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玖 呪いの刀を抜く


 水曜日。

 事態は見えないところで進行している。

 菊井は無断欠席。

 江津は風邪で欠席が続く。


 国語の先生は悪化したのか、かなりひどく咳き込んでいる。

 しかも、時々ケロケロと鳴く。


 紅葉はそれ以外にも、その先生に違和感を感じている。

 その先生はいつも、清潔感のある真面目な着こなし。

 スーツに埃一つ、毛玉一つ、付いていたことがなかった。

 今日はスカートのポケットが裏返しになったまま、外側に出ている。

 ブラウスは昨日と同じものだ。


 担任の先生も、咳をするようになった。

 クラスの何人かも。

 菊井の病気が急速に広まっている感じがする。



 コマチが紅葉に言う。

「ね、紅葉。風邪っぽい症状が出てはる人は、学校休んでほしいよね? 私、保健所に通報しようかな…」

「保健所では、どうにも出来ひん病気ちゃう?」

 紅葉が咲良にそっと言う。


「カエルの妖怪を捕まえないと。でも、毒気にやられるかも」

 咲良が意味のわからないことを話すが、紅葉はきっと、それが正解だと察した。



 木曜日。

 遂に国語の先生も、授業中に鼻血を噴いた。

 頭の中から腐っているのでは、と心配になるほど、大量に噴いた。

 先生の鼻血は腐敗臭のような、酸っぱくて気分が悪くなる匂いがした。

 匂いは教室に充満した。


 教室は大騒ぎになった。

「先生!! 大丈夫ですかー!!」

 何人かの勇気ある女子生徒が、先生に駆け寄った。


 コマチは一番前の席から立ち上がり、金切声の悲鳴を上げた。

「もう嫌ぁー! 怖いー! 何が起こってるのー!?」


 咲良は黙って、教室を飛び出した。

「咲良ちゃん!」

 紅葉が追いかけた。



「紅葉ちゃん…。菊井くんはどうなったんだろ!?」

 咲良は廊下を足早に歩いていく。


「私の推測では、菊井くんの家族も感染してる。菊井くんちは崩壊してると思うで」

 紅葉が気持ち悪そうに、綺麗な校舎を見回した。

 目には見えないけれど、学校中にウィルスが飛んでいるのでは、と疑っている。



「紅葉ちゃん、過敏にならなくていいよ。ウィルスじゃないって、酒井さんが言ってた。心に隙のある人が汚染されるんだ。もし怖かったら、こう念じて。オン アボキャ ベイロシヤノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン。気持ちが落ち着くから。うちのお寺に書いてあるの」

 咲良が言った。


「光明真言か。知ってるわ。咲良ちゃんち、お寺さんなの? て言うか、なんでしゅとーん部の酒井さんが話に出て来るの?」

 と、紅葉は戸惑った。


 咲良は、斎王代が行方不明になったニュースを伝えた。

 酒井が捜していたこと。

 もしかしたら、マナブが攫った可能性があること、など。

 斎王代が行方不明になった話は、紅葉に衝撃を与えた。


「そう言えば、マナブ、お姫様ーってしつこく叫んでたな。斎王代を攫ったん!? あの男の子とママはどうなったん?」

「紅葉ちゃん、落ち着いて。とにかく一度、しゅとーん部に行ってみようよ」

 咲良が提案した。


 咲良の稽古日は土曜だけだ。

 しかし、酒井達は木曜日も集まっていると聞いた。

 酒井にもう一度、カエルのことを相談してみたらどうだろうか。


 紅葉は兄の顔を思い浮かべ、

「しゅとーん部か。気が進まへんなぁ…」

 と、呟いた。





 しゅとーん部は夜にならないと、人が集まらない。

 紅葉と咲良はひとまず、紅葉の家に行った。


「そうだ。紅葉ちゃん。呪いの刀、見せてよ」

 咲良が頼んだ。

「ええ!? 今!?」

 紅葉は唾を飲み込んだ。


 でも、今がタイミングという気もした。

 二人はこっそり、紅葉の父のいない書斎に忍び込んだ。

 紅葉が骨董品の棚から桐箱を取り出す間、咲良は書棚を見て回った。

 ○○遺跡・○年度発掘調査報告書というタイトルの冊子が、ずらっと並んでいる書棚があった。


 紅葉が桐箱を父親の大型デスクに載せた。

「あ、開けるよ…」

 彼女は緊張の面持ちで、魔除けの札を外し、紐を解いた。

 蓋を取ると、妖気が溢れ出した。



 咲良はまた、鬼の錫杖の音を聞いた。

 シャリーン…、シャリーン…。

 以前よりもはっきりと、音が近付いてきた。


「鬼が迫ってる。急がないと」

 咲良が刀に手を触れた。


「ほんまに呪いがあったら、どうしよう…。咲良ちゃん、…抜かんといてほしい…」

 紅葉は手を祈るように組み合わせ、泣きそうになった。

「大丈夫。無理やり抜いたりしないから」

 咲良は両手で刀を、神器を扱うように捧げ持った。

 そして、眸を閉じた。



 咲良は黙って、刀の中から溢れ出てくる気配を感じ取った。

 手の内側に、黒い雲が湧き出すように感じた。

 彼女の口の中に、血の味がした。

 錆びた鉄のような味と匂いがした。


 咲良は心の中で呼びかけた。

「私は、咲良。どうか、あなたのお姿を見せて下さい…」


 数百年を経た刀へ、咲良の思いを送る。

 手の内の、黒い雲が左右に分かれていく。

 澄んだ空気と、眩い光が中央に現れる。


 咲良は眸を閉じたまま、光に集中した。

 彼女の脳裏に次のイメージが湧いてきた。

 正面に、烏帽子の老人が白い着物を着て、腰を下ろしている。

 老人のぎょろっとした大きな眸に、見覚えがある。


 稲荷山の剣石の前で見た、刀匠。


 咲良は満面に、笑みを浮かべた。

「やっぱり、あなただったんですね。見せて下さい。鬼の太刀。あなたの至高の一本を…」

 咲良が言うと、烏帽子の老人が微笑んだ。




 紅葉は心配しながら、咲良を見守っていた。

 緊張で、膝が震えてくるほどだ。


 紅葉の前で、咲良の心は瞑想の世界に飛んでいった。

 咲良は白鞘の刀を額の前に掲げたまま、身動きしない。

 無表情である。


 突然、咲良が眸を閉じたままで、右手で柄を握り、両手を左右に開き始めた。

「えっ…! 咲良ちゃん…!!」

 紅葉はぎょっとした。

 たぶん、咲良は瞑想に集中していて、自分が抜刀していることに気付いてない。

 切れ味鋭い真剣を、だ。


 咲良はカチリとも鳴らさずに、スパーンと刀を抜き放った。

 油で手入れしたばかりのような、きらきら刃が光る古刀が外気に触れた。


「うわっ!! ぬ、抜いてしもた!!」

 紅葉は驚き過ぎて、目が飛び出そうになった。


 咲良は夢遊病みたいに左手をカクンと垂れて、鞘を床に落とした。

 右手に掲げた刀の切先を天井に向け、そこでやっと眸を開いた。


「うわぁー、本当に綺麗!! 刀匠さん、この刀、すっごいですよ!!」

 咲良が誰と話しているのか、刀の美しさに感嘆の声を上げた。



 山城らしい作風の、鎌倉時代の刀。

 光を反射し、刃文がくっきり見える角度で見ると、明るく冴える中に白い雲が波打って、時折金筋が走っていた。

 飽きが来ないほど表情が豊かで、繊細で華やかな感じだ。 



 紅葉は腰が抜けて、書斎の椅子に座り込んだ。

 咲良は刀を、桐箱の上に橋を渡すように、抜き身で置いた。


 咲良が説明した。

「名前は知らないけど、ある刀匠さんが人生かけて鍛造した、至高の一本。この刀には、刀匠さんの魂が宿ってるの。だけど、神社に奉納されて、誰にも見てもらえない状態になってしまった。刀匠さんは残念で、毎晩啜り泣いて、鬼の太刀と呼ばれたんだ」


 咲良は鞘を床から拾い上げ、慎重に、鯉口に切先を嵌めた。

 後は刀の方が勝手にするすると滑り込み、うまく納刀出来た。



「…戦国時代、鬼の太刀は刀匠さんの思いと裏腹に、短く磨り上げられた。持ち主が早死にして蔵にしまい込まれ、真っ暗闇での三百年を経て、幕末の頃には滅多切り事件に使用された。無用の血で(けが)され、遂に刀匠さんは怒った。…それで、持ち主を三代祟ったと……」

 咲良が刀から聞いてきた話をした。


 咲良が滅多切り事件のことを口にしなければ、到底信じられない話だ。

「君はほんますごい。プロの霊媒師みたいやん…」

 紅葉は驚愕するばかり。



「刀匠さんはこの刃文を雲海に例えて、刀を雷帝と呼んでる。白い霞が立ってるみたいな中に、稲妻みたいな箇所あったでしょ…。至高の一本、本当にキレイ…」

 咲良はこの刀に、いっぺんで魅了されてしまった。



 咲良は本気で、紅葉に頼んだ。

「紅葉ちゃん。この刀、私に貸してくれない? 雷帝。これで、カエルの妖怪を斬ってもいい? それしか、菊井くんを救う方法がないよ!」


「あ、あかんてー。咲良ちゃんは…カエルじゃなくて、菊井くんや江津くんを斬ってしまいそう…。国語の三木先生とかを…。刀の呪いで…滅多切りに…。咲良ちゃんが鬼になってしまいそう…」

 紅葉が反対した。


「うー、そんな間違いしないよ。カエルだけなら、ちゃんと斬れそうな気がする。他の鬼は強そうだけど、カエルは小さくて弱そうなんだ」

 咲良は紅葉を説得しようとした。


「あかん、あかん!!」

 紅葉は急いで、雷帝を桐箱に納めた。





 夕方、紅葉と咲良がしゅとーん部に訪れた。


 ちょうど、山上が倉庫の横の神社にいた。

 彼は祠にろうそくを立て、マッチの火を点したところだった。

「山上さん…」

「どうしたん? ちょっと待ってて…」

 山上は祠に向かって二度頭を下げ、二拍手して、一礼した。

 彼が拝み終わるまで、紅葉達は待った。



「咲良ちゃん。今日は稽古日とちゃうで。ちゃんと勉強してるか?」

 山上が笑いかけた。

 薄暗くなった建物の谷間、周囲には外灯がなく、ろうそくの火が不気味に山上を照らし出す。


「ちょっと学校で困ったことがあって…。酒井さんに相談しようと思って…」

 咲良が言う。

 山上はキーを取り出し、倉庫の入り口を開いた。

「酒井は今日は()ぅへんで。用事があってな。俺でよければ聞くけど」

 山上が引き受けて、休憩所でタバコを取り出した。



 咲良は改まって、畳に正座し、話を切り出した。

「あの…、カエルの妖怪がうちのお寺に棲みついて。男の子の友達に憑りついてしまったんです。…それから、友達がおかしくなっちゃって…」


 山上は動じなかったが、聞いていた紅葉が驚いた。

「えっ。カエルって、元は咲良ちゃんちのお寺から来たん!?」

「話すと長くなるけど、そう」

 咲良は頷いた。


 山上はタバコの灰を、ちゃぶ台の上の灰皿に落とし、

「…うーん。わかった。俺と酒井でカエルは何とかしたげるから。もう心配せんでええよ。それより、男の子は今、どんな感じ?」

 と、聞いた。


 続きは紅葉が説明した。

 菊井が鼻血を出して保健室に連れてかれたこと。

 次の日からずっと休んでいること。

 隣りの席の子も休み、国語の先生も鼻血を出して倒れた。

 菊井と国語の先生は、カエルみたいにケロケロ鳴いていた、そういう話などを。


「ふーん」

 山上は何度か頷き、最後まで真面目に聞いてくれた。



 紅葉は咲良と顔を見合わせ、

「山上さん。斎王代が攫われはったって…ほんまですか?」

 と、尋ねた。


 山上は手で、この話を制止した。

「酒井に聞いたん? あいつ、口が軽いな。…ま、資産家のお嬢様っていうのは気紛れやからな。男友達とUSJに行ったんかも知れへん。心配すると損するで。カッハッハ…」

 あの豪快な笑い声を響かせ、斎王代の話を終わらせた。



「山上さんは鬼とか信じますか?」

 咲良の質問に、山上はニコニコしながら、

「そういう話は大好きやで。知ってるか。桃太郎のキビ団子は、穀物のキビと違って、実は吉備の団子なんよ。その昔、渡来人の鬼が岡山県に棲んでて…」

 と、話し始めた。


 話を聞き終わり、

「鬼じゃなくて、渡来人じゃないですか」

 咲良は頬を膨らました。

「あ、そっか。咲良ちゃんの言う鬼は、どんな鬼?」

 山上がゲラゲラ笑った。


「…鬼が錫杖を鳴らしながら、近付いて来るんです…。時々、鈴みたいな音が聞こえるの…」

 咲良が鬼のイメージを話すと、山上はぴたりと笑いを止めた。


「錫杖の鬼? それって、山伏の格好してへんかった? 私も夢で見たわ」

 紅葉が言った。

「へぇー。錫杖ね…。そいつはリアルやな。天狗かな!?」

 山上は自慢の顎髭を、指で撫でた。



 山上は、

「…昔、昔。安部晴明て男がおってな…。雷神を封印したんやけど、千年で封印が切れてしまう。晴明は千年後に復活すると言い遺した。…千年経った。…晴明は未だ現れず。封印だけ解けた…。…そんな話が、しゅとーん部には伝わってる…」

 と、アドリブで話を作った。


「雷神はどうなったんですか!?」

 咲良と紅葉は本気で聞き返した。


「鬼は一匹ずつ復活し始めた…。何匹おるかは知らん。眷属(けんぞく)も含めて、百匹はいるやろう…という話や。うわぁっ!!」

 山上が大声で、女の子達を驚かした。

「うわっ!!」

 女の子達が本気で怯え、悲鳴を上げた。


「鬼の子分が生贄を供えるんや。封印されてた雷神を復活させる為に。…しゅとーん部はそれを阻止せんとあかん…」

 山上が作り話で女の子達を怖がらせ、最後にライオンの真似をして、ガォーッと咆哮した。

 女の子達は身を寄せ合い、また悲鳴を上げた。


「…嘘や、これは全部嘘やで。カエルのことは心配しんとき。知り合いの霊媒師に頼んどくわ」

 山上は大笑いで手を振り、話が終わった。


 咲良はその話が本当のことのように思えて、とても面白かった。

 もっと話の続きを聞きたくなった。



「咲良ちゃん。念の為に、これ預けとくわ」

 山上は踏み台を持ってきて、神棚から何か取り出した。


 本漆蒔絵の箱の中に、着物の生地のような絹袋。

 山上が取り出したのは、御神刀。

 刃渡り30センチ弱ぐらいの短刀だが、鍔も鞘も凝っていて美しい仕様。


「護り刀や。よっぽどのことがない限り、抜かんといてな。単に御守りやで」

 所持だけで銃刀法違反になる長さの刃物なので、学校などで抜くことがないよう、山上は咲良に言い聞かせた。

 咲良はずしっとした真剣の重みを握り締め、

「山上さん、ありがとう…」

 と、礼を言った。


 信じてくれる大人がいたことが、とても嬉しかった。

 山上にカエルのことを頼み、咲良と紅葉は安心して家へ帰った。





 咲良は部屋で宿題を済ませ、もう寝ようかと思う零時過ぎ。

 窓の外で、カンカンカン…と下駄の音が響いた。


 咲良が窓を開いた。

 案の定、下駄だけが墓地へ走っていく。

 透明の鬼が履いているのは、咲良が浴衣を着る時に履く、赤い鼻緒の下駄だ。

「また、来た…。透明さん…」


 咲良は窓辺のデスクに掛けてあった、学校の鞄を取った。

 山上に借りた護り刀が入っている。



 彼女は大急ぎで階段を駆け下りた。

 家の者は寝静まっている。

 彼女は靴を履き、全力疾走で透明の鬼を追いかけた。

 彼女の下駄は墓地へ入った。

 道側の外灯が墓地を照らす。



 墓地の真ん中で、咲良が下駄に追いついた。

 彼女は学校の鞄から水鉄砲を取り出し、至近距離から撃った。

 水鉄砲には、水とベビーオイルが込めてあった。


 透明の小鬼の上半身に、オイルが飛び散った。

 オイルは外灯の光を受けて、ぬらぬら光った。

 咲良と同じぐらいの身長の、裸の男の子が立体的に浮き上がった。


 咲良は十本の指の間から、透明の小鬼を見た。

「きゃはは…。透明さんが丸見えだぁー!」


「アアアッ!!」

 透明の小鬼は初めて姿を見られてしまい、恥ずかしさで悲鳴を上げた。

 小鬼は下駄を脱ぎ捨て、竹林の暗闇に飛び込んで、逃げてしまった。

 咲良は大笑いした。



「咲良ちゃん、咲良ちゃん…。こっちー」

 紅葉の声が門の方から聞こえた。


「紅葉ちゃん、こんな時間にどうしたの!?」

 咲良はびっくりして、門の方へ向かった。

 紅葉は学校の制服を着ている。


「酒井さんも一緒に迎えに来たよ。斎王代が見つかったの。来て…」

 紅葉が門の下で、手招きする。

「斎王代が…!?」

 咲良が走り寄った。


 紅葉がにやっと嗤った。

「斎王代を助けに行くから、咲良ちゃんも来て…。しゅとーん部の人、みんな一緒だから…」

「わかった」

 咲良が紅葉を信じて、門を潜った。



 門の向こうに、アスファルトの道が無かった。

「あれっ!?」

 平安時代の都大路のような、土と砂利の広い道が続いていた。

 真っ暗闇から、夜風が吹く。


「こっち、こっち…」

 紅葉が咲良と手を繋いだ。

 やけにひんやりとした、紅葉の手。


 手を繋いで走りながら、

「待ってよ、紅葉ちゃん…。酒井さん達はどこ?」

 咲良は胸騒ぎを感じた。


「今宵、マナブが迎えに来てくれはる。鬼の車にお乗り遊ばせ、咲良ちゃん…」

 紅葉が牛車に案内した。

 咲良は紅葉に違和感を感じた。

「あ…、誰…? 紅葉ちゃんじゃないよね!?」


 紅葉は嗤い、

「ふふふ。何を言うてるん。私、紅葉やで…」

 と、先に輿に乗り込んだ。



 鬼火を引き連れた、赤い輿。

 車輪が燃えて、炎がまとわりつく。


 牛車を引くのは赤い房飾りを付けた、真っ黒の牛。

 黒牛の目、鼻、耳、口から青い炎が零れている。


 手綱を引くのは、浅葱色の水干を着た、一つ目の小鬼。

「咲良…、咲良…。ここは我等の世界。はよう乗らんか…」

 一つ目の小鬼のお供に付いているのは、武官の格好をしたガマガエルの妖怪。



「しまった。さっきの門、うちのお寺の門じゃなかった…」

 咲良は今頃、気が付いた。

 透明の鬼にまんまとおびき寄せられてしまった。


 咲良は意を決し、輿に乗り込んだ。

 偽物の紅葉と対面して座る。


「本物の紅葉ちゃんはどこ? 酒井さんは? 斎王代は?」

 咲良が聞くと、紅葉は色っぽくしなを作り、

「んふふ。みんな、寝てはるんちゃう? 草木も眠る丑三つ時…。斎王代はもう、マナブの奥方にならはったよ…」

 と、答えた。


「マナブの?」

「本人に聞きよし…」

 鬼火の牛車がゆっくり動き出した。





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