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24 魔王、捉えられる

【24 魔王、捉えられる】



 従軍訓練を受けているとはいえ、そもそも魔術師は後方支援が基本で、肉弾戦を想定し強化訓練を積んだわけでは無い。反応速度でいえば、一般人と同じだ。

 魔王となったことで様々な機能が強化はされているが、残念なことに速さに関する機能はほぼそのままである。

 勢いと速さで攻められると魔王は反応できない。

 それを補完する防護障壁だったが、それはあっさり破られてしまった。薄く透明な皮膜だったが、並大抵の兵士の攻撃では破られない物だった筈だ。

 思った以上に代理人の攻撃は効いた。魔王の張った防護障壁をいくら攻撃が重いとはいえ、一撃で破壊するとは想定外だ。精神干渉からの不自然な早い復帰と言い、何かしらの魔術と耐性が関係しているとみていい。

 そして魔王の身体が頑丈になったとしても、それなりの攻撃を直接喰らえば、ダメージは免れない。


 代理人から投げつけられた蔦は、瞬く間に魔王を覆い締め付けた。じゅわッと音がしそうな勢いで魔力が急激に、強制的に抜ける。魔力の急減にくらりとめまいを覚えた次の瞬間、壁に叩きつけられる。息もつかぬ間に幾本のナイフが投げられた。途端に蔦の魔王を締め付ける力が強くなり、気がつけば蔦ごと壁に縫い留められていた。


 蔦を切ろうと魔力を巡らせるが、巡らせれば巡らせるだけ吸い取られていく。


「それは世界樹に寄り添う蔦だ。こいつらにとって魔王の魔力は養分だからな、抵抗すればするほど、強力になるぞ」


 代理人が鼻で笑う。

 その言葉の通り、蔦が瞬く間に一回り太くなっていた。舌打ちをして、蔦を見回すが、これ自体に根がない。根があれば地面伝いに毒で腐らせてやるものを。

 魔王は爆発でも起こせばもしかしたら、とは思うが、生身の聖女がこの場にいるこの状況ではそれは出来ない。人間を辞めた自分とは違い、聖女は人間のままであるし、魔術も使えない。そう知っていたから、室内や聖女が近くにいる場合は極力(調理時は別として)火では無く氷を使うようにしていたが、効果としての速さに劣っていた。そこを突かれてしまったようだ。

 この蔦は魔術を組もうとするたびに、締め付け魔力を吸い取り阻害する。物理的、魔術的に意識を乱され、うまく意識と身体が噛み合わない。

 苛立ちで奥歯を噛み締めれば、聖女がよろけながらこちらへ駆け出して来た。


「いけません!!」


 叫ぶだけの魔王に対し、代理人が聖女に駆け寄り、聖女の右手を掴み上げる。


「いっ!!」


 突然万力のような力で捕まれ聖女の爪先が一瞬浮いた。関節が引っ張られ軋み、悲鳴を上げた。代理人はそれを無視して彼女の右手に無理矢理開かせると、何かを握らせてくる。左手を自ら噛み切った後止血などしていない代理人の手から渡されたのは、彼の血で染まった短刀だ。代理人の血でぬるつき、鈍い光を放つ刃に聖女は目を見開く。ざわりと恐怖が聖女を襲った。


「……やっ、やだやだ……!」


 恐慌し必死に手を開き、短刀を離そうとするが、代理人はそれを許さない。反対に強く握り込むので、代理人の滲んだ血で聖女が汚れていく。

 代理人は言い放った。


「女! これで魔王を刺せ」


「!?」


「聖女様!」


 魔王が抗うようにもがき、こめられた魔力に身体と蔦の間に湯気が立つ。ぢりぢりぢり……と不快な金属音に似た音が出るが、解き放たれる事はなかった。


 そうこうしているうちに、代理人が左手だけで聖女の両手と短刀を掴み、右手で懐に入れている小刀で聖女の手を切りつけた。


「……いっ!! ぃ、いたっ……!」


 聖女の手から血が流れる。その血が握らされていた短刀に滴り落ちた途端に、短刀が光った。聖女の血を吸い込み、光は数度明滅した後固定した。


「術は発動した! さぁ! 魔王を殺せ!」


 言いながら、聖女の手を、光る短刀を魔王に向ける。


「やだやだ……やだやだやだやだ……!」


 聖女は痛みと恐怖で混乱していたが、頭を振り、なんとか後ろに腰を引いて重心を下げて抵抗した。それでも、男の力は強くじわりじわりと魔王の方へ引きずられていく。


 怖い!

 痛い!!

 怖い!!

 何を言っているのだ、この男は!!

 殺せ、などと!


「やだ! ……エドワード!!」


 その間にも傷は開き、焼かれたような痛みと共に、血が流れる。傷つけられた手をぎゅうぎゅう握られるので、とうとう血が床に垂れた。






 ぽたり、と聖女の赤い血が床に落ちたのを見た瞬間、魔王の脳内で何かが焼き切れた。


 爆発的な怒りと、無視できない恐怖。


 脳内を激しく高速で感情が駆け巡り、一瞬で耳の奥が痛む。


 自分は一体何をしているのだろう。

 考えろ。


 聖女の血が流れた。

 聖女が悲鳴を上げ、自分の名を呼んでいる。


 今、自分は何をしている。


 この状況で、何が出来る。


 何をしなくてはならない。


 ()()()まで蔦が巻き付いているわけではない。


 考えろ!


 魔王は眉をかすかに寄せると、魔術としての方向も意味も付けずにただ高濃度の魔力を放出した。すぐさま蔦が反応してそれを吸い取り、みしみしと音を立てて成長する。魔王はそれには目も向けず、高出力での魔力放出を維持しつつ、無理矢理意識を分けると、別の魔法陣を脳内で描いた。未だ嘗て無い負荷に、目の奥が弾け点滅した。ぼう、と魔王の右目の奥に魔法陣が透ける。

 やがて、かちり、と魔法陣の最後の円を繋ぎ終わると、


「《展開》」


 魔王が珍しく、詠唱文の最後を口にする。途端、大きな黒く光る魔法陣が空中に浮かび上がり、次の瞬間、魔王を(いまし)める蔦を覆い、焼き付いた。


「なんだと!」


 突如浮かび上がった巨大な魔法陣に、代理人が驚きの声をあげる。

 あの状況で、魔術を使用できる筈はなかった。術を発動させるために魔力を体内に巡らせるだけでも、その魔力を吸い取る蔦なのだ。しかも、蔦は今も大量の魔力を急速に吸っているようで、どんどん肥大化していく。

 黒く光った魔法陣は一瞬で蔦全体に拡がると、更に光った。


「?」


 息を呑んだ代理人の視線の先で、魔法陣が焼き付いた蔦は成長の速度を上げた。蔓は太さを増し、縦横無尽に伸びていく。唸るような速度で蔦は伸び、とうとう魔王を覆い隠してしまう。邪悪な深緑の繭のようになったが、成長は止まらない。幾重にも巻き付き、ようやく成長を止めた。


「なに……?」


 眉を寄せる代理人の視線の先で成長を止めた蔦は次の瞬間から色を変え始めた。むせるような生命力を感じさせる濃い緑から、終焉を思わせる茶色へと変わっていく。同時に力強い瑞々しさも失い、乾燥し、(ほそ)り、ひびが入っていった。


 そして蔦はみるみる枯れていった。寿命を迎えた植物が土に帰ろうとするように、かさかさと乾き、脆く姿を変えていく。

 あまりの出来事に代理人は、聖女の手を更に強く握ってしまう。

 更に傷が開いた聖女が何度目かの悲鳴を上げた。


 ザガッ


 薄茶色の繭の内側から指が突き出る。神経質そうに細く筋張った手が荒々しく蔦を掴むと、ゲチゲチとむしり取りながら、左右に開いていく。


「その手を離せ」


 言葉とともに、繭を引きちぎりながら、魔王が蔦の中から姿を現した。しゅーしゅーと不穏な音を立てて、身体から湯気が出ている。

 魔王は、絡まる蔦に餌となる己の魔力を必要以上に与え、同時に蔦の時間を操作し進めた。それにより、蔦は急成長させられ、そして万物の宿命として、寿命を迎えたのだ。魔力を過剰に与えたのは、それ以上蔦に意識を持っていかれないためだ。蔦を魔力で溺れさせ、自衛手段を出す隙きを潰したのだ。


 魔王は乱れた髪に頭を一つ振ると、魔力で黄金に光る目を代理人に向けた。


 その瞬間、びしりと音を立てて代理人の手が凍りついた。力が抜けて掴んでいた聖女の手と、彼女に握らせていた短刀が落ちる。氷結は見る間に代理人を覆い、全身に霜が降りた。代理人は手に力が入れられず、聖女を放し、自らも膝をつく。


 魔王はそのまま纏わりついていた蔦の欠片を掴み投げ捨てると、聖女の元へ急ぐ。


 一方聖女は、手を開放され、抵抗していた勢いのまま尻もちをついた。がたがたと震える手が床を這う。血で濡れた手が滑る。

 痛い。

 怖い。

 荒い呼吸を繰り返し、数度瞬きして涙が滲んだ目の視界を広げた。


 エドワードの所に行かなくては――。


 震える唇をそのままに、聖女は起き上がろうと右足に力を入れた。震える足にうまく力が入らない。ならばと床についた手で身体を起こそうとするが、痛みとぬめりでそれもままならない。


「んぅ……」


 音を出せず唸る。

 もう一度、起き上がろうとした時、しゅんと何かがしなるような音がしたと思ったら、目の前で固まっていた代理人が吹き飛んだ。代理人の身体は壁に叩きつけられ、床に落ちた。矢継ぎ早に、その体に氷にできたナイフが降り注ぎ、床に固定されていく。


「ひっ」


 聖女が思わず閉じた目を開くと、直接身体に氷のナイフが刺さっているわけではなく代理人の着ている物に刺さっているため、予想した血塗れの惨劇とはなっていなかった。だが、その身体はぎしぎしと音を立てながら、凍りついていく。

 その光景に息を呑んでいると、ふわりと身体が持ち上がった。

 いつの間にか傍らに辿り着いた魔王に抱き上げられていた。


「聖女様……」


 魔王がかすれた声で呼ぶ。


「……エドワード」


 聖女が滲んだ声で名を呼んだ。見上げた魔王の目から血が流れている。


「あ……」


 聖女が思わず魔王の顔に手で触れた。拭うつもりが反対に、代理人に付けられた傷から流れる血で魔王の頬を汚した。いや、混じり合ってどちらの血かわからなくなる。


「あ、ごめ……」


「いいのです」


 魔王はいつかのように、こつんと額を合わせた。

 すると聖女の身体の内側から暖かさが広がり、じわじわと傷が癒えていった。手の切り傷が治っていく時、組織が再生されるちりちりと湧き上がる痛みに思わず、


「痒い……」


 と聖女がつぶやくと、魔王は眉を下げて微笑み、合わせた額を擦り付けた。







お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 24 読みました! 現代日本人の聖女さんにはかなり厳しい展開でしたね。 あちらの世界の常識とかはよくわかりませんが(作中唯一の良識人のあの人があまり出てきてくれないからさぁ……)、異能力…
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