にして、どんなものでも手に入る。王妃の身を飾る宝石も、王の頭上にある王冠も、異国の国さえ変えられる玉璽でさえも。


 魔王に新しい術を乞うほど、彼女が何を欲しがったのか興味があった。



 役人が聖女に視線を向ければ、聖女は重々しく頷く。


「味噌と醤油が欲しかったの!」


 聞いたことのない名詞である。


「ミソとショーユ……ですか?」


「ええ、そう」


 至極真面目に言うので、それは何かと訊ねれば、調味料だと聖女は答えた。

 聖女の故郷で一般的に使われる、国民的な調味料だという。


「調味料……」


 その調味料を異界から召喚したくて、この魔術の開発が始まったのだそうだ。


 元来聖女というものは……というモノがわからないので、こういうモノであっているのかは、わからないが、取り敢えず役人の目の前にいる聖女は強欲である。


 欲望に忠実であると言っていい。大概において彼女の欲望は、役人が考える斜め上だとしても。


 そして、彼女の欲望を叶えるのが自分の存在意義だと思っているのが、この魔王である。


 味噌と醤油が欲しい!

 食べたい!


 魔王に何とかしろ、と命じたのだという。


 自分を召喚が出来たのだから(現在の時点で)戻すことは出来なくとも、他の何かを呼び寄せる事は可能なのでは? と聖女は考えたそうだ。無駄に柔軟な考えを持った女性である。


「なるほど! さすが聖女様でいらっしゃる!」


 と聖女の提案に感動した魔王は早速取り掛かった。

 ――そこでまず前段階として、世界を越えずこちらにあるものを引き寄せる魔術を組んでみたところ、完成したのだという。


 聖女と魔王は、冷蔵庫という名の食料庫に小さく照準を合わせれば正確さが上がるだろうし、世界を越える時に元の状態を如何に保つか、どうやって異世界に安定的に穴を開けるかが、今後の課題だと語る。魔法陣でのある程度の場所の固定と、術式の手順がどうとか、時間軸決められるのか等を語りだす彼らは本気だ。



 開発できてしまう存在であることにも頭が痛いが、多分この夫婦は気づいていない。至極単純なことに。

 役人は最近定期的に痛みだす頭を右手で押さえながら、言った。


「お前ら、やってる事は()()()と変わらないんじゃないの、それ」


 現象だけ見れば、この夫婦は他所の家の食料庫から、食料を盗む算段をしているとしか見えない。


「……」


 魔王は、おや、という顔をし、聖女は愕然とし固まったが瞬時に復活して、頭を振りながら叫んだ。


「仕方無いのよ、醤油と味噌はソウルフードなの! 魂なのよ! 魂は定期的に摂取しないと、魂が死ぬの!」


 羞恥で顔を赤くした聖女が、涙目で役人を睨む。

 だが……役人は真っ直ぐ聖女を見た。丁寧な言葉も面倒くさい。


「……魂の摂取とかさ……あんたのがよっぽど魔王みたいだな、とか思う俺は間違っているか」


「!!」


 役人の指摘に聖女が今度こそ固まり、魔王が悠然と応えた。


「聖女様は、私の妻だからな」


「――っ 変なドヤりで締めないで!!」






 その後、しばらくして目的の術は完成したらしい。




おしまい



最近の役人は糖分を欲しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 役人さんのツッコミとシンクロできて満足! 醤油と味噌にこだわらなくてもなんでも異世界に持ち込めそうなのに、そこに頭が至らずに調味料にこだわっちゃうあたり、本当に、こそ泥(笑) 指摘さ…
[良い点] 頭がいいのに残念すぎる魔王様と、キレッキレで魔王を足蹴にする聖女様、最高の組み合わせでございました。 楽しい物語をありがとうございます。
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