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参参 蘇芳の魂


 蘇芳の振り下ろした竹刀を、一歩下がって雨音が避けた。

 蘇芳は力尽きて、濡れた芝生に転がった。


 蘇芳の上半身から、頭が半分割れた鬼が顔を出した。

 鬼は風が吹くような声で、

「僕を斬らないの? 斬ってみなよ、源次…」

 と、雨音を嘲った。


 鬼は色褪せた水干を着て、菊綴の飾りがほつれかけている。

 不揃いの短髪と頭頂の一本の角、白目が黒く、黒目が白い。


「蘇芳さん!!」

 雨音が呼んでも、蘇芳は動かない。


 雨音は今まで、人間ごと鬼を斬ってきた。

 カエルの鬼に憑かれた、中学生の菊井を斬った。

 のっぺらぼうの鬼女・鶴に憑りつかれた女を斬った。

 でも、蘇芳は別格だ。

 雨音は雨に打たれ、立ち尽くした。


 蘇芳が声を絞り出した。

「…ええで。雨音…、こいつと一緒に斬ってくれ…」


 鬼が蘇芳の首筋に齧りついた。

 血が零れ、鬼の顔と蘇芳のシャツを汚した。

 雨音は自分が怪我をした時より痛そうな悲鳴を上げた。

「やめろ…! その人には手を出すな…!」


「人間の血、これが鬼の力の源…。飲みなよ…。だって、君も鬼じゃないか……」

 鬼が誘った。

「…鬼…? 雨音…が…?」

 蘇芳は次第に、意識を失った。



 雨音は地面に太刀を投げ出し、ぶざまでも何でも、鬼に土下座して頼んだ。

「蘇芳さんを放してくれ。お願いだから…」

 雨音が涙声になった。


「いつもクールだったのに、今はカッコ悪いね…。ほら、もっと這いつくばれよ…」

 鬼が蘇芳の首に爪を立てた。

 蘇芳の喉を引き裂く真似だけで、雨音は縮み上がった。

「わかった。何でもする…。オレを代わりに食ってくれ…!」

 雨音は額を地面に擦り付けた。


 一本角の鬼は、雨音の額の絆創膏を見た。

「一つ目の小鬼の目玉か…? 許せない。僕らの仲間の目玉を盗んだね?」

 恨めしそうに囁く鬼。



 雨が激しく降りしきり、風が渦巻いて、校庭の木々の葉を散らした。

 灰色の校舎が暗い雲を背負っている。


 鬼は蘇芳の喉に三本指を差し込み、何かを引き出した。

 白く光る半透明のもの。

 ずるずる長く引き出していく。



 蘇芳は浅い眠りの中で、自分の体が脱皮するように、外側を剥がれていくのを感じた。

 気持ち悪かったが、全身縛られたように動かず、とても重たい。

 感覚だけが蘇芳に残されている。


 喉がちくんと痛かった。

 雨に混じり、首を生温かいものが流れていく。

 血だろう。

 そして、薄皮を剥がれるように体の外側が剥がれていく。

 服を脱ぐ感覚にも似ているが、服じゃない。



「ああ…! それだけは…やめ…」

 雨音が悲鳴を漏らし、鬼に手を合わせて頼む。

 蘇芳の体から、魂が引き抜かれていくのが見えた。


 蘇芳は目を開かず、睫毛を微かに震わせた。

 何かから指が抜けていく感覚。

 手袋を脱ぐように。

 何かから足が抜けていく感覚。

 体が冷えていく。


 鬼が蘇芳の魂を抜き取り、ゆるゆると空を昇っていく。

 鬼は右手を振り上げ、

「動くな、君の鬼切の太刀に雷を落とすぞ…」

 と、脅した。


 グラウンドを囲む緑色のネット越しに、空をジグザグに裂く雷が見えた。

 雨音も蘇芳も全身びしょ濡れで、近くに落雷したら感電しそうだった。



 鬼の顏の半分は割れたまま。

 目の大きさが左右変わってしまい、片目が零れ落ちそうだ。

 血塗れになった顔を雨が濯ぎ、グロテスクな傷口を生々しく晒す。


 鬼が言った。

「本当はいつでも、君を捕まえられたんだ。あの時、僕が君を食べなかったのは、楽しみをほんの少し後に遅らせただけ…。その時が来たんだ。お腹いっぱいになるまで、君の仲間から順に食べてあげる…。僕は優しいから、生きたまま…齧ってあげる…」


 鬼が空に爪を立てた。

 鬼の手首や肘に、筋が立った。

 キイキィと、ガラスを引っ掻くような音がした。


 鬼の背中が空にめり込み、水干の袂が膨らみ、背から異界へ入り込んでゆく。

 鬼の身長は蘇芳の半分しかない。

 その鬼の腕に、白く光る半透明の蘇芳が抱かれている。

 鬼は蘇芳の光を舐めた。

 光は弱々しく点滅した。


 雨音が慌てて立ち上がった。

 鬼が片手を振り下ろすと、校舎の避雷針に落雷した。

 一瞬、煙が昇った。

 轟く音に雨音も立ち竦み、両耳を塞いだ。


 雷神の子が空にめり込んで消えた。

 やがて、激しい雷雨は小雨に変わっていった。





 ドアホンが鳴った。

 紅葉がドアを開けたら、雨音が蘇芳を背負って立っていた。


「あ、雨音くん。おにぃ…、どうして!?」

 紅葉は混乱して、兄の腕を揺さぶった。

「おにぃ!! おにぃ!!」


 雨音は靴を脱いで、勝手に玄関に上がった。

 きつく眸を閉じたままの兄の青褪めた顔を見て、紅葉が狼狽えた。

「意識がないんだ」

 雨音は短く説明した。

 彼は初めて訪れた家なのに、迷わずに廊下の先の階段を上がり、蘇芳の部屋に着いた。


 蘇芳をベッドに下ろし、雨音は溜息をついた。

「…大丈夫。絶対、取り戻してくる。蘇芳さんの魂…」

 紅葉の眸に涙が湧き上がった。

「おにぃ…、鬼に襲われたの!?」

「大丈夫…」

 雨音が紅葉の肩を抱き、頭をポンと軽く叩いた。


「大丈夫なわけない…。おにぃ、死んでしまうの…!? 雨音くん、どこ行くの!?」

「マナブさんの眷属にやられた。マナブさんに会ってくる…」

 雨音がドアを閉め、階段を降りていった。


 紅葉・蘇芳の父親と、廊下で擦れ違った。

「あれっ、君は…!?」

 兄妹の父は、家の中にいる見知らぬ少年に驚いた。

 雨音は丁寧に頭を下げ、

「お邪魔しました」

 と、落ち着いて答え、玄関を出た。



「おにぃ…?」

 紅葉は蘇芳のシャツが血で汚れていることに気付き、彼の襟を開いた。

 首筋にくっきりと、子供の歯形が付いていた。

「きゃっ…!!」

 紅葉は後ろに飛び退いて、兄のサイドテーブルから読みかけの本を落とした。

 彼女はガタガタ震え、スマホをポケットから取り出した。


「咲良ちゃんに…、そうや、山上さんにも…」

 紅葉は急いで連絡した。





 蘇芳は濡れた制服を脱がされ、ベッドに寝かされた。

 けれど、その部屋に彼の魂はなかった。


 彼の魂は異界に引き込まれ、鬼の棲家へと運ばれつつあった。

 彼はこんこんと眠り続け、ずっと夢を見ていた。



 蘇芳の夢の中。

 目の前に、雨音の面影がある少年がいる。

 奥二重の綺麗な眸をした彼は、髪をきっちり束ねて髷を結い、冠に花挿して、古き時代の盛装で座っている。


 蘇芳と少年は親しく並び、これから紙に和歌を書こうとしている。

 どこかの部屋の一角で、御簾が掛かっている。


「よいか、源次。これからは私をまことの兄と思え」

 蘇芳が話しかけ、雨音らしき少年は筆に墨をつけ、

「はい、文殊(もんじゅ)様」

 と答えた。


 文殊と呼ばれ、蘇芳は思い出す。


「あれは鬼じゃ。人にはあらざれども、あれの父親はよく知っている。情けをかけるとしよう。私の父が武蔵守(むさしのかみ)であった頃、あれの父親が武蔵権介(副官)だった。私が武蔵守になった時、あれは父親を失くしておった。ちょうど私の娘に子が産まれず、それで養子に迎えたのじゃが…」

 昔、文殊の父が言った。


「若い父親が死んだ時、あれは母親の腹に宿っていた。父親を知らずに産まれ、母親は産後が悪くて死んでしまった。不憫(ふびん)な子じゃ。武蔵国箕田で育てられたが、今はおぬしの姉が住む、摂津国渡辺で暮らしておる。これより、おぬしの弟達と同様に、この家を支えることになろう」


 文殊には、同母・異母の弟が十人もいた。

 異母兄弟は夫々の母方の実家に住んでいる。


 父は他人に聞かれないよう、声を潜めた。

「つまらなく見えても、何でも利用することは出来るものじゃ…。文殊…、あれに恩を売っておけ…」


 また別の日に父は、

「されど、心に一つ置いておかねばならぬ。女子のように優しい顏をしていても、いつ飼い主の手を噛むやも知れぬ。おぬしの姉の子とは申せ、血は繋がらぬ。いざとなったら、後ろから斬れ…。文殊、忘れるでないぞ」

 とも言った。

 冷酷な父の話を聞くと、文殊は源次が可哀相になった。



 文殊は源次と初めて会った日や、馬に乗って、野山を走り回った思い出を心に浮かべた。

 出会ってから、数年の月日が流れていた。

 文殊は胸が一杯になり、家の者に酒を注がせ、めでたい日を祝った。


「私はおぬしを一目見て気に入った。おぬしは学問は勿論、弓術、剣術の稽古にも熱心で、今では馬も巧みに乗りこなす。都の気取った貴族らと違う。闊達で、誰にも媚びないところも()いと思う…」

 文殊はほろ酔いで上機嫌だった。


「おぬしとまことの兄弟になろうと思った。それ故、同母妹の中で一番愛しき紅葉を(めあ)わせることにしたのじゃ。源次と紅葉が夫婦(めおと)になった。これで我等はめでたく兄弟ぞ」

 文殊が源次の筆を取り上げ、杯を勧めた。

「まことの兄と思えと申しておるのじゃ、源次」

義兄上(あにうえ)…」

 源次がはにかむような表情をした。



 蘇芳はまた別の夢を見た。


 文殊が頼光と名乗るようになって、京の一条の屋敷に移り住み、源次も共に暮らすようになった。

 そこですぐに事件が起きた。


 この一条という場所は変なところで、割と静かな都の端っこにあるのだが、夜中に騒ぎながらゆく者達がいる。

 毎晩というわけではない。

 人が寝静まった頃に通るので、家中の全員が知っている話でもない。


 ある夜中、また何やら戻り橋の方から騒ぎが聞こえてきた。

 それで、頼光が源次に声を掛けた。

「起きておるか、源次?」

「はい、義兄上…」

 源次が着替えて出て来た。


 みんな爆睡して、いくら揺さぶっても起きることが出来ない。

 仕方なく、頼光と源次の二人で屋敷を出た。

 二人は裏門から出て、道を反対から回り、通りの様子を窺った。



 読経か、それとも音程が外れた唄か、大勢が一度に、好き勝手に声を発す。

 黒い妖気が霧のように流れ、そのうち奇妙な影の群れが現れた。


魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類かと存知ます。明日、寺に使いをやって、祈祷(きとう)をお願い致しましょう」

 源次が欠伸を堪えて言った。

「よし。いづこへ行くのやら、後をつけてみよう」

 頼光は面白がって、百鬼夜行の後をつけた。



 影はぼやけたまま、半透明に重なり合い、次々と湧いていった。

 その数は、本当に百匹ほどもいるようだった。

 ある者は武器や旗を振り回し、ある者は楽器を鳴らす。

 獣の形をした影や、何ともわからないほどの異形の影もあり、大小様々。

 妖気の強い者も弱い者も、ただ無秩序に並んで歩いていた。


「これは面白い…」

 頼光はどんどん引き込まれていく。

 源次が注意しなければ、その列に紛れ込みそうだった。

 頼光は鬼どもを克明に見てやろうと、暗がりで目を凝らした。

 鬼火が数多浮かんでいたが、ガス火のように青く、明るく照らすものではなかった。



 鬼は歩き続け、ある時急に角を曲がる。

「鬼が都を往ぬ…。野で(むくろ)を掘り起こし、喰むのでしょうか。義兄上、帰りましょうぞ…」

 源次が頼光を引き戻そうとした。


「ああ、しばし待て…」

 暗い道のどっちがどっちかもわからなくなりそうな時、一つの寂れた楼門に着いた。

 二人が鬼に続いて楼門を潜ったら、突然、地面の歩き心地が変わった。

 ぐにゃぐにゃと、生き物の腹を踏んでいるような感触だ。


「しまった、ここは!?」

 源次がすぐさま、鞘から太刀を引き抜いた。

「よし、戻ろう」

 頼光が振り返ったら、数歩しか離れてないはずの楼門がない。

 唖然とする頼光。



 背後で鬼火が揺れ、鬼達がざわめいた。

「何じゃ、どうした!? 人間臭いぞ…」

 頼光と源次が取り囲まれた。


 鬼どもが急に鮮明な姿を現した。

 それは見るも恐ろしい、醜い姿をしていた。

 口が裂け、目玉が飛び出し、顔に鱗があった。

 顏は変形して天狗みたいに、あるいはキツネみたいに鼻が突き出ていた。


「う、うわわっ…」

 頼光は気が動転して、抜く太刀が途中で引っかかった。

 手が震え、うまく抜けない。


「私が時を稼ぎます。義兄上は一気に駆け抜けて下さいませ。楼門まで距離は開いておりますけれども、どうやら崩れ去ったわけではなさそうです」

 源次は取り乱すこともなく、

「何を申すか。私はよいが、おぬしはどうなる!? 鬼に捕まって、食われてしまう」

 頼光が彼の身を案じた。


「私の父は武勇で名を馳せた、箕田源次。ここで鬼に後ろは見せられませぬ。腕には自信があります。義兄上、どうぞお先に」

 源次の名を継ぐ彼はにっこり笑い、次には表情を引き締めた。

「そ、そうか?」

 頼光は走り出し、途中で義弟を振り返った。



 源次は自分の倍ぐらいの身長の大鬼を前にして、太刀を構え直したところだった。

「うわっ、源次!! はよう逃げよ!!」

 頼光が命じた。


 源次は返事をしないで、そのまま大鬼に突進していった。

 彼は大鬼の金棒のように厚い直刀をかわし、懐に入って下から斬り上げた。

 大鬼の脇腹が裂け、血と腸が飛び散った。



 頼光は怖くなり、走って逃げた。

「…父上、源次を後ろから斬れと…仰せつくが…」

 頼光は走りながら考えた。

「あの勇ましく好ましい(おとこ)を斬るわけには参りませぬ」

 彼は足を踏ん張って、急停止した。


 頼光は引き返し、決死の覚悟で太刀を抜いた。

「来い、鬼ども…。今度は私が相手してやるぞ…」


 頼光は鬼が囲む輪の中に、源次の姿を見た。


 源次は血塗れで、血を吐いて倒れていた。

 一度に数匹の鬼に串刺しにされ、三本の槍や鉾が突き立っていた。


「源次ーッ!!」

 頼光が大声で叫んだ。

 源次は息絶えている。


「源次が死んだ…!!」

 頼光は蒼白になった。



 夢にうなされ、蘇芳は額に汗をかいた。

 紅葉が兄の汗をタオルで拭きながら、

「おにぃ…。可哀相に。どんな夢見てるの…?」

 と、涙ぐんだ。





「もし、源頼光様で…?」

 誰かが話しかけて来た。

 頼光が跳び上がって驚き、振り返ると、白い猿の面が間近にあった。


 それは、老猿の面を付けた白髪の老人。

 神社の祝りのような白装束で、痩せて猫背だった。

 手には、灯り。炎が揺れる。

 この男も到底、人間とは思われない。


「う…、何用じゃ? 私は今、取り込んでおる…」

 頼光が答えた。

 魑魅魍魎の集団が間近に迫っていた。


「こちらへどうぞ…。鬼の世の出口までご案内致します…。私は安倍晴明の使いでございます」

 猿男が灯りを門の方へ向けた。

 灯りが向いた途端、楼門がひゅっと、こちらに近付いた。


義弟(おとうと)を見捨てるわけには行かぬ。彼の屍を持ち帰り、手厚く弔ってやらねば。私がつまらない興味を抱いたせいで、大事な義弟を失くしてしまった…」

 頼光は堪えきれずに、目頭の涙を袂で拭いた。


「ご心配には及びませぬ。あの者は何とかなりましょう。頼光様は危のうございますから、どうぞこちらへ…」

 猿男は腰を低くして、頼光の判断を待った。

 猿男の灯りに楼門が引き寄せられ、既に彼等の足は石段に達していた。

 一歩も歩いてないのに。


「有難いが、それはならぬ。私を救う為に死んだ源次を捨てては置けぬ。例え死んでも、源次を拾いに行かねばならぬ」

 頼光は頑として、猿男の申し出を断った。


 しかし、猿男は面の下で微かに笑った。

「そう仰せになられても…既に…鬼の世を出ました…」

 楼門の方が勝手に二人を通過して、頼光は一歩も歩かずして、遂に人間界へ戻っていた。



「源次ー!!」

 慌てて頼光が楼門を潜った。

 地面は固く、粗い砂利だらけで、最早鬼どもの姿はない。

 異界への道が閉ざされた。


 ひゅうひゅうと、風が唸っていた。




 雨音は地下鉄の窓ガラスに映った暗闇に、あの夜のことを思い描いていた。

「例え死んでも…、源次の屍を……。聞こえてました」

 雨音は心の中で呟いた。


 彼は肩から刀ケースを斜めに掛け、改札を出た。

 知る道なのか、ずんずん進む。


 彼は大通りに面した、大型スーパーマーケットへ入って行った。

 食料品売り場の入り口から、青果売り場へ。

 産地もブランド、旬のフルーツが並んでいる。

 赤や黄色のフルーツ、熟れたオレンジ、キゥイ、甘い香りを漂わせるメロン、大粒の実を付けた葡萄。

 品種も豊富だ。


「マナブさん」

 雨音が呼びかけた。


 二人組の男がカートにカゴを乗せ、果物を見ていた。

 呼ばれた一人が雨音を見た。

「源次!? 何してんの?」

 マナブが面倒臭そうに言い、白葡萄のロザリオ・ビアンコをカゴに入れた。


 マナブは同居人に雨音を指して、

「カズチ。こいつだよ。僕がお姫様と千年の再会を果たした時に邪魔した、源次ってヤツ…」

 と、愚痴を言った。


「マナブさん。源次って呼ぶの、やめて下さい。僕の名前、思い出せないんですか? 東京の中学で、剣道を通じて知り合いだった…渡邊雨音です」

 雨音がマナブに詰め寄った。


 横から、知的で爽やかなイケメンが雨音に会釈し、

「マナブと同居してる、加豆知(かずち)です。初めまして、源次くん。いつも噂は聞いてますよ」

 と、挨拶した。

 彼は変わり者だ。人食いの鬼を飼っている。

 カズチはどことなく、顔の雰囲気がマナブと似ている。



 マナブはオレンジを二つ手に取って、お手玉のように二、三回投げた。

「あのね、源次。僕はこれから、カズチの美味しい手料理を食べるんだよ。人間を切り刻んで食うんじゃない。引き取ってもらえるかな? 君が百足の大臣や、首無しの君、百目入道にしたことは知ってる。…で、君のことは舌長と、他の鬼達に任せてあるから。僕は忙しいんだ!」


 雨音は食い下がった。

「雷神の子供、知ってますよね? 白目が黒くて黒目が白い、ネガみたいに白黒暗転してる奴。そいつが僕の高校の剣道部の先輩の、魂を抜き取ったんです。あいつ、どこにいますか!? 先輩の魂、返してほしいんですけど!」


 マナブは雨音に顔を寄せ、舌を出した。

「知らなーい」


「ここで殺り合いましょうか?」

 雨音が背負った刀ケースのファスナーに指を掛け、殺気を漲らせた。

「刃物を出す? フルーツの試食をさせてくれるの?」

 マナブは鬼気をまるで出さず、悪ふざけし始めた。


「誰かぁ、警察呼んで下さーい! 日本刀振り回そうとしてるガキがいまーす!」

 マナブが大きな声で騒いだ。

 青果売り場にいた主婦や、白い制服の店員達が振り返った。


「時間がないんです、マナブさん!!」

 雨音が珍しく焦っていた。





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