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第1話

おもむろに天を見上げると、そこには濡れた緑が広がっていた。


…雨。


薄い雲から降り注ぐ雨は、頭上の木々の葉を濡らした後に、足元の泥をぬかるみへと変えていた。




「…おなか空いたなぁ」


おそらく、もう昼を過ぎた頃だ。

なぜ『おそらく』という表現を使ったかというと、今日は朝起きた頃合いから雨が降り注いでいた上、アタシが今いるのが田舎町へと続く、森を抜ける街道なワケで。

空を見ても広がるのは森の木々と、その裂け間から覗く雨雲だけ。刻限の目安になるものなど、空腹に鳴るアタシのお腹くらいしかないのだ。


「なんか食べられるものないかな…」


あたりを見回しても、鬱蒼とした森が広がるだけで、お腹を満たせるものなど視界に入ってこない。果実でもなっていればという甘い期待は、静かな雨音と共に森の奥へと消えていった。

そういえば、最後に食事をしたのは2日前の昼だった。道理でお腹が空くわけだ。アタシのような旅人御用達、飢えを防ぐ宝魔石(タリスマン)の効果で多少はマシとは言え、育ち盛りな16歳にはやっぱり、ちょっとツライ。


「今度はもう少し強めに作らないと…」


素材になる宝石をちょっとケチったせいで、飢えで旅を終えることになるなんて冗談じゃない。やっぱり大事なトコにはそれなりに投資しないとダメ!旅を続けていると、日々勉強になることばかりだ。


旅人には必須のアイテム、宝魔石(タリスマン)

専門店(ショップ)で買うこともできるが、結構なお値段になるので、アタシのような優秀な魔術師は自分で作ったりもする。それでも素材には宝石が必要だし、手間もかかるんだけど、旅の荷物を少なくしてくれるのは魅力的だし、きちんと魔術原理を理解していれば、お店で売ってないようなオリジナルの効果を出すことできちゃう。

マントに仕込んだ宝魔石(タリスマン)を指先で撫でてみる。コレはアタシの自信のオリジナル効果を持たせた宝魔石(タリスマン)。身体の周りに薄い大気の膜を張ることで年中快適な気温に保ってくれるし、この程度の雨なら弾いてくれる。うーん、やっぱりアタシって天才だわ!


アタシの名前はミカ・サーヴァイン。

この若さにして、世界でも5本の指に入る大魔術師だ。

…いや、少し盛ってしまった。脳裏に浮かぶ我がトンデモ家族。大神(イルヴァス)の加護を受け、10年戦争を終わらせたお姉ちゃん。至高の竜(グレイトドラゴン)を狩ってその力を得たお兄ちゃん。その2人が一度も勝ったことがないパパとママ。

うん、さっきのは撤回。強さのランキングとか、考えるだけムダ!

とにかく、それなりに優秀なアタシは、2年前に親の命令で旅に出た。曰く、お前もそろそろ魔王の一体や二体倒してこいだの、深淵の入り口くらい覗いてこいだの…ちょっとだけ、普通の家に生まれなかった自分が可哀想。


まぁ、つまりこの旅は見聞を広げながらの修行の旅ってこと。当然、路銀だって自分で稼ぐ。こうして、雨に濡れ寒さに震えながら(濡れても震えてもいないけど)人気のない森の道を進んでいるのも、一稼ぎするのが目的なのだが…


何かの気配を感じ、思考を止める。

それと同時に、がさりと音がしてアタシの数メートル先の道を塞ぐようにして何かが道の脇から飛び出してきた。


「へっへっへっ…。ちょっと待ちな、お嬢ちゃんよぉ」


ものすっごく、ステレオタイプな台詞なんですけど…。

アタシの前に立ち塞がる、いかにもといった風貌の男たち。

あまりに捻りのない野盗っぷりに呆然と立ち竦むアタシを見ながら、リーダー格と思しき男が口を開く。


「お嬢ちゃん、運が無かったなぁ。とりあえず、金目の物は頂いて、それからちょっと楽しませてもらおうかね」


ひっひっひっと、下卑た笑い声を出し合う野盗たち。そのうちの1人が前に出てきてアタシの上から下までじろじろと睨め付ける。うわぁ、身の毛がよだつとはこのことね。ちょっとヨダレ拭きなさいよ…


でも、大当たり。怯えたふりをしながら心の中でガッツポーズ。

アタシの美貌が引き寄せるのか、こうして人気のない街道を行けば、3回に1回はこんなやつらが沸いてくる。

そして、アタシはそいつらを狩って稼いでるのだ。たまには魔物狩りの依頼を受けたりもするけどね。


そんなアタシの思惑も知らず、下品な野盗は舐め回すような視線を投げ続けていた。

まぁ、無理もないか。フードから溢れる綺麗な栗色の髪。知性を湛えた紅い瞳に、幼さが残る可憐な顔立ち。男の庇護欲をそそる、華奢な身体。ああ、齢十六にして、男を惹きつける自分の美貌が恐ろしいわ…。


目の前のいやらしい視線の男が値踏みを終わらせたのか、仲間の元に戻っていく。


「アニキ、こりゃだめだ。貧相なガキですよ。ぺったんこ。」


…。


………。



コイツら、ぶっ倒す。

こんな美少女捕まえて、ガキとはなによ!ぺったんこじゃないし!ちゃんとあるし!

…そりゃ確かに、人よりもちょっと、ほんの少しだけ、控えめかもしれないけど。いや、ほんとにちょっとだけね。信じてほしい。(切実)

あー、とにかくコイツらさっさとしばいてスッキリしよ!


「んだよぉ、楽しめると思ったのになぁ。ま、仕方ねえからとっとと身ぐるみ剥いちまうか…お前ら、行け。」


アニキと呼ばれたリーダー格の号令で、残る男たちがアタシに近づいてくる。数はリーダー含めて5人。半分アタシに興味を失ったらしい(失礼な)奴らは、それでも生かして捕らえるつもりらしい。それぞれが短剣(ダガー)を握ってはいるが、脅し程度にしか使う気がないのだろう。

女と思って油断しているようなので、悪いけどそのまま沈んでもらおっと。


「こ、来ないで!」


弱々しく威嚇して見せるように、腰の剣を抜く。魔術がメインのアタシだが、剣だってある程度は使える。もちろん、ここで抜いたのはあくまでもフリ。か弱い乙女の演技でもう少し油断してもらってから、魔術で一網打尽にさせてもらおう。


アタシの名演技にまんまと騙された男たちは、またへらへらと笑いながら構えもせずに寄ってくる。


「来ないで〜だってよ、かわいいねぇ!ほら、そんな物騒なもん捨てて、大人しく…」


アタシの剣をはたき落とそうと、先頭の男が大きく自分の短剣(ダガー)を振りかぶった瞬間だった。

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