美少女の来歴と悪だくみ 2
さてそういったいきさつで、ひとまず隣村の村長の元に保護されていたリリエンシャールであったが、怠け者・ごく潰し・態度は悪いの三位一体ぶりを見せつけ、注意を受けても改める気配はなく、挙句の果てに村人とくだらない内容のいさかいをしょっちゅう起こすわで(その最たるものが、目が合ったときに馬鹿にされたような気がするという理由で齢十二の少女を半日追いまわしたというものである)、すぐさまソン・ジーンは彼女を見はなすことを決意した。リリエンシャールが目覚めてわずか一日後のことである。さすがに一つの村をおさめている長だけあって、理不尽と罵詈雑言に対してほんの一日であるとはいえ忍耐を向けることができたという点には、素直に驚嘆するべきであろう。
かの娘を厄介払いするにあたって、ソン・ジーンは一計を案じた。
「俺に用って、なんスかぁー、村長さん」
この日、ソン・ジーンの屋敷には一人の男が召喚されていた。二十歳を少し過ぎたか過ぎないかの、まだ若い青年だ。明るい茶髪と気の抜けたような笑みから、なんだか軟派そうな印象を受けるこの青年は、事実、非常に軽い性格をしていた。
「うむ。アートヒーよ、他ならぬおまえに頼みたいことがあってな」
「なんでしょう?」
「減税の嘆願をしに、領主殿のいるネギールまで向かってほしいのだ。此度の盗賊の襲撃で、この地域は壊滅的な被害を受けておる。このまま冬を迎えては、我々は破滅するほかない……領主殿にそう理解していただかねばならん」
「なるほど、です」
若者が軽そうな口調をあらためる。この件はそれほど深刻な内容であった。
ソン・ジーンがアートヒーに持ちかけた減税の件は、ここロシャーン国の徴税のある仕組みに依っている部分が大きい。ロシャーンは広大な国土を持つ。土地が広いので、まず税金を地方都市の代表、すなわち領主ごとにノルマを決めてとりたてさせ、国王は領主たちからそれをさらに取り立てているという図式である。いわば領主は徴税の代役なのだ。ちなみに、領主に課せられるノルマは、地方の現状ごとに税額が違う。豊かな土壌を持つ土地、海岸に接しており大量の漁獲が見込める土地、商人たちが巨大なマーケットを敷いている土地、ひなびた寒村が細々と畜産で食いつないでいる土地。厳正なる国勢調査のもと決められた税額……といえば聞こえはいいが、それは表向きの話である。情状酌量、ではないが、土地による勘案事項をこれでもかと領主はねじこみ、隙あらば減税の目を見出そうとする。領地の地力と徴税の差額が、そのまま領主の蓄えにつながるのだから、領主は必死である。王都の側もその実情を知り尽くしているので、絶えず監察官をよこしては、脱税の査察を行っている。当然、こういう仕組みであるので、賄賂が発生しやすい。これこれこういう便宜を図るから、うちの地方の税金負けてよ、みたいな内輪話が飛び交うのは、ロシャーン行政の華である……という情けない国状はさておき、ヨルダ村とアサダ村の話である。
国が領主に対してノルマを課しているように、領主はさらに細かい地域ごとに、町や村の代表者に対してノルマを設けているのである。今回、問題になったのは、その区域分けにあった。盗賊の襲撃を受けて村人が皆殺しの憂き目にあったヨルダ村は、隣村アサダ村と同じ税収単位に組み込まれていたのである。この場合の税収では、ヨルダ村とアサダ村、合わせてヤギ三十頭とトナカイ十頭を差し出すことが定められている。
はっきりと、重税である。しかも税金を払うべき村の片割れは滅びている。にもかかわらず、要求される税金の額は前年と同じなのだ。当然である、領主たちはまだヨルダ村を襲った災禍について、何も知らないのだ。そこで減税の嘆願へと話が繋がってくる。滅亡したヨルダ村と、村人は生き残ったものの手ひどい略奪を受けたアサダ村、この二つの村の現状を領主に伝えて、年に一度の税収の時節――秋の夜長月である――までに税金免除の申請を通さねばならないのである。
「ついでに証人としてあの娘と退役軍人を連れて行ってくれんか」
「はい?」
代替わりしたばかりのネギール領主は疑り深い性格で有名な男であった。狂言を疑い、盗賊の襲撃が真実か否か、物的証拠を求めてくるに違いがない。じきに領主の手の者が村を視察しに来るだろうが、ソン・ジーンはそれとは別に、事情聴取の手間を省くためヨルダ村の生き残りを派遣するというのである。
「それでな、可能ならばあの二人がネギールに居着くように手配して欲しい」
「厄介払いってことっすか?」
アートヒーは頭が軽い割に察しの良い男であった。証人の派遣、兼、扱いにくい余所者の厄介払い。ソン・ジーンの一石二鳥を狙った策は、在りし日の彼の兄ソン・レテがよく講じていた手段であった。
思い返せば……それはヨルダ村の年に一度の花祭の日、ソン・レテ曰く。
「リリエンシャールよ、北の山深くにロシャーンミツバチが巣を作っていてな」
「ふーん」
「おまえに特別にその蜂蜜を採取する権利をやろう」
「ハチミツ採ってこいって? やだよ、面倒くさい」
「おまえが断るなら、他の者に頼むが……」
「ふーん」
「ところでうちの奥さんは、蜂蜜パンを焼くのが得意でなあ」
「ふーん」
「美味いぞ、蜂蜜パンは」
「…………」
「うちの奥さんは、蜂蜜を少し分けてもらえれば、その親切で、かわいらしくて、優しい方のために、たくさんパンを焼くだろうなあ」
「オーホホホホ、ハチミツのことなら親切でかわいらしくて優しい美少女リリエンシャールさまに任せておきなさいってーのよ! 首洗って待ってなさい!」
リリエンシャールは山奥に消え、村は平和な花祭を迎えたという……。兄弟の練った策が時を越えてなお似通った偶然の一致を見せたのも、肉親の絆が導いた運命なのかもしれなかった。運命ってすごい!
ともあれ、村長ソン・ジーンの発案は、その日のうちにリリエンシャールに伝えられた。ガキの使いじゃないんだからね、と渋る娘を説得したのは、おもむろに差し出された謝礼金が詰まった袋である。物々交換が基本のド田舎では、貨幣なるものはたいそう物珍しいものとして人々の目に映る。それはリリエンシャールも例外でなく、袋の中で鈍く輝く銅貨の総額もよく分からないまま、彼女は一も二もなく減税嘆願の旅を請け負った。札束で頬を叩くまでもない、袋をちょっとジャラジャラいわせただけでこのザマだ。
実はソン・ジーンが謝礼として用意立てた金額は、そのまま手切れ金である。
ソン・ジーンの策はこうだ。アートヒーにそそのかさせて、リリエンシャールらにネギールで金を使わざるを得ない状況を作り上げさせる。方便は何だっていい、宿に連泊するなり、街の遊びを教えるなり。そうして帰路の道を越えるだけの支度金がない状況を作り上げ、そのままネギールで暮らさせる。
実際、ネギールまでの道のりは徒歩でだいたい丸二日の道程になるので、リリエンシャールが本気を出せばそこら辺の野生動物を狩りまくって食料現地調達しながら帰ってきそうな感じはなきにしもあらずなのだが、そこはアートヒーの腕の見せどころ。口八丁手八丁でごまかして、とにかくリリエンシャールたちをネギールに移住させることに「うん」と言わせておけば、減税嘆願のついでに移民手続きをこっそりやってしまえばいい。もちろん移民に際する手数料は今回の報酬から差し引いて……と、ソン・ジーンの提案に対して「怖い怖い」とうそぶくアートヒーだったが、彼自身はこの策にノリ気である。なぜならば、ネギールの散財に際して彼も贅沢の美味い汁を吸えるからだ。
ここで察しの良い方は気がついたかもしれない。
貨幣の流通がめったにないのに、それどころか野盗の略奪を受けたばかりなのに、なぜ村長はリリエンシャールに渡すだけの銅貨を用意立てできたのか? という疑問である。疑問の答えは、注意深く銅貨の表面を見つめればわかるだろう。銅貨に刻まれた篆刻の溝に、黒っぽい赤錆びた汚れが付着している。乾いた血だ。つまり、これらは盗賊たちが所持していた金品の一部なのである。略奪の翌日、退役軍人は厄介者の娘の他に、賊から剥いだ金品をもアサダ村に与えていったのである。まさか彼も自身で集めたそれこれが、自らを追い払う手段として講じられようとは思い至らなかったようである。
一方、水面下で不穏な動きが生まれているということにまったく気が付いていないリリエンシャールは、周囲が呆れかえるくらいに前金として受け取った袋をジャラジャラいわせては、頬に幸せな笑みを浮かべるというノー天気な日々を送っていた。まだ銅の輝きと金の輝きすら満足に見分けることもできない田舎者である。じきにふりかかる策略の気配になどまったく気づかず、おカネを眺めてはなんだかとっても幸せな気分になっている。
リリエンシャールが金を眺めてニマニマ不気味な笑みを浮かべている間に、ソン・ジーンと若者アートヒーの手によって旅立ちの準備はつつがなく整えられ(この間リリエンシャールがしたのは貨幣を眺めることと、その浅ましさを指さして笑った村人に個人的な制裁を加えたことと、あとは行方知れずになっていた退役軍人の男をどこからともなく連れ帰ってきたことくらいである。厄介払いを食らうだけのことはあると言える)、そしてついに、出立の日はおとずれた。
その日は良い天気だった。
見送りは必要以上に盛大で、それはリリエンシャールを放逐したくてたまらないという村人の共通の思いのあらわれだったが、一見すると逆のようにも見えるところが皮肉であった。その厄介払いを喜ぶ大声援に後押しされるように、アートヒー、リリエンシャール、そして退役軍人ことレブトライト・ロゴーニュの三人は、雪解けの小川をまたいでアサダ村を離れた。
行く手に広がるは茫洋たる草原の海。
のんびり草を食むロシャーンガゼルの群れを横目に、意外に一行は平和な道行きであった。
リリエンシャールが、前方の三叉路に、傷ついた猛るロシャーンバイソンの姿を見つけて、お腹がグーッと鳴って、気まずげにでへへと照れ笑いして、涎を拭って街道を迂回して、おもむろに奇襲の準備を開始するまでは――。