21 魔王、聴取する
【魔王、聴取する】
聖女に笑いかけた魔王は、危機を察知した代理人を足で押さえつけ、そのまま屈むと彼の頭に縄を持っていない方の手を置いた。
聖女に言った事は無かったが、魔王となって幾つか出来るようになったことの一つに、精神に干渉出来るという物がある。名誉のために言えばほぼ引き籠もっているので、まともに使ったことは無い。ただ来てもらっている使用人たちが余計な事を外で喋らないよう、屋敷の中の事は明瞭に思い出せないように(不自然に思わない程度に)うーっすら掛けてある程度だ。
ある時、庭に来ていた小鳥で実験した所有効だったため、人間のみならず、動物にも効果があるらしい。
そして魔王は従軍時訓練を受けた時に、自白させるための禁術を習得している。
人間当時は禁術の使用に制限が掛かる術が施されていたが、それも魔王となった時に消えて無効になったようだ。
魔王の自宅はほぼ治外法権なので、禁術も何も無いだろうと認識している。そもそも自分は人に仇なす魔王なのだ。禁術上等、というものであろう。
ここに来てこの侵入者である。
掌に精神干渉と自白魔術を組み合わせた魔法陣を作る。あまり大事だと思われないために圧縮に圧縮を重ねた極小の魔法陣で、聖女の位置からは仄暗い光が漏れている程度にしか見えない筈だ。
さて、と魔王は手の感覚に、意識を向ける。
魔術を代理人の脳に流し込み、内心感心した。かなりの抵抗がある。精神干渉がほとんど浸透しない。もしかしたら、魔王への耐性が強いのかもしれない。ならば、と自白魔術の方を強める。
かかった所で、再度精神干渉を捩じ込んだ。ぴくり、と代理人の頭が揺れた。
――これで気持ち良くなめらかに、お喋りが出来るというものだ。
流石に気がついて何か言いたそうにした聖女を、魔王はにっこり笑って黙らせた。
「言葉が通じるようにしただけですよ」
嘘は言っていない。
聖女にはそのまま壁際に留まるように言い、魔王はだらりと脱力した代理人を縄を引いて移動させると、聖女とは反対側の壁に背を預けさせる形で座らせた。
「所属と名前は?」
ぼんやりとした眼差しの代理人が答えた。
「三の樹、朱の二 」
「それはどういう符号だ」
「三番目の若木の、実行部隊での席次だ」
どうやらこの国にある若木は、三番目に芽吹いた世界樹の若木らしい。
聖女はこの国の歴史をまだ知らないが、これは中々歴史が古い国なのでは、と思いを馳せる。
実行部隊――なかなか不穏な単語である。
何を実行するんだろうとは思うが、聖女は口を挟む事も出来ず、取り敢えず黙って聞くのみである。
「その実行部隊の者が、なぜこの場所にいる」
「新しい世界樹が芽吹き、成長したからだ」
「なぜそれがわかった」
「世界樹はある程度成長すると、全ての樹と繋がることが出来る。新しい樹の反応が有った」
魔王は、やはりな、と思う。世界樹は全て繋がっているのだ。
「その情報はどうやって受け取る?」
「湖の親木で世界樹の中を覗き、渡る」
「渡るとは?」
「世界樹の中に意識を潜らせ、親木から若木へ、若木から親木へと渡る」
代理人の頭が、ふらと揺れる。
「自分たちで故意の情報のやり取りは出来るのか」
「出来る。それが出来ての渡りだ」
仕組みはわからないが、代理人の一族は意識を世界樹に潜らせることが出来、それで世界樹の情報を読み取り、更に自分たちの任意のやり取りにも使えるという事らしい。
魔王は次の質問に移った。
「なぜ私が魔王だと判った」
「魔王の気配があった」
「魔王の気配とは?」
「湖の水と同じだ」
代理人が端的に答える。
「世界樹の湖か。なぜ湖と魔王が関係がある?」
「湖には魔王が沈んでいるから」
魔王は目を細めた。
「……沈んで、いる?」
「そうだ。歴代の魔王が沈んでいると言われている」
「聖女に倒されたといわれる魔王がそこに沈んでいるということか? なぜだ?」
「世界樹が望んでいるから」
代理人は淡々と告げる。
「世界樹が? 望む?」
代理人は言い直した。
「魔王は、世界樹が作るものだから」
魔王は一瞬息を止めた。
「世界樹が作る? なぜ?」
「自らの糧とするため」
聖女が目を見開く。
「……糧? 世界樹の?」
驚きに、魔王の声がわずかに掠れた。
「そうだ。魔王と聖女を反応させたものを湖に沈めて、糧……養分としている」
「世界樹、自らがか」
「そうだ。それをゆっくりと五百年ほどかけて湖の水で融かし、徐々に薄めながら摂取している。世界樹より齎される物は全て、それの副産物に過ぎない」
世界に魔力が行き渡っているのも、湖の水が魔力で溢れているのも、魔王が五百年周期で表れるのも――。
「あの湖は、世界樹の杯だ」
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