17 魔王、破られる
【魔王、破られる】
ある日、魔王と聖女の家に客が訪れた。
毎度おなじみのリチャード・クーパー氏では無い。
使用人が応対すれば、小柄で身なりの良い男だった。質の良いこの国風の一揃を着ており、髪も整えているが、顔形は異国風である。
使用人は雇用主であるエドワード・ジョーンズより、先触れの無い客は取次がぬよう言われている。
告げられた名前に覚えもないし、今日は客が来るとは聞いていない。
「申し訳ありませんが、あいにく主人は留守にしております」
使用人は、指示された通りに居留守を使った。
「そうですか……ならば、庭だけでも見せてもらえないでしょうか」
何が『ならば』なのかわからず、使用人が眉をしかめた。
「申し訳ありません。出来かねます」
再度断ると、すっと目を細めた客人が使用人を押しのける。男の小柄な身体に似合わぬ力強さに、使用人は抗う間もなく脇に退かされた。
「な、何を!」
抗議の声を上げる使用人を無視して、男は門を開け中に入って来た。
だが、庭へは一歩も進めない。
「結界か」
「お客様、おやめください!」
使用人が止めようとすると、男は上着の裏から短刀を出した。ぎょっとして使用人が思わず身体を引けば、そのまま取り出した短刀を鞘から抜き、サッと目の前を払う。
そしてそのまま真っ直ぐ庭へ入っていってしまう。
「お客様!?」
固まっていた使用人が慌てて後を追う。
男はズカズカと庭を横切り、井戸のところで止まる。そして、そのすぐ横に植えてある若木の前に立つ。
「これはいつ植えたんだ?」
転げるように付いてきた使用人を振り返ると、男は訊ねた。
「え?」
何を言ってるのかわからなかった。
男が、これ、と指された先には何も無かったからだ。
男は眉根を寄せると、再び短刀を空気に滑らせる。
ふつり、と目の前の何か薄いものが落ちた感覚があった。
「え……? あ!」
瞬く間も無く、すらりと細長く、だが力強い印象のある、一本の木が現れた。今まで気づきもしなかった物がある。
「これは、いつ植えた?」
男はそれを指し、もう一度使用人に訊ねる。顔は険しく、声は鋭い。
使用人は首を振った。
「存じあげ、ません」
男は、もう一度若木を見る。
木は何も語らない。
その頃、魔王は作業場で世界樹の葉を使った試薬を作成していた。
取り敢えず刻んでから、水につけたり、煮出したり、効果を検証しようと言うことになっている。
世界樹の葉を今まで使った術の文献を紐解き、そのもの自体にどのような効果があるかを再検討し、物を引き寄せる魔術との親和性を第一に検証しようしていた。
なんにせよ、世界樹(推定)が大きくなってしまった。
種を植えた次の日、聖女と魔王が朝食を終え、台所や食堂の片付けを料理人と使用人に託し、作業棟へ向かった所、発芽したばかりだと思っていた物が、聖女の膝くらいまでの高さにすっくと伸びていたのだ。
驚きに固まった聖女は、魔王を振り仰ぐと
「あの木……無かったよね?」
と恐る恐る聞いた。
「無かったですね」
と答えた魔王は、木に近づくとしげしげと観察した。
「世界樹の若木だと思います」
「うそ!!」
「残念ながら本当です」
「なんで!? 昨日、植えたばっかりでしょ!?」
「さぁ……?」
魔王がいくつか出ている葉を摘む。当然であるが、弾力のある新鮮な葉である。役人が褒賞として持って来た葉と同種の魔力が感じられた。むしろ、木から落ちていない分、入っている魔力が強い。
「間違いなく世界樹ですね……」
世界樹の材料が欲しいとは思ったが、栽培したいとは思っていなかった。
これは予想外の上に予想外を重ねたような展開である。
「取り敢えず、結界を張っておきましょう」
そう言って、庭全体に結界を張り直す。聖女には告げてなかったが、元々防犯目的の結界は張ってあった。それを更に強化した。
「外部に漏れると面倒なので目眩ましも掛けておきましょう」
そう言って、若木に向かって魔法陣を飛ばすが、魔法陣が触れた瞬間消されてしまう。
流石に世界樹と言うべきか。
稚くとも、目眩まし程度では存在を消させてくれない。
魔王は思案し、若木に触れず周りを包むようにして目眩ましを掛けた。
「わ! 見えなくなった!」
「水やりは、私に声を掛けてください」
「わかった」
その後、しばらくは何もなく、すくすくと若木は育っている。今や聖女の背丈と同じ程の高さまで成長し、葉も順調に増やしている。
だが、魔王はこのまま何もない、という事も無いだろうと思っている。
世界樹の管理は厳格だ。
自然に世界樹が増えたという話も聞いたことが無い。世に様々な伝説はあるが、人知れず世界樹が生えていた、という話は聞いたことが無いのだ。
生えたばかりの若木でもしっかりと魔力を感じられるし、僅かではあるが、日に日に庭の中が魔力量の多い土地へと変わっていくのもわかる。それは若木を中心にじわりじわりと広がっていた。
世界樹は、世界中に魔力を行き渡らせている、という言説は正しいと言えた。
世界樹の影響力を鑑みれば、人知れず『野生化』しているとは考え難い。
魔法書記官の扱う書類の例を見れば、世界樹の材料を使えば空間を超え情報の発信と受信が出来ると推測される。
加えて世界中の世界樹が数や生育状況の管理が可能になっていることから、世界樹とすべての若木同士での『発信・受信』が可能で、お互いが繋がっているのでは無いかと、魔王と聖女は考えている。
それがどのレベルまでの精度と速さかは今のところは計り知れないが、書類の登録用具に使われる素材の含有率を鑑みる限り、世界樹本体と若木のそのものならば、かなりの情報を扱えるのでは無いかと思う。
どこかで新しく種が発芽し成長した、発信と受信が可能となる個体が発生したという情報が共有出来るとしたら、この場で発芽し成長したという情報は世界樹と世界中の若木の元へ既に知らされているのではないか。
思ったより面倒な事になった、と魔王は思う。
安全を考えるなら、抜いて燃やすかして、証拠隠滅してしまった方が良いのだろう。
だが、魔王も世界樹には興味がある。
一般的にも魔術師業界的にも、世界樹の情報はほとんど入ってこない。
世界樹の若木の管理は、どの国だとしても『代理人』と呼ばれる一族の者たちが担っているからだ。国が『代理人』の介入を拒否した場合、世界樹を枯らし抜いて行くとさえ言われている。
『代理人』は世界樹の育成過程や、その能力のほとんどの情報を掌握し、秘匿している。
ますます興味が湧いた。
そこまで囲い込まれた、秘された、しかも魔術の根源とも言うべき世界樹の事を知りたい。
多少の危険を犯してでも。
その欲には抗えない。
いくら聖女に意識を犯す闇の力を吸い取って貰おうとも、魔王を魔王とした核には逆らえない。
そうして、ついに結界が破られた。




