参参 蘇芳の魂
1
蘇芳の振り下ろした竹刀を、一歩下がって雨音が避けた。
蘇芳は力尽きて、濡れた芝生に転がった。
蘇芳の上半身から、頭が半分割れた鬼が顔を出した。
鬼は風が吹くような声で、
「僕を斬らないの? 斬ってみなよ、源次…」
と、雨音を嘲った。
鬼は色褪せた水干を着て、菊綴の飾りがほつれかけている。
不揃いの短髪と頭頂の一本の角、白目が黒く、黒目が白い。
「蘇芳さん!!」
雨音が呼んでも、蘇芳は動かない。
雨音は今まで、人間ごと鬼を斬ってきた。
カエルの鬼に憑かれた、中学生の菊井を斬った。
のっぺらぼうの鬼女・鶴に憑りつかれた女を斬った。
でも、蘇芳は別格だ。
雨音は雨に打たれ、立ち尽くした。
蘇芳が声を絞り出した。
「…ええで。雨音…、こいつと一緒に斬ってくれ…」
鬼が蘇芳の首筋に齧りついた。
血が零れ、鬼の顔と蘇芳のシャツを汚した。
雨音は自分が怪我をした時より痛そうな悲鳴を上げた。
「やめろ…! その人には手を出すな…!」
「人間の血、これが鬼の力の源…。飲みなよ…。だって、君も鬼じゃないか……」
鬼が誘った。
「…鬼…? 雨音…が…?」
蘇芳は次第に、意識を失った。
雨音は地面に太刀を投げ出し、ぶざまでも何でも、鬼に土下座して頼んだ。
「蘇芳さんを放してくれ。お願いだから…」
雨音が涙声になった。
「いつもクールだったのに、今はカッコ悪いね…。ほら、もっと這いつくばれよ…」
鬼が蘇芳の首に爪を立てた。
蘇芳の喉を引き裂く真似だけで、雨音は縮み上がった。
「わかった。何でもする…。オレを代わりに食ってくれ…!」
雨音は額を地面に擦り付けた。
一本角の鬼は、雨音の額の絆創膏を見た。
「一つ目の小鬼の目玉か…? 許せない。僕らの仲間の目玉を盗んだね?」
恨めしそうに囁く鬼。
雨が激しく降りしきり、風が渦巻いて、校庭の木々の葉を散らした。
灰色の校舎が暗い雲を背負っている。
鬼は蘇芳の喉に三本指を差し込み、何かを引き出した。
白く光る半透明のもの。
ずるずる長く引き出していく。
蘇芳は浅い眠りの中で、自分の体が脱皮するように、外側を剥がれていくのを感じた。
気持ち悪かったが、全身縛られたように動かず、とても重たい。
感覚だけが蘇芳に残されている。
喉がちくんと痛かった。
雨に混じり、首を生温かいものが流れていく。
血だろう。
そして、薄皮を剥がれるように体の外側が剥がれていく。
服を脱ぐ感覚にも似ているが、服じゃない。
「ああ…! それだけは…やめ…」
雨音が悲鳴を漏らし、鬼に手を合わせて頼む。
蘇芳の体から、魂が引き抜かれていくのが見えた。
蘇芳は目を開かず、睫毛を微かに震わせた。
何かから指が抜けていく感覚。
手袋を脱ぐように。
何かから足が抜けていく感覚。
体が冷えていく。
鬼が蘇芳の魂を抜き取り、ゆるゆると空を昇っていく。
鬼は右手を振り上げ、
「動くな、君の鬼切の太刀に雷を落とすぞ…」
と、脅した。
グラウンドを囲む緑色のネット越しに、空をジグザグに裂く雷が見えた。
雨音も蘇芳も全身びしょ濡れで、近くに落雷したら感電しそうだった。
鬼の顏の半分は割れたまま。
目の大きさが左右変わってしまい、片目が零れ落ちそうだ。
血塗れになった顔を雨が濯ぎ、グロテスクな傷口を生々しく晒す。
鬼が言った。
「本当はいつでも、君を捕まえられたんだ。あの時、僕が君を食べなかったのは、楽しみをほんの少し後に遅らせただけ…。その時が来たんだ。お腹いっぱいになるまで、君の仲間から順に食べてあげる…。僕は優しいから、生きたまま…齧ってあげる…」
鬼が空に爪を立てた。
鬼の手首や肘に、筋が立った。
キイキィと、ガラスを引っ掻くような音がした。
鬼の背中が空にめり込み、水干の袂が膨らみ、背から異界へ入り込んでゆく。
鬼の身長は蘇芳の半分しかない。
その鬼の腕に、白く光る半透明の蘇芳が抱かれている。
鬼は蘇芳の光を舐めた。
光は弱々しく点滅した。
雨音が慌てて立ち上がった。
鬼が片手を振り下ろすと、校舎の避雷針に落雷した。
一瞬、煙が昇った。
轟く音に雨音も立ち竦み、両耳を塞いだ。
雷神の子が空にめり込んで消えた。
やがて、激しい雷雨は小雨に変わっていった。
2
ドアホンが鳴った。
紅葉がドアを開けたら、雨音が蘇芳を背負って立っていた。
「あ、雨音くん。おにぃ…、どうして!?」
紅葉は混乱して、兄の腕を揺さぶった。
「おにぃ!! おにぃ!!」
雨音は靴を脱いで、勝手に玄関に上がった。
きつく眸を閉じたままの兄の青褪めた顔を見て、紅葉が狼狽えた。
「意識がないんだ」
雨音は短く説明した。
彼は初めて訪れた家なのに、迷わずに廊下の先の階段を上がり、蘇芳の部屋に着いた。
蘇芳をベッドに下ろし、雨音は溜息をついた。
「…大丈夫。絶対、取り戻してくる。蘇芳さんの魂…」
紅葉の眸に涙が湧き上がった。
「おにぃ…、鬼に襲われたの!?」
「大丈夫…」
雨音が紅葉の肩を抱き、頭をポンと軽く叩いた。
「大丈夫なわけない…。おにぃ、死んでしまうの…!? 雨音くん、どこ行くの!?」
「マナブさんの眷属にやられた。マナブさんに会ってくる…」
雨音がドアを閉め、階段を降りていった。
紅葉・蘇芳の父親と、廊下で擦れ違った。
「あれっ、君は…!?」
兄妹の父は、家の中にいる見知らぬ少年に驚いた。
雨音は丁寧に頭を下げ、
「お邪魔しました」
と、落ち着いて答え、玄関を出た。
「おにぃ…?」
紅葉は蘇芳のシャツが血で汚れていることに気付き、彼の襟を開いた。
首筋にくっきりと、子供の歯形が付いていた。
「きゃっ…!!」
紅葉は後ろに飛び退いて、兄のサイドテーブルから読みかけの本を落とした。
彼女はガタガタ震え、スマホをポケットから取り出した。
「咲良ちゃんに…、そうや、山上さんにも…」
紅葉は急いで連絡した。
3
蘇芳は濡れた制服を脱がされ、ベッドに寝かされた。
けれど、その部屋に彼の魂はなかった。
彼の魂は異界に引き込まれ、鬼の棲家へと運ばれつつあった。
彼はこんこんと眠り続け、ずっと夢を見ていた。
蘇芳の夢の中。
目の前に、雨音の面影がある少年がいる。
奥二重の綺麗な眸をした彼は、髪をきっちり束ねて髷を結い、冠に花挿して、古き時代の盛装で座っている。
蘇芳と少年は親しく並び、これから紙に和歌を書こうとしている。
どこかの部屋の一角で、御簾が掛かっている。
「よいか、源次。これからは私をまことの兄と思え」
蘇芳が話しかけ、雨音らしき少年は筆に墨をつけ、
「はい、文殊様」
と答えた。
文殊と呼ばれ、蘇芳は思い出す。
「あれは鬼じゃ。人にはあらざれども、あれの父親はよく知っている。情けをかけるとしよう。私の父が武蔵守であった頃、あれの父親が武蔵権介(副官)だった。私が武蔵守になった時、あれは父親を失くしておった。ちょうど私の娘に子が産まれず、それで養子に迎えたのじゃが…」
昔、文殊の父が言った。
「若い父親が死んだ時、あれは母親の腹に宿っていた。父親を知らずに産まれ、母親は産後が悪くて死んでしまった。不憫な子じゃ。武蔵国箕田で育てられたが、今はおぬしの姉が住む、摂津国渡辺で暮らしておる。これより、おぬしの弟達と同様に、この家を支えることになろう」
文殊には、同母・異母の弟が十人もいた。
異母兄弟は夫々の母方の実家に住んでいる。
父は他人に聞かれないよう、声を潜めた。
「つまらなく見えても、何でも利用することは出来るものじゃ…。文殊…、あれに恩を売っておけ…」
また別の日に父は、
「されど、心に一つ置いておかねばならぬ。女子のように優しい顏をしていても、いつ飼い主の手を噛むやも知れぬ。おぬしの姉の子とは申せ、血は繋がらぬ。いざとなったら、後ろから斬れ…。文殊、忘れるでないぞ」
とも言った。
冷酷な父の話を聞くと、文殊は源次が可哀相になった。
文殊は源次と初めて会った日や、馬に乗って、野山を走り回った思い出を心に浮かべた。
出会ってから、数年の月日が流れていた。
文殊は胸が一杯になり、家の者に酒を注がせ、めでたい日を祝った。
「私はおぬしを一目見て気に入った。おぬしは学問は勿論、弓術、剣術の稽古にも熱心で、今では馬も巧みに乗りこなす。都の気取った貴族らと違う。闊達で、誰にも媚びないところも好いと思う…」
文殊はほろ酔いで上機嫌だった。
「おぬしとまことの兄弟になろうと思った。それ故、同母妹の中で一番愛しき紅葉を娶わせることにしたのじゃ。源次と紅葉が夫婦になった。これで我等はめでたく兄弟ぞ」
文殊が源次の筆を取り上げ、杯を勧めた。
「まことの兄と思えと申しておるのじゃ、源次」
「義兄上…」
源次がはにかむような表情をした。
蘇芳はまた別の夢を見た。
文殊が頼光と名乗るようになって、京の一条の屋敷に移り住み、源次も共に暮らすようになった。
そこですぐに事件が起きた。
この一条という場所は変なところで、割と静かな都の端っこにあるのだが、夜中に騒ぎながらゆく者達がいる。
毎晩というわけではない。
人が寝静まった頃に通るので、家中の全員が知っている話でもない。
ある夜中、また何やら戻り橋の方から騒ぎが聞こえてきた。
それで、頼光が源次に声を掛けた。
「起きておるか、源次?」
「はい、義兄上…」
源次が着替えて出て来た。
みんな爆睡して、いくら揺さぶっても起きることが出来ない。
仕方なく、頼光と源次の二人で屋敷を出た。
二人は裏門から出て、道を反対から回り、通りの様子を窺った。
読経か、それとも音程が外れた唄か、大勢が一度に、好き勝手に声を発す。
黒い妖気が霧のように流れ、そのうち奇妙な影の群れが現れた。
「魑魅魍魎の類かと存知ます。明日、寺に使いをやって、祈祷をお願い致しましょう」
源次が欠伸を堪えて言った。
「よし。いづこへ行くのやら、後をつけてみよう」
頼光は面白がって、百鬼夜行の後をつけた。
影はぼやけたまま、半透明に重なり合い、次々と湧いていった。
その数は、本当に百匹ほどもいるようだった。
ある者は武器や旗を振り回し、ある者は楽器を鳴らす。
獣の形をした影や、何ともわからないほどの異形の影もあり、大小様々。
妖気の強い者も弱い者も、ただ無秩序に並んで歩いていた。
「これは面白い…」
頼光はどんどん引き込まれていく。
源次が注意しなければ、その列に紛れ込みそうだった。
頼光は鬼どもを克明に見てやろうと、暗がりで目を凝らした。
鬼火が数多浮かんでいたが、ガス火のように青く、明るく照らすものではなかった。
鬼は歩き続け、ある時急に角を曲がる。
「鬼が都を往ぬ…。野で骸を掘り起こし、喰むのでしょうか。義兄上、帰りましょうぞ…」
源次が頼光を引き戻そうとした。
「ああ、しばし待て…」
暗い道のどっちがどっちかもわからなくなりそうな時、一つの寂れた楼門に着いた。
二人が鬼に続いて楼門を潜ったら、突然、地面の歩き心地が変わった。
ぐにゃぐにゃと、生き物の腹を踏んでいるような感触だ。
「しまった、ここは!?」
源次がすぐさま、鞘から太刀を引き抜いた。
「よし、戻ろう」
頼光が振り返ったら、数歩しか離れてないはずの楼門がない。
唖然とする頼光。
背後で鬼火が揺れ、鬼達がざわめいた。
「何じゃ、どうした!? 人間臭いぞ…」
頼光と源次が取り囲まれた。
鬼どもが急に鮮明な姿を現した。
それは見るも恐ろしい、醜い姿をしていた。
口が裂け、目玉が飛び出し、顔に鱗があった。
顏は変形して天狗みたいに、あるいはキツネみたいに鼻が突き出ていた。
「う、うわわっ…」
頼光は気が動転して、抜く太刀が途中で引っかかった。
手が震え、うまく抜けない。
「私が時を稼ぎます。義兄上は一気に駆け抜けて下さいませ。楼門まで距離は開いておりますけれども、どうやら崩れ去ったわけではなさそうです」
源次は取り乱すこともなく、
「何を申すか。私はよいが、おぬしはどうなる!? 鬼に捕まって、食われてしまう」
頼光が彼の身を案じた。
「私の父は武勇で名を馳せた、箕田源次。ここで鬼に後ろは見せられませぬ。腕には自信があります。義兄上、どうぞお先に」
源次の名を継ぐ彼はにっこり笑い、次には表情を引き締めた。
「そ、そうか?」
頼光は走り出し、途中で義弟を振り返った。
源次は自分の倍ぐらいの身長の大鬼を前にして、太刀を構え直したところだった。
「うわっ、源次!! はよう逃げよ!!」
頼光が命じた。
源次は返事をしないで、そのまま大鬼に突進していった。
彼は大鬼の金棒のように厚い直刀をかわし、懐に入って下から斬り上げた。
大鬼の脇腹が裂け、血と腸が飛び散った。
頼光は怖くなり、走って逃げた。
「…父上、源次を後ろから斬れと…仰せつくが…」
頼光は走りながら考えた。
「あの勇ましく好ましい漢を斬るわけには参りませぬ」
彼は足を踏ん張って、急停止した。
頼光は引き返し、決死の覚悟で太刀を抜いた。
「来い、鬼ども…。今度は私が相手してやるぞ…」
頼光は鬼が囲む輪の中に、源次の姿を見た。
源次は血塗れで、血を吐いて倒れていた。
一度に数匹の鬼に串刺しにされ、三本の槍や鉾が突き立っていた。
「源次ーッ!!」
頼光が大声で叫んだ。
源次は息絶えている。
「源次が死んだ…!!」
頼光は蒼白になった。
夢にうなされ、蘇芳は額に汗をかいた。
紅葉が兄の汗をタオルで拭きながら、
「おにぃ…。可哀相に。どんな夢見てるの…?」
と、涙ぐんだ。
4
「もし、源頼光様で…?」
誰かが話しかけて来た。
頼光が跳び上がって驚き、振り返ると、白い猿の面が間近にあった。
それは、老猿の面を付けた白髪の老人。
神社の祝りのような白装束で、痩せて猫背だった。
手には、灯り。炎が揺れる。
この男も到底、人間とは思われない。
「う…、何用じゃ? 私は今、取り込んでおる…」
頼光が答えた。
魑魅魍魎の集団が間近に迫っていた。
「こちらへどうぞ…。鬼の世の出口までご案内致します…。私は安倍晴明の使いでございます」
猿男が灯りを門の方へ向けた。
灯りが向いた途端、楼門がひゅっと、こちらに近付いた。
「義弟を見捨てるわけには行かぬ。彼の屍を持ち帰り、手厚く弔ってやらねば。私がつまらない興味を抱いたせいで、大事な義弟を失くしてしまった…」
頼光は堪えきれずに、目頭の涙を袂で拭いた。
「ご心配には及びませぬ。あの者は何とかなりましょう。頼光様は危のうございますから、どうぞこちらへ…」
猿男は腰を低くして、頼光の判断を待った。
猿男の灯りに楼門が引き寄せられ、既に彼等の足は石段に達していた。
一歩も歩いてないのに。
「有難いが、それはならぬ。私を救う為に死んだ源次を捨てては置けぬ。例え死んでも、源次を拾いに行かねばならぬ」
頼光は頑として、猿男の申し出を断った。
しかし、猿男は面の下で微かに笑った。
「そう仰せになられても…既に…鬼の世を出ました…」
楼門の方が勝手に二人を通過して、頼光は一歩も歩かずして、遂に人間界へ戻っていた。
「源次ー!!」
慌てて頼光が楼門を潜った。
地面は固く、粗い砂利だらけで、最早鬼どもの姿はない。
異界への道が閉ざされた。
ひゅうひゅうと、風が唸っていた。
雨音は地下鉄の窓ガラスに映った暗闇に、あの夜のことを思い描いていた。
「例え死んでも…、源次の屍を……。聞こえてました」
雨音は心の中で呟いた。
彼は肩から刀ケースを斜めに掛け、改札を出た。
知る道なのか、ずんずん進む。
彼は大通りに面した、大型スーパーマーケットへ入って行った。
食料品売り場の入り口から、青果売り場へ。
産地もブランド、旬のフルーツが並んでいる。
赤や黄色のフルーツ、熟れたオレンジ、キゥイ、甘い香りを漂わせるメロン、大粒の実を付けた葡萄。
品種も豊富だ。
「マナブさん」
雨音が呼びかけた。
二人組の男がカートにカゴを乗せ、果物を見ていた。
呼ばれた一人が雨音を見た。
「源次!? 何してんの?」
マナブが面倒臭そうに言い、白葡萄のロザリオ・ビアンコをカゴに入れた。
マナブは同居人に雨音を指して、
「カズチ。こいつだよ。僕がお姫様と千年の再会を果たした時に邪魔した、源次ってヤツ…」
と、愚痴を言った。
「マナブさん。源次って呼ぶの、やめて下さい。僕の名前、思い出せないんですか? 東京の中学で、剣道を通じて知り合いだった…渡邊雨音です」
雨音がマナブに詰め寄った。
横から、知的で爽やかなイケメンが雨音に会釈し、
「マナブと同居してる、加豆知です。初めまして、源次くん。いつも噂は聞いてますよ」
と、挨拶した。
彼は変わり者だ。人食いの鬼を飼っている。
カズチはどことなく、顔の雰囲気がマナブと似ている。
マナブはオレンジを二つ手に取って、お手玉のように二、三回投げた。
「あのね、源次。僕はこれから、カズチの美味しい手料理を食べるんだよ。人間を切り刻んで食うんじゃない。引き取ってもらえるかな? 君が百足の大臣や、首無しの君、百目入道にしたことは知ってる。…で、君のことは舌長と、他の鬼達に任せてあるから。僕は忙しいんだ!」
雨音は食い下がった。
「雷神の子供、知ってますよね? 白目が黒くて黒目が白い、ネガみたいに白黒暗転してる奴。そいつが僕の高校の剣道部の先輩の、魂を抜き取ったんです。あいつ、どこにいますか!? 先輩の魂、返してほしいんですけど!」
マナブは雨音に顔を寄せ、舌を出した。
「知らなーい」
「ここで殺り合いましょうか?」
雨音が背負った刀ケースのファスナーに指を掛け、殺気を漲らせた。
「刃物を出す? フルーツの試食をさせてくれるの?」
マナブは鬼気をまるで出さず、悪ふざけし始めた。
「誰かぁ、警察呼んで下さーい! 日本刀振り回そうとしてるガキがいまーす!」
マナブが大きな声で騒いだ。
青果売り場にいた主婦や、白い制服の店員達が振り返った。
「時間がないんです、マナブさん!!」
雨音が珍しく焦っていた。




