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免許更新……。

 ああ、鬱だ。

 だからといって死のうとはならないが、鬱だ。


 だって、雨が降っているのだ。

 しとしとととめどなく降り続けているのだ。


 止む気配なんてまるでない。


 天気予報を見てみたところで、今日の降水確率は80%、明日の降水確率は100%、明後日の降水確率は90%、明々後日の降水確率は70%……。

 まるで希望が持てない。


 はあ、鬱だ。


 だって約60日間もあったはずの免許の更新が可能な日がついに、明日で終わるのだ。


「明日は忙しいから」

「今日はそんな気になれないから」


 親の口からそんな理由が何度も吐き出された後で、ついに今日という日が来てしまったのだ。


 うう、もっと早く行くべきだった。

 とは思うのだが、なぜかあたしの予定は気が付いたら親が決めていたのだ、決まっていたのだ。


 赤い太字の油性ペンで、カレンダーにがっつりと書き込まれてしまっていたのだ。


「このままじゃあいかん。あたしも既に四十路……過ぎ。自分の予定くらい、自分で決めねば」

 と握り拳を作ってはみたものの……。


 バス代は無い。

 タクシー代も無い。


 徒歩や自転車で行けるほどの体力も無い。


 そしてあたしには残念ながら、精神病という面倒くさい病がりついている。


「ああ、息を吸うのが面倒くさい……しんどい……。なにか、呼吸をしなくても生きられる方法はないものか……」

 などと考えるだけで終わってしまう日が、度々やってくるのだ。


 そんなこんなでずるずると先延ばしにしてしまった結果、ついに今日という日がやって来てしまったのだ。


「行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない……」

 特に、親と一緒になんて行きたくない。


 だって、気が付いたら42歳だぞ、あたしの年齢……。

 どう考えても、親に付き添ってもらうような年齢じゃないだろう。


 むしろ、親に付き添うことを考え始める年齢だろう。


 はあ。


 でも仕方がない、今回は諦めて親と行くか。


 五感も土地鑑も方向感覚も平衡感覚も記憶力も狂ってしまっている人間が、

「ちょっとそこまで」

 と車で出かけて無事に帰って来られる確率はいかほどだろうかと考えれてみれば、1人で行くという選択肢は選べない。


 あたしはまだまだ、死ぬ気は無いのだから。



「まだ日があるし、何もこんな雨の日に行かなくても……」

 と渋る親に、

「いや、でももう明日で終わりだし、明日は今日よりも降るみたいだから」

 と週間天気予報を見せて、何とかハンドルを握らせてやってきたのだが……。


 書類を書いて受付嬢に渡すところまではまあ順調だったのだが……。


「交通安全協会への入会を皆さんにお願いしておりまして5年分で○○円、合計で○○円になります」

 という言葉であたしは硬直した。


 しまった、寄付金があったか。


 払うのが当たり前みたいな感じで言われても払えないのだ、財布の中身的に。


 ちょっと前までは財布に入っていた旧札たちも、珍しいからという理由で親に取り上げられて、アルバムにがっつりと糊付けされてしまった後だしな。

 どう考えても払えない。


 むしろ、あたしが寄付してほしい側の人だよ、病名的にも、収入的にも、財布の中身的にも。


 うーん、どうしようか?


 受付嬢は2人いるが、客はあたししかいない。

 1対2だ、こちらが完全に数で負けている。


 いや、あたしの後ろには親がいないこともないのだが、躾のできていないペットのようにうろうろと建物内を彷徨さまようだけで、完全に戦力外だ。

 そして、あたしのために寄付金を出してくれるような人でもない。


 困った。


 しかし、推定年齢36歳と52歳の受付嬢たちの言葉づかいはともかく、口調は子供向けのものなんだよね。

 それってつまり、内心ではあたしを一人前の大人だとは認めていないってことだよね?


 なのに、なんで寄付金を一人前に求めるんだ。


 ──仕事だからか?


 まあ、仕事だからだろうな。


 でも、そろそろ諦めてくれ。

 これ以上の問答は時間の無駄だから、お互いに。


 という思いを目にこめてじーっと見ていたんだけど、なかなか引き下がってくれない。


 次の客が来る気配もない。


「仕方がないな」

 とため息を1つ吐いて、あたしは諦めた。


「寄付金が払えないので、免許の更新は諦めます」


 そしたら何故だか、えらい勢いで引き止められて……気が付いたら、そこでやるべき手続きがすべて終わっていた。



「次は別の建物に移動して、写真撮影と視力検査か」


 ……写真撮影?


 化粧とかしていないんですが。

 と思ったけれども、どうせその写真を見るのはあたしと名前も知らない警察官だけだろうと、何とか思い込む。


「こちらで、髪型とか襟元とか確認してくださいねー」

 と推定年齢24歳の笑顔の可愛いお姉さんが不意打ちで鏡を渡してくれたせいで現実を直視してしまったけれども、その現実は忘れることにする。


「どうせなら可愛く写りたいですよねー」

 という言葉に同意したい気持ちがないわけじゃあないけど、今のあたしはどう頑張っても可愛くはなれないんだよ。


「その状態で撮影してもいいんですか? 本当にいいんですか?」

 と言われても、あたしは肯く事しかできないんだよ。


「もうホントにこの子は……」

 と横から親がなんか言っているような気もするけれども、あーあー、聞こえないよー。


 あとは淡々と言われるままに視力検査と暗証番号の入力をしておしまいだった。


 田舎だからか、別の日に30分ほどお偉いさんのお話を聞かなきゃいけないみたいだけど、今日はこれでおしまいだった。

 あとは帰って、シャワーを浴びて、布団をかぶって、いつものように熱を出して寝込めばいいだけだ。


「おつかれさまでしたー。本日の分はこれで終了です」


 うん、マジで疲れたよ。

 でもあたしはこれでも一応大人だから、ここは大人らしく返事をしておこうか。


「お世話になりました。ありがとうございました」


 たぶんこれで合っているはずだ。

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