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漆 百鬼夜行


 午前中の授業が終わる間際、教室に菊井が入ってきた。


 先生が驚き、

「菊井くん。今頃どうしたんですかー!? もうお昼ですよ!?」

 と、聞いた。

 菊井は黙って席に着いた。


 菊井はマスクをして、咳込んでいた。

「菊井くん、風邪じゃないでしょうね!? 無理しないで下さいよ。みんなに感染(うつ)さんようにね」

 先生が言っても、菊井は知らん顔。

 彼はティッシュを出して、鼻をかんだ。


 コマチや、クラスの大多数は迷惑そうな顔をした。

 咲良と紅葉は菊井が顔を見せたので、一安心した。



 昼休み。

 咲良が珍しく、自分から菊井に話しかけた。

「菊井くん、昨日は別々に帰ってごめんね。はぐれちゃったから。昨日、もしかして、トイレ行ってたの?」

 すると、菊井が虚ろな眼差しで彼女を見て、また咳込んだ。


 瞬間、咲良が身をすっと引いた。

 咳がかかるわけでもないのに、彼女は本能的に1メートルは下がった。

 彼女の顔色が変わった。


「クックックッ…、ケロケロッ…。心配しないで…。クックックッ…、ケロッ…」

 菊井が気味悪い声を出した。

 言葉のように連続して、カエルの鳴き声が出た。


「う…」

 咲良は長袖で口と鼻を押さえ、じりじりと後ろに下がった。

 菊井は急に立ち上がり、教室の出口へ行った。

「クックッ、クックッ…。大丈夫やで…。ケロケロッ…」



「ゲームにあんなんあるの!? 呪文か何か?」

 紅葉が咲良の側に来た。

「菊井くん…、カエルに()りつかれたみたいな…」

 咲良は呆気に取られている。


「そんなんないわ。カエルの霊って!? 動物で憑りつく言うたら、キツネとかでしょ?」

 紅葉は何となく、嫌な予感がした。





 土曜日の午後。

 咲良が居合の道場に来た。

 不思議なことがいろいろ起こり始めて、咲良は居合を習うことにした。


 まず、表の道場で基礎の稽古(けいこ)をする。

 咲良は武道具屋で買った、黒の居合道着を着た。

 彼女は袴がとてもよく似合った。


 紅葉は塾があるので、残念ながら来れないと咲良に言った。

 本当の理由は、蘇芳に止められたことと、しゅとーん部の、あの変人集団に関わりたくないから。



 初日、咲良は他の人が居合型を抜くのを、しばらく見学した。

 しゅとーん部の(あさひ)が稽古に参加していた。


 表の道場の師範は、奉納演武に出ていた、小柄な老先生。

 弟子は少人数しか取らない主義で、指導はマンツーマン。

 教える相手の個性に合わせて、一人一人にアドバイスが違うし、相手が理解するまで丁寧だ。

 咲良は先生の話を注意深く聞き、心の中でメモを取る。



 休憩時間になった。

 旭がしゅとーん部の仲間を一人、連れてきた。

「こんにちは。雨音(あまね)と言います。…覚えてますか? 葵祭で…」

 と、雨音が挨拶した。


「あっ…」

 咲良が思い出す。

 腰が抜けて動けなくなった咲良を、おんぶしてくれた少年だ。


「あの時は、ありがとう…。この道場に通ってる人だったんですね! えと、確か、蘇芳さんの後輩…」

「一年の時は剣道部にいました。咲良ちゃんは蘇芳さんの妹さんの、お友達なんだよね?」

 雨音は人懐っこい笑顔で話した。


「剣道部、退部したんですか?」

 咲良は失礼かと思いつつ、質問した。


「居合をかじったら、面白くなっちゃって。でも、居合と剣道はよく似てて違うものだから、混乱してきて。それで剣道部を辞めて、居合に絞りました」

 雨音が答えた。

 葵祭の時はR高の制服だったが、今日は居合道着。

 旭と同じように、前髪とサイドの髪をちょんまげ風に結んでいる。


 横から旭が、

「雨音。咲良ちゃんと知り合いなの? なんでだよ?」

 と、不思議そうだった。


 雨音は、

「わからないことがあったら、何でも言ってね。僕も始めて一年ぐらいだから、遠慮しないで。一緒に頑張ろうね」

 と、咲良に言った。


「居合と剣道と、どっちが楽しいですか?」

 咲良が聞くと、彼は、

「そうだね。剣道は防具を着けてるでしょ。…あの下の顔は見せられない。鬼みたいな形相(かお)で、ガチガチに緊張して打ち合ってるんだ」

 と、打ち明けた。


「鬼みたいな…?」


「うん。ある意味、自分が自分でなくなるような。仮面を付けて、他人になりきる感じで。相手も防具着けてるでしょ。だから、相手の顔が見えない分、本気で打てる。これは人間じゃない、みたいな。冷酷になれちゃうんだよ。あれは、鬼VS鬼だよ」


「鬼…ですか」


「…で、僕は試合に出る度に、ものすごーく緊張する。終わると、全身の筋肉が緩む。…きつかった。何か、もう鬱になりそうだった。必死で稽古して、勝つ為にがむしゃらになって、あ、オレ、何してんだろーとか、中学の頃から思ってた。でも、やらずにはいられなくて」

「うん」


「今の方が楽しいかも。剣道も好きなんだけど、何かこう、自分が重たくなってて。敗けたらどうしよう、仲間の足引っ張りたくないし、とか色々考えてしんどくなったー」

「うん」

 咲良は雨音の葛藤がわかる気がした。


「今は何も考えてない。強くなることしか、頭にないんだ」

 雨音は最後、本当に楽しそうに言った。



 休憩時間、咲良と旭、雨音は色々と話した。

 咲良は話すうちに思いついたことを、何となく聞いてみた。

 ほんの話題のついでに。


「北野天満宮で、鬼切っていう刀が盗まれたの知ってますか?」


 数秒、間があった。

「知ってる、知ってる。古美術品ドロボーだよね」

「そう、それ。雨音くんがもし、鬼切を手に入れたら居合の練習に使いますか?」

 咲良が聞いた。


「使う? あんなプレミアな刀、使わないよー。傷でも付いたら、価値下がっちゃうし。僕らは安ーい刀で充分なんだよ。大体、あれは打刀(うちがたな)じゃなくて太刀だから、居合に使えないしねぇー」

 雨音が笑って説明した。

 打刀は帯に差す。刃を上に納刀する。

 太刀は佩く、つまり帯に吊るす。刃は下向きになる。 


「ほら、これが僕の模擬刀。真剣は高いから、まだ買えないんだ。社会人になって、お金が溜まったら真剣を買うよ」

 彼は自分の模擬刀を、咲良に見せてくれた。

 彼らしい澄んだブルーの柄巻に、透かしの入った(つば)、黒い鞘の(こしら)え。

 色、素材などは既製品で、各自選べる。


「そっか。紅葉ちゃんが言ってた。鬼切の(さや)とか柄は特注だって。職人さんにバレちゃうから、拵えが作れないって」

 咲良が呟いた。


 雨音は異論を展開した。

「そうかな。例えば、3Dプリンターで鬼切のレプリカを作って、レプリカに合わせて太刀拵えを注文して、後で本物と入れ替えればいい。それなら、たぶん数万円ぐらいで出来ちゃうな」


 雨音の話に、咲良はびっくりした。

「そうなの!?」

「問題は刀身と鍔の接合部分なんだけど。3Dプリンターで寸分違わず造れたら、何とかなるね。レプリカの銘と刃紋だけ、消しとけばいいんだよ」

 雨音が言う。


 雨音が言ったのは、例えばの話だ。

 しかし、考えてみると、彼はあの北野天満宮で見かけた高校生によく似ている。

 あの少年も、雨音と同じR高。

 肩に、居合刀のケースを掛けていた。



 雨音が無表情に模擬刀を抜き、数回振った。

 剣はヒュン、ヒュンと風を鳴らした。


「あの…」

 咲良が言いかけたところで、休憩が終わった。

 雨音と旭が行ってしまった。

 咲良はリュックからスマホを取り出して、紅葉にSNSで連絡した。


「北野天満宮で見た高校生っぽい人が来てる。鬼切を持ってるか、わかんない…」




 紅葉は塾で、咲良のメッセージを読んだ。

「はぁーああ、ああ!?」

 彼女は叫んで、いきなり立ち上がった。


「どうかしましたか、紅葉さん?」

 塾の数学の講師がびっくりして、紅葉の方を振り向いた。


「す、す、すみません。…き、急用が……。帰ります!!」

 紅葉は慌てて、筆記用具を鞄に片付けた。


 彼女がこの一ヶ月、ずっと捜していた鬼切の手がかり。

 塾に来ている学生達が注目する中、紅葉は講義室を飛び出した。





 咲良の稽古は、()り足から始まった。

 教えてくれるのは、旭。

「腹から前に歩き、背中から後ろに下がる。背中を反らし過ぎて、お尻を出さないように。お尻が出ると、斬るスピードが落ちるんですよ」


 咲良は旭に袖を引かれ、摺り足で道場内を往復した。

 男の人が苦手な彼女は、びくびくして身を硬くした。

「私が怖いですか? じゃ、尚更、頑張って強くならないとね」

 と、旭が歩く速度を上げた。


「咲良ちゃん、木刀は刀と同じように大切に扱って下さい。跨いだりしないように。刀は握るものではなくて、手に取ると言います。手に取ってみて下さい」

 咲良が生まれて初めて、木刀を取る。


「掌に隙間を作って、指寄りに柄を掛けて下さい。この隙間を、手の内といいます。打つ瞬間に手の内を締めます」

 旭が咲良の手を取って、指の位置を教えた。


 彼は木刀の切先を摘み、高さを合わせた。

「これが正眼(中段)。肘を伸ばしきってはダメ」

 咲良が生まれて初めて、木刀を振る。

 まっすぐに振れず、多少ぶれる。


「振り終わりに手首の角度が伸びないように。…ダメだ、持ってかれてますね」

 旭が彼女の上腕筋を摘んだ。

「ぷにゅー!」

 彼は失礼な擬音を使った。


「面に当たる時の角度が違います。この角度で当てて、ここからはスッと落とします」

 彼は丁寧に、何度も咲良の軌道を修正した。

「呼吸は、振り被る時に吸い、振り下ろす瞬間に吐きます。振り下ろす瞬間に、前足を着地して下さい」


 咲良が足を一歩踏み込んで素振りをすると、途端に体が揺れた。

 体幹の筋肉が全く出来てない。


「咲良ちゃん、腕立て伏せ二十回、出来ますか?」

「五回ぐらいなら…。旭さん。二十回も腕立て伏せしたら、力こぶがモコッて出ちゃいますよね?」

 咲良は半泣きになってきた。


「まさか。二十回ぐらいで、腕は太くなりません。むしろ、引き締まってくる。大胸筋がついて、胸も大きく見えるはず」

 旭は面倒臭そうに言った。

「咲良ちゃん。いっぺんに鍛えようとしても、筋を痛めるだけなんで。まぁ、ぼちぼち鍛えて下さい」


 しばらく素振りを練習した後、礼法を習った。

 抜刀はまだ習わない。

 あっという間に、稽古の終了時間が来た。


 先生の前に全員正座し、両手を床に着いて礼をする。

「ありがとうございました!!」

 解散になった。



「あなた、裏の道場に行くんやて?」

 まだ名前を知らない男の人が、咲良に話しかけた。

「…大丈夫? 何人も骨折とか怪我して、辞めてるらしいで。あそこ、変人の集まりなんやろ?」

 その男の人は恐ろしそうに話した。


「やめといた方がいいよー。身が持たないよー」

 他の人達も言った。

 しゅとーん部はどうも評判が悪いらしい。





「おーし。咲良ちゃん、コンビニ行こうー。腹減ったー」

 雨音が誘ってきた。

 咲良と雨音、旭は道着のまま、素足で靴を履き、近くのコンビニに行った。

 彼等はカップ麺とおにぎり、お茶などを買った。


 妖怪の出そうな、ポロ道場。

 戸を開けるにも、軋み音がする。


 山上や酒井、隆一はまだ来てなかった。

 倉庫の一画に、衝立(ついたて)で区切られた休憩所がある。

 畳が二枚、ちゃぶ台と小型冷蔵庫がある。



 早めの夕食を取り、旭が咲良に質問した。

「どうです? 続けられそうですか?」

「ちょっと不安になりました。私に出来るかなーって」

 咲良は正直に答えた。


「努力次第でしょ、そりゃー」

 雨音がニコニコして言う。

「才能なんて、一握りの人しかないから。凡人は努力するだけです。特に、雨音。おまえだよ」

 旭が雨音を指差した。


「私、旭さんの動き、見てても見えないんです。旭さん、速過ぎて」

 咲良が落ち込む。


「毎週見てたら、馴れてきますよ。でも、女の子なのに、なんで実戦みたいな稽古をやってみたいの? 喧嘩に使えるのは、空手かボクシングでしょ? もう刀振り回す時代じゃないし、居合はやるとこないんです。鉄パイプ振り回すのに、居合はいりませんし」

 旭は先週から思っていた疑問を、口にした。


「理由は……言えません。でも、急いで強くなりたいです…」

 咲良は言葉を濁した。


「おっとりしてるのにね。不思議なとこが可愛いよねー。ね、旭さんも思うでしょ!?」

 雨音が、八つ年上の旭に言った。

「は? 俺は女の子に興味ねーって言ってるだろ、このクソガキが!!」

 と、旭がカップ麺を持ったまま、雨音を蹴りつけた。

「汁が飛ぶじゃないですかー」

 雨音は慌てて、旭の蹴りを避けた。



 その時、しゅとーん部の入り口から、

「さ、咲良ちゃん。なんで電話に出ぇへんのー!?」

 と、紅葉が飛び込んできて、靴を脱いで畳に上がった。


「あー、紅葉ちゃん! 塾はいいの!? スマホはリュックの中…」

 咲良がのんびり答える間、紅葉は旭と雨音の顔を見比べた。

 そして、雨音に視線を止めた。


「さ、咲良ちゃん。本人に聞いたん!? 鬼切持ってるのかって?」

 紅葉は咲良の耳に、小声で喋った。

「ううんー。でも、この人だよね?」

 咲良は出来るだけ小声で、紅葉の耳に答えた。


「うん、間違いないと思う。この人やわ」

 紅葉は頬を、ほんのりピンクに染めた。

「紅葉ちゃん。鬼切のゲンブツないから、警察呼ぶのダメだよ!?」

 咲良が言った。



「聞こえてますけど? 証拠もないのに、疑わないで下さい」

 雨音が紅葉に、ピシャッと言った。


「…じゃ、咲良ちゃん、稽古しよう。次は僕が教えてあげる。まずは二人一組で練習して、間合いとか、防御のやり方を身に付けないとね…」

 雨音が咲良の手を引っ張り、板間へ連れて行った。


 彼は咲良に、鞘付き木刀を渡す。

 彼女はスムーズに抜刀出来ずに、モタモタする。



「もう仲良くなってるやん」

 紅葉が口を尖らせた。


 しばらく観察していた旭が紅葉に、

「雨音なんか、やめといた方がいいですよ。あいつ、バカ。本当に何も考えてないから」

 と、言った。


「別に…。そんなんちゃうけど。私はずーっと、鬼切を捜してただけです」

 紅葉の眸に涙が込み上がってきた。

 急に切なくなった。





 紅葉はふっと意識が飛んで、今朝方見た夢を思い出した。

 とても不思議な夢だった。



 まっすぐの道。

 土塀に瓦が載っていて、細い水路がある。

 辺りは真暗。

 街灯もないし、舗装されてない道だ。


 その世界は音がない。

 自分の歩く音も、風が柳の葉を揺らす音も聞こえない。


 月明かりに見えるのは、狭い範囲の建物だけ。

 いや、前に何かいる。

 黒い影が蠢いている。

 自分はその影に続いて、歩いて行く。


 やがて、影が朧げに色彩を帯びていく。

 まだはっきりしないけれども、かなりの数の何かが存在し、列をなしている。

 紅葉は列の最後尾にいる。



 紅葉は自分が、葵祭で見たような平安装束を着ていることに気付く。

 何枚も重ねた上に小袿(こうちぎ)を着て、紅長袴の裾を引いている。


 次第に行列の内容が見えてきた。

 紅葉は列の先頭に、黒い冠とおいかけを付けた武官の後ろ姿を見た。

 歩き方が踊るようで、奇妙だ。

 彼は長い(ほこ)を肩に担いでいる。


 次に見えたのは、雅楽の舞装束の男。

 不気味な仮面の歯をカクカク動かしている。


 次に、旗を高く掲げ、揺らす男。

 …そこまで見て、紅葉は首を傾げる。

 男達の骨格自体が、奇妙だ。


 次に、童髪に水干の子供。

 頭に一本の角がある!


 その後ろに、狩衣と指貫(さしぬき)を着たガマガエル。

 ガマガエルなのに、直立二本脚歩行している!

 ガマガエルと並び、後ろ足で立って歩く亀。

 何とも、目つきが悪い亀だ!

 ガマガエルと亀は、中型犬ぐらいの大きさ。


 そのまた次は、一本角と魚の(ひれ)のようなものが付いている、青い小鬼。

 隣りには、二本角と鶏冠(とさか)のようなものがある、赤い小鬼。

 後ろに、三本角とヘビのような尻尾が付いた、黒い小鬼。


 紅葉はこれが夢だとわかっていて、

「鬼の顔ぶれは違うけど、百鬼夜行絵巻を後ろから見て、一緒に歩いてるみたい…」

 と、思った。



 破れ傘の物の()、仏具や雅楽器のツクモガミが続く。

 読経するように唄う鬼。

 女物の着物を被っているのに、太い尻尾を隠しきれてないキツネ。

 ずるずると頭を引き摺る、赤い妖怪。


 着物を着て、袋状に伸びた長頭を持つ猫化け。

 その長頭の後ろに、もう一つ顔がある。

 のっぺらぼうの女が、紅葉を振り返って会釈した。

 その隣りに、草鞋(わらじ)だけが歩いている。

 彼等の周囲には、いくつも鬼火が浮かんでいる。


 列の後ろに行くにしたがって、鬼は大きく、凶悪さを増していく。

 虎のように四つん這いで、肩を揺らしながら歩く、骨ばった男。

 頭に角があり、舌が異常に長い。


 捻じれた一角を持つ、胸まで髭を伸ばした老人がいる。

 顔は皺だらけで、仙人のようにも見える。


 だが、どの鬼よりも、紅葉はすぐ側をゆく二匹の鬼の気配の大きさに身震いした。



 紅葉の側にいたのは、獅子のような茶髪と耳を持ち、狩衣を着た鬼だ。

 この鬼は一瞬、紅葉を振り返ったので、顔が見えた。

 片目は矢傷で失われ、黒く塗り潰されたような眼窩から、青い炎が零れていた。

 鼻筋が高く通って、横顔が整っている。


 この鬼は二本角で、人間を越える身長がある。

 右手に持った金棒…と言うか、重厚な鉄剣…を時々振り回す。

 斬る為の武器というより、元は装飾品のように見える。



 もう一匹は、カラスの翼を背負った、山伏の格好の鬼だ。

 二本の角は曲がって反り返る。

 ウシ科のガゼルの角に似ている。

 この鬼が一番長身で、下駄を履き、錫杖(しゃくじょう)を突いて歩いていた。



 紅葉はだんだん怖くなってきた。

 何故、彼女は鬼の仲間のように、この行列に混じっているのか。


 紅葉は夢の中で、

「私は嫉妬の余り、鬼になってしまった…」

 と、考えていた。

 自分が鬼になったことが、一番恐ろしく悲しかった。



 鬼の行列はいくつもの四辻を直進し、橋に差し掛かった。

 霧が流れるように、鬼達が橋を渡っていく。


 紅葉は橋のたもとに潜む、女の子に気付いた。

 咲良がいる。

 咲良もまた、紅葉と同じような格好をしている。

 小袿に紅長袴。


「鬼が行く。逃げて、咲良ちゃん!!」

 紅葉は心の中で叫んだ。

 音のない世界なので、声が出ない。


 咲良が怖そうに鬼を見詰めている。

 紅葉を見て、恐怖に顔を歪めている。



 そこで紅葉はゾッとして、寝汗をかいて目覚めた。




 

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