漆 百鬼夜行
1
午前中の授業が終わる間際、教室に菊井が入ってきた。
先生が驚き、
「菊井くん。今頃どうしたんですかー!? もうお昼ですよ!?」
と、聞いた。
菊井は黙って席に着いた。
菊井はマスクをして、咳込んでいた。
「菊井くん、風邪じゃないでしょうね!? 無理しないで下さいよ。みんなに感染さんようにね」
先生が言っても、菊井は知らん顔。
彼はティッシュを出して、鼻をかんだ。
コマチや、クラスの大多数は迷惑そうな顔をした。
咲良と紅葉は菊井が顔を見せたので、一安心した。
昼休み。
咲良が珍しく、自分から菊井に話しかけた。
「菊井くん、昨日は別々に帰ってごめんね。はぐれちゃったから。昨日、もしかして、トイレ行ってたの?」
すると、菊井が虚ろな眼差しで彼女を見て、また咳込んだ。
瞬間、咲良が身をすっと引いた。
咳がかかるわけでもないのに、彼女は本能的に1メートルは下がった。
彼女の顔色が変わった。
「クックックッ…、ケロケロッ…。心配しないで…。クックックッ…、ケロッ…」
菊井が気味悪い声を出した。
言葉のように連続して、カエルの鳴き声が出た。
「う…」
咲良は長袖で口と鼻を押さえ、じりじりと後ろに下がった。
菊井は急に立ち上がり、教室の出口へ行った。
「クックッ、クックッ…。大丈夫やで…。ケロケロッ…」
「ゲームにあんなんあるの!? 呪文か何か?」
紅葉が咲良の側に来た。
「菊井くん…、カエルに憑りつかれたみたいな…」
咲良は呆気に取られている。
「そんなんないわ。カエルの霊って!? 動物で憑りつく言うたら、キツネとかでしょ?」
紅葉は何となく、嫌な予感がした。
2
土曜日の午後。
咲良が居合の道場に来た。
不思議なことがいろいろ起こり始めて、咲良は居合を習うことにした。
まず、表の道場で基礎の稽古をする。
咲良は武道具屋で買った、黒の居合道着を着た。
彼女は袴がとてもよく似合った。
紅葉は塾があるので、残念ながら来れないと咲良に言った。
本当の理由は、蘇芳に止められたことと、しゅとーん部の、あの変人集団に関わりたくないから。
初日、咲良は他の人が居合型を抜くのを、しばらく見学した。
しゅとーん部の旭が稽古に参加していた。
表の道場の師範は、奉納演武に出ていた、小柄な老先生。
弟子は少人数しか取らない主義で、指導はマンツーマン。
教える相手の個性に合わせて、一人一人にアドバイスが違うし、相手が理解するまで丁寧だ。
咲良は先生の話を注意深く聞き、心の中でメモを取る。
休憩時間になった。
旭がしゅとーん部の仲間を一人、連れてきた。
「こんにちは。雨音と言います。…覚えてますか? 葵祭で…」
と、雨音が挨拶した。
「あっ…」
咲良が思い出す。
腰が抜けて動けなくなった咲良を、おんぶしてくれた少年だ。
「あの時は、ありがとう…。この道場に通ってる人だったんですね! えと、確か、蘇芳さんの後輩…」
「一年の時は剣道部にいました。咲良ちゃんは蘇芳さんの妹さんの、お友達なんだよね?」
雨音は人懐っこい笑顔で話した。
「剣道部、退部したんですか?」
咲良は失礼かと思いつつ、質問した。
「居合をかじったら、面白くなっちゃって。でも、居合と剣道はよく似てて違うものだから、混乱してきて。それで剣道部を辞めて、居合に絞りました」
雨音が答えた。
葵祭の時はR高の制服だったが、今日は居合道着。
旭と同じように、前髪とサイドの髪をちょんまげ風に結んでいる。
横から旭が、
「雨音。咲良ちゃんと知り合いなの? なんでだよ?」
と、不思議そうだった。
雨音は、
「わからないことがあったら、何でも言ってね。僕も始めて一年ぐらいだから、遠慮しないで。一緒に頑張ろうね」
と、咲良に言った。
「居合と剣道と、どっちが楽しいですか?」
咲良が聞くと、彼は、
「そうだね。剣道は防具を着けてるでしょ。…あの下の顔は見せられない。鬼みたいな形相で、ガチガチに緊張して打ち合ってるんだ」
と、打ち明けた。
「鬼みたいな…?」
「うん。ある意味、自分が自分でなくなるような。仮面を付けて、他人になりきる感じで。相手も防具着けてるでしょ。だから、相手の顔が見えない分、本気で打てる。これは人間じゃない、みたいな。冷酷になれちゃうんだよ。あれは、鬼VS鬼だよ」
「鬼…ですか」
「…で、僕は試合に出る度に、ものすごーく緊張する。終わると、全身の筋肉が緩む。…きつかった。何か、もう鬱になりそうだった。必死で稽古して、勝つ為にがむしゃらになって、あ、オレ、何してんだろーとか、中学の頃から思ってた。でも、やらずにはいられなくて」
「うん」
「今の方が楽しいかも。剣道も好きなんだけど、何かこう、自分が重たくなってて。敗けたらどうしよう、仲間の足引っ張りたくないし、とか色々考えてしんどくなったー」
「うん」
咲良は雨音の葛藤がわかる気がした。
「今は何も考えてない。強くなることしか、頭にないんだ」
雨音は最後、本当に楽しそうに言った。
休憩時間、咲良と旭、雨音は色々と話した。
咲良は話すうちに思いついたことを、何となく聞いてみた。
ほんの話題のついでに。
「北野天満宮で、鬼切っていう刀が盗まれたの知ってますか?」
数秒、間があった。
「知ってる、知ってる。古美術品ドロボーだよね」
「そう、それ。雨音くんがもし、鬼切を手に入れたら居合の練習に使いますか?」
咲良が聞いた。
「使う? あんなプレミアな刀、使わないよー。傷でも付いたら、価値下がっちゃうし。僕らは安ーい刀で充分なんだよ。大体、あれは打刀じゃなくて太刀だから、居合に使えないしねぇー」
雨音が笑って説明した。
打刀は帯に差す。刃を上に納刀する。
太刀は佩く、つまり帯に吊るす。刃は下向きになる。
「ほら、これが僕の模擬刀。真剣は高いから、まだ買えないんだ。社会人になって、お金が溜まったら真剣を買うよ」
彼は自分の模擬刀を、咲良に見せてくれた。
彼らしい澄んだブルーの柄巻に、透かしの入った鍔、黒い鞘の拵え。
色、素材などは既製品で、各自選べる。
「そっか。紅葉ちゃんが言ってた。鬼切の鞘とか柄は特注だって。職人さんにバレちゃうから、拵えが作れないって」
咲良が呟いた。
雨音は異論を展開した。
「そうかな。例えば、3Dプリンターで鬼切のレプリカを作って、レプリカに合わせて太刀拵えを注文して、後で本物と入れ替えればいい。それなら、たぶん数万円ぐらいで出来ちゃうな」
雨音の話に、咲良はびっくりした。
「そうなの!?」
「問題は刀身と鍔の接合部分なんだけど。3Dプリンターで寸分違わず造れたら、何とかなるね。レプリカの銘と刃紋だけ、消しとけばいいんだよ」
雨音が言う。
雨音が言ったのは、例えばの話だ。
しかし、考えてみると、彼はあの北野天満宮で見かけた高校生によく似ている。
あの少年も、雨音と同じR高。
肩に、居合刀のケースを掛けていた。
雨音が無表情に模擬刀を抜き、数回振った。
剣はヒュン、ヒュンと風を鳴らした。
「あの…」
咲良が言いかけたところで、休憩が終わった。
雨音と旭が行ってしまった。
咲良はリュックからスマホを取り出して、紅葉にSNSで連絡した。
「北野天満宮で見た高校生っぽい人が来てる。鬼切を持ってるか、わかんない…」
紅葉は塾で、咲良のメッセージを読んだ。
「はぁーああ、ああ!?」
彼女は叫んで、いきなり立ち上がった。
「どうかしましたか、紅葉さん?」
塾の数学の講師がびっくりして、紅葉の方を振り向いた。
「す、す、すみません。…き、急用が……。帰ります!!」
紅葉は慌てて、筆記用具を鞄に片付けた。
彼女がこの一ヶ月、ずっと捜していた鬼切の手がかり。
塾に来ている学生達が注目する中、紅葉は講義室を飛び出した。
3
咲良の稽古は、摺り足から始まった。
教えてくれるのは、旭。
「腹から前に歩き、背中から後ろに下がる。背中を反らし過ぎて、お尻を出さないように。お尻が出ると、斬るスピードが落ちるんですよ」
咲良は旭に袖を引かれ、摺り足で道場内を往復した。
男の人が苦手な彼女は、びくびくして身を硬くした。
「私が怖いですか? じゃ、尚更、頑張って強くならないとね」
と、旭が歩く速度を上げた。
「咲良ちゃん、木刀は刀と同じように大切に扱って下さい。跨いだりしないように。刀は握るものではなくて、手に取ると言います。手に取ってみて下さい」
咲良が生まれて初めて、木刀を取る。
「掌に隙間を作って、指寄りに柄を掛けて下さい。この隙間を、手の内といいます。打つ瞬間に手の内を締めます」
旭が咲良の手を取って、指の位置を教えた。
彼は木刀の切先を摘み、高さを合わせた。
「これが正眼(中段)。肘を伸ばしきってはダメ」
咲良が生まれて初めて、木刀を振る。
まっすぐに振れず、多少ぶれる。
「振り終わりに手首の角度が伸びないように。…ダメだ、持ってかれてますね」
旭が彼女の上腕筋を摘んだ。
「ぷにゅー!」
彼は失礼な擬音を使った。
「面に当たる時の角度が違います。この角度で当てて、ここからはスッと落とします」
彼は丁寧に、何度も咲良の軌道を修正した。
「呼吸は、振り被る時に吸い、振り下ろす瞬間に吐きます。振り下ろす瞬間に、前足を着地して下さい」
咲良が足を一歩踏み込んで素振りをすると、途端に体が揺れた。
体幹の筋肉が全く出来てない。
「咲良ちゃん、腕立て伏せ二十回、出来ますか?」
「五回ぐらいなら…。旭さん。二十回も腕立て伏せしたら、力こぶがモコッて出ちゃいますよね?」
咲良は半泣きになってきた。
「まさか。二十回ぐらいで、腕は太くなりません。むしろ、引き締まってくる。大胸筋がついて、胸も大きく見えるはず」
旭は面倒臭そうに言った。
「咲良ちゃん。いっぺんに鍛えようとしても、筋を痛めるだけなんで。まぁ、ぼちぼち鍛えて下さい」
しばらく素振りを練習した後、礼法を習った。
抜刀はまだ習わない。
あっという間に、稽古の終了時間が来た。
先生の前に全員正座し、両手を床に着いて礼をする。
「ありがとうございました!!」
解散になった。
「あなた、裏の道場に行くんやて?」
まだ名前を知らない男の人が、咲良に話しかけた。
「…大丈夫? 何人も骨折とか怪我して、辞めてるらしいで。あそこ、変人の集まりなんやろ?」
その男の人は恐ろしそうに話した。
「やめといた方がいいよー。身が持たないよー」
他の人達も言った。
しゅとーん部はどうも評判が悪いらしい。
4
「おーし。咲良ちゃん、コンビニ行こうー。腹減ったー」
雨音が誘ってきた。
咲良と雨音、旭は道着のまま、素足で靴を履き、近くのコンビニに行った。
彼等はカップ麺とおにぎり、お茶などを買った。
妖怪の出そうな、ポロ道場。
戸を開けるにも、軋み音がする。
山上や酒井、隆一はまだ来てなかった。
倉庫の一画に、衝立で区切られた休憩所がある。
畳が二枚、ちゃぶ台と小型冷蔵庫がある。
早めの夕食を取り、旭が咲良に質問した。
「どうです? 続けられそうですか?」
「ちょっと不安になりました。私に出来るかなーって」
咲良は正直に答えた。
「努力次第でしょ、そりゃー」
雨音がニコニコして言う。
「才能なんて、一握りの人しかないから。凡人は努力するだけです。特に、雨音。おまえだよ」
旭が雨音を指差した。
「私、旭さんの動き、見てても見えないんです。旭さん、速過ぎて」
咲良が落ち込む。
「毎週見てたら、馴れてきますよ。でも、女の子なのに、なんで実戦みたいな稽古をやってみたいの? 喧嘩に使えるのは、空手かボクシングでしょ? もう刀振り回す時代じゃないし、居合はやるとこないんです。鉄パイプ振り回すのに、居合はいりませんし」
旭は先週から思っていた疑問を、口にした。
「理由は……言えません。でも、急いで強くなりたいです…」
咲良は言葉を濁した。
「おっとりしてるのにね。不思議なとこが可愛いよねー。ね、旭さんも思うでしょ!?」
雨音が、八つ年上の旭に言った。
「は? 俺は女の子に興味ねーって言ってるだろ、このクソガキが!!」
と、旭がカップ麺を持ったまま、雨音を蹴りつけた。
「汁が飛ぶじゃないですかー」
雨音は慌てて、旭の蹴りを避けた。
その時、しゅとーん部の入り口から、
「さ、咲良ちゃん。なんで電話に出ぇへんのー!?」
と、紅葉が飛び込んできて、靴を脱いで畳に上がった。
「あー、紅葉ちゃん! 塾はいいの!? スマホはリュックの中…」
咲良がのんびり答える間、紅葉は旭と雨音の顔を見比べた。
そして、雨音に視線を止めた。
「さ、咲良ちゃん。本人に聞いたん!? 鬼切持ってるのかって?」
紅葉は咲良の耳に、小声で喋った。
「ううんー。でも、この人だよね?」
咲良は出来るだけ小声で、紅葉の耳に答えた。
「うん、間違いないと思う。この人やわ」
紅葉は頬を、ほんのりピンクに染めた。
「紅葉ちゃん。鬼切のゲンブツないから、警察呼ぶのダメだよ!?」
咲良が言った。
「聞こえてますけど? 証拠もないのに、疑わないで下さい」
雨音が紅葉に、ピシャッと言った。
「…じゃ、咲良ちゃん、稽古しよう。次は僕が教えてあげる。まずは二人一組で練習して、間合いとか、防御のやり方を身に付けないとね…」
雨音が咲良の手を引っ張り、板間へ連れて行った。
彼は咲良に、鞘付き木刀を渡す。
彼女はスムーズに抜刀出来ずに、モタモタする。
「もう仲良くなってるやん」
紅葉が口を尖らせた。
しばらく観察していた旭が紅葉に、
「雨音なんか、やめといた方がいいですよ。あいつ、バカ。本当に何も考えてないから」
と、言った。
「別に…。そんなんちゃうけど。私はずーっと、鬼切を捜してただけです」
紅葉の眸に涙が込み上がってきた。
急に切なくなった。
4
紅葉はふっと意識が飛んで、今朝方見た夢を思い出した。
とても不思議な夢だった。
まっすぐの道。
土塀に瓦が載っていて、細い水路がある。
辺りは真暗。
街灯もないし、舗装されてない道だ。
その世界は音がない。
自分の歩く音も、風が柳の葉を揺らす音も聞こえない。
月明かりに見えるのは、狭い範囲の建物だけ。
いや、前に何かいる。
黒い影が蠢いている。
自分はその影に続いて、歩いて行く。
やがて、影が朧げに色彩を帯びていく。
まだはっきりしないけれども、かなりの数の何かが存在し、列をなしている。
紅葉は列の最後尾にいる。
紅葉は自分が、葵祭で見たような平安装束を着ていることに気付く。
何枚も重ねた上に小袿を着て、紅長袴の裾を引いている。
次第に行列の内容が見えてきた。
紅葉は列の先頭に、黒い冠とおいかけを付けた武官の後ろ姿を見た。
歩き方が踊るようで、奇妙だ。
彼は長い鉾を肩に担いでいる。
次に見えたのは、雅楽の舞装束の男。
不気味な仮面の歯をカクカク動かしている。
次に、旗を高く掲げ、揺らす男。
…そこまで見て、紅葉は首を傾げる。
男達の骨格自体が、奇妙だ。
次に、童髪に水干の子供。
頭に一本の角がある!
その後ろに、狩衣と指貫を着たガマガエル。
ガマガエルなのに、直立二本脚歩行している!
ガマガエルと並び、後ろ足で立って歩く亀。
何とも、目つきが悪い亀だ!
ガマガエルと亀は、中型犬ぐらいの大きさ。
そのまた次は、一本角と魚の鰭のようなものが付いている、青い小鬼。
隣りには、二本角と鶏冠のようなものがある、赤い小鬼。
後ろに、三本角とヘビのような尻尾が付いた、黒い小鬼。
紅葉はこれが夢だとわかっていて、
「鬼の顔ぶれは違うけど、百鬼夜行絵巻を後ろから見て、一緒に歩いてるみたい…」
と、思った。
破れ傘の物の怪、仏具や雅楽器のツクモガミが続く。
読経するように唄う鬼。
女物の着物を被っているのに、太い尻尾を隠しきれてないキツネ。
ずるずると頭を引き摺る、赤い妖怪。
着物を着て、袋状に伸びた長頭を持つ猫化け。
その長頭の後ろに、もう一つ顔がある。
のっぺらぼうの女が、紅葉を振り返って会釈した。
その隣りに、草鞋だけが歩いている。
彼等の周囲には、いくつも鬼火が浮かんでいる。
列の後ろに行くにしたがって、鬼は大きく、凶悪さを増していく。
虎のように四つん這いで、肩を揺らしながら歩く、骨ばった男。
頭に角があり、舌が異常に長い。
捻じれた一角を持つ、胸まで髭を伸ばした老人がいる。
顔は皺だらけで、仙人のようにも見える。
だが、どの鬼よりも、紅葉はすぐ側をゆく二匹の鬼の気配の大きさに身震いした。
紅葉の側にいたのは、獅子のような茶髪と耳を持ち、狩衣を着た鬼だ。
この鬼は一瞬、紅葉を振り返ったので、顔が見えた。
片目は矢傷で失われ、黒く塗り潰されたような眼窩から、青い炎が零れていた。
鼻筋が高く通って、横顔が整っている。
この鬼は二本角で、人間を越える身長がある。
右手に持った金棒…と言うか、重厚な鉄剣…を時々振り回す。
斬る為の武器というより、元は装飾品のように見える。
もう一匹は、カラスの翼を背負った、山伏の格好の鬼だ。
二本の角は曲がって反り返る。
ウシ科のガゼルの角に似ている。
この鬼が一番長身で、下駄を履き、錫杖を突いて歩いていた。
紅葉はだんだん怖くなってきた。
何故、彼女は鬼の仲間のように、この行列に混じっているのか。
紅葉は夢の中で、
「私は嫉妬の余り、鬼になってしまった…」
と、考えていた。
自分が鬼になったことが、一番恐ろしく悲しかった。
鬼の行列はいくつもの四辻を直進し、橋に差し掛かった。
霧が流れるように、鬼達が橋を渡っていく。
紅葉は橋のたもとに潜む、女の子に気付いた。
咲良がいる。
咲良もまた、紅葉と同じような格好をしている。
小袿に紅長袴。
「鬼が行く。逃げて、咲良ちゃん!!」
紅葉は心の中で叫んだ。
音のない世界なので、声が出ない。
咲良が怖そうに鬼を見詰めている。
紅葉を見て、恐怖に顔を歪めている。
そこで紅葉はゾッとして、寝汗をかいて目覚めた。