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弐漆 百足と桜


 八坂神社は四条通りの突き当り。

 薄暗くなってきた通り、朱塗りの西楼門がライトアップされている。


「八坂神社の裏。桜の名所の、円山(まるやま)公園です。枝垂桜(しだれざくら)の根元に、鬼が吸い込まれてくのを見たんです…」

 雨音が車のスライドドアを開けて、一番に飛び出した。

「まぁ、待て。こんな時間、まだ観光客居るで」

 山上が雨音の襟を掴み、車に引き戻した。


「山上さん。四条通りの鬼が来ました…」

 旭が言った。



 二匹の鬼が鴨川を越え、四条通りを来る。

 面白半分の人だかりがついて来る。


 黒いマントの鬼が人だかりに舌を出し、歌舞伎役者が花道をゆくように練り歩く。


 首無しの鬼は、片手に古い髑髏を持っている。

 彼は老ノ坂で拾ってきたその髑髏が、失われた自分の頭部だと思い込んでいる。

 もう片手には、抜き身の重厚な刀。

 表面に錆が吹き、切れ味がいかにも悪そうだ。

 何をぶつ切りにするつもりだろう?


 二匹の鬼が四条通り・東大路通りの交差点に着き、歓声が上がった。

 この鬼を観る為に、大勢の観光客が集まっていた。



 暦は七月。

 どこからか、祇園囃子(ばやし)がどこからか聴こえてくる。

 浴衣を着た女の子達が団扇(うちわ)で扇ぎ、下駄を鳴らして歩く。



 紅葉と咲良は車の中から、鬼を眺めた。

 赤信号でもないのに車が停まり、鬼を歓迎して、クラクションを鳴らした。

 祇園祭りと違う、別の祭りが始まったかのよう。


「あっ…」

 咲良は悲鳴を漏らした。

 鬼の歩いてきた方向、点々と水色の滴が落ちている。

 それが片っ端から小鬼となって、歩き出す。

 小鬼は老若男女の口へ飛び込んでいった。


「ヤバいやん。鬼観てる人達、自分から感染しに来てるみたいなもん…」

 紅葉は何かよい方法はないか考えた。

「俺達で、何とか鬼を退散させたいな…。旭、松野くん、あの小鬼見えるか?」

 山上が問う。


 旭は唸った。

「うーんん…、見えません…」


「見えるかと聞かれたら、見えるような…。これは暗示にかかってるだけですかね?」

 松野は自分で、半信半疑だった。

 半透明の青い小鬼が、ちょこまか走り回っているような気がする。


「紅葉ちゃん。八坂神社の楼門で、異界の道を閉じれないの?」

 咲良は泣きそうになって、紅葉に尋ねた。

「閉じれるもんなら、そうするけど…」

 彼女達の目前で、二匹の鬼が交差点を渡り、八坂神社の石段を昇っていく。



 首無しの鬼が、

百足(むかで)大臣(おとど)…。祇園祭を潰してやろう…。今宵、全ての呪いを解き放ち…」

 と、臍の辺りから声を発し、囁く。

「いくらでも首を切り落とされよ。首無しの君…。こやつらは、あなたの首を切った者の子孫……」

 百足の大臣が答えた。





「あの小鬼を斬り殺せばいいんですね? 最近ムカつくこと多いから、チビ鬼でも斬って、スッキリしようかなぁ…」

 大学生の松野が帯に刀を差した。

 山上は眉を寄せ、

「斬るのはスッキリする為ちゃうぞ…。疫病をこれ以上流行らせへん為や」

 と、注意した。



 酒井が円山公園の方に車を回した。

 彼等は知恩院側から円山公園に向かって歩いた。

 ゆるい上り坂になっている。


「祇園の枝垂桜と言えば、それは見事やってんけど、残念ながら枯れてしもた。今の桜は初代の種から育てられた二代目。二代目は枝枯れたりして、ちょっと弱ってるねん…」

 酒井が説明した。


 円山公園には様々な種の数百本の桜がある。

「俺、ここに何度も夜桜を描きに来たなぁー。ハラハラと散りゆく時が一番美しいな…。一番盛りで雨に降られて散ってしまう、あの儚さがたまらんね…」


「この辺、元は知恩院とか八坂神社の境内やな…」

 山上が暗い坂道を見回した。

「表通りに比べて、不気味なぐらいに静かですね…」

 旭と松野が顔を見合わせた。


 夜風がヒンヤリしてきた。

 夏なのに、気温が急に下がってきた。

 比例して、妖気が濃厚に漂ってくる…。



 しゅとーん部は黒の道着で袴を履き、帯に刀を差す。

 紅葉は紺の剣道着。

 浴衣じゃないところが、ちょっと目立つ。

「何? あの人達…」

 擦れ違う人が振り返る。



 咲良が酒井に質問した。

「四条通りの反対側の突き当りは、どこなんですか?」

「四条通りは嵐山まで繋がっててな、突き当りは松尾大社や。渡来人の秦氏(はたうじ)の神社」

 酒井が答えた。


「東の突き当り、八坂神社の向こうの山が、将軍塚。征夷大将軍・坂上田村麻呂の像を埋めて、京の都を守護してる」

「へぇー…」

 将軍塚のある山には、京都の夜景が一望出来る展望台がある。


 すると、紅葉が、

「実際、秦氏は京都を恨んだんじゃないですか? だって、桓武天皇が奈良の平城京から長岡京に遷都する時、そこに住んでた秦氏が、都の造営に協力したんでしょ? でも、早良(さわら)親王の祟りを怖れる桓武天皇は、たった十年で長岡京を捨てて平安京に遷都してしまう…」

 と、酒井に話しかけた。


「そうやろな。恨んだやろう。でも、早良親王の祟りだけじゃなくて、桂川水系の氾濫とかもあったんやと思うで。平安京に遷都する時は、また秦氏と藤原氏が組んで、造営に協力した。そやけど、秦氏は政治的に重用されることなく、利用されて捨てられた。遷都の度に陰謀があってな、たくさんの人間が勢力争いに敗れて、世を恨みながら死んでったわ…」

 酒井も乗ってきて、ベラベラ喋った。


「平安京、めちゃくちゃ恨み買ってるじゃないですか…」

 旭は歴史に詳しくないけれど、人の怨恨を恐ろしく思った。



「長岡京遷都の立役者・藤原種継の暗殺の疑いをかけられて、早良親王は憤死する。幽閉されてたのが、長岡京の乙訓寺。…で、秦氏のお墓が、太秦(うずまさ)の前方後円墳やな? 紅葉ちゃん?」

 酒井が紅葉に尋ねた。

 長岡京、老ノ坂と首塚、嵐山と太秦は、南北で繋がり、平安京の西に位置する。


 紅葉は首を振った。

「昔はそう言われて来たんですけど、うちの父親が言うには、違うらしいです。長岡京や太秦の前方後円墳は、渡来系の特徴が全然無いんですって。秦氏は桂川に治水の(せき)を作って、嵐山を開拓して田畑に水を引いたと言われてるんですけど、流域の集落遺跡を見る限り、秦氏が京都に来たのはもう少し後の時代ちゃうかって。それ以前は、別の大和系豪族がいたみたいです」


「…そういう忘れられた勢力の後裔(こうえい)が、鬼族と呼ばれたんや」

 山上が呟いた。




 二匹の鬼は八坂神社の拝殿前を素通りし、枝垂桜に辿り着いた。

 その頃には、取り巻く人の群れもなくなっていた。


 百足の大臣は枝垂桜の前に膝を着き、肩を震わせて泣いた。

「口惜しい…。あんなに忠誠を尽くしたのに、報われず…。屈辱だけを味わった。口惜しい…」

 彼の流す涙が頬から顎を伝わり、ポタポタと地面に落ちた。


 鬼の涙が小鬼となって、赤いプツプツを身に生じ、踊りながら走っていった。

 枝垂桜は妖気を浴びて弱り、更に一回り縮むかに見えた。


 百足の大臣の黒いマントが、ボコボコと生き物のように蠢き出した。

 蠢きながら、キシャキシャと軋む耳障りな音を発した。



 百足の大臣の背後で、首無しの鬼が髑髏を鎖骨の上に載せた。

 頸椎と下顎の骨が無いので、髑髏はしっくりと位置に定まらず、カタカタ鳴った。

「ああ、何ということだ…。私の首が付かない…」

 髑髏の黒い眼窩から、涙が二筋流れ出した。





 外灯がぼんやり照らす坂道を歩いて行き、やっと円山公園に着いた。

 紅葉と咲良は肌寒さに腕を撫で、何となく黙り込んだ。


 公園は停電して、真っ暗だ。

 風に、桜が妖しく匂う。


「桜が…咲いてる!?」

 たった一本、枝垂桜が季節外れの花を咲かせていた。

 月明かりを満開の花に受け、その木だけがぼんやりと、暗がりに浮かび上がっていた。 

 雨音は不気味さにゾッとした。


 風が垂れた枝を揺らし、淡いピンクの花びらを散らせていく。

「すっごい…綺麗…」

 思わず、咲良が呟いた。


 枝垂桜は山のように枝を大きく張り広げている。

「こ、これ、二代目の桜と違う…!?」

 酒井は混乱し、目を白黒させた。


「あの桜、妙に強い匂い出してる。この匂い、あんまり嗅がん方がええ…!」

 山上は仲間に告げ、桜の匂いにむせた。



 そこに、ほろ酔いの学生達が来た。

「うっわぁー、見てぇー! 枝垂桜が咲いてるー! 綺麗ー!!」

 彼等は桜に駆け寄ろうとした。

「おい、君ら。ちょっと待って…」

 山上が話しかけたが、学生達は公園に入って行った。

 桜の匂いを嗅いだ瞬間、ふらふら揺れ始め、すぐに呂律も回らなくなり、口から泡を吹いて倒れた。



 ボッ、ボボッ、と鬼火が燃え上がった。

 広い公園のあちらこちらに、鬼火が浮かんだ。

 山上が舌打ちして、数歩後退した。


 鬼火が暗闇に沈んでいた部分を浮かび上がらせた。

 公園は鬼で埋め尽くされていた。


 黒い霧が流れ出し、波のように山上や雨音の足元に押し寄せてきた。

 皮膚が青黒い牛鬼が、しゅとーん部を振り返った。

 よく見ると、鬼の足元に、人間が粗雑に積み重なっている。

 あたかも人間製の敷物のように、公園の地面を覆っている。

 倒れている人間は固まったまま、動かない。


 振り向いた牛鬼達は、骨ごと人間をバリボリと貪っていた。

「痛いぃ…、…痛いぃ…」

 ちぎられ、喰われていく人間が啜り泣く。


 積まれた人間の間で、カサカサと蟲の蠢く音がした。

 牛鬼から腐臭が漂い、多くハエが飛びかっていた。



「あれは…?」

 山上達が枝垂桜を見上げた。

 桜のてっぺんに、鬼が立っていた。


「これは桜の見る夢なり…」

 百足の大臣が、美しい装飾の古代の大刀(たち)を抜く。

 聖徳太子の肖像画にあるような大刀だ。


 大刀を抜く鬼の腕に、無数のムカデの足が生えている。

 うじゃうじゃと動く、オレンジ色の足。


「うわっ、気持ち悪…」

 紅葉と松野が呟いた。


 百足の大臣の半身は、とびきり長く太いムカデに変わっていた。

 その胴体は枝垂桜の幹に絡み付き、七重に巻き、尾を地面に垂れていた。

 ムカデの腹側は朱く、背側は黒く、尾の先端は鬼の顔みたいな形をしている。

 長い胴体の両端にうじゃうじゃ動く、ムカデの足。


「吐きそうです…」

 旭は大鬼だけは見ることが出来た。



「あっ! あっちにも…」

 紅葉が指差す、公園で一番高い木のてっぺんに、首無しの鬼がいた。

 髑髏のばらついた上歯で、カタカタと鎖骨を噛み鳴らし、錆びた大刀を振りかざす。


「おまえらの首を切り落とし、私の慰みにする…」

 首無しの鬼が、臍の辺りから声を出した。





 墨を塗ったような空。

 景色が一変する。

 満開の夜桜の背景に、黒い岩山が一つそびえている。

 天を突くような山だ。


 その山から鬼が湧いて来る。

「雨音。俺達、また鬼の異界に入り込んでしもた…」

 酒井が溜息を洩らした。



 雨音は軽く飛ぶように走った。

 彼は斬り込み隊長のように先頭で、百足の大臣をまっすぐ目指した。


 牛鬼は音を立てて血飛沫を上げ、人間を喰らい続けた。

 咲良と紅葉は、凄惨な景色から目を背けた。



 地面に倒れていた人間が数人、ゆらゆら立ち上がった。

 白目を剥いて、ゾンビのように歩いて来る。

「雨音!! 人は斬るなよ!! 鬼だけにしろ!!」

 酒井が後方から怒鳴った。

 そう言う酒井も日本刀を抜刀し、鬼の眷属を乱切りする。


 雨音に迫るゾンビ化した人間の背後に、これを操る黒い影が潜む。

 ゾンビ人間に触れずに、影の鬼だけを斬るのは困難だ。

「おー、おー、おおー…」

 影の鬼に操られた人間達が、意味不明の言葉を発した。


「人間が盾になると思ったら、大間違い。僕の相手は百足の大臣だから、邪魔をすると、人間でも斬りますよ…」

 雨音の表情が別人に変わっていく。


 操られていたゾンビ人間は、雨音の鬼眼に睨まれて(すく)んだ。

 影の鬼が怖れをなし、雨音を通した。

 雨音は弱小の鬼は相手にしないで、桜の木の方へ突進した。



 酒井は雨音の援護をするつもりで、手当り次第に牛鬼を斬りまくった。

 彼が持ち込んだ古刀は、鍔元に不動明王が彫ってあった。

 だからか、彼が一振りする度に、(やいば)から炎が立ち上がるようだった。


「さすがにいわくつきの刀。よう斬れる。鬼さん、こちら…」

 酒井が牛鬼達に手招きした。

 牛鬼達は喰うのをやめ、腰を上げた。



 一方、旭は首無しの鬼に向かった。

 首無しの鬼は自ら、木から飛び降り、錆び付いた大刀を旭に向かって振り下ろしてきた。

 旭は用意してきた打ち刀を抜刀し、同時に鬼の攻撃を受け流して、敵の肘の裏側へ踏み込んだ。

 瞬間、金属音が響き渡った。


「旭!!」

 山上が叫んだ。


 旭の打ち刀が真ん中で折れた。

 妖力のない刀、霊力の足りない彼では、鬼の一撃を受け流すことは出来なかったのだ。

 技術的には申し分ないはずの、旭の受け流し。

 首無しの妖力が、彼の刀を粉々にした。


「…へっ!?」

 旭は絶体絶命で、その場で呆然とした。

 首無しの鬼が旭の首を狙って、擦れ違い際、やや袈裟切りに大刀を振り下ろす。


 旭は斬られるギリギリで、首無しの鬼の腕を掴んだ。

 この鬼の大刀は、奈良時代ぐらいのもの。片手で振り回す直刀だ。

 旭が鬼の右腕を押さえ込む。


「ひひひ、まずはおまえの首をもらうー!!」

 首無しが臍で嗤った。

「やるか!!」

 旭が鬼の右腕に、関節技をキメようとした。

 鬼の関節は脆く崩れ、腐ってウジムシを撒き散らした。


「旭さーん! そっちの鬼は…死体の寄せ集めです! 腐ってます…」

 遠くで雨音が牛鬼を斬り伏せながら、旭に向かって叫ぶ。


「早くそれを言えよ…」

 旭は鬼の大刀を奪おうとした。

「鬼の腕力に適うと思うか?」

 鬼が力任せに旭を吹っ飛ばし、片手で大きく振り被って、旭に詰め寄った。



 山上は旭を助けようと、前へ飛び出した。

 黒い土が盛り上がり、彼の行く手を阻んだ。

 地面が割れ、わらわらと人の形の土が盛り上がる。

 ハニワ?

 とにかく、人の形の土が土の甲冑を付け、顔に比べて小さ過ぎる手で、土の片手直刀を振り回した。


「な、何や、これは…!?」

 山上が実家に伝わる、神社の御神剣の封を、ためらいながら解いた。

 山上も初めて中身を知る。

 切刃造(きりは)り、殆ど反りのない剣で、切先から刀身の三分の一が両刃になっている。


「うわ…、小烏丸(こがらすまる)みたいなんが出て来た…」

 抜刀した山上が、自分の剣にびっくりした。

 現存する最古の日本刀、伝説の小烏丸は宮内庁の管理下にある。

 山上家の伝世刀・東雲(しののめ)、千年を経てその刃は不思議なことに、全く錆びてない。

 むしろ、白々と輝いていた。


 御神剣に驚いている山上に、ハニワの小隊が無言で襲いかかってきた。



 その頃。

 松野は坂を跳ね回る青い小鬼達を切り払っていた。

 が、突然嫌になった。

「こんなの、キリがない。しゅとーん部の人達に、命の付き合いをするほどの義理もないよ。今のうちに…」

 彼は後方から逃げ出そうとした。

 それを鬼が追いかけてきた。


 松野の襟を掴んだのは、3メートルを超える巨人。

 小さな間抜け顔、異様に長過ぎる手足、捻じれた腰の、長股(ながまた)という鬼だ。

「ふはぁ…、ふはぁ…」

 長股は息を吹きかけ、松野の襟を持って、引き回した。 

「ヒャァー!!」

 松野は情けない悲鳴を上げた。


 長股は松野を引き回すうちに、またウェストが捻じれてしまい、反対方向に上半身を回転させた。

 松野は吊り上げられたまま、クレーンで回転するようにグルグル回った。

 長股の上半身は反対方向に行き過ぎて捻じれてしまい、この鬼は勝手に地面にひっくり返った。


 松野は無事に逃げ出したが、今度は長い耳たぶを地面に引き摺った鬼が立ち塞がった。

 松野に向かって、両方の耳たぶをでんでん太鼓のように振り回してきた。

「松野くん!! はよ斬れッ!!」

 山上がハニワ小隊を全滅させ、松野を振り返った。


「ひぃぃ…」

 松野は奥歯をきつく噛み締めて、落とした刀を拾いに行った。

 彼はぶるぶる震えながら、長耳の突き出た腹に斬り込んだ。


 鈍い音がして、青い汁が飛んだ。

 松野は狂ったように、長耳を切り刻んだ。

「バカタレ、頭を狙え!!」

 酒井が怒鳴った。


「ううう…」

 松野が頭を狙い、突いた。

 切先は土を削り、深く地面に突き立った。

 長耳は以外にも俊敏な動きで避け、松野に長い耳たぶを命中させた。


 目から火花が飛ぶほど、松野の顔面に激痛が走った。

 その隙に、長股が松野の襟を掴み、押さえ込んだ。

 長耳が耳たぶを両手で抱えて、

「よくもワシを斬ったなぁ…」

 と、トドメを食らわす為に迫って来た。


 何かを貫く鋭い音がした。


 全身の体重を乗せ、雨音の鬼切が長耳と長股の二つの頭を、同時に刺し貫いていた。

 雨音がこんな後方まで、仲間を助けに駆け戻って来た。


「あ…、あはっ…、…雨音くん…」

 松野はへらへら笑って、雨音の真剣な眼差しを見上げた。

 長耳と長股の青い血が蛇口を捻ったように、松野の顔に降り注いだ。


 長耳と長股は黒い霧の中に散っていった。

 松野は鬼の血だらけの笑顔で固まって、

「雨音くん…、あはっ…、あはっ…」

 と、引きつっていた。



 紅葉と咲良は肩を寄せ合い、鬼の異界の隅で震えていた。

 二人は息を殺し、しゅとーん部の男達の戦う気配を、闇の中で感じていた。

「雷帝があったら…」

 紅葉は悔しそうに呟いた。


 彼女達には護り刀の神泉と、山上にもらった御守りがあるので、鬼が襲って来なかった。

 彼女達は怖さの余り、とうとう泣き出してしまった。



 旭は首無しの鬼の斬撃を避け、地面を転がった。

 首無しの鬼は臍で大嗤いしながら、丸腰の旭を追い回した。

 桜の木に首無しの鬼の刀の先端が刺さった時、旭は鬼に体当たりして、肩の上でぐらついていた髑髏に手を掛けた。

「あっ、何を…」

 首無しの鬼が狼狽した。


 旭は命がけで髑髏を掠め取り、山上に投げた。

「山上さんっ…」

 山上が小烏丸にそっくりな初期日本刀・東雲で、あの髑髏を槍のように下から突き上げた。


「うっ…はぁ、ぎゃああっ…」

 首無しの鬼が悲鳴を上げ、地面にぶっ倒れた。


 山上の剣は髑髏を突き抜け、鍔で止まった。

 髑髏がパーンと破裂し、微塵に砕け散った。



「お…、…私の頭が……」

 首無しの鬼は臍からしわがれた声を絞り出した。


「殺されたあの時、どれほど痛かったか…。ああ、何故、一思いに首を刎ねてくれなかったのだ…!」

 首無しの鬼の怒りが、哀しい過去へ向かう。

 旭は前を向いたまま、よろよろと後退し、首無しの鬼から距離を取った。



「うおぉおぉ…お…」

 首無しの全身が朽ち、崩れてゆく。

 その身に開いた暗き淵から、おぞましい蟲が大量に湧き出してゆく。


 まず毒ヘビと大ムカデが淵から這い出し、ハエの群れがブーンと飛び立った。

 腐って落ちる腕からウジムシが撒き散らされ、とろけた全身に白骨が覗いた。

 全身から毒蜘蛛や蜂やムカデ、ゴキブリ、黴菌だらけのネズミが這い出した。


「呪ってやる…、みんな呪ってやる…」

 首無しが臍で喚き散らし、遂に崩れて、一盛りの汚れた土になった。

 数千数百匹の不浄な生き物と毒蟲が、四方へ広がった。





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