29 役人、駆けつける
【29 役人、駆けつける】
役人ことリチャード・クーパーは、至急の呼び出しがあり、机に広げていた資料を大急ぎで片付け仕舞うと、上司の元へ向かった。
だいたい予想は付いている。
「お待たせしました」
「悪いな。例の家に行ってくれるか」
例の家――予想通り、エドワード・ジョーンズ邸である。
「また新規の申請でしょうか」
「いや、どうもそうではないらしい」
上司はメモをリチャードに手渡した。見た瞬間眉根が寄る。そこには見慣れた几帳面な文字で「世界樹の代理人を呼べ」と書いてある。
……単語が不穏過ぎる。
「そちらは手配済みだ。取り敢えず、君は先に屋敷の方へ行って確認をしてくれないか」
「了解しました」
くれるか、と言いながら決定事項なので、リチャードは返事をして、各種登録用紙とインクの予備の入った鞄を持って事務所を出たのであった。
「お待ち申し上げておりました! クーパー書記官!」
到着するなり、有り得ないほどの喜びを見せてジョーンズ邸の使用人が迎えてくれる。それからグイグイと、とにかく作業棟へ行ってくれ、と懇願され、中に入る。
途中横切る中庭でまず、不穏な物を見た。
中庭の地面の一部が擦られ、抉られ、あまつさえ焦げた跡さえある。
顔を引き攣らせ、見なかったことにはならないかな、と毎度のごとく往生際の悪い事をちらりと考えるが、今まで彼のその願いが叶えられたことはない。
ふと、立ち止まった。
「あんな木ありましたっけ?」
水場の近くに、すっと立つまだ若い木が植わっている。細いながらも枝を横に広げ、生命力を感じさせる。なにか不思議な磁力があり、目が離せない。
「いや、あの……」
使用人がしどろもどろになるので、リチャードは目を細めた。
「どこか不思議な木ですね」
言えば、使用人が明らかに目を泳がせるので、あの木に何かがあるのだろう。
使用人はそそくさと作業棟の入り口まで案内すると、「どうかよろしくおねがいします!」という謎の言葉を残し、去ってしまった。
扉を叩き、中から魔王が開けてくれたのだが、
――ふと、床にある何かと目が合った。
「……!!」
…………じっ、と何かがこちらを見ていた。
悲鳴を飲み込み、脊髄反射で即座にノブを掴んで閉めた。
変な動悸がする。ぶわりと冷たい汗が吹き出た。
リチャードは、何か見てはいけないものを見てしまった。
その後、リチャードは中に入る事を全力で拒否したのだが、すぐさま魔王に問答無用で引きずり込まれてしまった。
驚くことに、リチャードと目があった何かは、世界樹の代理人であった。つまり、正しく人間であった。何故なのかは知りたくないが、何かの咎により、魔王によって床に貼り付けられているらしい。
「見苦しいから服を着せてやれ」
魔王はリチャードに言って、代理人の戒めの足だけ床から引っこ抜いた。そして脇に用意されていたエドワードの物と思われるを、代理人に着せろという。
リチャードは渋々、着せてやった。まさか大人の健康そうな男の着替えの補助をするとは思わなかったが、そのままで居られても困るので淡々と着せていく。更に言えば、見ていて寒いし憐れである。
下半身が布に包まれると、魔王がもう一度足枷を嵌めようとするが、そこに代理人から泣きが入った。
「何もしない。だから、勘弁してくれ。――漏れる」
大変切羽詰まった懇願に、魔王は眉間の皺を深くし、渋々、まさに渋々それを許した。そしてリチャードに付添い兼見張りを命じたのであった。
この屋敷の手洗い場は特殊である。何度か使用させてもらっていたリチャードは、使い方を知っていたので代理人に教え、扉の前で待つ。
この屋敷の中の設備は、時々とんでもなく便利な物がある。注意深く見てみれば、それは大体衛生に関わるものが多い。一度泊めてもらったときに使わせてもらった、浴室などそれの最たるものである。聖女曰く「ミストサウナ付きバス」らしい。有り余る資金と、技術力と魔力で実現した、オーバーテクノロジーである。手洗い場もその内に入り、ウォッシュレットとかいう設備が組み込まれている。なお、ウォッシュレットは後に王侯貴族の間で流行り、魔王と聖女はそれでも一財産つくるのだが、ここでは割愛する。
しばらくすると、代理人が出てきた。
「なんなんだこの家は」
憮然として代理人が言うので、リチャードは軽く答えた。まぁ、そう思うわな。
「愛の巣」
「……」
リチャードの答えに無言になる代理人に肩をすくめた。間違っていない。魔王が聖女の快適さをただ求めて作り上げた家だからだ。作業棟でさえそれを作るために有ると言っても過言ではない。
「…………エドワード・ジョーンズは、」
代理人が言葉を落とす。
「世界を恨んでは無いのだろうか」
「は?」
「どうせ、お前も知っているのだろう? あの魔術師が魔王だということを」
リチャードは眉を上げる。
「魔王になる人間は、世界を厭い滅ぼそうとする存在では無いのか?」
おとぎ話のようなことを淡々と言う。だが、それが世界の共通認識でもある。五百年前の魔王は、裏切りの果てに絶望したどこかの国の将軍というのが通説だ。冤罪を掛けられ、それまで忠誠を捧げていた王から逆賊として獄されている時に魔王として目覚めたという。そして、力の暴走でその王宮ごと辺り一面を更地に返したと、伝えられていた。
「あいつはそんなもん持ってねぇよ」
ただ欲しいのは、真理。
どんな人間に突きつけても満たされない、真理が欲しいのだ。どれほど足掻こうとも、足掻けば足掻く程、遠くなる。
純粋であるがゆえに、底が無い。
そして、何より――代理人たちは考えもしなかっただろうが、大前提として、エドワード・ジョーンズが世界に恨みを持つような虐げられた事実も無いのだ。
だが、
「恨みよりももっと面倒くさいから、より質が悪いんじゃないか」
言えば、じとり、と見据えられた。
「どちらかというと、世界を消したら手に入らない物が欲しいらしいぜ」
「……わからん」
リチャードは口の端を上げた。
「魔王を理解出来る方が問題だろ」
それに代理人は溜め息で応えた。
役人と代理人が戻れば、魔王は淡々と代理人の手を後ろ手にし、枷を嵌めた。
処置を終えるのを見届け、リチャードは訊く。
「聖女様はどうした」
「体調を崩されたので休んでいただいている」
魔王が淡々と答えるが、実は同じ室内に聖女はいる。魔王が聖女のベッドを召喚し、部屋の奥で寝かせている。その上を隠蔽の魔術で覆っているので魔王以外の人間が認識できないだけだ。
一頻り聖女は怒り狂った後知恵熱が悪化し、更に熱を上げたので、魔王の手に寄って(強制的に)寝てもらったのだ。
流石にそこまで察せないリチャードは軽く頷いた。
「――そうか。お大事に」
魔王もそれに頷く。
「で、今日はなんの用だ」
「今から言う文言を書き取り、正式な宣告書としてほしい」
「……宣告書」
魔王の宣告書……碌でもない響きである。
顔を引き攣らせるリチャードを気にもせず、書物が出来る場所に座らせると、今すぐ準備をしろと促す。
リチャードが用紙とペンを揃えるのを確認し、魔王が告げる。
「今後、シオリ・ヤマシロ・ジョーンズ、及びエドワード・ジョーンズに危害を加える、又はその意思が有ると判断した場合、即刻、湖諸共、世界樹を焼き払う」
リチャードのペンを持つ手が止まる。
……これは書いていいものだろうか。
文字を綴れず魔王を見れば、くいと顎を上げて書けという。得も言われぬ圧力に、リチャードは諦め、文字を綴る。
「その場合は、適当な若木を新しい世界樹とし生育するが、敵対者には今後一切の手出しをさせない」
あまりの内容にペンが滑りそうになる。
「以上了承するのであれば、有償で肥料を提供する」
代理人を見れば、顔を引き攣らせている。
そこまで書ききったリチャードは、魔王を真っ直ぐ見た。
「どういうことだ?」
聞きたくなど無いが、ここまで関わってしまったら聞かされることになる事は理解しているので、そのまま訊ねた。
すると珍しく、実に腹立たしそうに魔王が答えた。
「殺されそうになったので、返り討ちにして拘束している」
……端的過ぎて、ヤバい以外何一つ伝わらない。
「……いくらなんでも、もう少し詳しく言えよ」
リチャードが聞き出したところによると、世界樹を調査していた代理人に魔王が見つかり、戦闘になった挙げ句、すったもんだの末に代理人を拘束したとのことだ。
「あそこの庭の木、世界樹なのか」
「そうなる」
「そんなもん、いつ植えたんだ」
訊くが、魔王は口を閉じたまま答える気がなさそうだ。
「で? お前は本来殺されて世界樹の肥料にならなきゃいけないのに、あの聖女様がそれを拒否したから、代替案としてお前がどうにかして肥料を作って渡す、というわけか」
魔王が頷く。
リチャードは指先でトントンと机を叩く。
「有償かよ、がめついな」
「有償ならばそれに見合うものは渡す。タダなら保証はしない。それが我が家の方針だ」
リチャードは眉を上げる。
タダより高いものは無い――というより、有償故に保証する、と魔王は言う。
魔王からの保証、しかも、魔法書記官を使って公式文書として残すとまで言っている。
「お優しいじゃないか」
「面倒なだけだ」
魔王である以前に魔術師である以上世界樹との繋がりは切ることが出来ない。なら、後から揉めることの無いよう出来る限り穏便に済ませたいとエドワード・ジョーンズは考えているようだ。
聖女が体調を崩しているのも、今回の件と関わりがありそうだな、とリチャードは思う。魔王の優先順位の一つ目は、いつだって聖女である。
リチャードは言われた事をさらさらと書き上げ、誤字等確認すると、そのペンを魔王に渡した。
「右下に署名を」
魔王はペンを受け取ると、内容を確認後署名をした。
リチャードは署名の終わった書類に、魔力を流す。
まだ相手方と何も交渉はしていない為、魔王の一方的な宣告と言うか、要望書となるが、本人の物として確定はされた。
宣告書を書類ケースに仕舞いながら、ふと、リチャードは首を傾げる。
「……ちょっと待て――そもそも代金は誰が払うんだ?」
世界樹の維持に必要な物の対価は誰が払うのか?
まず代理人の一族だろうとは思うが、考えようによっては、その支払いに加わる事が出来れば、代理人の一族との関係性も変わり、使いようによっては外交カードにもなり得る。
全額とは言えずとも、一部支払いを担当するだけでも、発言力・影響力を得ることになるだろう。
それまで代理人の一族が割り振っていた、世界樹から得られる物の分配にも影響するだろうし、それは後々国力の変化すら意味する。
いや、それよりも――任意に世界樹の親木を作れるとしたら、それが自領で持てるとしたら……政治的均衡が容易に壊せる。
魔王は淡々と言う。
「私も聖女様も面倒事は嫌いゆえ、ある程度は先達を優遇しようとは思うが、出方によっては優先順位を入れ替える事にもなるだろうな」
「鬼畜だな」
リチャードが言えば、魔王は鼻で笑う。
「何を今更。私は魔王だ」
可愛げのない返答にリチャードが舌打ちをすれば、今度こそ可笑しそうにエドワードが笑う。
「まあ、人間どもでよく話し合えばいい」
堂々たる人でなし発言にもう一度舌打ちして、代理人をみれば、真っ青な顔で魔王を睨んでいた。
この宣告書がある限り、魔王の要望があった事は国に報告されるから、国が知らぬでは通らない。
しかも、魔王と聖女は一応この国で届けを出した国民であるし、魔王に至っては先だって功労者として叙勲したばかりである。
どこを振っても無視できる案件では無くなった。
どれだけの機関と、どれだけの国がこの話し合いのテーブルに付くのか、どれだけの人数が関係するのか想像したくない。そして、その未曾有の規模となる会議の調整と下準備を行うのは、役所に務める役人達である。
リチャードはこの宣告書の作成者であり、誠に遺憾ながらエドワード・ジョーンズの担当だとお偉方から認識されている。
リチャードは遠い目になった。
……リチャードのその視線の先で、各部署の悲鳴と恨み節が上がる。これは幻聴か、それとも……。
そうして役人達の終わりの見えない残業の日々が確定された。
お読みくださりありがとうございました




