16 聖女、水をやる
【聖女、水をやる】
勲章授与の報奨金の代わりに役人が持ってきたのは、乾燥した世界樹の葉と花であった。
貰った次の日、魔王と聖女は改めて箱を開けた。
白いと聞いていた花は、乾燥しても皺が寄っているが白いままで、少しも茶色になっていない。不思議である。
「触ってみても大丈夫?」
美しい布製の造花にも見える花に興味を持った聖女が、魔王に訊ねる。
「ええ」
魔王は自分が先に花を摘むと、それを聖女の掌に乗せた。ふわり、と重さを感じない軽さだ。
聖女は、乾燥していない花はどんな美しさで、どんな香りがするのだろうと思った。
だが乗せてもらった瞬間、掌が擽ったくなり、驚いて見下ろす。
「え?」
聖女の手に平に乗せた花は、みるみる内に潤いを持ち、今、摘まれたかのように瑞々しくなっていった。ふわりと清々しい香りが立ち上る。
そして……その様を呆然として見ている間に、それは明らかに萎れ茶色に変色し、形を変 え……
実をつけた……
「は……? え? いや、ちょ……」
何がなんだかわからない。
聖女の手のひらの上で、カサカサになった花びらの残骸の間から、ころりとした実が出来ている。
混乱した頭で、魔王を見る。
魔王はかすかに眉をしかめている。
「これ、なんだと思う……?」
なんだもかんだも無いが、聖女は聞いてみた。
「世界樹の種でしょうね」
魔王は答えると、聖女の掌から種を摘み上げると、色々な角度から検分した。
「世界樹の魔力が感じられます。割ってみましょうか?」
「え? 割るの?」
「はい。どんな物か確かめるために。その後刻むか、すり潰すかして、実験材料にしてもよいかと」
「いやいや、それはちょっとマズくない?」
「そうでしょうか……そういえば、残りの花も種になるのでしょうか?」
そう言って魔王は残りの花を摘んで、差し出した。
純粋な好奇心を乗せた目で見てくるので、断れそうにないな、と聖女は思う。こういう時の魔王は、絶対に引かない。彼は知識欲が突出しており、試したくなった物は我慢をしない。エドワード・ジョーンズが魔王たる由縁である。
「どう、なのかな」
恐る恐る聖女が掌を天に向け受け取るが、何も起こらなかった。残った花をすべて試してみたが、すべて変化は無かった。
「一つだけでしたね」
「一つだけ受粉してたのかな」
だとしても、おかしな事態ではある。
「で、どうしよう、これ」
聖女がテーブルに転がった種をつつく。ふむ、とそれを眺めながら魔王が言った。
「庭にでも植えてみますか?」
「えーと……勝手に植えても良いものなの?」
役人が、先日厳重な管理の元植えられ育てられると言っていたのを、聖女は覚えている。
「それは世界樹本体から落ちた種でしょう。これは聖女様の起こした奇跡から成された種ですから、管理対象からは外れておりましょう」
「待って待ってやめて! 奇跡を起こしたとか、イヤなんだけど……」
大変聖女っぽい単語であるが、馥郁と面倒の香りが香る。
「まぁ、素人が植えてどうにかなるものとも思えませんから、物は試し程度の気持ちで植えてみたら良いかと」
「そういえばそうねぇ。厳重な管理の元、て言っていたし」
繊細な(仮)植物が発芽し根付くには、土壌の酸性がどうとか、水捌けとか、様々な条件があるに違いない。
ただ置いておくのもどうかなていう代物だし、リチャードに見つかってうるさく言われるのも面倒だし、食べた珍しい果物の種を植えてみるか、くらいの気持ちで二人は庭の隅に穴を掘り、植えた。
世界樹は湖のほとりに植わっていると訊いたので、庭にある井戸の傍に植えてみた。
そして次の朝、聖女は水をやるためにその場所へ行ってみると――
芽が出ていた。
「夢も見てないけど……夢じゃなかった?」
ぽかん、として思わず、某昭和の女児のような事を呟いてしまう。
種って植えてすぐ芽が出る物だっけ……?
小学一年生時の朝顔くらい しか、まとも(?)に育てたことがない聖女は、遠い記憶を探る。書いただろう観察記録は脳内に一文字も浮かんで来なかった。
聖女は首を傾げたが、気を取り直して水をやることにした。
もしかしたら、土の中に混じっていた別の植物が、たまたま芽吹いただけかもしれない。
今朝は如雨露が無かったため、取り敢えず片手鍋に水を入れて持ってきた。そのまま鍋を傾けては勢いが付きすぎるかと、しゃがみ込み、鍋を持っていない左手で一度水を受け、少しずつ芽に掛けてみた。
「大きくなあれ」
そんな風に言いながら、小鍋の水を全部掛けた。
やがて掛け終わり立ち上がる。
「さて、朝ごはんを食べよう」
そうして聖女は、魔王が焼いているだろうベーコンエッグに思いを馳せながら、一度も振り返らず家の中に帰っていく。
だから見なかったのだ。
発芽した芽が、むくむくと成長していった瞬間を。




