転生したら亡者だった件
ぼくは赤い下敷きが好きだ。それを顔に押し当てると、世界が変わる。普段ぼくの目には見えなかったものが、見えてくるようになるのだ。
全てが真っ赤になった世界では、生者はいない。太陽も草木も窓から見える公園で遊ぶ子供たちも、みんな命を求めて動き回るリビング・デッドなのだ。
この下敷きはぼくを亡者たちの世界から守ってくれる。これを着けていると太陽の光だって眩しくないし、スギの花粉だってへっちゃらだ。
おそらくだが、彼らは普段の世界ではなんの害もないような顔をして、その実やはりぼくの命を狙っているのだ。下敷きのおかげでぼくは、安全に彼らの本性を研究することができるのである。
ぼくはこの赤い下敷きを持ち、真の世界を探索するのが常だった。この世界には恐ろしいものがうじゃうじゃしている。彼らの正体を知ることで、ぼくは安心して暮らすことができるようになるのだ。
例えばお風呂場の浴槽は、実は真っ黒い髪の毛でいっぱいだった。それ以来お風呂には浸からないようにしている。押入れの奥はあの世に繋がっているし、ベッドの下には悪霊がうごめいている。ピーマンはやっぱりドス黒い毒の塊だった。
学校だってそうだ。生者の皮を被った彼らは、いかにも親しいふうに装って、ぼくを食べる機会をうかがっている。先生たちだって信用できないやつらばっかりだった。
学校帰りに一度、あいつらに投げ倒されたことがある。それからぼくに覆いかぶさって、なにか訳の分からないことを大声でわめかれのだ。
ぼくはあんまりにも怖くって、青に変わった横断歩道を走って渡って、そのままやつらから逃げ切って家に帰り、ベッドに潜って泣き叫んでしまった。
それからもう、学校には行かなくなった。
この世界で唯一信用できるのはお父さんと名乗る人だけだった。あの人はぼくが毒だと言ったものを無理やり食べさせようとはしなかったし、ぼくのことをおかしいだ変だと責めてもこなかった。
でもあの人は、ぼくを外の世界に出そうとしてくれない。外の世界は危ないんだって、何度もぼくに言って聞かせている。
確かに、あの人の言うことは正しいと思う。この世界の真実を知ってからぼくは恐ろしい目に何度もあってきたから。
でもぼくは、こうしてずっとここで暮らしていくわけにはいかないように思う。外の世界のことだってきちんと調べて、一人でも生きていけるようにならなくちゃ。
幸い、今日はあの人が家にいない日だ。あの人はいつもぼくが起きる頃に帰ってきて、ぼくが晩御飯を食べる頃に出ていくが、たまにこうして昼間にも外に出ることがあるのだ。
せっかくのこの機会に少しでも外の世界を知るべきだろう。ぼくはすっかり相棒になったこの赤い下敷きを持って、恐ろしいこの世界を探検するため、玄関のドアに手を掛けた。
***
「ねえ、あそこのお子さん、亡くなったらしいの」
「ああ、あの不登校の……。ウチの下の子がその子と同級生なのよ。たしか、交通事故だったのよね」
「ええ……。なんでも、赤信号なのにふらふらと交差点に入っていって、トラックに轢かれたみたいなのよ」
「お父様も大変ね。一人になってしまって……」
「そのトラックを運転していたのが、そのお父様だったらしいわよ」




