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慈悲の系譜/続  作者: しおなか
慈悲の在処
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佳人と護衛

 さて長くなってしまったが、これが旅人のピンチに颯爽と現れた美少女の来歴である。とうぜん前述の長々とした語りに耳を傾けていただいていた読者諸兄の皆さまは、このあとの展開を予測できるであろう。

「あ、どーもこんちわっす」

 そう、税金免除の旅の道連れ、アートヒーとレブトライトの登場である。ちなみに、底抜けの明るい笑顔を振りまきつつ挨拶した方がアートヒーで、陰気な顔つきでうつむき加減の目の合わない方がレブトライトである。レブトライトが牽いているオンボロ荷車の車輪がガタガタ鳴って、彼らの登場に冗談のような出囃子を添えている。リリエンシャールはというと、倒れたロシャーンバイソンを足蹴にして、勝利の決めポーズを繰り返し取っていた。

「危ないとこでしたね、旅人さん」

 人好きのする笑顔で男女の旅人にすり寄るアートヒーだったが、旅人たちの方は、突然現れた三人組に、警戒心もあらわだ。その警戒の対象は、主に、手負いとはいえ一撃でロシャーンバイソンの首を落とした小娘に向けられているようである。

 問題の人物ことリリエンシャールはというと、勝ちドキのポーズ決めにいい加減飽きたようで、何気ない仕草で獲物の首をぽいと草原の中に放り投げていた。地に伏せたロシャーンバイソンの背から足を除けて、いまだ呆然自失の体を見せている旅人たちに言い放つ。

「おれい」

 おれい。

 お礼。

 感謝の念をプリーズ。そういうことだろうか? 旅人たちはこの娘に助けられた。それは曲げようのない事実だ。事実なのだが、あまりにも直球で尊大なものいいである。かろうじて反応を返したのは女のほうであった。

「……え? あ、どうも、ありがとうございます……」

 おずおずと、透き通った美しい声で礼の言葉をつむぐ。ちなみにこの間、旅人ふたりは下馬をしていない。彼らからしてみると見ず知らずの娘からお礼を強要されているわけで、たしょう警戒してしまうのも無理はない。だがこの馬上と徒歩という高低が生み出した視座の差が、美少女タンの繊細かつ多感な心を揺さぶった――じゃない、敵愾心に火をつけてしまったようである。にわかにエメラルド色の瞳が凶暴な輝きを増しはじめる。

「や、違うって。謝礼よ、謝礼。ピンチを助けてあげたじゃん、こういうときに誠意としていくばくかの金銭を提示するのが助けられた側のセオリーってモンじゃないの? ほらほら、おカネ持ってるんでしょ、出しなさいよ」

 と言うなりてのひらを馬の鼻先に突き付けたリリエンシャールは、すぐさま脳天に固いこぶしを落とされて「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。眼にもとまらぬ稲妻がごとき打擲! 涙目の美少女が振り返り、睨みつけた先にいたのは、退役軍人レブトライト・ロゴーニュである。それまで口もきかずに存在感を消していた男だが、リリエンシャールが恐喝まがいの謝礼をねだりだしたと見るや否やの凶行である。怯えを見せて馬を下がらせた女の旅人を守るように、男の旅人が馬を一歩前に進ませる。野生の暴威から逃れたのもつかの間、さらに厄介な手合いに目をつけられただけではないか? フードの下で警戒に光る眼は、そう告げているようである。

「ちょ、ちょっと、ストップストーップ!」

 一触即発の空気を破ったのは、アートヒーの緊張感のない悲鳴であった。両手をばたばた振り回して場の中に割り入ってくる。

「ごめんなさいねえー、ちょっとこの娘、血の気が多くってさあ。ロシャーンバイソンの親戚みたいなモンだからさ。うん。そこの怖い男もバイソン調教師みたいなもんだ、セットにしておけば害はない。気にしないでおくれよ。ほらそこのお兄さん、怖いものしまってしまって」

 ロシャーンバイソンに対峙してからずっと抜き身のままだった刀身を指摘されて、旅人の男はしばし逡巡したようだったが、女が目くばせすると、迷いながらも納刀に至る。ドサクサまぎれに野生動物扱いされたリリエンシャールだが、いまだ彼女は脳天直撃の衝撃を地面を転げまわって相殺することに忙しく、暴言が耳に入った様子はない。同じく不名誉な紹介のされ方をしたレブトライトであったが、こちらはもとよりアートヒーの放言に取り合うつもりがないらしく、影の多く差す表情を少しも動かさない。性格が極悪な美少女と、陰気な退役軍人の扱い方を、旅立ちからわずか半日でものの見事に把握している辺り、アートヒーもただ性格が軽いだけの男ではないらしい。

「やっぱりさ、平和が一番でしょ。まあ、ついでにお礼がもらえたらそれに越したことはないんだけど、麗しいお嬢さん、なんなら俺の頬に甘ーいくちづけでも……あっ、お兄さん怖い。眼が怖い」

 ただ性格が軽いことは事実なのであった。

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