参捌 地獄行き鬼ツアー
1
熊井が山上達に提案した。
「実は私、マナブの居場所を知ってるんですよ。今度、鬼の新人研修があるんですけど、乗り込んでみませんか?」
山上達は呆気に取られた。
熊井は得意げに話した。
「マナブから連絡がありましてね。マナブ…、今時のイケメンで…、ちょっと顔の青白い、片目の鬼ですね。鬼の面接担当でした。ぱっと見、普通の人間でしたよ」
「マナブと会ったんですか!?」
咲良が聞いた。
「はい。私は何故か、即採用で。その場は契約書にサインしたんですけど、今じゃ興味もなくなりました。私でよければ、スパイをやらせてもらいます。私は真面目で誠実な男です。絶対に仲間を裏切らない」
熊井が力を込めて言う。
「サイン…しちゃったんですか?」
雨音が心配して、聞き直した。
熊井が鬼の研修について、簡単に説明した。
「京都駅出発で、福知山市の鬼の伝説の里・大江山に貸切バスで行く鬼ツアーがあるんです。人間の観光客を集めて、鬼の新人研修やるんです。マナブにも会えるし、ツアー客を助けることが出来れば、一石二鳥です」
「一般の観光客を…。行かなあかんやろなぁー」
山上は唸り、旭を見た。
「そうですね…。で、鬼になった酒井さんも来るんでしょうか?」
旭に問われ、
「さぁ。マナブを追っかけるって言ってたんだから、来るかも知れないですね」
熊井はスマホをインターネットに接続し、ツアーの申し込み画面を彼等に見せた。
「鬼になってみたい人、必見!! 鬼の里・大江山へバスで行く鬼体験ツアー」
聞いたこともない旅行会社のサイト。
ツアーの対象は、女性同士・カップル・家族向けになっている。
鬼の温泉宿に一泊するらしい。
「何ですか、コレ? 男同士はダメなの?」
「旭さん、私達も行きます。女の子は三人います」
紅葉が話に加わった。
「何言ってるの、紅葉ちゃん。わかってますか? 鬼に襲われるツアーなんですよ。自分を餌にして潜入するってこと!」
旭が止めたが、女の子がいないとツアーに参加出来ない。
熊井は旅行代理店のように、
「男女別室・グループ申し込みでもいいんですよ。大人男性二名様、高校生男子二名様、中学生女子三名様…と」
と、自分のスマホで入力を始めた。
山上と旭は会社があるので、日にちはお盆休みで予約した。
「じゃ、私にお任せ下さい。鬼の口座にお振込をよろしくー」
胡散臭い熊井がやっと帰った。
2
鬼ツアー当日の朝。
咲良が部屋を出て、お寺の庫裏玄関へ向かう。
彼女はリュックを背負い、トートバッグに鬼灯を枝ごと入れていた。
マナブに鬼灯を渡すつもりだ。
「咲良。鬼灯なんか持って、どこ出掛けるん?」
祖母が座敷から出て来た。
「紅葉ちゃんちに泊まってくる…。またパワースポットめぐり…」
「…そうか。鬼と天気に気を付けてな。カッパ持ったか?」
祖母は咲良の荷物を見た。
「おばぁちゃん。天気予報は晴れ、降水確率はゼロだよ」
「あかん。雨や。それも大雨。カッパ持っていきよし」
祖母が言い張った。
咲良は可愛いレインコートと、折り畳み傘を荷物に加えた。
祖母は彼女に、何故かアルミシートと水と非常食、懐中電灯を持たせた。
「ほな、これでええわ。お早いお帰り」
「行って来ます…」
祖母に送り出され、咲良はお寺を出た。
八月の空は澄み、朝から気温が上がって蒸し暑い。
「山登りじゃなくて、バスツアーなのに…」
咲良は首を傾げた。
3
紅葉は出発する前に、兄の蘇芳に全部話した。
「たぶん、無事に帰ってくると思うけど。一応GPS入れとくから、何かあったら私を捜して」
ベッドに寝転んでいた蘇芳は、無理して起き上がった。
「…そやから、あんなにしゅとーん部に近付いたらあかんて言ったのに。深入りしてしもて…」
パジャマ姿で、頭が重そうに立ち上がった。
「紅葉。例の刀持っといで。呪いの刀…」
「えっ!?」
紅葉はびっくりした。
「紅葉。あんたが夜中にこそこそと、持ち出そうとしてた呪いの刀や」
蘇芳が荒っぽい言い方で命令した。
「うんっ」
紅葉は慌てて、父親の書斎から刀の箱を持ってきた。
蘇芳はベッドの上に置かれた箱を、無言で見詰めた。
禍々しい封印の文字。
「あの一条戻り橋の鬼、鬮川マナブ…か。一度、高校剣道の大会で見たわ。長身を活かした上段からの攻撃を、変則的に使ってくる。攻めが多彩で、器用な人やった…。すばしっこいだけの雨音では勝たれへんな」
蘇芳が心の内で呟き、封印の紐を静かに解く。
彼が刀に手を掛けると、紅葉が慌てた。
「おにぃ!! やめて! 呪いがかかったらどうするの? その刀で斬り殺された人達の、怨みの念がこもってるんやろ。おにぃが鬼になってしまう…」
「咲良ちゃんが一度抜いたんやろ? 知ってるで。何となく」
蘇芳が呪いの刀を半分開き、そのぎらぎらした白刃を見た。
白刃に彼自身の顔が映った。
呪いの気配は、ない。
「ふーん。俺には日本刀の価値がわからへんな…」
蘇芳が抜き放ち、片手で刀をぶんと振った。
柄の辺りで、金属の音がカチカチ鳴った。
「おにぃ。白鞘は保護用やから。目釘がしっかり固定されてへんから、強く振ったら、刀身が柄から外れてしまう…」
紅葉が蘇芳の右手を止めた。
「どうしたら使える?」
「拵えに換えんとあかん。拵えは別の箱に入ってた。私は換え方知らんよ」
「取って来て。マナブ、殺さなあかんし」
蘇芳が言い、紅葉はぎょっとした。
「おにぃ、剣道の竹刀と、真剣の使い方は結構違うよ」
紅葉は泣きそうになりながら、江戸時代の打刀の拵えが入っている箱を持ってきた。
この刀・雷帝に合わせたものである。
「一緒や。対面して、間合いを計って、斬り合う。斬られる前に斬るだけや」
蘇芳は白鞘の刀を戻し、拵えの箱の上に置いた。
パジャマの上を脱ぎ捨てる。
「いつも行く武道具屋で頼んでみる。装着出来たら、紅葉を後から追い掛けるよ」
蘇芳が紅葉を部屋から追い出した。
「待って、おにぃ。最近寝込んでたから、体力落ちてるやん。また怪我してしまう。山上さんと雨音くんに任せて。おにぃに…もしものことがあったら……」
紅葉がドアを叩いた。
蘇芳は返事しない。
紅葉は時計を見て、咲良との待ち合わせ時間が迫っていることを知り、急いで家を出た。
4
午前十時。
待ち合わせはJR京都駅の北側バスターミナルだった。
目の前に、ロウソクの形をした京都タワーがそびえている。
京都駅から出て来た観光客で、ごった返している。
咲良と紅葉が到着した時には、コマチと取り巻き女子の煌星とスミレが来ていた。
取り巻き女子はコマチを見送りに来たらしい。
学校の鬼談の時、コマチの友達二人もあんなに怖い思いをしたのに、ちっとも懲りてない。
「後で話聞かせてなー」
「コマチちゃんから全部聞いてる。うちらも鬼見たいわー」
二人は浮かれ、キャッキャッと話す。
雨音と雲林院、旭、山上が来た。
「君ら、マジで観光気分でしょ。何しに行くか、知ってますよね…。本当に危険なんですよ」
旭が怒り出し、コマチが、
「旭さんこそ。温泉で覗かないで下さいよ」
と、言い返した。
「は? 私は女に興味ないんですけど」
旭がムキになりかけたところで、山上が、
「行こか。もうバス来てる」
と、彼女達を連れて、乗車口に向かった。
バスの外側は平凡な観光バス。
「思ったよりたくさんの人が、このツアーに申し込んでるんだね…」
紅葉と咲良は乗車口の列に並ぶ人を見た。
鬼をイメージして角を付け、コスプレしている男女の双子がいる。
着物で京都観光を楽しむ、女子大生二人組。
可愛らしい美少女姉妹と、怖そうな母親。
わがままそうな若い奥さんと、おとなしそうな夫。
病気の母親と孝行娘。
一人旅の女の人など。
そこへ、紺の制服を着た運転手が旗を持ってやってきた。
頭に本物の角が生えているが、鬼をイメージしたコスプレに見える。
咲良は運転手を見て、すぐに気付いた。
百鬼夜行の夢で見た、先頭で旗を持つ青鬼だ。
バスは妖気に包まれていた。
旗を持つ青鬼に、妖怪じみた添乗員。
鬼になりたがっている、奇妙な観光客達。
ツアー客より先に、旅行会社のスタッフと称する魔物達が乗り込んでいく。
咲良と紅葉がいつか見た百鬼夜行と同じ鬼がいる。
魚の顔をした鬼や毛むくじゃらの獣の鬼、キツネの耳が生えた鬼、唐傘を被った子供、雅楽の楽器から手足が生えたツクモガミ。
亀の甲羅を背負った鬼、着物を着た化け猫が、今日は人間のふりをして、すましてバスに乗った。
「すごーい。本物のツクモガミみたいだったー!!」
美少女姉妹が喜んだ。
「よく出来てるわねぇー。ゆるキャラの着ぐるみみたいなもんかしら? それにしちゃ、痩せてたけど」
姉妹の母親が感心して言う。
青鬼がツアー客のチケットを確認し、妖怪じみた添乗員がカードを差し出した。
ババ抜きみたいに、
「一枚選んで下さい…」
ツアー客は一枚ずつ抜いて、バスに乗って行く。
紅葉の順番が来て、添乗員が大きなギョロ目で見下ろした。
「一枚選んで下さい。鬼ツアーの催しです。あなたの役が割り振られるから」
タロット占いぐらいの大きさのカードを、紅葉が一枚引く。
紅葉の引いたカードの裏には、不気味な鬼の絵が描かれていた。
「鬼です。あなたは鬼の役でお願いします…。私達添乗員が何か言ったら、拳を突き上げて、オーッと、鬼らしい声を上げて下さい…」
添乗員が暗い声で告げた。
次に咲良がカードを引いた。
葵祭の采女のような絵が描かれていた。
「おおっと。巫女姫です。このカードは五十枚のうち、たった一枚です…。このカードを引くあなたの運は…」
添乗員が言葉をぼかした。
コマチと山上、旭、雨音と雲林院は、逃げ惑う人間の絵のカードを引いた。
添乗員は人間のカードについて、
「あなた方は人間です。鬼から逃げる役をお願いします…。そのタイミングが来たら指示をしますので、鬼を怖がって逃げて下さい…」
と、言った。
ツアー客の約半分が、人間のカードを引いたらしかった。
咲良と紅葉がバスに乗り込んだ。
床には黒いマットが敷かれ、客席の窓は全て、黒いカーテンで閉め切られている。
お化け屋敷のように真っ暗だ。
ところどころ、鬼火のような赤いライトが射している。
他人の話し声で位置を感じ取り、シートの間の通路を手探りで進む。
しゅとーん部のメンバーの席は、一番奥の二列。
バス内の何ヵ所かに分かれ、鬼のスタッフが座っている。
紅葉とコマチは地底の鬼屋敷を思い出す。
網棚には鉄の鎖が巻かれ、シートの手摺には釘が打ち込まれている。
壁はざらついた岩屋のようで、天井からは髑髏がぶら下がっていた。
その髑髏は精巧過ぎて、玩具に見えない。
むしろ、本物なんじゃないかと思う。
山上ですら、気持ち悪がった。
しかし、着物の美人女子大生二人は喜んだ。
「いいね、この雰囲気。本当に鬼になって旅行してるみたいー」
二人は髑髏を撫で、記念写真を撮った。
BGМに能の音楽をアレンジした、デスメタルが流れていた。
何を言ってるのかわからない、低い濁声のシャウト。
シートは黒と褐色のマダラ。
不安を煽るような、気持ち悪い配色だった。
「ご丁寧に、シートに血みたいな赤黒い点々が付いてるよ…」
「本物の血飛沫が飛び散ったみたいだねー」
ツアーに参加した病気の母親と、優しく付き添う娘も、この血飛沫を見て喜んでいた。
熊井が現れた。
彼は熊の面を頭に被り、バスのステップを昇ってきた。
熊井は咳払い一つして、マイクを握った。
「えー、本日は鬼ツアーをご利用いただき、ありがとうございますー。私は添乗員の熊男ー。こっちの添乗員は刑務所帰りの鬼・猿男ー。運転は地獄の青鬼ー、控えの運転手は指名手配中の殺人鬼・蛇男が務めますー。よろしくー」
「何ー? 変なのー」
奇妙な紹介を冗談だと思って、ツアー客はどっと笑った。
熊井はスタッフの鬼達を紹介した。
「えー、魚の鬼の鯉太郎さん。人間の肉を齧ることに恋してます。獣の鬼の毛皮さん。人間の皮を剥ぐことが好き。キツネの鬼のコン子さん。人間を化かすことが生き甲斐です。…唐傘お化けの傘丸坊や。穴が開いているので、雨の日は使えません。雅楽器のツクモガミ、筝さんと五弦さん。二人で奏でる愛のハーモニー、ご堪能下さい…。亀の鬼の亀右衛門さん、寿命は万年。化け猫のタマさん、好きな食べ物は油と人間です。よろしくー」
そして、
「それでは、鬼の里に向け、出発しまーす!!」
熊井がデスメタルに負けない汚い声を張り上げた。
5
熊井は最前列のシートに座る客に笑いかけ、その肘掛に腰を下ろした。
「当バスは羅城門を通りましてー、都に入りまーすー。鬼の温泉に宿泊ー、その後、大江山へ参りまーす」
「羅城門、地図にないし」
旭が山上に言った。
「平安京の羅城門と朱雀門は、鬼の物語の舞台。現在の場所で言えば、羅城門は京都駅の南で、朱雀門は二条城の裏辺りやな」
山上が答えた。
「源頼光や渡辺綱みたいに、大江山へ鬼退治に行くわけだ。な、雨音」
旭が雨音を振り返った。
雨音は紅葉と咲良、コマチに、
「今日は絶対、僕らから離れないで下さい」
と、念を押した。
「この人数、どうやって守る?」
山上は深刻にバス内を見回す。
咲良は少し不安になってきた。
「ねぇ、紅葉ちゃん。大江山って確か…、酒呑童子と茨木童子が…」
「そう、棲んでたとこ。丹波は土蜘蛛の舞台にもなってる。丹波マツタケも丹波栗も秋が旬やし、今日は何を食べさせてもらえるんかなぁー?」
紅葉が手探りで、パワスポマップの資料を見る為、タブレットを鞄から取り出した。
「紅葉ちゃん、そんなの持って来たんだ?」
「うん。咲良ちゃん、六道珍皇寺って知ってる? うちらのパワスポマップに載せたいの。今度一緒に行こう。この世と地獄を繋ぐ井戸がある…。平安時代、小野篁がこの井戸を通って、地獄に行ってたらしいよ…」
紅葉が声を潜めた。
「小野篁って、小野小町の親戚?」
咲良は隣りのコマチを見た。
「たぶんね。この井戸は一般公開されてへんねん。垣根越し、目を閉じてそっと気配を窺うだけ…」
紅葉は残念そうに言った。
熊井はデスメタルに合わせて飛び跳ね、中央の通路を行ったり来たりした。
「鬼ツアー、それは鬼を体験するツアーです!! 今からあなたは鬼になる。あなたも、あなたも! それがどーいうことなのか、説明しまーす…」
熊井は絶叫マイクパフォーマンスを始めた。
「鬼って、何ですかぁー!? お答えしましょう。生前は人間だったけど、世を恨んで死んでいって、もしくは生きたまま世を呪って、人を食う化け物になってしまうことでーす! 昔はそんな暗い話もあったけど、現代は違うー。みんな、楽しく鬼になっちゃおー!!」
「オーッ!!」
鬼役のカードを引いた客達が鬼らしい太い声を出し、拳を突き上げた。
熊井と添乗員・猿男が、バスの中をライブで盛り上げようとしていた。
「熊男さん…。鬼になりきっちゃって。ノリ良過ぎじゃない?」
旭が呆れ、呟いた。
熊井はますます声を張り、デスメタルに合わせ、忙しく跳ね歩いた。
「鬼の視点で、世の中を見てみましょうー。毎日に疲れて、ストレス溜まってませんかー。嫌なことは忘れちまいましょー。面倒なことは後に回しましょー。しんどいことは考えるのをやめましょー。頑張ったって、いいことがありますかー!? 重い責任が伴うことは何もしないで、好きなことだけダラダラやって逝きたいと思いませんかー!?」
熊井はマイクを投げ捨て、絶叫した。
「いいんですよぉー、そうしちゃって下さーいー。ルールなんか必要ない。欲しいものは独占したいー!! 誰が泣こうが、知ったことじゃなーい!! 誰に何を言われようが、蚊に刺されたほどにも感じなーい!! 今この瞬間、隣で他人が死んだって、関係なーい!!」
熊井が喚き散らし、バスの中が異様な空気に包まれた。
「そうだー!!」
誰かが叫んだ。
「そうだー!! いいぞー!!」
鬼コスプレの男女の双子だ。
とてもおしゃれな子達で、年は十八歳ぐらい。
「何か、めちゃくちゃですねぇ。あのガイドさん…」
前の列に座る着物の女子大生が、雨音と雲林院に話しかけた。
人懐っこい笑顔で、話しやすい印象だ。
彼女はその場の空気に飲まれ、明るく笑っている。
「雨音。あの熊男ってオジサン、鬼の契約してしもたんやろ。てことは、もう信用せん方が…」
雲林院がポテトチップスを食べながら言う。
紅葉は黙って、鬼役のカードを引いた客達を眺めていた。
一番前の列の夫婦、若い奥さんが特にエキサイトしている。
他には、鬼コスプレの双子もドラッグを吸ったみたいな、異常なテンションで笑い転げている。
彼等は熊井の呼びかけに答え、何度も拳を突き上げている。
「ね、紅葉ちゃん。あれは東寺…?」
窓際の咲良が黒いカーテンをそっと摘み、内緒で外を見ていた。
カーテンの僅かな隙間から、光がバスの中に零れた。
「ほんまや…」
紅葉もカーテンの隙間から、外を窺った。
ちょうど、東寺の南大門と五重塔が見えた。
バスは東寺の手前を通っているようだ。
そして通りを曲がり、新幹線の高架下を潜ろうとしている。
その高架下が、とても黒々としている。
コンクリート打ち放しの太い支柱が、闇に続く門に見える。
ドクン…、ドクン…、空気が鼓動を打っているように感じる。
「もしかして、熊男さんが言ってる羅城門って…これかな?」
ここは京都駅からすぐ近く。
かつての羅城門は、東寺の近くにあったと聞く。
バスが高架下を通過した。
咲良と紅葉は軽い衝撃を感じた。
目に見えない薄い膜を、バスが突き破ったみたいに思った。
「この感じ…。八坂の門以来や…」
紅葉が呟いた。
外の世界が一段暗くなった。
信号が黄色から赤に変わったのに、バスがそのまま直進した。
他の車のブレーキ音がけたたましく聞こえた。
「そこの人。カーテン閉めて下さい…」
添乗員の猿男が咲良に注意した。
バスが二条城の裏を通り過ぎ、また一段と外が暗くなった。
最早、夜にも感じられる。
熊井が咲良の傍まで来て、カーテンを閉めた。
「ダメですよ。おとなしく言うことを聞いて下さい。このバスには鬼がたくさん乗ってるんです。もし、しゅとーん部だと知られたらどうするんですか。私に任せて下さいよ。うまく鬼を欺きますから」
熊井が目配せした。
ぱらぱらと屋根に雨が当たり始めた。
天気予報を裏切る雨が、勢い激しくなってバスを打つ。
咲良は我慢出来なくなって、またカーテンを小さく捲った。
外は何も見えない。
街の灯りすらない。
バスは速度を落とし、地道を走るようにボンボンと跳ねた。
今時、アスファルト舗装されてない公道なんて考えられない。
山上も異変に気付いた。
「何か変やな。鬼の温泉に寄るって言ってたけど、今、どっち向かって走ってる?」
「ヒヒヒ…。大江山へ行く前にー、地獄に寄り道しまーす…」
添乗員の猿男がマイクで嗤った。




