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4 役人、指摘する -前編-

相変わらずな二人と一人



文字数が多くなったので前後編に分けます。

誤字脱字の修正が大変なので(汗)、後編は明日更新いたします。

【役人、指摘する】


-前編-





 魔王に、申請したい魔術があるから申請書を持って来い、と言われ屋敷を訪れた。いつものことである。


 魔王は現在、魔王ではなく開発専門の魔術師として国に登録し、王都の郊外にある屋敷で暮らしている。郊外ゆえのゆったりとした敷地に、大きな研究施設と、こぢんまりとした造りの住居が建てられた。

 そこに魔王と、自ら喚び出した聖女と暮らしている。

 登録上夫婦として。


 夫婦となった時も呼び出された役人は、そのまま魔王担当としてこの屋敷を頻繁に訪れることになった。正直関わりたくないが、残念な事に王命である。


 呼び鈴を鳴らすと、使用人が扉を開け招き入れてくれた。上着を預け、中を進むといつもの通り、研究棟に通された。


 使用人が、音声認識変換魔術がかけられた部屋の扉をノックする。今日は猫の日だと、扉を開けた聖女がいった。


 音声認識変換魔術は魔王が開発した魔術の一つで、部屋の中にいる人間以外が会話を聞いても、猫や犬、小鳥といった任意の鳴き声にしか聞こえないといったものだ。つまり、部屋の外からは会話が「にゃーにゃー」「わんわん」「ぴぃぴぃ」としか聴こえない。

 便利なものだが、ノックに返事をしても「わん!」等としか聴こえないため、必ず中にいるものが扉を開ける必要があるのが、難点でもある。


 このように何やら牧歌的な音声を作り出す魔術であると共に、戦略的に極めて重要かつ有効な魔術であった。

 申請は為されたが一般公開はされず、国の最重要機密となり厳重に管理されている。


 この部屋以外でこの魔術が施されているのは現在、王宮の執務室の一部屋と、王国軍本部の一部屋、魔術師協会本部の一部屋だけだ。

 ちなみに重要施設に設えられた装置は、犬猫等ではなく、牛・豚・鶏等の家畜の鳴き声に変換されるらしいと噂で聞いている。悪意を感じる。

 だが冷静に考えてみて、大の大人である自分の言葉が「にゃーにゃー」と他人に聞こえるよりも、豚の鳴き声のほうがまだマシかもしれない、と役人は思わなくもない。



「今日はチェリーパイがありますよ」


 最近、やたら聖女が役人にチェリーパイとドーナツを食べさせようとする。コーヒーと共に出される菓子は、毎回どちらかである。

 一度「並べますか?」と訪ねられたが、未だにその意味がわからない。ただ聖女が嬉しそうなので、放置している。

 聖女は今日もニコニコとどこか期待している眼差しで、チェリーパイを役人の前に置く。

 役人は茶菓子とコーヒーの礼を言い、持ってきた申請書類を取り出した。


「今回はどのようなものだ」


 正面に座る魔王に問えば、魔王も一枚の書類を出した。申請書類ではないが、魔術の概要の書かれた物を魔王は用意していることが多い。魔王となっても真面目な魔術師であった。


 渡された概要書を読んで、役人は息を飲んだ。


「これは……!」


 魔王が今回提出するのは、物質召喚術である。離れた所にある任意の物を、手元に喚び寄せる物だという。

 これがもし汎用化が可能となったならば、と考えて、役人の背中は冷たい汗で濡れた。


 ()()から、()()()()で、()()召喚するのか――


 ()()()()()()召喚できてしまうのか――


 これは今までの中でも一、二を争う案件である。


 それを魔王は事もなげに言った。


「聖女様を召喚した術の超簡易版といったところか。世界を越えぬから、あれ程複雑では無いし、使用魔力も少ない」


 そういうが、ザッと目を通した限り大掛かりな物であることは間違いなかった。まず一人で行えるものでは無い。


()()の基準ではな」


 溜め息とともに、概要書を元に申請書類の作成に取り掛かった。

 どう登録するかは、一度持ち帰って上役と相談するしか無い。どちらかというと、危険度から術式は登録せず、秘匿するよう魔王に要請することになる可能性が高い。


 魔術師が魔王となってから、こういう案件が幾つかある。

 開発能力が明らかに人間を超えているのだ。


 魔王は、魔王となったときから随分頑健になったという。それは体の隅々まで………脳までに及んでいる。普通の人間がやれば、脳が焼き切れてしまうような演算もこなせるようになった。望んだ魔王となる対価が「真理を見る」ためだったのも大きい。思考と演算能力の強化が大きくされたようだ。

 その上魔力もかなり強大化し、大規模魔術の行使に耐えられる肉体も手にし、制御も容易になった。


 本来多人数で行う聖女を喚び出す召喚術が、一人で可能になる程に。


ただ、良いことだけではない。――全てがそうであるように。


 魔王はしばしば身に入れた悪意に、苛まれるようになっていた。全ての意識を恐怖と憎しみで染め上げたくて堪らず、理由なき破壊衝動が湧き上がる。それは自ら知りたいと願った真理さえ壊しかねない強さだった。また、壊せることを魔王は知っていた。

 魔王は強靭な理性と演算能力で押さえ込んでいたが、それも長くは持ちそうにない。

 絶望した魔王は自ら聖女を喚んだのだ。


 それから何がどうして、踏まれることで苛む悪意を払う事が出来るようになったかは役人は知らないが、取り敢えずそれで払えているようで何よりである。

 幸か不幸か一度踏めば良いものではなく、定期的に踏まれねばならぬらしい。

 聖女は嫌がっているが、魔王は嬉々として頭を差し出している。


 ――その辺りは只人である役人にはわからないし、わかってはいけないのだと思う。





文中に出てきませんが、役人の姓はクーパーといいます。


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