11 役人、釘を刺す
【役人、釘を刺す】
魔術の無い、異なる理の世界から来た聖女には、魔術で行われる様々な事が不思議で堪らないのだろう。
この世界で育った人間には生まれた時からある当たり前の物でも、聖女にとってはどうなっているか解らない物と認識してしまう。
そしてその問は、時には魔術の何かを分解してしまうようだ。魔王が掴める形へと。
聖女の存在が、魔王の欲する真理への欠片を掴ませている。
おそらく、こうして魔王は触れられなかった所をかなり暴いてきたのだろう。
魔王の熱に気付いていない聖女は、なおも役人に問うた。
「登録以外の一般的な情報伝達には使われて無いのですか?」
「使われていない。決められた登録簿以外では受け取れない。決められた場所でしか発動しない魔術で、魔力の登録をするからな」
建前上そういう事になっているが、実際のところはわからない。誰も魔法書記官試験の合格者の行方を全て知っているわけではない。公式発表されている事しか喋れないし、知らない事になっている。
「どちらも世界樹に関連した材料が必要ってことですね」
「そうなるかな」
ふーん、とつぶやいた聖女は、次は魔王を見上げ訊ねる。
「ねぇ、魔術を使う時に効果範囲をする場合があるよね?」
「そうですね。出来なければ被害が計り知れないので、魔術を学ぶ者は一番最初に叩き込まれます。むしろ、それが出来なければ、正規の魔術師となれません。組み立てる時も最初に組み込むのが作法とされています」
魔王の返答に聖女が首をかしげる。
「ということは、そもそも空間の指定は魔術師だったら、特定の材料が無くても出来るという事か……」
「そうなりますと、世界樹の材料を使う意味は、空間を越えて繋がる事に特化しているという事でしょうか」
「そうなるのかな……」
うーん、と聖女は考え込む。
「繋がるのは単色の文字と簡単な図表だけなのかしら?」
「と、言いますと?」
「例えば文字だけだと、情報を運ぶ際の負荷が小さいと思うのね。 単純に文字だけ運ぶなら、内容は関係なく……」
聖女の頭の中には、学生時代パケット容量で苦しまされた記憶が蘇る。文字だけのメールはそんなにパケットを食わない。
役人もその指摘に頷いた。魔力の消費は内容によって変わるのは事実である。
「確かに図表を付ければ流す時の魔力の消費が大きいし、インクは一色しかありません」
「だから、紙を水に晒すだけで用が足りるのかな……? だったら例えば、紙を晒す水を濃く煮詰めてみるとか、水に晒すとかじゃなくて、もっと直接的なものを使えば、もっと効果が得られるのかな。もっと大きなものを運べるのかな? いっそ世界樹の板とか無いのかなぁ」
聖女の発言に、役人は目を向いた。
「なっ……板って……世界樹をそんな……」
世界樹から得られるものを、その辺の材木と同じ感覚で発言する聖女に、役人は今日何度目かの冷や汗を流す。
理の外から来たというのか、こういう事かとも思う。
発想に柵が無い。
一方ドン引きの目で見られた聖女は、うろたえた。
「え? なに? 変なこと言った?」
魔王を振り返れば、いいえ、と首をふる。
「大変興味深いです」
今すぐ板を切り出しに行きかねない魔王に、恐怖する。
世界の理の外から来た女と、世界の理から外れた男――この夫婦、最悪な組み合わせである。
「いやいやいやいや……ちょっと待てってお前ら……」
役人は問題無く話を進めようとする魔王を止めて、聖女に世界樹の概要を話す事にした。
役人たちこの世界の人間にとって、世界樹は一種の信仰対象と言えた。
魔力、魔術の源であると教えられる。
底が見えぬ湖のほとりに立つ、それはそれは大きな木だという。あまりの大きさに、木陰は陽の光を見ること叶わず、朝が来ぬ夜のようだと言われている。
そして、季節を知らず白い花を咲かせ、湖に落とす。
あまりの深さに緑にも紫にも湖面が映る湖に、中央が黄色に染まる白い花が落ち、水流が花を回しながら岸に運ぶ様はまるで星が瞬いているかのよう。まさに常夜の聖域。魚は住まず、滾滾と水が湧き、世界樹を常に潤している。
魔力は湖から生み出され、根を張る世界樹がその魔力を吸い出し発散し、世界に満ちていくと考えられている。
それ故に、世界樹はこの世界の魔術の要であり、世界の中心であるというのが共通の認識である。
世界樹は稀に種を落とすことがあり、それを各地に植えることで、魔力が世界中に行き渡り、大地が安定するらしい。どの国も、時の為政者はその若木の保護を義務とされている。ただ若木は葉は落とすが、蕾を付け花を咲かすことは無い。湖のほとりに植えても、その水が親木が根を張る湖のようにはならない。
ちなみに落ちた葉は丁寧に集められ、様々な魔術の媒体、薬の原料として厳重に管理されている。
世界樹は唯一のものである。若木でさえ切り出した者もいないだろうから、材木、板なども無い。
「いいか、絶対に切りに行くな!」
説明の最後に役人が釘を指す。
だが魔王は、首を傾げる。
「なぜ?」
「なぜ、て! お前も知っているだろう! 政治的にも国際的にも人道的にも、世界樹に手を出すのはマズイ!!」
各所に有る若木にも国軍がついて、厳重な警備が敷かれている。例えそれを魔王が制圧出来たとしても、すぐさま大問題になるのは目に見えている。世界樹本体ならば何が起こるかわからない。
「私には関係ない」
人の理から外れている魔王は、平然と言い放った。彼は興味を持った物に対して、冷徹なほど平等である。何であれ、だ。
指先が冷たくなるほどの圧力を振り払うように、役人は叫んだ。
「エドワード!!」
魔王は応えず、ただ目を細める。
役人は言葉を重ねた。
「それでは聖女様を守れないぞ!」
「優先順位を見誤るな、リチャード・クーパー」
魔王が不快げに眉をしかめた瞬間、役人の前髪の先が凍った。魔王の瞳が黄金色に鈍く光っている。
「ちょ……っ」
あまりに不穏な展開に聖女が割って入ろうとするのを、魔王が手で制止した。
そして告げた。
「ならば差し出せ」
「は?」
その言葉を理解したくなくて、役人は間の抜けた声を出す。
魔王はゆっくりと繰り返した。
「私を世界樹の元に行かせたくないのなら、お前たちが差し出せ」
「はぁ!?」
供物を要求する魔王が口の端を上げた。
「各所摺合せは役所の仕事だろう、リチャード?」
「え……? ちょっ……、 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
役人の終わりの見えない残業が決まった。
今更なのですが、
魔王 → エドワード・ジョーンズ
役人 → リチャード・クーパー
というのが、フルネームです。




