とある男爵令嬢の天使様〜僕の夢・外伝〜
コンラッド王子殿下のミスをカバーするため、友人ウォルバック公爵令息は、コンラッド王子殿下に子爵令嬢、男爵令嬢とダンスをさせることにした。
しかし、希望者が殺到して、コンラッド王子殿下だけでは踊りきれない。
そこで、ウォルバック公爵令息、ボブバージル公爵令息、ディリック公爵令息も、彼女たちと踊ることになった。
そんな経緯など全く知らないとある男爵令嬢は、ウキウキとしながら、ダンスを待つご令嬢たちの長い列に並ぶのだった。
『僕の夢は現らしいが全力で拒否したいと思います』のスピンオフです。
「君に、いいことがありますように」
美しい天使様は、私に口づけをくださいました。
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私は、極普通のとある貧乏男爵令嬢です。三女の私には縁談の話もなく、学園にいる間に、どこかの大きなお屋敷に侍女として雇われたいなぁと思って入学してきたので、お勉強は頑張っています。なので、成績順のクラスわけで、Bクラスに入れています。
今は、9月中旬といえど、暑さではまだ夏。私達は3年生になりました。この学園は、貴族学園で9月から7月までを1年度としています。
私は、クラスの窓を開け放ち、少しはましな涼しい風を感じていました。
隣のAクラスには、隣国から留学生がいらしたと聞いております。なんでも隣国の侯爵令嬢様だとか。他国に来てAクラスとは、さぞ優秀なのでしょう。
「Bクラスの私には関係ないけどね」
風に流されるように呟きました。夏の午前中、ちょっとの風が気持ちいいです。
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去年度の年末パーティーは、夢のようなパーティーでした。理由は全くわかりませんが、王子殿下か公爵令息様のどなたかと踊れるというではありませんか。
生徒会のウォルバック様が声をかけてくださっているので、生徒会からのビックプレゼントなのかもしれません。
うふ、わたくしは、ディリック・エイムズ公爵令息様と踊りたいと思い、長い列に並びました。
ディリック様は誰が見ても美しいのです。笑顔ひとつで黄色い声が出て、ウィンクでもしたら女子生徒が気絶するほどです。そしてさらには、公爵家という、わたしたちのような男爵令嬢には、まさに高嶺の花です。ディリック様とダンスができたら、孫の代まで語れるくらいすごいことです。たぶん、語っちゃいます。
もちろん、他のお3方、コンラッド王子殿下も、ウォルバック公爵令息様も、ボブバージル公爵令息様も、たいへんステキでございます。しかし、ディリック様はお一つご年齢が上なだけですのに、大人の雰囲気で、佇む姿だけでも絵画のようであるのです。
踊りを終えたみなさまは、どの方も悦に入っており、幸せそうにしております。そのお顔を見ると、わたくしはどんどんドキドキしてしまいます。
あと三人、……二人……。もうすぐだわ。ドキドキが最高潮です!
となったとき、わたくしの前のご令嬢が緊張に堪えられなかったのでしょうか。なんとお倒れになりました。
わたくしは、びっくりして、思わず支えてしまいます。いくら女性といえど、わたくし一人で支えるのはかなり厳しく、危ないと思ったとき、ベラ様がかけつけてくださいました。同時くらいにセオドア様も駆けつけてくださり、お二人が支えてくださいました。
壁側まで、そのご令嬢をお連れすると言います。わたくしもなんとなく、放っておけず、付いていくことにしました。列を抜けるときに、後ろのご令嬢に「どうぞ」というのも忘れませんでしたわ。
ベラ様の婚約者のセオドア様が、衛兵をお呼びになり、なんと、そのご令嬢を横抱きになさり、保健室へとお運びになりました。ベラ様もお付き添いになっていきました。さすが、衛兵様は、鍛え方が違うのかもしれませんわね。などと、ポケッと考えておりました。
わたくしは、セオドア様に「大丈夫?」と聞かれましたが、コクリと頷いて、先程まで倒れたご令嬢がお座りだった椅子に座りました。
セオドア様は、「警備があるから、俺は行くね。何かあったら、衛兵を呼んでね」と言って会場の中心の方へと向かわれました。
わたくしは、なんとなく、もう一度ダンス待ちの列に並ぶ気持ちにもならず、その場に座っておりました。
「ついてないなぁ。まあ、私の人生なんて、そんなもんよね。ステキな夢が見れたって思えばいっかぁ」
はしたなくとも、少し足をプラプラさせて、気を紛らわせ、会場の様子をまるで絵画を見ているような気分で見ていました。
それから、何曲が奏でられたでしょうか。曲は流れておりますが、会場の中心の方がザワザワとしております。
すると、その絵画の中から、キラキラした王子様が抜け出してきたのです。
ざわめきの中、キラキラした王子様はわたくしの前にいらっしゃいました。わたくしの頭は何も働いておらず、絵画の人物画を見ているような気持ちでおりました。その人物画がお話しました。
「もう、落ち着いたかな?僕と踊っていただけますか?」
なんと、跪いて手を差し出してくださるのです。会場の方から黄色い声が響きます。その声は私には奏でられている曲の一部にしか聞こえず、そのキレイな瞳に吸い込まれるように手をとってしまいました。
エスコートってすごいのです。私はいつ立ったのか、どのくらい歩いたのかもわからずに、気がつくとホールの中央で、王子様に両手をホールドされておりました。
「さぁ、いくよ」
その優しい呟きとともにステップが始まります。私はダンスは得意ではないのですが、その瞳に吸い込まれたままでいると、自然にステップがふめるのです。
「倒れる女性を支えるのは、大変だったでしょう。そして、君は自分の順番が無くなっても、その子を介抱をすることを選んだ。それを当たり前にできる君はとてもステキな女性だと思うよ」
まるでフルートのようなお声で、私を褒めてくださるのです。
幸せな気持ちのまま曲が終わりました。私はまだ放心状態です。
「君に、いいことがありますように」
王子様、いえ、ディリック様は私の指先に口づけしてくださったのです。
会場中から黄色い声が飛びます。ディリック様のエスコートでホールの外に出ました。ディリック様は、最後にもう一度私に微笑んでくださり、次のご令嬢の元へと向かいました。
友人たちが私の周りに集まります。そして、何やらきゃあきゃあと話をしていますが、私が我にかえるには、しばらくかかりました。
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私は、あの年末パーティーで、侍女としてセオドア様に見初められめました。ディリック様と同じように、私欲より優先させるものがわかっているのは、素晴らしいと言ってくださいました。ここを、卒業したら、セオドア様のサンダーズ伯爵家に就職することが決まったのです。ベラ様が嫁いで来られるまでにみっちり鍛えていただいて、専属侍女になる予定です。
「ふふふ、ひとつ上のお姉様のようですわね。よろしくお願いしますね」
ベラ様も私をすでに受け入れてくれました。なんて、幸せなのでしょう!
あと1年、特にマナーや淑女学に力を入れ、ベラ様にどこへなりともお供しても、恥をかかせないように頑張ろうと思います。
こんな『いいこと』があるなんて、あの口づけは、なんというご利益でしょう。
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半年後、ディリック様は学園をご卒業されました。あのダンスパーティーの後、クラスメイトだった侯爵令嬢様とご婚約されました。そして、卒業パーティーでは、ご婚約なされた侯爵令嬢様とお揃いの装いで、大変優雅に踊られていました。あまりの美しさに本当に絵画のようでした。
あ、生徒会の皆様は、卒業生のご令嬢方と踊られておりました。
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夏休みが明けたばかりの学園はまだ暑く、こうして、窓の側で風を感じるのは気持がいいです。
「まさか、またディリックさんのこと考えてるんじゃないよな?」
隣に一人の男子生徒が来ました。壁に背を預けて、口を尖らせています。私はこの話が出てきた時の いつもの訝しんだ目を向けます。折角の涼やかな空気が台無しです。
「ディリック様は、ご婚約してご卒業なされたのよ。今度、それ言ったら、本当に別れるからねっ!まだ婚約してないことを、忘れずに!」
私は彼に、ベッと舌を見せて、クルッ振り向き、窓から離れて、自分の席へ向かいます。彼が追いかけてきてくれるのは、足音でわかります。彼に見えないようにしていますが、笑顔になってしまいます。
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実は、年末パーティーの後、この彼にも同じことを言われたのです。そして
「そんな優しい君とお付き合いしたい」って。
彼とは2年間クラスメイトだったので、不思議な気持ちでしたが、きっかけに過ぎないのだと考え、お付き合いを了承したのです。
それが、本当にただのきっかけだったことにはびっくりしました。
あまりにも、ディリック様のことで何度もヤキモチをやくので、なんだと思って怒りました。すると、彼は白状しました。
本当はずっと私に話しかけるきっかけを探していたそうなのです。そして、あの日、私がディリック様の列に並んでいたこともショックで、さらには、ディリック様に手に口づけしていただいたこともショックだったとか。ディリック様ショックが強く、慌てて声をかけてきたそうです。
ディリック様たちの卒業パーティーでは、初めて彼と踊りました。とても、楽しく躍れました。彼の見たことのない姿に、ドキドキしたのは、ナイショです。
そして、再び、夢のようなことが起こりました。ディリック様とその婚約者様が絵画から抜け出してきたのです。
お二人は笑顔で私達に声をかけてくれました。
「「ごきげんよう」」
お二人の笑顔にクラクラします。
「どうやら、いいことがあったようだね」
ディリック様は、私にウィンクしてくださいました。きっと、半年前の私なら、気絶していたでしょう。私の後ろで黄色い声が聞こえます。
でも、その時の私は………
彼を見ると自信なさ気な、捨てられた犬みたいな顔をしてました。私は、彼にニッコリと微笑むと、彼の腕をとりました。そして、ディリック様に向き直りました。
「はいっ!」
ディリック様と婚約者様は、クスクスと天使の笑顔を見せてくださいました。
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先日までの夏休みで、お互いの両親に挨拶しました。今頃、両家でサインした書類を送りあっているでしょう。次男と三女の婚約なんてそんなもんです。
彼は、私がセオドア様の伯爵家に就職が決まったのを受け、自分もセオドア様の伯爵家に執事見習いになると決めちゃいました。元々、武術の朝練習でセオドア様とは面識があるそうで、「なんだ一緒に騎士団かと思っていたのになぁ」と言われたとかなんとか。
セオドア様のお屋敷の使用人部屋には、夫婦用も家族用もあるそうです。
「うちは、どの使用人も長く働いてもらいたいと思ってるんだよ」
随分とアットホームな伯爵家のようです。
「時期が合えば、乳母にもなってもらえるわね!一緒に子育ていたしましょう!」
ベラ様には、大変気の早いお話をされ、私ではなく、彼の顔が真っ赤になっておりました。
今では、ベラ様とともに、彼の朝練習に付き合っています。
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ディリック様に祝福の口づけをいただいてから、怒涛の半年でした。まさに夢のように過ぎ去っていき、幸運が舞い込んできました。
「やっぱり、あの方は、天使様だったのよ」
すべての者が美しいというであろうあの方のあのお姿は本当に天使でした。天使の口づけを受けたからこその幸運だと思うのです。
私の机の前部分に両手を置き、そこに顎をかけて座っている彼は、私の呟きに目をしばたかせています。その彼の鼻をキュッと摘みました。それを受けて、照れた彼の顔は、私にだけは可愛らしく見えます。
私にはそれで充分です。
彼はまだ疑っていますが、私はもう、彼が私を思ってくれるのと同じくらい彼を好きになっています。
でも、今はまだ、追いかけられたいから………それは、ナイショです。
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