27 聖女、動揺する 再び -後編-
【27 聖女、動揺する 再び -後編-】
うっかり妙な概念を異世界に輸出しかかった聖女は、そのままだとどうにも気になって話が進まないので、一時退席し、魔王の着替えを持ってきて、上から掛けて貰った(聖女自身が代理人に近づく事を魔王が許さなかった)。
どっちにしろ代理人の着ていた物は既に使用出来る状態では無いので、後々着替えは必要になる。
一度退室するついでに、リチャードに急ぎ来るようにと、使用人に言付けを頼んだ。
往生際の悪い聖女の脳は、魔王のシャツを掛けられた代理人に、すわ『彼シャツ!?』の文字が浮かんだが、思考を無理矢理そこから引き剥がし、滅し封印する努力をした。
概念の輸出はダメゼッタイ。
「で、いかがいたしましょう?」
魔王が聖女に聞いた。聖女は後ろに椅子を準備して座ってもらっている。
代理人は、
「魔王を殺せ」
一点張りである。
ただここまで来ると言葉が通じないのに、若干慣れてきた感もある。
というよりも、床に打ち付けられた裸の男という存在に慣れつつあるような気すらする。適応能力には定評のある聖女だった。
「なぜだ、なぜ殺さない」
「だから、そういうのは無理です」
律儀に聖女が答える。
「そもそもあの短刀は使えないでしょう」
ガチガチに水晶でコーティングされた短刀を見ながら聖女は言う。もはや色々物理的に無理である。
「すぐに別のものを届けさせるから、この戒めを解け」
代理人が、裸で拘束されている本人とは思えない堂々たる発言をする。メンタルは鋼ではなく夢のロボット素材かなんかでで出来ているのか、大気圏突入も出来そうだな、と聖女は自分を棚に上げ、関心している。
「無理です」
「お前が刺すなら、あの魔王は抵抗しないだろう。女でも体重をかければ深く刺さる」
「……ヤり方を聞いてる訳ではありません」
げんなりして聖女が言えば、不思議そうな顔で代理人が言った。
「お前は元居た所には帰りたくないのか」
「は?」
聖女は息を止めた。
「帰りたくないのか、と聞いている」
「え? それ、どういうこと……?」
「お前は魔王に、殺すために魔術で喚び出されたのだろう?」
「そう、だけど……」
「ならば、喚び出した理由が無くなれば、この場所に居ることが出来ない。だから帰れるだろう。魔法とはそういうものだ」
え? と聖女は魔王を振り返った。「魔法とはそういうものだ」と言われても聖女にはさっぱりわからないので、説明を求めたい。
だが、振り返った先では
魔王が目を見開いて固まっていた。
……………………え?
それを見て聖女も固まった。
一理ある。
瞬間的に魔王はそう思った。
――――盲点だった。
魔王は、最初に『帰り方を教えろ』と聖女に言われたことにより、『帰る方法』がそれ専用の魔術であると思い込んでいた。
世界を越えるという事に意味付けをし過ぎて、なぜ聖女がここにいるかを見極めていなかった。
『こちらから世界を越える魔術がある筈だ』ということに、固執していた。
彼は魔術の発動条件、発動範囲のことを失念していたのだ。
『なぜ』聖女が呼び出したかを、そういう意味で考えていなかった。
『どう』帰すかばかりを、突き詰めていたのだ。
つい、新しい術を開発する、しなければ自体は解決しないと思い込んでいたが、要は 魔術がなぜ為されたか、何を為すべくしてつくられたかを考えれば、答えはそこにあったのである。
そして、聖女召喚の魔術が行われる意味とは?
『顕現した魔王を弑する事』だ。
ただの女性を召喚したのではない。
『魔王を殺す事が出来る聖女を呼ぶ』という確固とした目的を持たせた魔術で召喚したのだ。
魔術で出されたものは役目が終われば消える。干渉した結果は残るが、工程と現象は使われた魔力と共に消えるのだ。
つまり、魔王を殺すことでその魔術は全て目的を達成し、聖女がいる理由が無くなり、この世界から聖女が消える。
なにか特別なことをせずとも、聖女が魔王を殺しさえすれば、元居た場所に帰ることが出来る。
魔術が聖女という『人』という形で現れたため、思い違いをしてしまったが、現象的には『帰る』ではなく『戻る』だったのだ。
方法を問うた聖女と、方法を見つけたい魔王が自体をややこしくしてしまったが、魔術の成り立ちを考えれば、至極単純な事だったのかもしれない。
「ねぇ、ちょっと……」
不安げに聖女が声を上げた。
魔王は聖女を見た。先程からの疲労がありありと浮かび、先程の動揺からか目はわずかに潤んでいた。
「そこの男の話には一理あるかと思います」
「は……は!?」
聖女が目を見開いた。
魔王は、今気づいたことを聖女に説明した。
説明はしたが、そもそも魔法や魔術の事にはさっぱり明るくない聖女である。何となくはわかったが、イマイチ理解するまでは至らない。
聖女が何度か深く息をする。
「それは、つまり……」
「聖女様が、あの短刀で私を殺せば、役目を終えて元に戻れるだろう、という事です」
聖女は目を大きく開き幾度か瞬きをすると唇を噛み、ぎゅっと眉根を寄せ黙ってしまった。魔王はその様子を見て笑った。
――ああ、この人は喜べない。
あんなに帰りたかったのに。
帰る理由があったのに。
短くない日数を同じ家で寝食を共にし、魔術とその他諸々の開発をし、ときに笑って叱られて呆れられて、一緒に過ごして――自分が少しは躊躇う理由になれたことを、魔王は驚くほど歓喜していた。
そして、すとん、と気持ちの何かがあるべき場所に収まるのを感じた。
貪欲に追い求めていた真理には、遠いかもしれない。
だが、義務感ではなく、自然と手放していい瞬間に出会えるとは思わなかった。
今でも渇望という言葉で表していいほど追い求める気持ちがあるが、手放すという自体に不思議と悔しいとも思わない。
なぜだろう、と思う。
でも、
それもまた違う真理なのだろう。
どこか晴れがましい気持ちになり、魔王は聖女に言った。
「聖女様、私を殺してください」
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