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慈悲の系譜/続  作者: しおなか
慈悲の在処
16/24

疑惑の男

 一方、その頃。

 領主の館では、人払いをした北北西領ネギール領主が、目的の人物と執務室に二人きりになっているところだった。

 ネギール領主――名はダレリオ・ダモンという。元は領主の血に連なる者ではない。まったく余所の土地からやってきた、貴族の次男坊である。彼の父親はとある南の領主に仕えていた小貴族だった。年少の頃より我欲が強く冷血であった次男を持て余した父親は、彼を王都にある教育施設へと放りこんだ。

 教育施設、すなわち、軍隊である。

 次男は父親の期待どおりに更生することはなかったが、生まれ持った性質が軍属に適していたのか、周囲を蹴落としながら順調に位階を上げ、ついには先立って起こった旧ネギール領主の不正を暴き、その座を継いで軍籍を除した。

 彼にとって軍属時代の思い出は、あまり良いものではない。臭い汚いきついのサンケーを見事達成している職業である。おまけに斜陽のロシャーン王国である。彼と言わず、軍属であることに厭世的な気分になってしまうことは、そう珍しいものではない。

 それはさておき、その彼の軍属時代の同期生の一人が、執務室の中で向き合っている男というわけだった。

「出張所のとこから話が来たとき、どこか聞いたことのある村だと思ってたんだよなあ」

 深々と座っていた椅子から腰を浮かせて、領主が立ち上がる。執務机を回って、向かいに立っていた男の肩を親しげに叩く。

「そうだったな。お前が逃げ込んだ村だった。もう何年会ってない? 手紙は無視するくせに、いきなり現れるから、驚いた」

 親し気な口調で呼びかけられたのは、ほかでもないレブトライト・ロゴーニュその人である。人違いですよ、と断らないところをうかがうと、どうやらこの二人、領主のカンチガイでなく、自他共に認める旧知の間柄であるらしい。

「しかし見ない間にずいぶんみすぼらしくなったな。ん? ちゃんとメシ食ってるか?」

 領主は肩を叩いたときに、昔よりも男の身体が薄くなっていることに気づいたらしかった。否、実のところ、ただ肩を叩いたのではなかった。それは一種特殊な世界である軍人間で見られる、相手の身体に触れたときその微妙な反応を指先で拾い出来うる限りの情報を導き出すという繊細な動きかつ大胆な推量が求められる技術であり、先ほどの肩をバンバンやっていたシーンを巻き戻してズーム・アンド・スロー再生してみると、領主の指先が実に細やかな挙動をしており、余人が感心すること間違いなしなのだが、ここでこれ以上いい年をした男たちのまめまめしいスキンシップについてくどくど書いても楽しくないので、それはさておくことにする。

「おまえは一段と悪い顔になった」

 無遠慮に肩を触っていた領主の手を払うと、レブトライトは短く告げた。ようやく発せられた言葉は無愛想なものだったが、領主は気にしなかった。

「うるせえな、俺はもともとこういう顔だ。いや、そういう話は、どうでもいい。俺が訊きたいのは、村のことだ。あれは」

「不幸な事故だ」

 旧交を温め直す暇もなく、直球で用件を切り出した領主を、これまた即行でレブトライト・ロゴーニュはきってのけた。悪い顔、と称された領主の顔が、にじむように歪んだ。まさしく悪人面と呼ばれる表情で、ニタニタと不気味に笑う。

「不幸な事故ねえ……なるほど。知っているか? ここ最近、領地には、税金をちょろまかす輩が出没するんだ。領民に疑いの眼を向けるのは、俺としても辛いところだ。だがやつらの背後に中央が絡んでいるとなりゃあ、話は別だ。徹底的に締め上げる必要がある」

 と、一方的に言い放ったあと、領主は首をかしげた。

「なんだ? その心当たりがないって顔は」

「心当たりがない。あれはただの夜盗の群れだった。たまたまあの村は襲われて、……村人が抵抗してたくさん死んだ。不幸な事故だ」

「不幸な事故? じゃああの村人の証言は真実か? お前ともう一人を除いて皆死んだとかいう、あれが?」

「そうだ」

 領主はまた疑り深い眼を細めて、目の前に立つ男を見据えた。

「ナールファーンを同席させたほうが良かったか。あいつは不正に鼻が利く……が、お前が嘘をついているかどうかは、どうせ直ぐわかる。村に人をやればな」

 ヒヒヒと笑ったあと、領主はほんの少しだけ、不味いものを食べたような顔になった。というのも、彼の弁舌を受けた男が、本当になにも反応を見せないのである。この斜陽のご時世、彼のような民草から搾取する側は、用心に用心を重ねなければ、自領を安穏とすることはできない。であるからして旧知の友であっても斯様に邪険に扱い、疑いの眼を向けているのである。そのこと自体に、わずかな葛藤はあったとしても、罪悪感はない。彼は領主という暮らしをしているからだ。

 だが、向かいでぼーっと突っ立っている男に、そうやってぞんざいに扱われた者の心に等しく想起するであろう感情が、まるでうかがえないのである。これでは、身構えている彼のほうが、まるで馬鹿を見ているようではないか?

「用が済んだなら、もう戻る。二人で話がしたいと言うから、なにかと思えば……たいした話じゃなかったな」

 そんなことをつらつら考えていた領主の内心にたたみかけるかのような、挙句のこの男の言葉である。

「おい、待て!」

 きびすを返した男に、ちょっと寂しがり屋の領主はつい声をかけた。

「分かった、減税の話はもういい。おれも旧交を暖めるのにやぶさかではないぞ。お前がおれの手紙を何通も何通も無視してまで、あの村で何をしてたのか、ちょっと聞かせろよ」

 執務室の扉の前で足を止め、振り返った男は、その日初めて笑みらしきものを見せていた。

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