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参肆 落雷を捕まえて 


 スーパーの食品売り場。

 一般客の視線が、揉めている雨音とマナブに集中した。

 二人とも目立つ容姿なので、あっと言う間に野次馬が集まり、売り場の責任者らしき制服の男が近付いてきた。


「ちょっと…君、それ、見せてくれる?」

 売り場の責任者が眼鏡を光らせ、雨音の刀ケースを見た。

「本物の日本刀ですよ。銃刀法違反じゃないのかなぁー」

 マナブが手にしていたオレンジをカゴに入れた。


「本当に日本刀なの?」

「模擬刀です。居合用の」

 雨音は嘘をついた。

 刀ケースには、盗品の鬼切が入っている。


 責任者が雨音の刀ケースを掴んだ。

「君…、ちょっと奥まで来て。困るんだよね。こんなとこで知らない人が見たら、模擬刀か本物か、見分けがつかないでしょ…」

 と、彼の言葉を疑っている。


 雨音は身を捩じり、

「マナブさん、さっきの話…」

 と、叫んだ。

 マナブはちらっと見て、

「最初に鬼を見たのは誰なの? そいつに聞いてみたら?」

 と、ヒントを出した。


 しかし、売り場の責任者に対して、

「警察を呼ぶべきでしょ、やっぱりねー」

 と、一つ残った片目で見詰めた。

「そうですね、警察を呼ぼう…」

 責任者がマナブの暗示にかかり、携帯電話を出した。

 雨音は冷や汗を感じた。


 そこへ、

「何かありました? 警察ですけど…」

 酒井が勤務中の制服姿で現れた。

 抜群のタイミングの登場で、雨音は胸を撫で下ろした。




 酒井が雨音を預かる形で、スーパーの駐車場まで出た。

「ぶぁか野郎!! 紅葉ちゃんが泣きながら山上さんに電話してきたってよ!! おまえ、何やってんの!? 蘇芳くんを巻き込んだ? しかも、マナブと一緒におるし…」

 酒井が目を白黒させ、怒鳴ってきた。


「早いですね、酒井さん」

 雨音は感心した。


「酒井さん。ちょっと送ってほしいとこあるんですけど」

 雨音は誰かに電話をかけながら、酒井に頼んだ。

「おまえねー、相当図太い神経してるね…。ええけど。…それより、雨に濡れたんか、服湿ってるぞ。風邪引くから着替えよし!」

「僕、道着しか持ってません」

 雨音はパトカーの中で、居合道着に着替えた。


「ええんちゃう。おまえはやっぱり、チョンマゲと袴がよう似合ってるわ」

 酒井が制帽を斜めに被り、パトカーのハンドルを握り締めた。

 発進したパトカーには、酒井の職場の相棒が同乗していたが、話がよく呑み込めてなかった。


「雨音。俺、雷神の絵、描けたよ。首塚神社の時のマナブと、鞍馬の鬼のイメージで…。我ながらうまく描けたと思う。近いうちに見せたる…」

 酒井は絵を描き上げたらしい。

 興奮して、少し様子がおかしかった。


 雨音は同級生と待ち合わせた駅前で、酒井と別れた。





 最初にR高のグラウンドで鬼を見たのは、剣道部二年の雲林院(うじい)

 蘇芳が言った通り、いつも菓子パンを食べているか、ヨダレを垂らして寝ている。

 部活の時は別人みたいにキビキビと動き、鋭い技を見せる。



 雲林院は道着の雨音を見て、

「雨音って、普段からそーゆーカッコなん?」

 と、呑気に話した。


「雲林院が見た鬼、本当に学校にいたんだ。蘇芳さんがやられてしまった」

 雨音が打ち明け、雲林院は普通の人とテンポの違う会話を続けた。

「ふぅーん。蘇芳さんでも勝てなかったの? おまえ、何してた? 見てただけ?」


 雨音は結論を急いだ。

「雲林院、鬼がどこにいるか、わかる?」

「俺が見た時はサッカーゴールの横に立ってた。気持ち悪かった…。何か、俺の方をじっと見てて、何の用やろ?って思ったんやけど、用は雨音にあったんやな…」

 雲林院は鬼の考えていることがわかるみたいに話す。


「雨音、あの鬼の子供を見た? 祇園祭のお稚児さんみたいな着物着てたで。いつから知り合い?」

「ずっと昔から。千年ぐらい前から」

「あの鬼、千年も子供なの? 雨音、あの鬼を捜してるんや? 雷神の子供やから、雷と一緒に空から落ちて来ると思うよ」

 雲林院は人差し指で夜空を指した。


「そっか、空か…」

 雨音は空を仰いだ。

「雷雲を追いかけよう。どこが一番近い?」

 二人は高い建物を探し、見回した。





 翌朝。

 病院に運ばれた蘇芳は、意識が無いまま、点滴を受けていた。

 紅葉は兄のベッドの側で椅子に座り、心配そうに付き添っていた。


 蘇芳の顔には死相が浮かんでいる。

「おにぃ…、はよ目を覚まして…」

 紅葉と彼らの両親が、祈るように見詰めている。


 医者はこのままでは危ないと言っていた。

 蘇芳の体が冷えていき、今は湯たんぽが布団に差し込まれている。

 機械のモニターに映し出された脈拍など、数値はかなり低い。




 蘇芳は頼光の夢を見ていた。


 頼光が晴明の式神の猿男に助けられ、一条の自宅に戻った。

「源次が死んだ…」

 悲しみに暮れる頼光。

 彼は自分を責めた。



 しかし、翌朝、源次が何事もなかったかのように帰宅した。

 彼の袍には穴が開いていたが、体を貫いた怪我は何故か消えていた。


「源次!! おぬしは死んだはずじゃ…!!」

 頼光は鬼の世から生きて還ってきた源次を、驚愕して迎えた。

「おぬしは人か!? それとも、鬼か!?」


 鬼とは何ぞ?


 かたちが変わる。

 かたちが異質なものに。存在が異質なものに。



 源次のおもては、何ら変わらない。

 容姿端麗。

 この時代にしては背が高く、鍛えているからがっちりと体格も恵まれ、足が長いので乗馬する姿も颯爽としている。


 どうやって、源次は鬼から逃れたのだろう?

 頼光は源次の着物の穴を見詰め続けた。

 どうにも納得できないものを感じた。

「源次は鬼じゃ…。父上が仰せついた通り」

 頼光は確信した。





 咲良とコマチはしゅとーん部で待ち合わせた、山上の車に乗った。

 運転は、旭。

「酒井は勤務中。今日は来れへんらしい。雨音は別行動」

 山上が言った。


「雨音、どこ行ってるんですか? こんな時に」

 運転しながら、旭は苛々して言う。

「酒井が見た時には、マナブと一緒にいたらしい。そこから先はR高剣道部の同級生と、どっかに鬼追いかけて行ったらしいよ…」

「雨音くんがマナブと?」

 咲良が山上に聞き返した。


「えー!! 雨音くんに会えると思って来たのにー!!」

 コマチが叫び、旭がキレそうになった。

 紅葉の兄が昏睡状態だと言うのに…。

「じゃ、帰っていいよ。コマチちゃん」

 女嫌いの旭がズバッと言った。


「まぁ、そう言わんと。コマチちゃん、雨音を追いかけられるアンテナ持ってるのは、酒井ぐらいなんや。一応、俺らも今から、酒井のアドバイスに従って鬼を捜す…。雨音と合流するつもりやし」

 山上がコマチを宥めた。


 前回、鬼に真剣を折られた旭は、山上の刀を借りてきていた。

 山上は御神刀・東雲を車に積んでいる。

 咲良は神泉を持ってきている。

 はっきり言って、コマチは足手まとい以外の何ものでもない。


「何かあったら、戦うのは俺と旭と雨音やから、コマチちゃんと咲良ちゃんは心配せんでええよ」

 山上が気遣った。

「私も戦います。鬼なんて怖くないし」

 コマチが鞄から裁ちバサミを取り出し、生意気に言った。

 咲良はハサミを見て、溜息をついた。



 車は北野天満宮の前を通り過ぎ、西へ走った。

 この辺りには金閣寺や龍安寺、御室の仁和寺(にんなじ)がある。

 もう少し進むと、嵐山。


「仁和寺の法師、徒然草(つれづれぐさ)に出て来ますね…」

 旭が呟いた。


「咲良ちゃん。あれが君らの話してた、双ヶ岡(ならびがおか)やで。京の都を囲む三つの丘のうちの一つ。吉田神社のある神楽岡(かぐらおか)、建勲神社のある船岡山、それと仁和寺の向かいの双ヶ岡な。あの丘には、秦氏の時代の古墳がある…」

 山上が助手席のウィンドーを下げ、説明した。


 嵐電北野線の小さな御室仁和寺駅の向こうに、木の茂る丘が見えた。

「船岡山より、ずっと小さい丘…」

 咲良が感想を漏らした。

「船岡山より奥行があるで。ま、割と低いな。特に鬼の気配はせぇへんな…」

 山上は旭に目で合図した。



 駅の北側正面には、仁和寺の仁王門があった。

 暖簾のような垂幕が風の音を立てる。


「とりあえず、仁和寺と大覚寺を回ろうと思う。雨音はこっち方面に向かってる。…俺は仁和寺、結構好きやで。雰囲気とかね」

 山上が咲良達を連れて石段を昇った。

 朱塗りの楼門と違い、木材が黒ずんで地味な感じではある。

 外国からの観光客と擦れ違う。


「御室桜の季節が一番やけどね。金堂は国宝、江戸時代の内裏・紫宸殿を移築してる。ここの御殿の入り組んだ渡殿と、庭園も好きや。縁側を曲がるごとに庭の見せ方が変わる。江戸時代の御所のイメージを伝えてくれる…」

 山上はさっさと中へ入っていった。

 旭は刀ケースを担ぎ、山上の後ろをゆく。

「雨音くーん、どこぉー!?」

 コマチが続いた。



 御室桜は四月の後半に、他の桜に遅れて咲く。

 今日の観光客は、予想していたよりも少ない。

 京都の真夏が強烈な暑さだからか。


 咲良は早く鬼を捕まえたくて、気が急いた。

 観光気分には浸れなかった。

 それでも、渡殿を歩くうちに、心が少しずつ過去の世界に呼ばれていくようであった。

 平安時代はこういう襖や障子ではなくて、御簾が掛かっていたことだろう。

 庭園ももっと雰囲気が異なったことだろう。



「仁和寺に、三年に一回だけ公開されてる孔雀明王の絵があってな…。三面六臂(ろっぴ)で、中国の北宋時代の輸入もんなんよ」

 山上が説明し、旭は興味さなそうに欠伸した。


「三面六臂って、鬼みたい…」

 と、咲良は思った。

 興福寺の有名な阿修羅像が思い浮かんだ。


「うん、飛騨の両面宿儺(すくな)の伝承は聞いたことあるか? 頭が二つ、手足が四本ずつの鬼や。結合した双生児やったんかも知れへん。実在した可能性はあるね…。きっと地元では、神として崇められたんちゃうかな」

 彼等は御殿を見終わって、金堂と五重塔へ足を向けた。



 蒸し暑い風が吹き、蝉が騒がしかった。

 彼等はハンカチで汗を拭いたり、手で団扇にして仰ぎながら、五重塔を見上げた。

 東寺の五重塔とは、また趣が少し違った。


 仁和寺の五重塔の高さは、約36メートル。

 この辺りに他に高い建物はなくて、御殿の庭からも見えていた。

 ちなみに、東寺の五重塔は高さ約55メートル。


「五重塔って、すぐ焼けてしまうんよ。雷落ちるから。室町時代の京都には、相国寺の七重塔があって、100メートル超えてたらしいけど」

 山上が呟いた。

「へぇ…」

 咲良は緊張して、胸を押さえた。



 咲良の頭の中では、歌川国芳の雷神の絵が動く。

 ユーモラスな表情の雷神が太鼓を打ち鳴らし、黒い雲を走らせる。



 現実でも少しずつ、西から空模様が崩れつつあった。

 低く湧いた灰色の雲が、彼等の方へ近付いてきた。





 雨音と雲林院は広沢の池に来ていた。

 ここは日本三沢の一つで、平安時代から月見の名所だった。

 昔は遍照寺の大伽藍が取り巻く庭園の一部であったけれど、今は自然に包まれている。


 山に囲まれた、のどかな田園風景。

 釣り人が糸を垂れ、子供が虫取り網を持って走っていく。

 青々とした稲が風に吹かれ、カエルが鳴いている。


「カエルが鳴いてる。雨来るかも…」

 雲林院が呟いた。


 雨音は広沢の池を一心に眺めていた。

「ここ、何かいる…」

 晴れていれば、青空と遍照寺山が映り込む。

 春には、桜。秋には、コスモス。

 遠く見えるのは、愛宕の山か。


 歩いて行ける距離に、大覚寺がある。

 仁和寺に行くには、バスに乗らなくてはならない。


「何がいるの? 池やから、やっぱり龍神? あそこに祠があるよ」

 雲林院が指差した。

「龍神? 何か、もっと別の…」

 雨音は何か考え込んでいた。



 ふと、雨音が顔を上げた。

「…近くに咲良ちゃんが来てる…。山上さんも…?」

 彼は空気の匂いを嗅ぐように、クンクン鼻を鳴らした。


 彼は空を流れる雲を見上げ、

「ヤバい…! 来るぞ、雷が…」

 と、走り出した。


「雨音! そこにバス停あるよ!」

 雲林院が池の側にバス停を発見した。

 たまたま、バスがちょうど到着したところで、彼等は行き先も見ずに飛び乗った。





 山上は自分の耳を疑った。


「今から、ここに雷を落とします」

 咲良が五重塔を指差して言う。


「はぁ!? 咲良ちゃん、わかってる? 重要文化財なんやで!! 古い建物なんやで!!」

 建築士の山上が叫んでいた。


 咲良は唾を飲み込み、

「はい、わかってます。私も火事を出すのはイヤです。雷神が落ちたら、山上さんが捕まえて下さい…」

 と、鞄から神泉を出した。

 雷を呼ぶ神刀だ。

 今までにも、何回も雷を落としている。

 山上はぎょっとした。


「咲良ちゃん、本気!? 待って、考えさせて。どうやって、雷神を捕まえたらええか…」

 山上は焦ってしまい、頭の中が白くなった。

 しかし、彼等を待たずに、空を雲が覆っていった。

 ぽつぽつと雨が降り出した。


 咲良が神泉を取り出した途端、雲の上から、ゴロゴロ…と微かに雷鳴が聞こえてきた。


「雷神をどうするんですか、咲良ちゃん?」

 旭が聞いた。

「雷神を捕まえて、蘇芳さんとこまで連れて行くんです」

 咲良は一生懸命考えたことを話した。

 コマチが横で笑い出した。


「咲良ちゃん、ポエムや。それは鬼の話とちゃうわ。メルヘン過ぎるわー」

 コマチは腹を抱えて笑った。


 山上は頭を抱え、自分の頭を何度か殴った。

「しっかりせぇ、しっかり、山上主税…」

 彼は旭の担いでいた刀ケースから、神剣・東雲の入った袋を取り出した。

「わかった、やってみよう。いつでもええで、咲良ちゃん。蘇芳くんの命がかかってる。やるしかないな…」


 コマチは呆れ、手を腰に当てて言った。

「山上さん! そんなの、無理に決まってるじゃないですかぁー。絶対、五重塔が炎上しますよー。うちら、警察に捕まるんちゃう? 重要文化財に雷落として、燃やした罪で…」

「そんな罪ないし」

 旭は参道側に立ち、辺りを見張った。

 急に降り出した雨で、観光客が休憩所へ走っていく。


「じゃ、やってみます…」

 咲良が柄に手をかけた。


 コマチは背筋がゾクゾクするのを感じた。

 ただならぬ空気が、咲良の手にした短剣から漏れていく。

「何が始まるの? 咲良ちゃん、君に何が出来るん?」


 彼等を降り出した雨が叩く。

 参道の石畳が濡れる。

 周囲の木々も、青さを増す。

 視界が雨でぼやけていく。



 咲良は神泉に語りかけた。

「行くよ、神泉…」


 白刃が露わになってゆく。

 きらきらと眩く光を放つ。


 閃光が走り、雷鳴が響いた。


 山上は刀袋の封を開いた。

 彼等の服を濡らし、雨がざぁざぁ音を立てた。


 咲良が思い切って、滑らかに神泉を抜き出し、切先を五重塔の頂に向けた。

 五層の屋根の一番上、その上には、心柱に相輪という輪が付いている。

 輪は九つ。

 その上に透かしの飾りがあり、更に上には竜車と宝珠という部分がある。

 槍のように細長い部分だ。


 空から鉤状の光が走った。

 心柱と相輪を直撃した。



「ひゃーああ…ああ…」

 踊るように、雷神の子供が回転しながら落ちてきた。

 藍色の光を身にまとい、一本角の子供が屋根の上に滑り落ちた。


 ぼん、とオレンジ色の炎が屋根に広がった。

 鬼火が雷神の子の全身から飛び出し、瓦の屋根に火の粉を撒き散らした。


 何枚かの瓦が弾け、粉々になって吹っ飛んだ。



 咲良と鬼の目が合った。

 鬼は屋根を滑りながら、にゃっと嗤った。

「ふぁー、ふぁー。…誰かと思えば…。僕を呼んだのは、君か…。ふぁー、ふぁー、はぁー…」


 落ちる途中、鬼は垂木に爪を立て、軒下にぶら下がった。

 鬼だけが雨を弾き、景色の中で鮮明だった。


 先刻、咲良が思い描いていたような、絵的な景色だった。



 五重塔の屋根が容赦なく、炎に包まれていく。

「どうせいっちゅうねん!」

 山上が東雲を抜いて、叫んだ。

 炎はめらめらと燃え広がる。


 咲良は鬼に向かって、

「蘇芳さんの魂を返してよ!!」

 と、怒鳴った。


「やだね…」

 子供の鬼は屋根にぶら下がり、懸垂をするように腕の力で上下した。


 コマチはぶるぶる震え出して、咲良の服を引っ張った。

「どうしよう。燃えてしまうー。五重塔が燃えてしまうー!!」

「あー、もう。邪魔なんですよ、コマチちゃん。黙ってて下さい!」

 旭が遂にキレた。

 コマチと旭が口論になった。



 山上と咲良が見ている前で、五重塔に炎が広がっていく。

 鬼は一番下の屋根まで滑り落ちてきて、二人を見下ろして嗤った。

「ひゃはは…、勘弁してよ…。僕はもう、空へ帰る…。君らに捕まったりなんかしないよ。頼光の魂は、もうすぐ食べ終わるから…」


 鬼は口の中から、白く光る何かを引っ張り出した。

 それは、蘇芳の魂の未消化の部分。

 もう原型を留めていない。


 白い水飴みたいになって、鬼が指で引っ張ると、長く伸びた。

 鬼は旨そうに、人の魂を口の中へ戻した。


 咲良は悲しそうに鬼を見ていた。

「どうして、蘇芳さんを食べちゃったの…? 雷神の子、玉雷(たまいかづち)…」

 咲良が鬼の名を思い出した時、鬼はびくっと身を震わせた。


 鬼は髪を逆立て、眸を月のように照り輝かせた。

「鬼ごっこするかい…? 今度は君らを食べてあげるよ…」


 鬼の姿が雨の中に消えた。

 咲良と山上は慌てて見回した。


 鬼の気配は辺りに濃厚に漂った。

 ただ、鬼の居場所ははっきりとしなくなった。





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