14 聖女、翻す
相変わらずのゆるふわ設定です
【聖女、翻す】
王宮から使いが来た。
来る式典で、数々の新技術を発表した魔王に勲章を授与するという。
人間世界の権威など割とどうでも良くなっている魔王は、一応聖女にお伺いを立てた。聖女は配偶者になっているので、同行することも出来る。
もしかしたら行きたいかもしれない、と訊ねてみた。
「こういう式典に呼ばれておりますが、ご参加されますか?」
ぶんぶん、と首を横に振る聖女。
「夜には記念の夜会が催されるようです。舞踏会になると思います」
更に、首を横に振る。
「そんな場所に行った事もないし、舞踏会って……ダンスなんかしたこと無いから無理」
王宮や舞踏会に憧れるほど若くない……分不相応な場所によって恥をかく勇気が無かった。人が集まるところには、様々な目がある。ぽっと出が好意的な物など、極僅かに違いない。
そもそも、非日常なら、魔王で充分間に合っている。
ということで断ったのだが、「どうしても」と幾度も頼まれるので、魔王一人での出席と、式典終了後の夜会に出ないという条件付きで了承した。
当日魔王は新調した正装に身を包み、迎えに来た役人ことリチャード・クーパー魔法書記官と共に王宮へと向かった。
本来式典とは関わりのないはずのクーパー氏は、勿論、魔王の監視役である。
「下っ端の私には、陛下に拝謁するような時の衣装すら無いから勘弁して欲しい」と逃げようとしたクーパー魔法書記官には、迅速に支度金が支給された。更に呼んでもいない仕立て屋(高級店)が職場まで採寸しに来た時に、逃亡が不可能だと悟ったと、後に彼は語る。
二人の正装を見た聖女は目を輝かせ、そして歯噛みした。
「素敵!! でもなんでここにはスマートフォンが無いの!! 写真撮りたいのに!!」
二人共明らかに日本人の平均よりも手足が長く、それに伴い背が高く、華奢には見えない程度にスラリとしているので、改まった装いがよく似合った。
普段からかっちりとしたスーツ姿を見慣れている筈のクーパー氏でさえ、ウィングシャツの白い襟が眩しいテイルコートの一揃いを纏えば、また別格なのだ。
そして、日々自由業である魔王の本日の装いに、聖女は感動すら覚えた。
普段の魔王と言えば、シンプルなシャツにスラックスという服装が常で、何なら薬品・火器等危険物を扱う時はエプロンや、スモッグを着る時もある程、実用重視なのである。
いくら闇の力が宿って魔王となったとは言え、誰かが漆黒の天鵞絨に銀色の鋲やら羽飾りの付いた、別方向に綺羅びやかな衣装を支給してくれる制度があるわけではない。よって以前の手持ちのままだ。
クローゼットが空気を読んで自動的に闇に落ちてくれるわけも無く、この面ではファンタジー的な力は働かないようである。
ちなみに、そういう衣装をデザインするような素養は、魔王にも聖女にも無い。
話を戻すと、末端貴族の成人男性として礼装一式は持ってはいたが、それは国王に謁見するほどの格式のものでは無かったため、今回は急遽新調したのである。
本日の魔王は、何かの材料になるのではないかと思い付き、最近は切らずにすっかり長くなっている灰色の髪をきちんと梳り整え、黒のリボンを使い後頭部で結んでいる。いつもツヤツヤの髪で羨ましいが、今日は何やら艶めかしいほどである。
元々、研究・開発時以外は貴族教育の賜物か姿勢も良いので、礼装が大変良く似合っている。
役人ことリチャードも、いつも以上にきっちり髪を硬め、出した額に前髪を二筋ほど垂らす洒落たスタイルだ。
忘れがちだが、リチャードは十分エリートを名乗って良い、出来る男なのである。ただ聖女の前に現れる彼は、ストレス(大体において原因は魔王)で髪をかきむしり、多少なりとも髪が乱れたくたびれた姿が常なので気づきにくい。
いやぁ、スーツ姿が決まっているとは思っていたが、これは……と聖女は内心唸る。
はしゃぐ聖女に役人は呆れた顔をして、ため息を落とす。そんな姿も良いのだから見栄えのいい男は得だと、聖女は思った。
魔王は聖女の手に口づけを一つ落とし、
「行ってきます。すぐ戻りますので」
そう言いおいて、出掛けて行った。
聖女は家の中に入ると、使用人さんたちに呼びかけた。
「さーて、お願いしまーす!」
魔王はどうでも良さそうだが勲章授与は名誉な事だ(魔王としてのアイデンティティ的にどう思っているかは謎だが)と思うし、彼の研究成果が認められたからこその事なので、今回祝いの席を設ける事にした。
祝いの席と言っても、いつもより豪華な食事と酒を愉しみ、プレゼントを渡す程度のささやかなものだ。
プレゼントは、とても上等なローブを用意した。礼装の誂えを頼んだ店に、こっそり頼んだのだ。上質な漆黒の生地に縁に光沢の有る濃い灰色の糸で刺繍を頼み、派手では無いが中々に目を引く物となった。
ダイニングを片付けて花を飾り、テーブルクロスも新調した物に替える。メインとデザートの味見もしたし、気分を変えるために普段着からちょっと良いワンピースに着替えた。
魔王と役人の礼装姿を見て、たまに着飾るのはそれなりに大事だな、と再確認したからである。
どうにもこの世界に来てから、引きこもりがちで、たまに日用品の買い物に出かけるくらいで気合を入れて出かける事など無かった。
普段のものも質の良いものを揃えてもらっているようだが、それとこれとは別なのだ。質がどうこうよりも、自ら、目的を持って着飾るということが、潤いをもたらすのだ。
ワンピースの上にエプロンをかけると、料理人と共に大皿料理をテーブルに運んだ。
庶民育ちの聖女は自宅でコース料理を食べる気がしないし、そもそも、料理人とその他使用人の皆様は、夕飯前に帰る契約である。雇い主としては、そこは厳守したい。
温かい方が美味しい料理の下には、温熱台(これも魔王との開発品)を置いた。それでも冷めていたら、魔王に温め直して貰えば良い。
最近の魔王は魔術の制御に磨きがかかり、温め直しやちょっと炙る、焼き直す等が完璧に出来る。
もはや、生体電子オーブンレンジ・生体グリルなのである。更に冷やす事も自在に出来るので、冷蔵庫も兼ねている。
テーブルのセッティングが終わると、聖女は改めて化粧を直した。どこにも行かないのに、と思わなくもないが、せっかくのワンピースだ。アイラインを引き直すと気分が上がった。
そうこうする内に魔王たちが帰って来る。
魔王を送り届けた役人は、「とりあえず風呂に入って寝たい」とげっそりこぼして、帰って行った。濃厚な苦労が偲ばれる。なんだか泣きそう、と思い、聖女はワインを数本持たせた。
「せっかくだからそのままで」と、魔王に礼装から着替えず、上着だけ脱いだ状態で食堂へ入ってもらった。
ベスト姿もまたよき、と目を楽しませた聖女に、魔王が小さな箱を渡す。何かの金属で出来た箱で、大きさは手の平サイズ。半分ほどで開くように蝶番が付けられていて、作りは宝石箱のようだがそんな華やかな物ではなく、持てないほどでは無いがずしりと重い。
「お土産です」
「え? これは何?」
「こうします」
魔王は、に、と笑う。
魔王は渡したばかりの聖女の手の平からその箱を取り上げ、大皿料理の並べられたテーブルの隙間にちょこんと横向きに置き、左右に開く。
そして、指先に魔法陣を生み出すと、箱に触れた。
すると――
「え!?」
箱の中から、音がした。
初めはか細く、段々と輪郭を確かにしていく――まるで古いラジオのように……
優雅な室内楽……時々交じる人の声……。
「これ……」
聖女は魔王を振り仰いだ。
「本日の舞踏会は、王立楽団の演奏で行われます」
魔王は用意してあったワインボトルを持ち上げ栓を抜くと、聖女と自分のグラスに注ぐ。
「晩餐を彩るには丁度良いでしょう?」
チン、とグラスを合わせ、食事が始まる。サラダを取り分けていると、小箱からは、ファンファーレが鳴り響き、一拍遅れて万雷の拍手が聞こえる。
「国王夫妻が入場されたようですね」
と怖いことをさらりと、魔王が言った。
魔王は、夜会の会場に、最近開発したちょっとした物を仕掛けてきたのだという。
なんか、深追いしたくない単語が山盛りだわ、と、聖女は酒精でふわりとした脳で思う。
ゆったりとした曲が始まった。拍手が聞こえる。
一曲終わるとまたすぐさま拍手が起こり、それから少しテンポの上がった曲になる。
魔王と聖女は、音楽を楽しみながら、良いワインと豪華で温かい料理を楽しんだ。
小箱から聞こえる品良く楽しげな音楽は、料理を更に美味しくさせ、会話を弾ませた。
デザートまで終わった後、魔王にプレゼントのローブを渡す。
羽織ってもらえば、よく似合っていた。
「ありがとうございます」
嬉しいのを隠さず魔王が礼を言うので、聖女は大変満足である。
二人で皿やカトラリーを台所へ運び片付け、さてお茶でも飲もうか、と薬缶を取ろうとした聖女の手を、魔王が止めた。
「ん?」
魔王が手を差し出した。
「一曲、踊っていただけませんか」
食堂から聞こえる音楽は、いつの間にかゆっくりとしたワルツになっている。
「え、でも、わたしはほんとうに踊ったこと無いよ?」
「大丈夫、適当に音楽に合わせていればいいのです」
聖女は促されエプロンを外すと、魔王の手を取った。そのままエスコートされつつ、二人で食堂へ戻った。
食堂に入った瞬間、ぐい、と引き寄せられる。
聖女が台所に行った短い時間に、魔王が食卓の大きなテーブルを部屋の端に寄せたようで、スペースが作られていた。
「わ!」
ゆったりと、魔王が歩き出す。腰に回った手が、力強くて聖女は戸惑った。そして当たり前だが、圧倒的に近い。
くるり、と回る。
「うぅ、恥ずかしい……」
聖女が顔を朱くすると、魔王が目を細めて言う。覗き込むその目は楽しげだ。
「誰も見ていないのに?」
「見てないのに!」
覗き込む魔王の視線を避け、顔を横に向ける。
口紅、落ちてる……。
今更ながらの事で頭がいっぱいなのに、物理的に動いているからどうしたらいいかわからない。
「では、明かりを少し落としましょう」
魔王が視線を巡らすと部屋中を明るく照らしていた魔術式の燭台が、一瞬でぼやりと顔が辛うじて分かる程度に暗くなる。同時に大きく進む方向を変えられ、聖女は悲鳴を上げた。
「わ! ……わ!」
――方向を変えた時に大きく翻った聖女のスカートの裾に、光の粒がまとわり付いていた。薄暗がりにふわりと浮かび上がる。光は裾が揺れる度に、二人が回る度に、きらきら揺れた。
「きれい……」
目を輝かせた聖女が、魔王を見上げる。
「素敵!」
満面の笑みで聖女が言うので、魔王は手を一度きゅっと強く握る。
「たまにはいいでしょう? 出鱈目な気分になる」
笑んで、更に聖女をぐっと抱き寄せるとふわりと身体を持ち上げると大きく回った。翻ったワンピースの裾が、光をばら撒く。
自然と笑顔で見つめ合った。暗いせいか視線を合わすのに、いつもより抵抗が無い。
二人は音と共に揺れながら、くるりくるりと食堂に円を描いていく。
やがて――曲が終わる。
二人も足を止め体を離すと、一瞬見つめ合い、同時に吹き出した。
しっとりしたスローナンバーな筈なのに、どうしてこんなにおかしいのか。わからないまま笑った。
一頻り笑って、少し乱れた息のまま聖女は言った。
「多分だけど……今夜、この国で一番贅沢な夜を過ごしたのは、間違いなくわたし達だと思う」
魔王が神妙に答えた。
「異議ありません」
また二人で笑った。
薄暗い光の中、そっと小箱を閉じる魔王を聖女はぼんやりと見ていた。
日常が変わるのは少し怖くて、そして楽しい。
それと、わけもわからない寂しさと、悲しさもあるのは、なんだろうな……。
うつむいた彼女は、光の消えた裾をもう一度揺らした。
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