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第9話

それは、厳重に封のされた飾り気のない箱だった。


他のお宝に紛れて埋もれていたのだが、アタシはこの箱から何かを感じていた。


「悪い気配ではないんだけど、この箱からも何か尋常じゃない気配を感じたのよね。しかもこれ、かなり高度な封印が施されているの。普通の人間じゃ、壊して開けることすらできないわ」


色々な角度から眺めてみる。

無機質な素材は、錬金術によって合成された金属なのだろうか。アタシの肘から手首くらいの長さに、手のひらくらいの幅がある直方体。片手でも持てるくらいの重さだが、中身は固定されているのか、降っても音はしなかった。


「お前さんには開けられないのか?」


「うーん、やってみようかな。

見つけた時はとりあえず早く街に着きたかったから挑戦(チャレンジ)しなかっただけ。まぁ、何らかの罠じゃなければいいんだけど…」


食事もあらかた終わったし、今日の冒険の締めくくり(フィナーレ)戦利品(プレゼント)の包みを開けるというのも悪くはない。

アタシは謎の箱を持って食事をしていたテーブルを離れ、お宝の積まれた机に添えられたローソファーに腰掛ける。


「じゃ、アタシはちょっとコレの開封にチャレンジしてみるわ。

アンタはどうする?こっちは結構時間かかるかもそれないわよ」


「オレか?まだ酒が残ってるからな、ここで飲んでるよ」


もはや何杯目か分からないが、新たに麦酒をジョッキに注ぎながら答えるラルフ。


「ふーん…ま、別にいいけど。少し集中するから静かにしといてね」


残り少なくなってきた腸詰めをかじるラルフを横目に見ながら、アタシは机に箱を置き、手をかざした。


さぁ、ここからは魔術師としてのプライドをかけた勝負(・・)の始まりだ。




世間一般には、アタシ達の様な魔力を行使する人間は魔術師と呼ばれている。

だが、実際には魔力の行使には3つのパターンがある。


1つは、そのものズバリ、魔術。

これは魔力を定められた公式に沿って展開するもの。平たく言うと、詠唱や刻印などの術式を手段として、誰でも同じ効果を具現化することができる。

勿論、魔力の強さによって効果の大小の差は生まれるが…

戦闘における魔術がまさにそれ。

通常、炎の矢(フレアアロー)は3〜4本の炎を放つ効果があるが、アタシは5本まで飛ばせるし、実は1本くらいなら詠唱無しでも放術することができる。


2つ目は、魔法。

魔術とはケタ違いの規模の魔力の行使と考えると分かりやすい。天変地異や世界の原理原則を大幅に書き換えるレベルの奇蹟。

これはとてもじゃないが、人の身の魔術師が単独で展開できるものではない。国軍レベルの魔術師集団が、大掛かりな儀式の展開によって、やっとその片鱗に触れる程度の効果を出せるくらいの規模のものだ。


そして3つ目が、魔導。

魔術と違い、定まった術式に沿った魔力の行使ではなく、本人の想像力や意思により魔力を導き、物質に様々な効果を持たせることができる。

アタシが旅をするのに利用している宝魔石(タリスマン)も、宝石に魔力を注ぎ込むことで作られた、魔導の成果だ。

そして、この謎の箱に施された封印も、魔導によるソレというワケだ。



魔術と魔導は魔力の行使という意味では同じだが、より根源的で自由度の高いのは魔導なのかもしれない。

詠唱は要らず、必要なのは自分の魔力を巧みに操作する技術と、想像力。


つまり、目の前に置かれたこの箱の封印を解くのは、封をした魔術師とアタシの、魔導センスの戦いなのだ。





「さて、と…」


箱に手をかざしたまま、静かに瞼を閉じて深呼吸。


大きく息を吐く。肺の空気を全部出し切るまで、ゆっくりと。

身体に残された空気を全て出し切ったら、そこで二秒ストップ。

空になった肺に、少しずつ空気を吸わせるイメージで息を吸い込む。

限界まで吸い込んだところでまた二秒止まり、今度は吐く。


吸う。吐く。吸う。吐く。

出来る限りゆっくりと。


次第に意識は身体の内側へと落ちていく。


深く、深く。


さらに深く。


閉ざされた瞼の裏から始まる、自己の内面への旅。それは、己の魔力の根源を探る旅だ。


人により、自分の意識の内側に眼を向けた時、見える風景は異なると言う。


アタシにとって、そこは常に一面の闇から始まる。


原風景、とでも呼ぶのだろうか。


それは、まるで魅惑的な芳香と共に暗さを讃える珈琲のように、艶やかに輝く、闇。

そこには悲しみも恐れもなく、ただ深い安息のみが広がるのだ。


意識世界に象られたアタシは、この『闇』という名の海を、上も下も分からずに泳ぎ、渡る。


そして、不意に訪れる光。珈琲に垂らしたミルクのように世界を侵食してくる陽。


それもまた泳ぐ。闇から光へ、形なき膜を突き破り、ひたすらに渡る。


また闇。そして光。闇。光。


繰り返される闇と光の変換を、ただただ泳ぎきる。


そうしているうちに、アタシは気づくのだ。アタシに寄り添う、もう1人のアタシに。


彼女は、常にアタシと共にあり、共に闇と光を渡る。

顔を覗いても、そこには何もない。

いや、見えないのだ。彼女は世界と反する混沌であるから。


闇の中にあっては光の(かお)を。

光の中にあっては闇の(かお)を。


広がる世界と相反する貌を見せる彼女を、アタシはこう呼んでいる。


『アタシの中の混沌』と。



闇と光の海を泳ぐアタシの手を、『アタシの中の混沌』が優しく握り、その奥底へと誘っていく。


深く、深く。


また幾層もの光と闇を抜け、徐々にそれらの境目が溶け合い、消えていった。


そうしてアタシは混沌に導かれて辿り着くのだ。


奥底に開いた、虚無の穴へと…










両の手からぼんやりとした暖かさを感じながら、ゆっくりと目を開ける。

意識世界の旅から立ち帰ったアタシの目の前には、かざした両手から放たれた魔力光に包まれた箱。


その表面には、先程までは見ることの出来なかった青い紋様が浮かび上がっていた。

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