神様に祈っても何もしてくれないので悪魔に祈ったら体脂肪が有能でした(妻編)
私の夫は病気です。
その病気は末期の肝臓癌、医者も匙を投げ、残る治療は緩和ケア。
でも緩和ケアは治療であってそうじゃない、もう死に向かう人の痛みをできるだけ和らげて安らかに逝くようにするためのもの。
日に日に弱る夫を毎日見続けて、もう涙も枯れたと思ってもふとした時に流れてしまう。
何かを思って涙が出るというより、急に涙が出てから複雑な思いが心の中に溢れてくる。
涙が流れたら私はお風呂に入る、涙が出ても誰も見てないから。
涙が出てる間、元気だった夫の姿を思い出す。
格好ばかりつける人で、バイクに乗ったりしょっちゅう車を買い換えたり服装にも気を付けてたわ、私がいるのにドライブ中にわざと若くて可愛い子に声かけたり、男性でも知り合いが居たら私を放っといて車で待たせるなんて事はしょっちゅう、変な所で人たらし。
『定年退職後は海外に連れてってやる』、もしくは『海外で暮らそう』、『海辺に小さい家建てて毎日釣りして暮らすんだ』なんて事も言ってたわね、全く口ばっかり。
本当口ばっかり。
だけど今は私に謝ってばっかり、足もおぼつかなくて私に手を引かれながら歩いてベッドまで行くと目を潤ませて『ごめんな』って。
私にお風呂に入れてもらって『ごめんな』って。
ご飯残すと『ごめんな』って。
『ごめんな』って謝るくらいなら元気になってよ、口ばっかりの格好付けで良いから元気になってよ、あなたが残したご飯、そのまま残ってるとまた謝ってくるから『じゃあ私食べるわ』ってやってたら太っちゃったじゃない。
あまり食べられないってわかってる、でも痩せていくあなたになんとか脂肪をつけてもらいたくて大好物を作ってるのに私が脂肪つけたってしょうがないじゃない。
この脂肪をあげる事ができたら、少しでも元気になってくれるのかしら…………できるわけないのに、私は何考えてるのかしら。
そう思ってから数日経ち、夫は私の手を借りなくても前と同じように元気に歩くようになっていた。
走る事はできないけど歩く事ならなんでもない、近所を散歩したいと言い、万が一の為に杖と車椅子を持って行ったけど必要がなかった。
私は家に着いた途端に嬉しくて涙が出てしまい、夫もそれを見て貰い泣き、在宅看護のお医者様が奇跡が起きたと言い、前に抗がん剤治療をしてくれていた病院にもう一度行くと、またもや奇跡だと言っていたが、癌自体は何も良くなってはいなかった、ただこの癌の状態でこんなに元気に歩く事は奇跡だとお医者様は何度も呟いていた。
元気に歩けるようになってから、夫は私を連れて色んな場所に連れて行ってくれるようになり、県内や隣県へのドライブ、新幹線に乗って一泊旅行、ヨーロッパやアメリカは費用的に無理だったけど台湾に行く事もできたの。
だけど海外旅行に行ってから、夫は悲しそうな顔でカレンダーを頻繁に見るようになってきた、そして何か呟いている『後3ヶ月…』『残り2ヶ月…』と…。
後少しで居なくなってしまうような、そんな不安な気持ちになった。
そんなある日の事だった、夫にリビングに行ってもらい寝室を掃除していたら、枕元の本棚にやたらとカラフルな表紙の本が目についた、小学生が読むようなイラストなのに中身は悪魔を召喚する方法が書いてある、娘が昔ゴシック?だかに興味を持ってた時期があったからその時のかしら?
それにしても不思議な本、なぜかこの悪魔を呼ぶ方法をやらなきゃいけない気にさせてくる。
リビングを見ると、夫はソファに横になりいびきをかいて眠っている、私は急いで白い綺麗な紙に悪魔召喚の陣を描いた、ペンが勝手に動いてるようにも感じ、描き終わると冷蔵庫から悪魔召喚の材料を取ってきて陣の上に置いた。
何故こんな事をしてるのかしら、でも神社に言って神様にいくらお願いしたって願いはきっと神様には届いてない、お寺にお祓いに行ったけど何も悪いものは祓われてない気がする、じゃあ後は何に頼るの?
呼び出したら何をあげるの?命?私の実家は長生きの家系、きっと私もそうだろうから、悪魔に寿命を何十年か持っていってもらえないかしら、それであの人が後もう少しだけ生きられるようにお願いしよう。
しばらくすると肉が焼ける良い匂いがしてきて、見とれるくらい綺麗な女性の悪魔が出てきたわ、肉を頬張りながら。
『どうも!マーラで~す、もぐもぐ、あなたの願いは?あれ?今度は奥様ですか?』
「今度は?どういう事?」
マーラという悪魔に聞くと、夫が悪魔を呼び出して一年だけ元気でいられるように願ったと聞いた、しかもそれは私との約束を守る為。
だけどその時の夫の余命は医者の言った通りで、命を捧げようにもできず、更に病気の体から取れるものはなくて私の体脂肪1.5kgで余命を一年延ばし、元気に歩けるようになった事も聞いた。
「バカね…10kgくらい取っても良かったのに…」
『私もそう言ったんですけどね、奥様の体に何か不調が出たら嫌だとか言ってました』
「そう…変な時優しいんだから…」
『じゃ、どうします?』
「そうね…」
ー1ヶ月後ー
夫は今日の朝には目覚めないはずだったからでしょうね、一日に何度も首を傾げて何度もカレンダーを見直しているの。
でも……貴方が黙って勝手に死期を決めようとした仕返しよ、私が悪魔を呼び出した事、まだ教えてあげません、だって時間はたっぷりありますからね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。