第2話
アタシの剣をはたき落とそうと、先頭の男が大きく自分の短剣を振りかぶった瞬間だった。
「待ちなっ!」
雨の森に響く声。
思わず野盗たちにバレないようにつぶやいていた詠唱を途切れさせ、声の主を探す。
声はどこから聞こえた?
後ろか?
いや、声は上から降ってきた!
アタシと同時に野盗たちも声の発生源に気づいたのか、その場にいた全員が一斉にアタシの後方に生えた大樹の枝を見上げた。
「だ、誰だ!」
街道にかかるアーチのように伸びた大樹の枝の上に、1人の男が立っていた。
…てか、なんでそんなとこに?
「ふっ…
お前達のような無粋な者共に名乗る名は、生憎持ち合わせていないのでな。
とうっ!」
颯爽と枝から飛び降りてくる男。ぬかるんだ地面に着地し、盛大に飛沫をあげた。
…ちょっと、少し泥がマントに跳ねたんですけど。
なんなんだコイツはと、急展開に呆気にとられて男を見ていると、見られていることに気がついた男と目が合い、彼はにっこりと微笑んだ。
「そこのキミ、オレが来たからにはもう大丈夫。後ろに下がってな!」
そう言って彼はアタシの前へ出て野盗達に向き合った。
あー…
なんか思考停止しそう。
というか、なんだって野盗といい、この謎の男といい、まるで売れない劇団の演じる英雄物語のようなベタな展開を繰り広げるのか。
まぁ、なんだかよく分からないけど、とりあえずこの人は野盗に襲われている可憐な美少女(アタシのことね)を助けようとしているみたい。
うーん、なんだかホントに物語のヒロインみたい!ちょっとアタシもノッてみようかしら。
「あ、あの…お気をつけて!」
うひゃー!
今のアタシ、めっちゃ可愛い!
自分を助けようとしてくれる彼の身を案じ、上目遣いで言葉をかける。
長身の男だった。
歳の頃は恐らく20代半ば。エルフなのだろうか、緑がかった長い髪に尖った耳。なるほど、ベタなヒーロー役もなかなかサマになる、蒼い瞳の美形だった。
動き易そうなシンプルな服の上には鎧を着込まず、わずかに急所を守るプロテクターだけを当てている。素早さ重視の剣士と言ったところか。
「ありがとう、お嬢さん。安心してな、すぐに終わるさ」
そう言って彼は腰に刺した長剣をスラリと抜き取り、半身に構えた。
呆然としていた野盗達も、自分たちに刃が向けられたことで我に返り、奥にいたリーダーが声を上げる。
「ちっ…
よく分からんが、邪魔をするならソイツからだ!お前ら、やっちまえ!」
号令に合わせてエルフの剣士と対峙した4人が武器を構えて彼を取り囲もうとする。アタシの時と違い、今度は当然殺す気だ。
だが、野盗達が動き始め時にはもう、標的の姿はそこにはなかった。
速い!
男達が武器を構えようとした刹那、剣士の姿が一瞬沈み、奴らの横を擦り抜けたのだ。しかも抜けざまに、奴らの得物を弾き落として。
そして、そのまま奥に突っ立ったままのリーダーの前に出る。
「アンタがボスだな?これで終い、と」
その時にはもう、リーダー格の男のみぞおちには深々と剣士の握る長剣の柄がめり込んでいた。
武器を構える間も無く、野盗達のリーダーは膝から崩れ落ちていった。
ウデが立つ、なんてレベルじゃない。
アタシもそれなりに剣で戦うこともできるが、まさに格が違う。彼と打ち合ったとしても、2、3合も保たないだろう。
「ほら、お前ら。コイツを連れてさっさと帰りな!」
カシャンと音を立てて剣を納めながら男が言う。
気がついたら自分の武器は飛ばされ、リーダーが倒されていた野盗達は悲鳴をあげながら森の奥へと消えていった。
「さて、と。
お嬢さん、怪我はないかい?」
「は、はい、大丈夫です!
あの、助けて頂いてありがとうございました…」
こちらに向き返ったエルフの剣士。
不覚にも、少し格好良いと感じてしまったアタシは、素で敬語を使っていることに気がついて思わず赤面。
ふと気がつくと。
降り続いていた雨は止み。
頭上に広がる緑の切れ間からは、優しい光が溢れ始め。
穏やかな風が2人の間をそよいで行った。