20 魔王、取り押さえる
【魔王、取り押さえる】
今から私刑を始めようとした魔王の耳を引っ張って止め、聖女は男を見下ろした。ちなみに魔王の靴は男の頬にめり込んだままである。
「取り敢えず、この人だれ?」
「害虫に個体名はありませんよ。――焼いてまいりますので、中でお待ち下さいますか」
燃えるゴミを片付けるように魔王がサラッと言うので、耳から離した手で魔王の二の腕を掴んだ。
「待って待って待って! 焼いたらこの人死んじゃうでしょ!?」
「まぁ、大概のものは死にますね」
「やーめーてー」
「ですが、人間とは限りませんし」
「人間辞めたあんたが言うと説得力あるわぁー……じゃないってば!!」
「大丈夫ですよ。確かめるためにもちょっと刻んで焼いてみます」
「やめてやめてやめて! 絶対面倒なことになるからやめて! そういう時のためにリチャードさんがいるんでしょう!?」
役人ことリチャードが聞いていたら、「俺のことをなんだと思ってるんだ!!」と怒り狂うような聖女の認識である。リチャードは役人として各種登録・申請・調整を業務としているが、当然そこに証拠隠滅までは含まれていない。
この国には日本に比べたらガバガバだが、一応戸籍が存在する。出生届も死亡届も必要だ。しかもこの男はちょっと見だけでも身なりが良い。身体が消えれば、それで終わりとはならないだろう。
魔王はちらりと踏んでいる男を見た。
「ですが、灰も残さず焼けば、多少の柵も一緒に消えましょう」
「いやいやいや、そんな制度になってない、なってない! 流石にわたしにもわかる!」
「ですが、そもそも不法侵入をしたのはコレですし」
「それでも勝手に殺しちゃだめでしょ!」
説得の末、とりあえず縄でぐるぐる巻きにした男を関係機関に突き出す事にして、一応話を聞いてみることにした。
使用人たちの目もあることだし、と場所を作業場へ変えた。作業場なら広く、何も置いてない場所が確保してあるからだ。何より音声認識変換魔術を使えるのが良い。
魔王は、ぐっと踏みつけている足に力を入れ直した。
「私が押さえておきますので、申し訳ありませんが縄を取ってきて貰えますか」
聖女に納戸から縄を持ってきてもらい、男を物理的に縛った後、短刀を取り上げた。芋虫のような姿になった男を魔王が、担ぎ上げ床に放る。魔王は身体的に能力が上がったからか、聖女が驚くほど腕力がある。固まった開かなくなった瓶の蓋を回して貰えて便利だ。たまに回し過ぎて駄目にするけれど。
床に転がすと魔王は、聖女を壁まで退避させた。ほんとうは同じ空間にいて欲しくないが、それでは彼女が納得しないだろうことはわかっている。
「喋りやすくなるように、油でもかけますか?」
「……床の掃除が面倒だからやめて」
燃やす気満々の魔王にツッコミを入れた聖女は、距離があるため声を張った。
「あのー、お名前は?」
「もしかしてお前、聖女か……?」
返答がずれている。聖女は気を取り直して、違う質問をする。
「ご用件は?」
「どうしてここにいる」
聖女は魔王を振り仰いだ。あまりに堂々とずれているので、聖女の方が不安になって来てしまった。
「……もしかして、わたし、別の言語を喋ってる?」
「いいえ。ただ、虫には人間の言葉は高度過ぎますから――。では、片付けて参ります」
にこり、と魔王は微笑むと縛り上げている縄を掴み、引きずった。それに男は身体を振って制止を試みる。
「ま、待て!! 説明しろ!!」
魔王が目を細めた。
「!!」
一瞬で男の身体に霜が降りた。一気に体温が下がり、足先の感覚が消えた。それでも何とか口が動いたので、抗い言い募った。
「……私は世界樹の代理人だ! なぜ魔王が聖女に仕えている!?」
「うるさい虫だ」
魔王のつぶやきと同時に、ぎくりと男の身体が不自然に跳ねた。
「ぐっ!!」
呻き声を最後に、男の声が消えた。流石に焦りだしたようで、身体を数度ばたつかせる。
繰り広げられる尋常ならない様子に聖女は、心配になって身を乗り出した。平和ボケを謳歌していた聖女には中々刺激が強い。
「ねぇ! その人、息は出来てる!?」
「出来てますよ。声帯を使えなくしただけです」
何でも無いように魔王は言って、縄を拳に巻きつけてたぐり、ぐいと引っ張り上げた。男の上半身が浮き上がる。
「間違えるな。質問しているのは私達だ」
告げて、もう一度男の身体を床に転がす。
聖女はそれを見て、
「……ねぇ、さっきから怖いんだけど……。やたら手際が良くて引くわー。実はなんか怖い組織の人だったりするわけ?」
聖女が思わずつぶやく。侵入者を縛り上げる時も躊躇いがない動きだったし、そもそも縛り上げが必要な人間が居るという状況に思考が追いついていない。
魔王が答えた。
「短期間ですが従軍時に多少、対侵入者訓練はさせられましたから」
「え、なにそれ」
そう言えば、『戦をしない国』から彼女を喚んだのだと魔王は思い出した。
「魔術師は戦力になりますので」
魔術師として登録されると従軍義務が生じることを話すと、聖女は神妙な顔で頷いた。
「そう……そうだよねぇ、考えたことなかったけど」
ここ十年程は他国との戦争は回避されているが、この国には軍隊も有るし国境警備も必要だ。
実戦の経験は無いが、国境へ配備されたこともあるし、王宮の警護要員として組み込まされたこともある。
「まぁ、今は外されておりますから」
魔術師は戦力としてカウントされるが、魔王となると話は別である。
魔王が軍に居るなど自国においても他国においても未曾有の洒落にならない事態であり、内外に要らぬ軋轢を生みかねないので、さっさと待機名簿から削除されたらしい。
明らかに扱いきれないものからは手を引く――英断だと、魔王は上層部の判断を評価していた。
そして従軍の義務が無くなった事は、魔王となって良かったことの一つである。
様々な思惑も重なって、役人に魔王の存在が知られ、報告が成された翌日には、所属していた機関からはほぼ除名されても居る。代わりにリチャードが行政との窓口になって、各種諸々雑事のサポートをすることに決まったらしい(リチャードの意思はそこには無い)。
魔王としては、聖女を喚び出した時にすぐ死ぬ予定だったので、彼女が暮らしていくのに不便を感じなければ、どうでもいいことだ。
「私は甘い方だと思いますよ?」
にこり、と笑めば、聖女がドン引きの表情で見てくるが、今の所拘束しかしてないのでそこは主張したい。
「そういうものなの……?」
聖女としては認識の差に分厚く高い壁を感じるが、魔王と聖女ではどうしても生育環境・慣習が違うのは否めない。某香味野菜的な問題である。故にスルーすることにした。黒めな勤め先で培った、臨機応変かつ高度なスルー技術は、異世界でも有効だと聖女は信じている。
侵入者に対する正しい対処方法は各国違うだろうし、異世界なら殊更である。……そういう事にした。
そもそも魔王に召喚されて聖女となっている時点で、彼女に常識を問う資格は無いのかもしれない。
それに、世界樹の代理人だとこの男は言った。これは渡りに船なのでは無いだろうか。
「世界樹の代理人って言ってたよね、この人。……取り敢えず話を聞きましょうよ。ほら、あのままでは良くないだろうし」
正直、聖女的には世界樹を持て余しているので、知識のある人に何か助言を貰えるなら有難い。
このまま植えておいて良いのか、切り倒さないといけないのかも、判断が付きかねる状態なのだ。やたらすくすく育っているので、何かするなら早い方が良い。
園芸的な何かか、魔術的な何かが必要ならば、是非とも教えて欲しいのである。
自分の家の庭に世界遺産が植わっているようなもので、そわそわと腰の座りが悪いのだ。
魔王は聖女をジッと見ると、一つ頷いた。
「では、講師の方には、喋りやすくして差し上げましょう。――ああ、大丈夫です。油は掛けません」




