買い物をしてみる。
「……解った。必要なものは必要なだけ買えばいい」
と親からの許可が下りたので、パソコンで通販を利用してみることにする。
ちなみに、親が言う必要なものとは、親が思う必要なものである。
ついでに、必要なだけというのも、親が思う必要な量である。
……エスパーじゃあるまいし分かるかボケという話である。
尤も、そう思えるようになったのは、ここ数年の話だが。
「たしか電源ボタンはこれだったよね?」
と心の中で呟きながら、正午を示している時計のような、リンゴのようなマークが書かれたボタンを押してみる。
「うん、正解だね」
液晶画面がパッと明るくなる。
それは見慣れた光景のはずだった。
が。
「ヤバい。画面が眩しすぎて、何も見えない」
今のあたしの目には刺激が強すぎたらしい。
慌ててボタンを連打して画面の明るさを一番暗くしたのにまだ眩しいとか、マジで意味が分からない。
ついでに音量ボタンも消音一歩手前の1になるまで連打したのに、音が大きすぎて耳が痛いんだが。
「なんだ、この機械は。これで、あたしに使われる気があるのか?」
……無いのかもしれない。
まあ、あると言われても微妙な気持ちになるだけだが。
「仕方がない、なるたけ目を使わない方向でいこう」
ローマ字や句読点くらいならブラインドタッチができる人なので、目を閉じて左手の人差し指で『F』、右手の人差し指で『J』の突起を探す。
いつの間にか伸びていた爪がカチャカチャとうるさく音を立てるが、我慢だ。
「さて、なんて言葉で検索すればいいんだろう?」
通販と入れてみたところ、それっぽいサイトが幾つも見つかったので、通販が正解か?
しかし、サイトの数と商品の数が多い。
どんだけ流行ってんだ、通信販売。
あたしは『自分が好きな物を選ぶ』という能力が発達していない人なので、とにかく選択肢を減らすために値段とサイズで絞り込む。
「……ん? 靴のサイズの22.5とか24.0は分かるんだけども、Eとか2Eって何だろう?」
ウィズとかワイズとか書いてあるけど、意味が分からない。
魔法使いと何か関係ありますか、って感じだ。
測り方を見た感じでは、靴幅のことかな?
大きくなればなるほどEの文字が増えるみたいだし、服で言うところのLみたいなもの?
?
よく分からないけど、とりあえず説明通りに測ってみる。
「なるほど、あたしの足のサイズは21.5の2Eか」
だけど、あたしの足の形は標準的な足の形からはかなり離れているみたいだ。
そういえば、靴屋さんに行ったときは22.5から24.0くらいの靴を試着しまくって、履ける靴をまず見つけるのが基本だったなと思い出す。
「そうか、あたしの足は通販なんて使っていい足ではなかったのか」
あたしはそっとパソコンの電源を落とした。
しかし、靴屋さんか。
お外に出るために、まずはお外に出ないといけないのか。
……詰んでるな。
異様に白く、やわらかくなってしまった素足でアスファルトの上を歩くなんて愚行はやりたくないし……。
トイレのサンダルを履いていくという選択肢もなくはないが、もしも履いて行ったら親がキレる。
もしも親がキレたらそのストレスで……。
「あれ? あたし今日……っていうから昨日から、1回でも水を飲んだっけ?」
って現状から、あたしの頭が更に馬鹿になる。
それは困る。
これ以上馬鹿になったら、割と真面目に、生命の危機だ。
「うーん、どうすればいいんだー?」
と頭を抱えて考え込んだあたしは、ふと気づいた。
「ああ、わかった。『トイレの』が付かない、普通のサンダルを買えばいいのか。……通販で」
──数日後、予定通りに荷物が到着したという通知が届いた。
親の希望通りにあたしが設定した、家の近くのコンビニへ。
しかし、困った。
IDは親の命令通りに親の名前で作ったし、支払いは親がしてくれるはずだし、何よりそのコンビニを指定したのが親だったもので、親が取りに行ってくれると思い込んでいたのだが……。
「こんな年寄りに、そんな、ややこしい機械なんか使えるか!」
と親が言いだしたために、あたしが行かなくてはいけなくなってしまったのだ。
いや、もっと早く言えよと言いたい。
注文する商品も値段も支払い方法もわざわざ見せてから注文したのに、今さら何を言ってるんだと。
……不毛だから言わないが。
しかし、困った。
警察署へ行く靴も靴屋に行く靴もないのに、コンビニに行く靴だけはあるなんて事があるはずがない。
「ああ。この靴ならそろそろゴミに出すつもりだったから、お前にやるわ」
と中途半端な親切心を発揮されても、サイズが違うのだ、違いすぎるのだ。
「ほら、綿を詰めてやるから」
まだ、足よりも靴の方が大きいという現実はありがたいが……。
無理なものは無理だ。
「仕方がないな、お前。仕方がないから、この長靴を履いて行け。……これはまだ捨てる予定はないからな、汚すなよ」
いや、仕方が無いのはお前だよ、と心の中だけであたしは呟く。
しかし、長靴か。
雨なんて最近降った記憶が無いが、まあ、トイレのサンダルよりはマシか。
足を入れてみると、やや大きすぎる嫌いがあるが、歩けないほどではない。
「ほら、行くぞ。お前の靴を取りに行くんだから、お前が運転しろ」
だが、ペーパードライバーが自動車を運転していいほどではない。
「できるか、ボケ! そんなに死にたいなら、なるべくあたしに迷惑をかけないように気を付けながら、1人でさみしく死んでくれ!」
という気持ちをなるたけ表に出さない様に、あたしは何とか断ることに成功した。
「……これは?」
とマイカーのハンドルを握った親が不機嫌そうに呟く。
「これも真っ直ぐ。その次も真っ直ぐ」
と後部座席からあたしが言う。
「……次は?」
「これの次の次は右折、しばらく進んだら右側に目的のコンビニが見えるはず」
今は深夜と呼ばれる時間だ。
あたしを近所の人に見せたくない親が、この時間に行くと決めたのだ、コンビニへ。
そう、何から何まで、この親が決めているのだ。
なのに……。
なんとこの親、荷物を受け取るコンビニを自分で選んでおきながら、その場所を知らないらしい。
だが、あたしも知らない。
17年前には無かったコンビニなのだ。
だから17年ぶり……違った、5年前の免許更新の時ぶりに握った鉛筆で、必死にメモを取って来たのだ。
「っ! もっと早く言えと言っただろう!」
……なんで唐突にキレたんだ、この人。
「この信号をうせつ……左か? え? 左ってどっちだ?」
そう言いながら、何故か右にハンドルを切っている。
いや、何を言っているんだ、この人は。
そして、何をやっているんだ、この人は。
「いや、ここは直進! ここと次は真っ直ぐだって! ああもう、ハンドル戻して! いや、今の状態から真っ直ぐじゃないよ! それだと歩道……っつーか、歩道の先に在る民家に突っ込むから!」
……久しぶりに大きな声を出したせいで、喉が痛い。
でもまあ、人の少ない、後続車のいない時間で良かったよ。
あと右折レーンとかめったにない、ここが田舎で良かったよとつくづくあたしは思った。
まあ田舎だから、1番近いコンビニでさえも自宅から2キロ以上も離れているんだけどな。
さて、コンビニの駐車場だ。
「あー、寿命が縮むかと思った」
とか何とか親が呟いているが、一応無事に到着した。
車のボディーが白線からちょっぴりはみ出している気がしないでもないけど、まあ大丈夫だろう。
しかし繁盛してるな、ここのコンビニ。
とあたしは感心する。
トラックが2台に乗用車が5台とか。
従業員の車もあるとしても、こんな時間にこんな小さな店に客が6人はいるってことだ。
しかも、出入りが激しい。
あたしもこんなところで、ぼーっとしてる場合じゃないな。
「じゃ、行くよ」
とあたしは外に出る。
店の中には、客が5人ほどいた。
さらに店員が3人──全員が男性で少しびびるが、自分の親よりは怖くない。
さて、端末はどこだろうと目線を動かしていると、
「ほらさっさとしろよ、この愚図が」
と脇を強く突かれて、棚にぶつかった。
痛い。
突かれた場所も痛いが、ほかの客と店員からの視線も痛い。
もう嫌だ、この親。
無能だと思い込んでいる自分の娘よりも、自分がさらに無能であることにいい加減に気付いてほしい。
と思うが、永遠に無理な予感しかしない。
「はあ」
あたしは店の奥に設置された端末を素早く操作すると、あとは親に押し付けて店を出ることにした。