12 魔王、爪を塗る
※ゆるふわファンタジー設定です。
【魔王、爪を塗る】
爪を塗りたい、と聖女が言った。
小さな手を広げ、爪を眺めながら、とても残念そうに言う。
どういう事かわからなかったので詳しく聴けば、爪に塗布剤で色を付け飾るのだという。
細工物のように小さな筆で、色を塗り、絵を描き、宝石をあしらうこともあるという。
それは水では落ちず専用の溶解液で融かして落とし、丈夫な物は太陽光を模した光を当てて固めるのだと、聖女は言った。
この世界には口紅も頬紅もあるが、爪紅は無いようだと、肩を落とす。
ならば、作ってみましょう、と言えば、彼女は嬉しそうに笑った。
爪紅には透明な物やそれに色を付けたような物があり、使いやすかったと聖女が言っていた。
そこで透明度の高い水晶を魔術でとろりと溶かし、そこに用意してあった薬品を混ぜてみた。もちろん地肌に付いても大丈夫な加工をする。
出来上がったそれを細筆で一度、手近な木片に塗ってみる。つるり、と濡れたような見た目になる。更に幾つか塗って、硬化の魔術を強弱を試す。板を触ってみれば、粘つかず透明で硬い皮膜を無事に張れた。
魔術発動時の発熱の程度を見るために自分の指に塗って、硬化をかけてみる。
塗っては硬め、溶かして、を左手の爪五本分それぞれに三回繰り返し、適切な魔術の具合を探った。
聖女に火傷を負わすわけにはいかない。
満足をいく結果が出せたので、聖女の元に出向いた。
「これでいかがでしょうか」
魔王が透明な爪紅を塗った自らの左手を、聖女に見せた。
「うわ……っ」
聖女は目を丸くして、魔王の左手を掴む。
「すごい!」
つるんと輝く魔王の爪に聖女は感動して、彼の手をいろんな角度から眺める。
魔王の手は大きく指も長く、爪も立派なため、なんというか『映える』。
「やだ、素敵……!」
「早速塗ってみませんか?」
「塗る!」
まるで童女のような応えに、魔王は深く深く満足した。
* * * *
それから、魔王と聖女は様々な宝石を融かし、幾種類もの爪紅を作った。
聖女の希望を細かく聞き、その肌色に馴染むよう紅水晶に少量の柘榴石を融かした桃色の爪紅を作った。小筆で丁寧に聖女の指を染める。
「う、うわぁぁぁ……」
「お気に召しましたか?」
「とても!!」
勢いよく即答した聖女は、ふと……自分史上で、誰かにこんなに大事にして貰ったことは無いのではないか、と気がついた。
魔王は常に要望を聞いて、何とかしようと努力をしてくれるし、丁寧に接してくれる。聖女が喜べば、嬉しそうな様子も見せる(魔王なのに)。
好意はあると思う。
それがどの方向性なのかはわからないが、好意を持たれてるのはわかる。
果たして、罪悪感と同情を混ぜたら好意になるのだろうか。
聖女は爪を固める前に、左の薬指だけ爪半月の白い頂に小さな金の粒をあしらった。
小さいながらも光を反射して、ちかちかと細かいきらめきが可愛らしい。
ここには結婚指輪の文化が無いようで、今聖女の左の指を飾るものは何も無かった。
時々欲しい物は無いか、と聞かれるが、装飾品をねだったことは無い。ねだれる関係では無いと思っているからだ。
少しだけ寂しい気がするのは、書類の上だけでも夫婦となった事実があるからだろうか。
そもそも、殺す予定の男に何を買ってもらおうというのだろう。
馬鹿げた事だ。
殺した後元の世界に戻るとして、殺した男からもらった指輪をどうするというのだ。
薬指の爪を眺めていたら、魔王が声を掛けた。
「出来上がりましたか?」
うなずけば、聖女の爪の上を魔法陣が滑った。
かすかに光ると爪紅は固まり、恐る恐る触れてみれば硬い。ジェルネイルを施したような仕上がりだ。
「うわぁ、これは凄い」
きれいな爪はテンションを上げる効果があると、聖女は信じている。美しいツヤと色の爪を様々な角度で見ながら、うふふと笑う。
それを見ていた魔王が、目を細めた。
「今までで一番のお喜びですね」
「そう?」
「はい」
「ありがとう、とっても素敵」
「いいえ」
ふと、聖女は魔王の手に視線を落とす。魔王が自ら塗った透明な爪紅がツヤツヤと輝いている。
聖女は思う。
透明な爪も素敵だが、彼は魔王である。
たまには魔王らしくするのも一興ではないか。
にんまりと聖女は笑う。
「ねぇ、黒い宝石は無いの?」




