22 魔王、気づく
【22 魔王、気づく】
代理人は壁に身体を預けたまま話し続けた。
「世界樹は、五百年かけて世界の悪意を集め、張り巡らされた根で地下水脈を通じて器となる人間を探し、植え付けるといわれている」
「魔王とは――世界樹のための存在ということか」
「そうだ」
「害を為す存在を世界樹が作るということか」
「害を受けるのは主に人間だ。世界樹自身が害を被るわけでは無い」
害が有るか無いかを決めているのは人間であり、世界樹がそう表明したわけではない。
そう、世界樹は――。
「魔王を『魔王』と呼ぶのも、人間だけだ」
魔力と破壊と悪意に満ちた存在――それを『魔王』と見るのは人間だけであって、世界樹がそう決めたわけではない。
当然だ。
樹木には人の言葉は関係無いのだから。
そこで魔王は一旦質問をやめた。
魔王という存在は、世界樹のために生み出される。
世界樹が魔王を作り、聖女を喚び出すことを促し、出来た遺体を湖に沈め、それを養分とする。
だが、魔王を作るということは、いまのエドワード・ジョーンズは別として、歴代の魔王たちは必ずと言って良いほど、暴れて甚大な被害を及ぼしていたはずだ。
街の一つで済まず国の一つを消したという伝説さえ存在する。
そういう存在を自ら作るというのか。
「代理人の一族とて人間だろう。魔王を作るとわかっていても、世界樹に仕えるのか?」
「魔王を作るのは五百年に一度だが、その間世界に魔力を浸透させているのは、世界樹だ。魔王が現れ被害を出す事など、大局から見れば取るに足らない事だ」
「人が大勢死んだとしても?」
「そうだ」
「……そうか」
魔王は愉快になり笑ってしまった。
自分は、魔王は世界樹に家畜として選ばれた存在だということか。
魔力という甘い蜜を与える世界樹。例え山が一つ吹き飛ぼうとも、国が一つ消えようとも、その甘さは変わらない。
魔術師であるエドワード・ジョーンズは、誰よりも知っている。
――そう、多少のことは些末に過ぎない。
「ねぇ、」
それまで黙って話を聞いていた聖女が、首をひねりながら声を上げた。
「あなた、有機肥料だったの!?」
――有機肥料……。
あまりの名称に一瞬反応が遅れた。植物の養分となるために魔王にされたわけだから、あながち間違って無い、気もする。
僅かにささくれた皮肉げな気持ちが、瞬時にしぼんだ。脱力したといっていい。
「……みたいですね」
聖女が今度は反対側に頭を倒す。
「やたら発酵が上手いなぁとは思ったけど、もしかして腐葉土の仲間だったから?」
腐葉土の仲間ってなんだろう、ダンゴムシかな、と魔王は思う。
取り敢えず、聖女の頭の中では有機肥料は腐葉土なんだろう。鶏糞の仲間と言われないだけマシなんだろう、と魔王は思うことにした。
「いや、あれは単に修練の結果だと」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
聖女は瞬時に彼の修練の結果を蔑ろにした自分を恥じたようで、謝る。
「有機肥料……というより、薬酒みたいなものでは?」
「薬酒……お酒に漬けた海蛇みたいな感じ……??」
聖女の頭の中で、マムシとか海蛇とかスズメバチが酒に漬かった健康食品が浮かんでは消える。
聖女とは想像しているものがズレている気がしないでもないが、間違ってもいないような気がするので、魔王は頷いた。
「そういう感じじゃないでしょうか」
「で、わたしはそれを作るために呼ばれる筈だった、て事?」
まさかの健康食品の職人としての需要だったとは、と聖女は驚く。
「でも、作り方なんかわからないよ? 下茹ででもするの?」
魔力も有り余り、物理的に尋常なく丈夫になったエドワード・ジョーンズは、サッと茹でたくらいで自分が何とかなると思えなかった。もし熱湯に入れられても、薄い防御膜を身体中に張れば防げるな、と思うあたり、相変わらずである。
取り敢えず確かなのは、聖女の中で魔王は下茹でが必要な程、アクの強い物として認定されているということだ。
「さぁどうでしょう?」
魔王は首を傾げると、代理人に向き直る。
思いがけず話が変な方向に行ってしまったような気がする。
「魔王を世界樹に捧げるには聖女が必要だろう。当初はお前たちが聖女様を喚び出す予定だったということか? それはどうやって?」
ふと疑問に思った事を聞いてみた。
その問に、代理人はぐらりと身体を揺らす。光の無い目が、魔王を見上げた。
「闇の力を入れたばかりの魔王は、力の制御が利かず大きな暴走を起こすものだと言われている。その暴走後の残留魔力を媒介に、儀式を行う筈だった」
暴走を想定して組まれた魔法陣が代理人の一族には受け継がれているという。魔王誕生時の暴走は、(何しろ五百年前の事なので)言い伝えでは余りにも大きな暴発であり、暴発で正しく使われなかった魔力も大きく、その場に残留する魔力も大きい。その残留魔力を使うのだという。
更に言えば小さくない被害が出るため、代理人たちが国内で大きく動くことに対して各国の協力も得やすい。
ただ、すべて犠牲有りきの話である。
「では、その喚び出した聖女にどうやって魔王を殺させるつもりだったのだ」
実際聖女を喚び出してみて、魔王は思う。魔王を殺す存在なのかもしれないが、自分の意思で進んで殺すことが出来るとは限らない。
自分が喚び出した聖女に、さあやれ、と言ったところですんなり荒ぶる(推定)の魔王を殺せるかと言ったら、まず間違いなく返り討ちに合うだろう。小柄で貴族の令嬢のように非力な手足しか持っておらず、戦のない国で比較的治安の良い場所に住んでいたからか、危機感が薄い。武器など取った事が無い筈だ。
「私達、一族で魔王を押さえ、とどめを刺して貰う」
「とどめとは――」
魔王はそこまで言って、微かな焦げ臭さに気がついた。
瞬時に縄を引き、冷気を浴びさせたが一瞬遅かった。
聞き出している内容に思考の多くを割いており、反応が遅れた。引いた縄が、もろもろと崩れて落ちる。
代理人が縄から抜け出し、驚くべき瞬発力で伸び上がり強かな蹴りを傍らに立っていた魔王に打ち込んだ。
かすかにパリンと音を鳴らしながら魔王の防護障壁を一度目の蹴りで破ると、瞬時に振り向きざまにニ撃目を喰らわせる。
「ぐっ」
魔王の身体が折れ曲がる。
代理人はぶすぶすと身体中に煙を纏いながらも動きを止めず、左の人差し指の皮膚を噛み切った。右手を懐に入れ縄のようなものを取り出し、血が流れる左手で扱いた。
瞬間、縄が鈍く光り、それを魔王に投げつけた。
「!!」
投げつけられた物は縄ではなく、蔦のような植物だった。蔦は瞬く間にその茎を伸ばすと緑色の網になり、魔王を一瞬で覆うと締め上げた。
「……! エドワード!!」
聖女の悲鳴が聞こえた。
お読みだくださりありがとうございました




