18 魔王、見つかる
【魔王、見つかる】
魔王は一度手を洗うとエプロンを外し、作業場に作られた事務スペースで帳簿をつけていた聖女に声を掛けた。
「ちょっと追加で材料を取ってきます」
「材料?」
「はい。せっかくですし、同時に乾燥したものと今生えている若木の葉と比較もしようと思いまして」
「なるほど~。たくさん生えてきたし、数枚くらい毮っても大丈夫だよね」
効率を尊ぶ聖女らしい納得の仕方である。
聖女は帳簿に戻ると、そろばんを使い出した。ニヤニヤしているので、今月も黒字なのであろう。
魔王はきっちりと扉を締め、そこに封印術を施した。これで外からは、扉は魔王が術を解かぬ限り開かない。術のかかりを確認すると、真っ直ぐに若木の元へ向かう。
予想通り、庭の結界は破れ、若木の目眩ましも外されている。
使用人も居ない時間帯ならば否応なく始末してしまえば良いだろうが、今の時間帯ではそうはいかない。
歩きながら、発動前の魔法陣をいくつも仕込んでいく。水仕事で袖を捲くりあげた腕に、ちりっ、と高濃度に高められた魔力が小さく爆ぜた。
自分で自覚している以上に苛立っているようだ。
若木の近くに使用人と男が立っていた。
「旦那様」
使用人がほっとした表情で、声を上げた。止めたであろうことは汗で乱れた額や表情から察せられた。
哀れな使用人は、ほっとしたのもつかの間、雇用主の尋常ならない様子に顔を引き攣らせた。
「ここは良いから、下がりなさい」
「かしこまりました」
頭を下げると、使用人は早足で母屋へ帰っていく。
魔王は、不法侵入者に向き合う。魔術師の類では無さそうだが、魔王の結界を破れる人間である。不穏な存在であることは決定だ。現に触れば引火しそうな魔力を纏う魔王を見ても、怯える様子はない。
「で、お前は誰だ。なぜ許可なくここにいる」
言葉とともに魔王が足元を縛る術を放つ。地面に魔力を走らせ、縛り上げる。
「!」
「答える言葉は持たず、か」
魔力の蔦が男の足から胸まで這い上がり、締め上げた。
答えない男を八つ裂きにしてもよいが、聖女に痕跡を見せるわけにいかず、魔王はこのまま物理的に縄で縛って役所辺りに放り込んでしまおう、と思った矢先、男の手が振られた。魔力の蔦がぶつり、と切られる。
見ればその手には、短刀を握っている。
魔王の目がすっと細められた。
なるほど、と思った。あれで結界と目眩ましを切ったのか。
木製の柄がつけられた素朴な短刀だ。どういう素材を刃に使っているか分からないが、魔術を切断、もしくは消去出来るらしい。大変興味深い。
その切った相手は、自分が切り捨てた魔術の残滓を目で追い、消えると、魔王の目をまっすぐ見た。
「お前……、魔王だな」
断定だ。どのように判断したかは知らないが、確認であり問いではない。
「だったら?」
挑発するように言えば、男は眉をぐっと寄せた。
「なぜ、こんな所に居る」
「自宅だ」
「破壊衝動は無いのか!?」
「余計なお世話だ」
今会ったばかりの犯罪者に、自分の精神活動を説明する義理は無い。
「では、なんのために魔王となった」
「余計なお世話だ、と言っている」
「あの若木はなんだ」
「答える必要が無いな」
「世界樹だろう」
うるさいな、と魔王は思った。
わかっているならば、なぜ一々聞いてくるのか。
そして、不思議なのが湧き上がる抗えない程の嫌悪感をこの男から感じている事だ。
もう黙らせよう。
そもそも自分の気の乗らない事に時間を割くことは、聖女絡み以外では一切したくない魔王である。
この男の先ほどの行動を見る限り、魔術を払えるが防げるわけではない。瞬間的に意識を落としてしまえば良い。
八つ裂きは止めて、手っ取り早く灰も残らない程の強火力を使い一瞬で焼けば、聖女に気づかれないかもしれない。臭いも少し強めの風で流せば誤魔化せるだろう。香りの強い花でも買ってこさせるか。
ああ、そうだ、極狭い結界を張り、その中で焼けば熱も逃げないし、臭いも素早く処理できるな……。
なんにせよ、時間がかかれば聖女が怪しむ。
そうしようと決めた時、――後方の扉が内側から開いた。あ、と思い振り返れば、中から聖女が出てきて、こちらへ伸び上がり、声をかけた。
「ねぇ! ちょっとー! 毟る前にさー……あれ? お客様?」
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