10 役人、説明する
前回の翌朝
【役人、説明する】
本気で死ぬかと思った朝、治療と称した人体実験を生き延びた役人は、取り敢えず魔王の自宅に留まっていることを職場に連絡した。
手紙をこの家の使用人に託し、食堂へ移動すると魔王と聖女も入ってきた。
昨夜は聖女も酔っていたようだが、見る限り元気そうだ。
「おはようございます。今朝の体調はいかがですか?」
訊ねてみれば、聖女は神妙な顔で微笑んだ。
「ありがとうございます。ちょっと頭痛があったんですけど、治して貰えました。魔王なのに治療が出来るとか、意味分かんないですよねぇ」
「……全くです」
役人はやはり自分が最初の被験体だったことを悟った。
朝食が始まれば、非人道的な二日酔い治療に対する苦情を改めて申し立てた役人に、魔王が彼の目玉焼きの黄身部分だけ黒焦げにするという報復をするなど、賑やかな食卓となった。
朝食後作業棟に移り、書類を幾つか作成することにした。
申請用紙と専用の筆記具を出し、準備をしていると、聖女が覗き込んで訊ねた。
「それはどういった仕組みで登録されているんですか?」
「仕組み?」
「専用の物があるってことは、その必要性があるからでしょう? 魔力を流して使うし、その辺の雑紙では同じことができないからこそ、だと思うし」
聖女の指摘に、役人は頷いた。
「材料が特殊なんです。世界樹の花を煮詰めた液を混ぜたインクで、世界樹の下にある湖の水で晒した紙に書いて魔力を流す事で、登録簿に登録されます」
「世界樹……久々にファンタジー的なパワーワード来た……」
聖女が呆然とつぶやく。魔王が首を傾げた。
「パワーワード、ですか?」
「印象的で強烈な単語ってところかな?」
「なるほど」
聖女が咳払いを一つする。
「それはさておき……その組み合わせの筆記用具を使えば、情報が距離を……空間を越える事が出来る、て事ですか?」
「は?」
「線も何も無いのに、繋がっているのでしょう? 線があるわけでも、電波みたいなのを常に出している訳でも無さそうだし、文字情報が空間を越えているって事になりませんかね?」
通信線も無線も無いのに、繋がる情報。
役人と魔王は無言で登録用紙を見つめた。
聖女は登録用紙を指先でつつく。
「魔力を流さないと繋がらない……言い換えると魔力を流せば一方的でも繋がる、て事ですよね?」
「ざっくり言えばそうなるかな」
厳密には、登録用紙は複写式になっている。受け手側の紙には担当の魔法書記官の魔力を登録してあり、役人がその魔力によって登録情報を流す作業をしなければ、登録されない。
そして魔法書記官とは、適正を検査され合格したものだけがなれる特殊な専門職である。他人の魔力を帯びた文字や図表を訂正・消去、そして複写することが出来る人間は限られているのだ。
その魔法書記官だけが専用用紙に自分の魔力を登録することが許されている。
そこまで聞いた聖女は、「え? 『生体複合機』!?」 と驚いていた。
さすが『歩く受付窓口』……コピーとファクシミリ機能まで付いてた! なんというハイスペック! いたれりつくせり! すごいわー……。
もしかしたら、役人の後頭部あたりにはLANポートとかが有るのかもしれない……。
等と、しきりに感心していたのである。
一方、役人は聖女に指摘された事を検証した。
やり方はあれど、魔力を流せば、確かに一方的に繋げる事が出来る。
登録用紙とはそういう物だと教えられて来たし、興味も無かったので考えたことが無かったが、言われてみればそうかも知れない、と役人は思う。
役人は改めて、用紙に視線を落とす。
扱う者の特殊な適正と、極限られた者にしか許されない作業によってそういうものだと思っていたが、そうではないのかもしれない。
どういった仕組みで流れていくのか?
生まれた頃から身近に魔術がある生活をしている役人は、魔術が関わればそういうものだと思っている。だが魔術自体が『そういうもの』ではなく、意図的に『そういうふうにしたもの』というのが正しい認識なのかもしれない。
何が、どうして、そういうふうになるのか?
脳の奥がぞわりとした。
急いで魔王を振り返れば、うっとりとした表情で聖女を見ていた。魔王の薄い緑の入った灰色の瞳が、魔力が滲んで黄色く光っている。
その瞳の熱に、役人はどうしようもない恐怖に襲われた。
あと一話続きます




