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アーロンによれば、業務提携の話を進める東野不動産の担当者は部長職の人間で、重役である要や忠と顔を合わせる事は絶対無いという事だった。
実際何度か行われた東野不動産との会議に万理が知っている人物が出席したことは無かった。会議はA&Wの日本支社で行われたが、出席した部長の石川とその部下であると課長の西嶋も、万理は名前すら聞いたことが無い人物だったので安堵した。
日本での生活も1ヶ月が経った頃、アーロンと万理は銀座でも有名な料亭に来ていた。来週万理に会いに来日するナンシーとアンソニーを連れて来る店を下見する為だ。
万理は亡くなった両親と訪れたこの料亭が大好きだった。懐かしく、そして両親がいないこの場所を寂しく感じながら食事を終え、店を出ようとした時
「Mr.ウィリアムズ!」
万理とアーロンが振り向くとそこには東野不動産の石川部長が立っていた。
『こんばんは。お2人でお食事ですか?』
『ええ。石川さんは?』
『私は会社の会議兼食事会です。偶然ですね』
石川は心なしか赤い顔で少し足がふらついている。
『今日はうちの社長も来てるんです。良かったらこの後ご一緒しませんか?近くにあるホテルのバーで飲み直す予定なんです』
『いえ、今日はもう帰ろうとしていたんですよ。今週はハードで彼女も疲れているので』
アーロンは万理の顔をちらりと見てからそう断った。次の瞬間
「石川部長」
3人の後から石川を呼ぶ声に万理は心臓が止まりそうになった。恐る恐る振り向くとそこには東野要がいた。
「社長。ちょうど良かった。A&Wカンパニーの日本支社長アーロン・ウィリアムズ氏と秘書の木下万理さんです。この後一緒に飲みませんかとお誘いしていたところなんですよ」
石川の声に要は全く反応しなかった。万理から目が離せなかったのだ。呆然と見つめ合う2人にアーロンと石川が怪訝な顔をしたが、次の瞬間何かに気付いたアーロンが
『万理?大丈夫か?』
と問いかけると同時に万理がアーロンの手を掴み走り出した。あっという間に出口から飛び出した2人はそのままタクシーに飛び乗る。そして振り向くと追いかけてきた要がタクシーに向かって何か叫んでいた。
財産目当てに日本に戻ったと思われたかしら?
どっちにしてももう日本にはいられないわ。万理は震えながら考えた。