シオンの丘
「神様、本日の報告です。哺乳類は14種増加、鳥類は7種減少、爬虫類は21種増加、両生類は3種減少、魚類は5種増加です。無脊椎動物以下は省略してよいのでしたね。全種合算いたしますと41種増加となりました」
栗色の巻き毛に純白の翼を持ったそれは、神からは天使と呼ばれていた。天使たちは次々と現れ、報告を続けていく。気象や地形、技術や生死など、それらは多岐にわたっている。天使たちの列の終わりが見えるころには、日が暮れようとしていた。
「報告いたします。人間がついにアルツハイマー病の代謝経路を解明しました。すぐに治療薬の開発に着手するようです」
「おお、ようやくか。これで人間の記憶に関する理解が深まれば、一部の天使たちに現れた前向性健忘の回復にも繋がるかもしれない。彼らの進歩が楽しみだよ」
「そのような症状の天使たちは機能を停止され地下で眠っているのだと話には聞いていましたが、本当のことだったのですね。前向性健忘とは、具体的にどのようなものなのですか?」
「ある時点より先の情報を記憶することができなくなったのだ。短い期間の記憶は保持されるが、それを翌日にまで持ち越すことができなくなってしまった。昔のことだったらよく覚えているのだがな……。人間の作った心理学の言葉でいえば短期記憶と長期記憶であるかな」
天使は腕を組み考える素振りを見せ、それから顔を上げて口を開いた。
「ROMがいっぱいでもRAMで作業はできるような感じでしょうか?」
それを聞くと神はいかにも可笑しいというふうに髭を揺らして笑いだした。
「まさにそれだな、素晴らしい陳述力だ。この世界を創り出したときも似たようなことがあってな、あれはひどく苦労したものだった。昔はいまのような高性能の記録装置もなくてな」
するとどこからともなく新たな天使たちが現れ、ケラケラと笑いながら神の周りを飛び回る。
「あの時期は本当に大変でしたねえ、timeがすぐ桁あふれしちゃうせいで5分ごとに再ビルドして初期化しないといけなかったり」
「いまでこそ粒子の概念を取り入れて、方程式にしたがってマクロの世界を構成していますけど、昔は各オブジェクトを構造体で管理してましたからね。あまりにデータが膨大になったんで、ハード入れ替えのついでにいくつかの生物を間引いたんですよね。ハード交換にも割と時間がかかって、再起動した頃にはあの世界では40日くらい過ぎてたんじゃなかったかな」
「神の子のときもすごかったですよねえ。当時は歩いた回数が一定数を超えると『道』になるよう設定してたんですが、こっちからの操作を受け付けるために無限ループで待機してたせいで無限に描画されて存在するところ全てを道にしてしまったり。海の上にまで道を作ったときは頭を抱えましたよ」
「ランダムの関数をただの計算式にしてたせいで起動するたびに人間たちが全く同じ行動を繰り返してしまったり。いまは日付をもとに生成しているので大丈夫ですが。ちなみに遺伝子変異もこれを参照しているので明日の種の増減もわかるんですよ。ええと……明日は合計で72種増加するはずです! あ、いや今日の分の生物データ更新がまだだからこれは違うか……まあそんなわけです」
「生物情報に細胞や遺伝子を導入したのは私のアイデアなんですよ。彼らの構成要素を我々と同じものにすれば、彼らの得た知識が我々の生活や病に応用できるはずですからね。まさに神の似姿というわけです」
天使たちはクルクルと回りながら話し続ける。彼らがまた口を開こうとしたところで神が杖で床を叩き、中断させた。
「昔話はそのくらいにして、持ち場に戻りなさい。今日もやることはいくつもあるはずだろう。お前たちは昔からそんな様子ではないか」
神が言葉を続けようとしたとき、また新たな天使が現れた。その天使はいかにも慌てた様子でばさばさと翼を羽ばたかせ、早口にまくしたてた。
「神様、世界がダウンしてしまいました。原因はただいま調査中です。本日のデータについては何も残っていないようです」
「バックアップはどうなっているんだね? 見せてくれ」
天使の提示したバックアップの履歴を確認すると、毎日きっかり同じ時間に記録されているようだ。天使たちの素晴らしい仕事ぶりに神は思わず微笑んだ。
「すぐにデータを復元してバックアップをとりなさい。プログラムを実行する前にだ。世界を起動したら今日は全員上がってよろしい。それから明日は報告をしなくてよい。昨日の世界を再起動したんだ、今日のものとほとんど一緒になるだろうからな」
そう言うと神は寝室に移動した。天使たちは神の指示通り働き、本日も同じ時間にバックアップ記録が刻まれた。そして彼らも眠りにつき、夜は更けていった。
朝日が上り、神が目覚める。世界は本日も問題なく動作しているようだ。神はその身を起こし、いつも通り聴聞の間に移動する。すると天使たちが現れ、神の前に列を作っていく。
「神様、本日の報告です。哺乳類は6種増加、鳥類は24種増加、爬虫類は12種増加、両生類は8種減少、魚類は3種減少です。無脊椎動物以下は省略してよいのでしたね。全種合算いたしますと72種増加となりました」




