15 聖女、引きずり込む
相変わらずのゆるふわ設定です
【聖女、引きずり込む】
勲章授与があった三日後、役人が箱を二つ持って、魔王と聖女の家に訪れた。
役人は目録と一緒に、一つ目の小さな箱を差し出す。美しいが厳重に包装された箱である。
「こっちは褒賞金の代わりだそうだ」
勲章とは別に授与される物らしい。
「名目が立った、というわけか」
目録を確認した魔王が言う。
「そういう事だな」
役人もうなずく。
「どういうこと?」
聖女が首を傾げれば、魔王は包装を解き箱を開けた。
「世界樹の葉と、花です」
箱の中には薄い布に包まれた乾燥させた葉が数枚、花が三つ入っている。
「これが精一杯だそうだ」
重々しく役人が言うので、どれどれ、と聖女が覗き込む。乾燥しているのでポプリとか、ハーブティーみたいだな、と思う。
「どれくらいの価値なの?」
役人を振り仰げば、ちらりと視線だけで聖女を見る。
「この一箱で俺の年収はゆうに超える」
「え!?」
触ろうとしていた手を即座に引いた聖女に、魔王は首を振る。
「当然ですよ。むしろ少ないくらいです。私達がどれだけの数の術式を新規登録したとお思いですか? それを使って国は相当利益を出してますし、外交の手札としても使うでしょうから」
「そう、なの……?」
最近出てくる会話のスケールの大きさに、若干ついていけていない聖女である。
「相応の使用料・利用料も毎月払っているがな」
役人が呆れたように言う。
それは聖女も知っている。毎月毎月大きな金額が国から入金されている。そのため貯蓄残高が最近は怖いくらいの額になっており、爪紅を作る時に大量の宝石を購入し、それなりに散財した筈だが、びくともしない。
「私は別の国に移って登録しても、問題ないのだが?」
魔王が憎まれ口を叩くと、役人が嫌そうな顔をした。
「だからこその叙勲だろ?」
「頼んだ覚えは無い。そちらの都合だ」
叙勲は、対外的にこういう人物を国が囲っている事を知らしめる機会にもなる。国からの箔付け等要らぬ魔王にはいい迷惑だ。
ため息をつきながら、役人がもう一つの箱を差し出す。大きな箱である。
「こんな話になって、言い出し辛いが……」
取り出したのは金属製で縦横30センチメートル強の立方体である。天井と底に蓋が付いていて、天井部分は観音開きになるようで両側に蝶番が付いている。
「処分してくれていい、と言ったはずだが」
魔王が言う。
中に施された術式が、負荷によって焼ききれてしまっているから、返却は不要で使用後は勝手に処分してもらっていい、と告げてあったそうだ。今は唯の金属の箱なんだとか
役人が魔王の方へ箱を押し出す。
「もう一度、作って欲しいそうだ」
「これは一夜の余興だ。野暮は言うな」
余興と聞いて、聖女が首を傾げた。
「これは何をする物なの?」
聞けば、魔王が蓋がある部分を前後になるように箱を立てた。蓋の部分を自分の方に、観音開きの方を聖女に向ける。まず手前の蓋を開け、手で指し示し、
「こちらで音を集めて、」
そこで聖女側の扉を開いて、手で流す仕草をする。
「こちらでその音を増幅して出します」
これを音を拾う装置を演奏者の前に置き、増幅させることで今まで以上の大音量が実現し、広間全体にくっきりと音楽を届けることとなった。
曰く、舞踏会が大変盛り上がったそうだ。
当事者である魔王も、お目付け役の役人も夜会が始まる前に王宮を辞し帰宅したため、会場も盛り上がりが如何ばかりかは話に聞くしか無いが、二日後に役人が呼び出しを喰らい、翌日朝イチで魔王を訪ねる程度には、話題になったらしい。
だが魔術の持続時間に限りがあるため、一晩だけの余興として差し出したのだ。
「へぇ。スピーカーを作ったんだ。凄いねぇ」
「はい、以前聖女様のお話を伺っておりましたので」
聖女は感心して、スピーカーをまじまじと見る。聖女のいい加減な説明で再現してしまうとは、相変わらずの謎過ぎるハイスペックである。
「……やっぱり、あんたの知識か」
「いや、そういった物があったとは言ったけど……、本当に作っちゃうとは思わないじゃない?」
けろりと、返す魔王と聖女に、役人は頭痛を禁じ得ない。
一事が万事こういう風に進んでいく。この家の中は完全に異次元である。
「あら……これって特に何も線で繋いで無いわよね? え、一体型? すごいな、空洞なんだ、内壁に魔法陣とかが仕込んであったのかな? それで集音と増幅が出来るって魔術ってすごいなぁ……」
聖女が箱を持ち上げて、ひっくり返す。もちろんオーディオケーブルの差込口など無い。
そして、気づいた。
「……ん?」
こういうの、最近見たなー、と。こういう蝶番、最近見たよね??
動きを止めて、魔王をちらと見る
にっこり。それはイイ笑顔で笑っていた。
無言で「お気づきになりましたか」と言っていた。
「…………」
聖女の推測が正しければ、魔王はこの集音装置の中に、あの夜に自宅で使った音が出る小箱の発信装置を仕込んでいた。本人が「ちょっとした物を仕掛けてきた」と言っていたから、間違いない筈だ。
先程魔王は、中の魔法陣等は負荷によって焼き切れたと言っていたが、十中八九、時間が来たら両方燃えるようにしてあったのだろう。無かった事にするために。
――どこのスパイ映画か!!
心のなかで盛大にツッコミつつ、聖女は記憶を辿る。
あの夜は最初からワインが入っていたし、その後に二人で踊った記憶だけ鮮明で、どうやって音楽が鳴っていたか深く考えていなかったが……どこかで鳴っていて、王宮だとか、陛下がどうとか、最初に言っていたような……。
今の今まで忘れていたけれど。
もちろん、この世界にラジオの中継など有るはずもなく……無許可の非合法音声である。
発信装置、というか、使い方を変えたら完全に盗聴器だよねコレ……。
待って待って待って……バレたら大問題だよ……!?
と、そこまで考えたが、聖女は考え直した。音声の発信装置なんてものを作れるのはこの世界で魔王唯一人(推定)な、わけで、使われたのも初めてである――今まで実害があった訳ではなく……すなわち法で禁止されているわけではないのではないだろうか。
その行為が犯罪だと認定されていない、それ以前にこういう事が出来るという事が認知されていない世界なのだから。
と、ということは……
『悪法もまた法なり』とは言うが、その法が無い、もしくは該当しなければ――
ギ、ギリギリセーフ……?
これはギリギリセーフなの……??
聖女は、そういう物を勲章のお礼として仕込む魔王の精神構造を疑った。
それにしても!! ロイヤルな空間になんてものを仕掛けるんだ……!
法的にはセーフ(暫定)でも、良心の呵責を感じてしまっている、元来小市民な聖女である。
しかも、こういう事が可能だとわかれば、各所いろんな所で警備の前提がひっくり返る可能性がある。
魔法がある世界だ。一足飛びに進歩しかねない。
取り敢えず、今日の『踏み踏み』は念には念を入れなくては。
絶対、悪い何かが吸い取り切れてない。
箱を持って顔を青くして黙った聖女に、役人が訝しむ。
「……おい、どうかしたか?」
声を掛けられて、顔を上げた聖女はぼんやりと役人を見た。
そして気づく。
この人は、いつだって常識人だ。
それはもう気持ちのいいくらいの。
聖女は未来の共犯者を見つけて微笑んだ。
秘密って、誰かと共有したほうが軽くなると思わない?
一人(?)で抱え切るには、大きすぎる罪悪感、てあるよね!
リチャード・クーパー氏なら、きっと分かち合える筈だ。
いや、分かち合おうよ!
「……ねぇ? ホウレンソウて大事ですよね?」
「は?」
青い顔をしていた聖女がいきなり笑みを浮かべるものだから、役人は戸惑った。
「報告書が必要ですよね?」
「は!?」
飛び出した不穏な発言に、思いっきり身体を引くリチャード。反対により前のめりになる聖女。
「この中の正体、探って来いって上から言われてるんじゃないですか?」
「え……? は!? ちょっと待てくれ、なんのことを言っているんだ?」
「この箱の事ですってば」
箱を差し出し、やたらと馴れ馴れしく笑いかける聖女に不安しか無い。箱も怖くて受け取れない。
「……」
役人は黙った。聖女の指摘は間違っていない。確かに上役から、この箱の仕組みについて、調べてこい、なんなら特許申請書と仕様書を書いて貰って来い、と言われている。
言われているのだが、嫌な予感(ほぼ確定)が襲いくるので、頷けない。
二回ほど箱と聖女の間に視線を往復させたリチャードは、訊ねる。
「……一つ、聞こう」
「?」
「俺はそれを聞かずとも生きていけるか?」
「やっだなー、何言ってるんですか、リチャードさん」
聖女がにっこり笑う。
「いずれは知る時が来るんだし、ちょっと早くなるだけデスヨ!」
悪夢のような言葉に、生贄の子羊は顔を引き攣らせた。
その後の話し合いの結果、盗聴器の存在はあまりにも危険過ぎるので、リチャードの上役にも報告はせず闇に葬る方向で決まった。
魔王は音声増幅器の仕様書と特許申請書を書く前に、聖女にグリグリと念入りに踏まれていた。
なお、踏み終わるまで書類を手に役人が腹部に手を当てていたが、二人は気づいていない。
お読みくださりありがとうございました。




