星を旅する・冬
こちらの小説に合わせてそれっぽいチラシをIllustratorで作成してみました。
よければそちらもご覧ください。↓
作者のブログ:https://blog.goo.ne.jp/dulcis_historiae/e/adc300afdd753ae458f027fd75d12fc1
昔々というほども遠くなく、昨日というほどにも近くなく。
あるところに、小さな女の子がいました。
友だちと一緒に外で遊ぶのが大好きな女の子ですが、今は冬。
お父さんとお母さんは何度も女の子に言いました。
「冬の間は決してお外に出てはいけないよ。寒くて死んでしまうからね」
だから女の子はおとといも昨日も今日も家の中に閉じこもっていました。
きっと明日も明後日もしあさってもそうでしょう。
「つーまーんなぁーーい……」
女の子はベットに転がってため息をつきました。
女の子は実は知っているのです。
冬の外はキラキラしたものがいっぱいあるということを。
「一度でいいから見てみたいな……」
そしてふと、友だちから聞いた話を思い出しました。
世界には、良い子にしていたら聖なる夜にご褒美をくれる妖精がいるそうです。
年に一度のその聖なる夜がもうすぐだということも。
女の子は「冬の外に行ってみたい」とお願いしました。
それから数日が経ち、ついに聖なる夜がやってきました。
シャンシャンシャン……!
どこからか鈴の音が近づいてきていました。
女の子が眠い目をこすってベットから起き上がったときです。
バッバーン! と音を立てて窓が開いて、赤い服の妖精が現れました。
「おめでとうございまーす! あなたは我が社の期間限定特別キャンペーンに見事当選いたしましたー! 景品はな、な、なーんと! 冬部大鉄道乗り放題アーンド沿線施設無料招待券です! やったー!」
「……え?」
「ほらほらぁ! ぼーっとしてないで着替えて着替えて!
この券は今日しか使えないんですよ! 使わにゃ損損♪ さあ急いで!」
「う、うん、わかった!」
女の子が言われた通りに着替えると、妖精はその手をひいて外に出ました。
「さあ乗っちゃってください! 我が社自慢の豪華列車コメット号の特等席ですよ!」
肌がピリピリするような寒さの中、真っ白な雪の上では鈴やリボンで飾られた緑色の列車が煙を吐いて出発のときを待っていました。
初めて見る冬の外と列車に、女の子の目は負けじと輝きを増していきました。
「今日は年に一度の聖なる夜。一年間良い子にしていたあなたに
僕たちからのおくりものです」
妖精は女の子の手をとるとその手にそっと口づけました。
「それじゃあ、出発進行ー!」
妖精の元気な声にあわせて、列車は女の子を乗せて星空に向けて出発しました。
雪の原っぱが、森が、家が、ぐんぐん遠くなっていくのが少し怖かったですが、
女の子はすぐに、近づいてくるたくさんの星たちに夢中になりました。
「一番目の停車駅は、おおいぬ座駅でーす! ここには何があるか知ってますか?」
「知らなーい」
もこもこのマフラーに顔を半分埋めて、女の子は首を横に振りました。
「ここには、何千年と全天を照らし続ける大きな大きなシリウス灯台があります! シリウスの灯りが消えるとき、それはこの世界がなくなってしまうということ、すなわちシリウスが輝き続けるかぎり、この世界は決して終わらないのです!」
「おぉー!」
女の子は毛糸の手袋をはめたまま、ぱふぱふと拍手を送りました。
「こちらでただいま行われているのは、八百年の伝統あるノエリア聖歌祭でっす!どうぞ、美しい天使の歌声をお楽しみください」
うっすらと青く光る灯台の前の特別ステージで、たくさんの人が歌っていました。
その歌声は露よりも柔らかく、鏡の湖よりも澄んでいて、女の子はうっとりと聞き惚れていました。
一曲、ぴっかぴっかに磨かれたハンドベルで女の子も聖歌祭の合奏に参加して、列車は次の駅へ向けて出発しました。
「はいっ! やってきましたオリオン座駅! 星空世界一の巨大テーマパーク、オリオン大遊園地がある駅です! 今日は無料で遊び放題ですよ! しっかり楽しんでくださいね!」
「やった~!」
着くのを今か今かと待っていた女の子は、ドアが開いたとたん飛び出していきました。
目指すはエリダヌスの急流滑りコースターです。
一番高いところへ向かっていくドキドキも、心臓を置き去りにしたような速さで滑り降りてぐるぐる回る怖さも、なのにいざゴールしてみればすっきり、さっぱりした気持ちも、どれも女の子には初めてのものでした。
列車から見下ろしても端が見えないほど広いこの遊園地のアトラクションは、本当に数えきれないほどたくさんありました。
花の代わりに地面をおおう赤や緑の光の中に建つお城の迷路。
薄い紫の光を放つドームには何人も一緒に乗れる大きなブランコが。
青から白へ、白から黄色へ、何度も色を変える光のトンネルを抜けた先の観覧車。
赤い服の妖精と一緒に観覧車に乗った女の子は、深い瑠璃色の天鵞絨のような空に広がる色とりどりの宝石のような星達に思わずため息を零しました。
「きれいでしょう? このあたりはダイヤモンド地帯と呼ばれていて、なによりも光輝く世界一豪華な場所として有名なんです」
「……うん。すっごくきれい。一周全部見れないのが残念だな~」
女の子はしかたなく自分の体を回して三百六十度の景色を楽しみました。
そのとき北の方角から花火があがりました。
何度も何度も、オレンジ色の線を描いて花火が打ち上げられていました。
「ああ、ふたご座屋さんの流星花火ですね。あれもまた、僕たち自慢の景色です」
「え~、最後の停車駅は~おうし座駅、おうし座駅で~す。ところで、お腹空きませんか? 僕はぺこぺこです」
「うん、空いたー!」
ぐぅ~と、女の子はお腹でも元気よく返事をしました。
「ですよね! ということで、こちらでは超一流レストラン「アルデバラン」の豪華ノエルブッフェをお楽しみ頂けま~~す!」
赤々と暖炉が燃える部屋の中に、おいしそうな料理がたくさん並んでいました。
「うわぁ~! すご~い! いただきまーす!」
ジューシーなグリルチキンやこってりソースがかかったローストビーフ……。どれもほっぺたが落ちるほどおいしくて、女の子は夢中になって食べていました。
「あらあら、そんなに急いで食べるとのどつめちゃうわよ~?」
大きな羽飾りのついた帽子をかぶったレディが、水の入ったコップをくれました。
「お肉が好きなら、あっちのポークスペアリブなんかもおすすめじゃよ」
杖をついた老紳士が別のテーブルを指差して教えてくれました。
「このムースはね! あっちにいっぱいおいてあったよ!」
女の子と同じくらいの年の男の子が、手をひいて連れて行ってくれました。
あれもこれもと食べたので、お腹がいっぱいになって眠くなってきてしまいました。
「今日の旅はどうでしたか?」
ふかふかのソファに座った帰りの列車の中。
妖精にそう聞かれて、女の子は今にも落ちそうな目をがんばって開けました。
これだけはどうしても伝えておきたかったからです。
「とっても……たのしかったよ。ごはんもおいしかった……ごちそうさまでした。またいいこにしてたら……らいねんもきてくれる?」
きゅっと指先を握られた妖精は、優しい顔で答えました。
「もちろん。サンタクロースは全ての夢見る子のためにいるんだから」
「まあ、この子ったらとても幸せそうな顔で寝ているわ」
「きっといい夢を見てるんだろうな」
「せっかくお父さんとはりきってパーティの準備をしたんだから、起きて幸せそうな顔をしてくれたらいいのに……」
「まあそう言わずに。起きたらどんな夢を見てたのか聞く楽しみができたってことで」